上 下
540 / 1,474
第15章 撮影は続く

出勤

しおりを挟む
「大丈夫か?神前曹長」 

 カウラがそう言ったのが当然だと誠も自分で思っていた。頭痛と吐き気は、今朝、かなめにたたき起こされたときから止まることを知らない。こうしてモニターを見ていてもただ呆然と文字が流れていくようにしか見えなかった。

「おい、医務室行った方がいいんじゃねえの?」 

「誰のせいでこうなったと思って……」 

 とぼけた顔のかなめに恨み言を言おうとして吐き気に襲われて誠は口を覆う。そんな様子を一目見るとロナルド・スミスJrはあきれ果てたような顔でコートの上のマフラーを首に巻きつける。

「すまないな、昨日徹夜だからどうにもねえ。あがらせてもらうぞ」 

 そう言ってドアのところで待っている岡部とフェデロのところへと向かう。

「お疲れ様です!」 

 元気良くそう彼等に良いながら部屋に入ってきたのはアンだった。その手には誠の痛い絵のマグカップが握られている。

「神前先輩。これ」 

 アンが差し出す渋そうな色の緑茶。普段ならアンの怪しい瞳が気になって手を伸ばさないところだったが、今の誠にはそんな判断能力は無かった。

「ありがとうな、しかし渋いな」 

 そう言いながら誠は一口茶を啜るとため息をつく。

「おい、これじゃあ仕事にならねえな。寮で寝てた方が良いんじゃねえのか?」 

「だから西園寺。こうなったのは誰のせいだとさっきから聞いてるんだ私は!」 

 カウラは無視されてさすがに頭にきて怒鳴る。それがきっかけでにらみ合う二人。女性上司の対立も、今の誠には些細なことに過ぎない。絶え間ない吐き気と頭痛にただ情けない笑いを浮かべることしかできなかった。

「みんないるわね!」 

 元気良く部屋に飛び込んできたのはアイシャだった。今朝、同じように二日酔い状態でカウラの車に乗り込んだはずのアイシャがやたら元気良くしている。その姿を見て誠はうらやましいと言う表情で見上げる。

「なに?誠ちゃんまだつぶれてるの?」 

「アイシャさん。なんで平気なんですか?」 

 そう言うのが精一杯と言う調子で言葉を吐き出す誠の背中をアイシャは景気よく叩く。思わず吐きそうになりながら再び誠が口を手で覆う。

「はい!病は気からよ!気合があれば病気なんてすぐ治るわ!」 

「オメエは一年中病気だろ?」 

 そうつぶやいたかなめをアイシャはにらみつける。だが、アイシャの手に台本のようなものが握られているのを見てかなめは露骨に嫌な顔をした。

「オメエが元気ってことは、昨日の続きをはじめるとか言うことか?」 

 そう言うかなめに顔を近づけていくアイシャ。かなめはその迫力に思わずたじろぐ。

「あたりまえじゃないの!」 

 アイシャはそう言うと再び第二小隊のカウラ、かなめ、誠の顔を見回す。

「さあ!今日も張り切っていくわよ!移動、開始!」 

 誠はそんな元気がどこから出てくるのだろうと不思議に思いながら部屋を出て行こうとするアイシャを見つめていた。

「本当にやるんですか?」 

 力なく誠は立ち上がった。世界がぐるぐる回っている。

「諦めろ。ああなったアイシャは誰も止められねえよ」 

 そう言ってかなめは立ち上がって開いたドアを支えている。カウラは心配そうに誠の肩に手を当てた。

「大丈夫か?なんなら無理しなくても良いんだぞ」 

 そう言ってカウラはエメラルドグリーンの瞳を向ける。思わず自分の頬が染まると同時に、かなめとアンから殺気を帯びた視線が来るのを感じてそのまま部屋を出た。

「あれ?女将さんじゃんよ、あれ」 

 昨日、撮影に使った会議室に紺色の留袖姿の家村春子が入っていくのが見える。

「また呼び出したのか?本当にアイシャは遠慮と言うものがないな」 

 カウラは呆れながら誠を見つめてくる。立ち上がってしばらくは胃の重みが消えて楽になって誠はそのまま先を行くかなめについていく。

「あ!」 

 女子トイレからの突然の声に誠が目を向ける。そこには中学校の制服姿の家村小夏がいた。

「ヘンタイ!」 

 誠にそう言うと小夏は会議室に駆けていく。それを見てかなめはにんまりと笑う。

「また脱いだんですか?僕」 

 何を言い出すか分からないかなめから目を背けてカウラを見つめる。そんな誠には残酷な光景、カウラは首を縦に振った。

「ああ、またですか……はあーあ」 

 大きなため息をつくと誠の足取りはさらに重くなる。さらにさっきは楽になった胃が別の意味で重くなるのを感じる。

 そんな彼の前に法術特捜の部屋から出てきたのは嵯峨茜だった。その後ろにいつもおまけのように付いているカルビナ・ラーナ捜査官補の瞳に軽蔑の表情が浮かんでいるのを見て、さらに誠は消え去りたい気分になった。

「お仕事お疲れ様。それにしても皆さんお忙しいことですわね」 

 上品に笑う茜だが、そりの合わないかなめは鼻で笑うとそのまま会議室へ消えていく。

「しかし、よくあれだけのデータを東和警察から持って来られましたね。去年私が北豊川トンネルの落盤事故の資料を探しに言ったときは体よく断られましたから……何かコツでもあるんですか?」 

 カウラの言葉に茜は他意はないよ言うようににっこりと笑う。その物腰はあの司法局実働部隊隊長の娘であるということを忘れさせるような優雅なものでいつも誠は不思議な気分になった。

「まあそれだけ法術と言う存在を明らかにする必要性が高まっていたと言うことが原因かも知れないですわね。もしお父様が『近藤事件』で神前さんの力を引き出して見せなくても、誰かが表ざたにすることは東和警察も覚悟をしていたんだと思いますわ。そしておかげで私達法術特捜はこの人数でも十分活動可能な状況を作り出すことができましたし。そこだけは幸運と言っても良いんじゃないかしら」 

 そう言うと茜はラーナをつれて司法局実働部隊の隊長室に向かう。

「確かにパンドラの箱は開かれるのを待っていたわけか」 

 カウラがそう言うと歩き出す。誠も吐き気を抑えながらその後に続く。

「早くしなさいよ!ダッシュ!」 

 会議室のドアから顔を出すアイシャの声が廊下一杯に響いた。

「それじゃあ、はじめるわよ。カウラ、誠ちゃん。準備お願い」 

 アイシャはそう言って目の前のカプセルを指差す。その隣でニヤニヤと笑うシャムとラン。ここがこの物語の役でいう所のヒロイン姉妹南條シャムと南條小夏の腹違いの姉、南條カウラと神前寺誠一のデートの場面だと誠にも分かった。

「ちょっと待って、アイシャさん。誠君、凄く顔色悪いじゃないの」 

 春子のその一言は非常に助かるものだった。誠は天使を見るように春子を見つめる。だが、春子は手にしていた袋から一つのオレンジ色のものを誠に差し出した。

「あのーこれは?」 

「干し柿よ。二日酔いには効くんだから。アイシャさんもさっき食べてたわよ」 

 手にした干し柿に誠はため息をつく。逃げられない以上、多少は時間を稼ごうとゆっくりと手にした柿を口に運ぶ。

「はい、誠ちゃん!ちゃっちゃと食べる!それと春子さんと……」 

「すまん!遅くなった」 

 どたばたと入ってきたのは警備部部長マリア・シュバーキナ少佐だった金髪のソバージュをなびかせカプセルに素早く入る。

「マリアさん、あわてなくて良いですよ。まだ隊長も来ていませんから。誠ちゃん!覚悟を決めて!」 

 アイシャの声に押されて誠は仕方なくカプセルに入る。かぶったバイザーの中には大きな川の堤防の上、見晴らしの良い光景が広がっていた。

 風にエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせるカウラ。誠はその姿を見て胸が熱くなるのを感じた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...