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第5章 法術適性者

法術適性者

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 静かに書類に目を通す男。何度と無く黒ぶちの眼鏡を掛けなおす。その姿からその眼鏡が老眼鏡だと言うことは誰の目にも明らかだった。手にしている役所の書類は『法術適正確認書』と呼ばれる書類だった。何度と無くその書類の能力の欄が空欄になっていることを確認し、それでいて適正が有りになっている事実に首をひねる。

「法術適正はあるけど能力が無い……本当に?」 

 狭い不動産屋のカウンターで広がってきた額に手をやる店主。書類を見るのに疲れて老眼鏡を外しながら目の前の若干天然パーマぎみの疲れた表情の男の顔を覗き込んだ。

 男は何度と無く同じ質問を受けてきたのでさすがに口を開くのもばかばかしいと言うようにうなづいた。実際法術適正検査が任意で行なわれているということになっている東和。だが、実際こうして部屋を借りようなどと言う時には法術適性検査で未反応だったと言う証拠が必要になると知ったのは最近だった。そしてこうして部屋を探すことになることも最近までまるで考えにも及ばなかった。

 そんな男の部屋探しの連続面接行事だが、三件目の30歳くらいのきつい近眼の眼鏡をかけた女性の担当者などはかなりひどかった。法術適正はあるかと聞かれ、証明書を出すとそれを投げつけて貸す部屋などないと言い放つ姿には逆にすがすがしささえ感じてしまった。

「それにしても……学生って……おたくいくつ?」 

「三十二です」 

「で、大学生?」 

「法科大学院ですけど……」 

 店主は灰色の背広の袖を気にしながらそのまま振り返り端末に条件を入力していく。

 天然パーマに眼鏡、黒い時代遅れの型のジャンバーを着こんでいる姿は他人から見れば確かに相当滑稽に見えるだろう。そう水島勉は思いながら店主の苦々しげな顔を覗き込んでいた。入力を終えた店主はこの店に入った当初、まだ水島が法術関連のことに言及する前の親しげな表情に戻ると手を打って笑顔を向けてきた。

「ああ、法科と言うと明法大だね?」 

「ええ、そうですけど」 

 これもまた何度も繰り返された話題だった。法学部で数多くの司法試験合格者を輩出している名門。この豊川市にキャンパスがある以上、それが自然な話と納得するのも当然のことと言えた。

「それにしても最近はこんな能力があるなんて……放火魔がパイロキネシス能力を持っていたりしたらどうなるんだろうねえ」 

 世間話のつもりで親父がつぶやくのを聞いて水島は正直うんざりしていた。これまでこんな会話をどれだけ聞いてきたことだろう。法術適正の無い連中の無神経な一言がもちたくも無いのに力を持っていることが分かってしまった自分達をどれほど傷つけているか。たぶん彼等には死ぬまでわかることはない。そう思いながらなかなか検索結果が出ない時代遅れの端末をそれとなく覗き込む水島。だが店主は自分の世間話に何も反応しない水島をいかにもひどい男だと言うような表情で見つめてくる。仕方なく水島は口を開いた。

「でも……存在が発表される前にも能力はあったんですよね」

 店主の反応は冷ややかだった。そんなことは知っているよと言いたげに口を曲げるとそのままようやくデータが映し出された端末に目を移す。 

「それはそうだけどさあ……あ、これなんてどう?」 

 親父はそう言うと水島の前の画面に1Kの物件のデータを表示した。

「8畳一間で……キッチンとユニットバス……それで8万は高くないですか?」 

 水島の抗議にしばらく自分の提示した案件に目を通す店主。

「確かにねえ……でも最近はオーナーの意向で法術適正のある人間は止めてくれっていう話が多くてね……いや、私はそんなことは気にすることじゃ無いって言っているんだけどね……」 

 店主のあからさまに気持ちの入っていない言葉。また水島は不愉快と付き合うことになる時間を過ごす自分を見つけることになった。恐らくは法術適正のある人間には多少の無理を言っても聞くだろうと言う計算がアパート経営者の間でも広まっているのだろうと改めて感じた。

 海のものとも山のものとも知らない力。そんなものを抱えている人間に部屋を貸すのはギャンブルに等しい。自分にもし力が無ければそう考えたかもしれない。そう思いながら水島はとりあえず考えさせてくれと言うタイミングを計っていた。

「この案件も……法術適正を問わないとなると……すぐ決まっちゃうかもしれないな。明法大の推薦入試の結果は一昨日出たところだからねえ。昨日も親御さん連れて法術適正の書類持った高校生が来てね。結構苦労してたよ」

 そう言うと店主は顔を上げてニヤリと笑う。

 明らかに今決めろ、貴様にはそれしか道は無い。そう言っているように水島には見えた。

「ちょっと……詳しいことを教えてもらえませんかね」

 水島はその彼の言葉に一気に晴れやかな表情になってデータ検索を始める店主の後姿を見つめていた。そしてただ分けも無く自分を取り巻いている周りの環境に対する恨みをまた一つ腹に抱え込んだ。
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