559 / 1,474
第4章 低殺傷兵器(ローリーサルウェポン)
打ち合わせ
しおりを挟む
「さてと……いいですか?」
明らかに太りすぎている技術将校ヨハン・シュペルター中尉はボードを前に誠達にレクチャーを始めようとしていた。
地球の殖民惑星遼州の政治経済共同機構である『遼州同盟』。その司法実力部隊『同盟司法局』には『法術』と切っても切れない関係にあるといわれ続けてきた。
司法局の存在が世に最大のインパクトを残した『近藤事件』と呼ばれる事件があった。同盟加盟国『胡州帝国』のクーデター阻止がその出動の内容だったが、そこで誠が使用した法術が一般に知られる法術の使用の最初の事例だったのは事実だった。
それから人々はこの遼州に住む人々の持つ法術に関心を持ち、それを以前から軍や研究者が知っていたという事実を知ることになった。
そんな軍の法術研究の部署はかつては存在しない力を扱う奇妙な集団として扱われるか、トップシークレットとして機密の中に閉じ込められるのが宿命だった。元々外惑星に存在し、地球からの移民が圧倒的に多く研究の遅れていたゲルパルト共和国の国防軍法術研究機関出身のヨハンはよく当時の自分の研究を無駄飯食いと評した友人のことを語ることが多かった。だがその巨体を見ると本当に無駄飯食いなんじゃないかと誠ですら思うことが多かった。
ヨハンの顔は晴れ晴れとしていてまさに晴れ舞台という雰囲気だった。だがその光景はあまりに間抜けだった。ほとんど多目的ホール扱いのこの部屋。来月に豊川市街で行なわれる予定の節分の行事のために用意された鎧兜が所狭しと並べられ、その合間には同じ日に上映される自主制作映画の為のコスチュームの入った箱などがてんでんばらばらに並べられている。
これまでに無い事件を検証するにはあまりに乱雑である意味シュールにさえ見える部屋。そこでヨハンは晴れやかな表情で周りが気になって仕方が無い誠達を見下ろしていた。
「あのなあ、ヨハン。ここで本当にいいのか?」
座っているパイプ椅子を傾けながらかなめがヨハンにしみじみとつぶやいた。ヨハンもとりあえず半笑いで周りを見渡す。彼がどんなに自分のこれからの言葉に自信を持っていようがずらりと並ぶ着ぐるみや鎧兜の葛篭が消えるわけも無い。
「しゃーねーだろ?他の部屋は雑兵衣装であふれかえっているんだからよー」
頭をペンで掻きながらランが答えた。現在、捜査の中心は法術特捜の嵯峨茜警視正だが、彼女と部下のカルビナ・ラーナはすでに5件もの違法法術発動事件を抱えて身動きが取れない状況だった。それを彼女の父親で司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐が下請け仕事と銘打ってとってくるのはいつもの話だった。そしてそうなると本来は人型ロボットで切った張ったが商売のアサルト・モジュール部隊が暇人だと言うことで担当させられることになるのもいつものことだった。
アサルト・モジュール部隊隊長のランはしばらく自分の発表の場が余りにカオスナことにショックを受けているヨハンの隣から、なにかメモ書きを彼に手渡していた。その先には鼻と唇の間にペンを挟んで退屈そうにランを見つめている第一小隊二番機担当のナンバルゲニア・シャムラード中尉がいる。そしてその隣でネットの海に直結した電脳デバイスの世界に逃避しているのは三番機担当の吉田俊平少佐だった。その隣、一人だけノートを持ってペンで何かを書こうとする神前誠。その両隣は第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉と西園寺かなめ大尉が座っている。
「あのー説明始めていい?」
「ヨハン、こいつ等のこと気にかけるだけ無駄だぞ。てきとーに話して終わりにしよーや」
投げやりなランの言葉に説明をするということでヨハンの低いテンションはさらに低くなる。
「じゃあ、はじめます」
「はい!」
演操術について語ろうとした話の腰を見事に空気を読まないシャムが元気に手を上げてへし折った。
「なんだ?」
「たぶんアタシわかんないから寝ててもいい?」
シャムの言葉にランは悲しげな表情で隣に座ってにやけている吉田に目を向けた。
「シャム……」
「冗談だって!ね、ランちゃん」
「冗談?テメエが寝るのはいつものことじゃねえか」
明るいシャムの言葉にかなめが突っ込みを入れた。呆れているラン。いつもの光景にヨハンは自分の不幸を笑うような力の無い笑みを浮かべた後、モニターに画像を転送した。
円グラフ。そこにはテレパス、空間干渉、意識把握などの法術の能力名が並んでいる。
「見ての通り法術師の発生確率は一万分の一以下とされている。ほとんどが遼州系の人物だが、確立は落ちるが純潔の地球系の住民にも法術師の発生が確認されている」
「先生!いいですか?」
「なんですか?西園寺大尉」
話の腰を折られて吐き捨てるようにつぶやくヨハンをいかにも楽しそうなかなめが眺めている。
「血筋云々の話は別としてアタシみたいなサイボーグに法術師の発生例はあるんですか?」
「そう言えば康子さんは空間干渉の達人だったな」
かなめのもっともな話にカウラがうなづく。かなめの実母、西園寺康子は『胡州の鬼姫』と呼ばれる薙刀の達人で、その空間制御能力によりほぼ無敵の戦闘能力を誇る人物だった。
「今のところサイボーグの法術師の発生例は無いんですがね。ただ西園寺大尉がその初めての例になってもおかしくないですね」
「と言うとなんだ?」
退屈そうなランの一言にヨハンは大きくうなづく。
「先ほど法術師の発生に純潔の地球系でもその例が紹介されていると言う話ですが、すべての発生例が遼州系の住民と接触する機会の多い人物に限られています。当然大尉は神前と接点が多いわけですから法術の才能が開花してもおかしなことはひとつもありません」
「ふうん」
満足したと言うようにかなめは椅子の上で伸びをした。
「それじゃあ私がその力を得ても良いわけだな?」
今度はカウラだった。説明するだけ面倒だと言うようにヨハンはニヤリと笑ってうなづく。ようやく話が軌道に乗ってきたので先ほどまでの憂鬱な表情はヨハンの顔からは消えていた。
「まあそれじゃーいくらでも法術師は増えるわけだな」
ランのまとめで次の話題に移る所だが、すぐにヨハンは首を振った。
「違いますね。そここそが一番今回現れた犯人の能力である『他能力制御』の肝ですから」
そう言うとヨハンはモニターの画面を切り替えた。そこには各能力とその能力がどのように発動するかの図が載せられていた。
「多くの法術は視床下部のこの部分の異常活性化を原因としていると言う説が現在定説ですが、この……」
「御託はいーんだよ。さっきの話の決着つけてくれ」
小さいランの一言に研究者としてのプライドを傷つけられたと言うように大きく深呼吸をするヨハンの姿は実に面白くて誠は噴出しそうになるのを必死にこらえた。それはすぐにヨハンに見つかり、冷ややかな視線が誠に集中した。
「手っ取り早く言うと法術師の法術発動の際の特殊な脳波は周りの人々の脳波にも影響を与えるんです」
「で?」
「逆に法術を常に待機状態にしている法術師に同じように脳波での刺激を与えれば法術は本人の意図と関係なく発現し……」
「その脳波を発した人物。演操術師の意のままに発現するってーわけか……こりゃー面倒な話だな」
ランの顔が引きつる。
「つまりあれか?ほとんどの能力の乗っ取りが可能なわけなんだな?」
かなめは珍しく真剣な表情を浮かべていた。その問いにヨハンは大きくうなづいた。
「再生能力なんかの接触変性系の法術以外は発動可能です」
「接触変性?」
シャムはそう言うと周りを見回す。しばらく頭を掻いた後でかなめがシャムの鼻を突付いた。
「お前や島田の再生能力のことだよ!再生や治療系の能力は直接触ってねえと駄目なの!」
「ああ、そうなの!」
分かっているのか分かっていないのか分からない調子で元気よくシャムが叫ぶのが部屋に響いた。
「どうでも良いけどよう。要するに能力を持ってる奴の能力を勝手に使うことができる能力の持ち主がいる……って結構やばいことなんじゃねえの?」
「そりゃーそうだろ。だが法術を意識して探査してそれを利用しようとする。法術を知らなきゃ使いこなせない能力だ。元々法術自体が表ざたにされていない状況ではそんな能力を持っている奴も一生法術とは無縁で暮らせたのがこれまでの世の中だ。半年前の神前の能力を見たおかげでそんな面倒な能力に目覚めちゃったってーわけなんだからな……。意外と本人も迷惑に思ってるんじゃねーか?」
ランのまとめにヨハンがうなづく。そしてどうしようも無い重い空気が会議室中に流れた。その空気の意味は誠にも十分分かった。最初に法術を公衆の面前で堂々と使って見せた最初の人間が自分である。それは誠自身が常に自覚し、時に自分を責めている事実だったから。ランもそれに気づいて咳払いをするとなんとか部屋の雰囲気を良くしようと部下達の顔を眺めてみた。
「皆さーん!元気して……無いわね」
沈鬱な雰囲気を破って現れたのはこういうときは必ず現れると言っていい運行部の騒音製造機と呼ばれているアイシャだった。
「なんだ?オメーがここに来る用があるのか?」
当然のように重い面持ちのランの言葉にアイシャは入り口で固まる。
「いやあ……キム少尉が制圧用兵器の試射をかなめちゃんに頼めないかって言われて……」
真剣なラン。しかも元々かなり目つきの悪い悪童という感じの視線ににらまれるとさすがのアイシャも回り道せずに用件だけを口にするしかなかった。だがそれまでの憂鬱な空気にうんざりしていたかなめはやる気十分で立ち上がっていた。
「ぐだぐだ考えるのはちっちゃい姐御とデブに任せるわ。アタシは自分のできることをするよ」
「ほー、言うじゃねーか。まあ一応気にかけといてくれってことだ。今回の事件は法術がらみだが初動捜査が東都警察が仕切っているからな。アタシ等の出る幕がねーほーがいいんだ」
そう言うとランは立ち上がる。ヨハンは自分の講義が中途半端に終わったことが不満なようで手にした小さなディスクを机の腕でくるくると回している。
「おい!オメエ等も来いよ!」
入り口で叫ぶかなめを見てカウラと誠は顔を見合わせた。
「アタシも行く!俊平は?」
「俺はちょっとヨハンの旦那に確認することがありそうだからパスだ」
そう言って胸のポケットからコードを取り出して首筋のジャックに刺す吉田。納得したようにシャムは立ち上がってかなめについて出て行く。
「オメー等も来い。こっちの実演の方がアタシ等には重要なんだから」
戸惑っていた誠とカウラにランが声をかけてきたので二人は渋々席を立った。
明らかに太りすぎている技術将校ヨハン・シュペルター中尉はボードを前に誠達にレクチャーを始めようとしていた。
地球の殖民惑星遼州の政治経済共同機構である『遼州同盟』。その司法実力部隊『同盟司法局』には『法術』と切っても切れない関係にあるといわれ続けてきた。
司法局の存在が世に最大のインパクトを残した『近藤事件』と呼ばれる事件があった。同盟加盟国『胡州帝国』のクーデター阻止がその出動の内容だったが、そこで誠が使用した法術が一般に知られる法術の使用の最初の事例だったのは事実だった。
それから人々はこの遼州に住む人々の持つ法術に関心を持ち、それを以前から軍や研究者が知っていたという事実を知ることになった。
そんな軍の法術研究の部署はかつては存在しない力を扱う奇妙な集団として扱われるか、トップシークレットとして機密の中に閉じ込められるのが宿命だった。元々外惑星に存在し、地球からの移民が圧倒的に多く研究の遅れていたゲルパルト共和国の国防軍法術研究機関出身のヨハンはよく当時の自分の研究を無駄飯食いと評した友人のことを語ることが多かった。だがその巨体を見ると本当に無駄飯食いなんじゃないかと誠ですら思うことが多かった。
ヨハンの顔は晴れ晴れとしていてまさに晴れ舞台という雰囲気だった。だがその光景はあまりに間抜けだった。ほとんど多目的ホール扱いのこの部屋。来月に豊川市街で行なわれる予定の節分の行事のために用意された鎧兜が所狭しと並べられ、その合間には同じ日に上映される自主制作映画の為のコスチュームの入った箱などがてんでんばらばらに並べられている。
これまでに無い事件を検証するにはあまりに乱雑である意味シュールにさえ見える部屋。そこでヨハンは晴れやかな表情で周りが気になって仕方が無い誠達を見下ろしていた。
「あのなあ、ヨハン。ここで本当にいいのか?」
座っているパイプ椅子を傾けながらかなめがヨハンにしみじみとつぶやいた。ヨハンもとりあえず半笑いで周りを見渡す。彼がどんなに自分のこれからの言葉に自信を持っていようがずらりと並ぶ着ぐるみや鎧兜の葛篭が消えるわけも無い。
「しゃーねーだろ?他の部屋は雑兵衣装であふれかえっているんだからよー」
頭をペンで掻きながらランが答えた。現在、捜査の中心は法術特捜の嵯峨茜警視正だが、彼女と部下のカルビナ・ラーナはすでに5件もの違法法術発動事件を抱えて身動きが取れない状況だった。それを彼女の父親で司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐が下請け仕事と銘打ってとってくるのはいつもの話だった。そしてそうなると本来は人型ロボットで切った張ったが商売のアサルト・モジュール部隊が暇人だと言うことで担当させられることになるのもいつものことだった。
アサルト・モジュール部隊隊長のランはしばらく自分の発表の場が余りにカオスナことにショックを受けているヨハンの隣から、なにかメモ書きを彼に手渡していた。その先には鼻と唇の間にペンを挟んで退屈そうにランを見つめている第一小隊二番機担当のナンバルゲニア・シャムラード中尉がいる。そしてその隣でネットの海に直結した電脳デバイスの世界に逃避しているのは三番機担当の吉田俊平少佐だった。その隣、一人だけノートを持ってペンで何かを書こうとする神前誠。その両隣は第二小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉と西園寺かなめ大尉が座っている。
「あのー説明始めていい?」
「ヨハン、こいつ等のこと気にかけるだけ無駄だぞ。てきとーに話して終わりにしよーや」
投げやりなランの言葉に説明をするということでヨハンの低いテンションはさらに低くなる。
「じゃあ、はじめます」
「はい!」
演操術について語ろうとした話の腰を見事に空気を読まないシャムが元気に手を上げてへし折った。
「なんだ?」
「たぶんアタシわかんないから寝ててもいい?」
シャムの言葉にランは悲しげな表情で隣に座ってにやけている吉田に目を向けた。
「シャム……」
「冗談だって!ね、ランちゃん」
「冗談?テメエが寝るのはいつものことじゃねえか」
明るいシャムの言葉にかなめが突っ込みを入れた。呆れているラン。いつもの光景にヨハンは自分の不幸を笑うような力の無い笑みを浮かべた後、モニターに画像を転送した。
円グラフ。そこにはテレパス、空間干渉、意識把握などの法術の能力名が並んでいる。
「見ての通り法術師の発生確率は一万分の一以下とされている。ほとんどが遼州系の人物だが、確立は落ちるが純潔の地球系の住民にも法術師の発生が確認されている」
「先生!いいですか?」
「なんですか?西園寺大尉」
話の腰を折られて吐き捨てるようにつぶやくヨハンをいかにも楽しそうなかなめが眺めている。
「血筋云々の話は別としてアタシみたいなサイボーグに法術師の発生例はあるんですか?」
「そう言えば康子さんは空間干渉の達人だったな」
かなめのもっともな話にカウラがうなづく。かなめの実母、西園寺康子は『胡州の鬼姫』と呼ばれる薙刀の達人で、その空間制御能力によりほぼ無敵の戦闘能力を誇る人物だった。
「今のところサイボーグの法術師の発生例は無いんですがね。ただ西園寺大尉がその初めての例になってもおかしくないですね」
「と言うとなんだ?」
退屈そうなランの一言にヨハンは大きくうなづく。
「先ほど法術師の発生に純潔の地球系でもその例が紹介されていると言う話ですが、すべての発生例が遼州系の住民と接触する機会の多い人物に限られています。当然大尉は神前と接点が多いわけですから法術の才能が開花してもおかしなことはひとつもありません」
「ふうん」
満足したと言うようにかなめは椅子の上で伸びをした。
「それじゃあ私がその力を得ても良いわけだな?」
今度はカウラだった。説明するだけ面倒だと言うようにヨハンはニヤリと笑ってうなづく。ようやく話が軌道に乗ってきたので先ほどまでの憂鬱な表情はヨハンの顔からは消えていた。
「まあそれじゃーいくらでも法術師は増えるわけだな」
ランのまとめで次の話題に移る所だが、すぐにヨハンは首を振った。
「違いますね。そここそが一番今回現れた犯人の能力である『他能力制御』の肝ですから」
そう言うとヨハンはモニターの画面を切り替えた。そこには各能力とその能力がどのように発動するかの図が載せられていた。
「多くの法術は視床下部のこの部分の異常活性化を原因としていると言う説が現在定説ですが、この……」
「御託はいーんだよ。さっきの話の決着つけてくれ」
小さいランの一言に研究者としてのプライドを傷つけられたと言うように大きく深呼吸をするヨハンの姿は実に面白くて誠は噴出しそうになるのを必死にこらえた。それはすぐにヨハンに見つかり、冷ややかな視線が誠に集中した。
「手っ取り早く言うと法術師の法術発動の際の特殊な脳波は周りの人々の脳波にも影響を与えるんです」
「で?」
「逆に法術を常に待機状態にしている法術師に同じように脳波での刺激を与えれば法術は本人の意図と関係なく発現し……」
「その脳波を発した人物。演操術師の意のままに発現するってーわけか……こりゃー面倒な話だな」
ランの顔が引きつる。
「つまりあれか?ほとんどの能力の乗っ取りが可能なわけなんだな?」
かなめは珍しく真剣な表情を浮かべていた。その問いにヨハンは大きくうなづいた。
「再生能力なんかの接触変性系の法術以外は発動可能です」
「接触変性?」
シャムはそう言うと周りを見回す。しばらく頭を掻いた後でかなめがシャムの鼻を突付いた。
「お前や島田の再生能力のことだよ!再生や治療系の能力は直接触ってねえと駄目なの!」
「ああ、そうなの!」
分かっているのか分かっていないのか分からない調子で元気よくシャムが叫ぶのが部屋に響いた。
「どうでも良いけどよう。要するに能力を持ってる奴の能力を勝手に使うことができる能力の持ち主がいる……って結構やばいことなんじゃねえの?」
「そりゃーそうだろ。だが法術を意識して探査してそれを利用しようとする。法術を知らなきゃ使いこなせない能力だ。元々法術自体が表ざたにされていない状況ではそんな能力を持っている奴も一生法術とは無縁で暮らせたのがこれまでの世の中だ。半年前の神前の能力を見たおかげでそんな面倒な能力に目覚めちゃったってーわけなんだからな……。意外と本人も迷惑に思ってるんじゃねーか?」
ランのまとめにヨハンがうなづく。そしてどうしようも無い重い空気が会議室中に流れた。その空気の意味は誠にも十分分かった。最初に法術を公衆の面前で堂々と使って見せた最初の人間が自分である。それは誠自身が常に自覚し、時に自分を責めている事実だったから。ランもそれに気づいて咳払いをするとなんとか部屋の雰囲気を良くしようと部下達の顔を眺めてみた。
「皆さーん!元気して……無いわね」
沈鬱な雰囲気を破って現れたのはこういうときは必ず現れると言っていい運行部の騒音製造機と呼ばれているアイシャだった。
「なんだ?オメーがここに来る用があるのか?」
当然のように重い面持ちのランの言葉にアイシャは入り口で固まる。
「いやあ……キム少尉が制圧用兵器の試射をかなめちゃんに頼めないかって言われて……」
真剣なラン。しかも元々かなり目つきの悪い悪童という感じの視線ににらまれるとさすがのアイシャも回り道せずに用件だけを口にするしかなかった。だがそれまでの憂鬱な空気にうんざりしていたかなめはやる気十分で立ち上がっていた。
「ぐだぐだ考えるのはちっちゃい姐御とデブに任せるわ。アタシは自分のできることをするよ」
「ほー、言うじゃねーか。まあ一応気にかけといてくれってことだ。今回の事件は法術がらみだが初動捜査が東都警察が仕切っているからな。アタシ等の出る幕がねーほーがいいんだ」
そう言うとランは立ち上がる。ヨハンは自分の講義が中途半端に終わったことが不満なようで手にした小さなディスクを机の腕でくるくると回している。
「おい!オメエ等も来いよ!」
入り口で叫ぶかなめを見てカウラと誠は顔を見合わせた。
「アタシも行く!俊平は?」
「俺はちょっとヨハンの旦那に確認することがありそうだからパスだ」
そう言って胸のポケットからコードを取り出して首筋のジャックに刺す吉田。納得したようにシャムは立ち上がってかなめについて出て行く。
「オメー等も来い。こっちの実演の方がアタシ等には重要なんだから」
戸惑っていた誠とカウラにランが声をかけてきたので二人は渋々席を立った。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第三部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。
一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。
その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。
この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。
そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。
『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。
誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる