レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
539 / 1,536
第14章 終業

終業

しおりを挟む
 誠が予想したとおり空気を読めるアイシャはおとなしくなった。誠達にはアイシャからの呼び出しもかからず何事も無く終業時間を迎えた。法術系事件との関連を疑われていると言うことで整理していた事件のファイル。そんな茜から渡された資料のまとめがようやく終わり、あとは最終チェックをするだけになっていた。隣の席で襟首のジャックに直接コードをつないでずっと音楽を聴いていたかなめが机から足を下ろす。

「さてと、今日も終わりか。カウラ、神前。着替えるぞ」 

 そう言うかなめに専用端末のキーボードをずっと叩いていたカウラが疲れたというように伸びをした。誠も端末のデータを保存する処理を行った後、軽くこった肩を叩いた。

「良いねえ、第二小隊の連中は。こっちは徹夜になりそうだな」 

 新型アサルト・モジュールの運用データの整理をしていた第四小隊。いつもこらえしょうがないフェデロはそう言うと恨みがましい目で誠を見つめてきた。

「そんな目で見ないでくださいよ」 

「まあ諦めることだ。在外武官というものは常に忙しいか暇かどちらかだと父上も言っていたぞ」 

 フェデロの顔を哀れむように見ながらモニターの電源を落としたかえでが立ち上がる。その言葉で誠は彼女の義父であり司法局実働部隊の部隊長、嵯峨惟基が始めて任官したのはこの東和の大使館付き武官だったと言うことを思い出した。その時に道場破り同然に誠の実家の剣道場に現れた嵯峨惟基、当時は西園寺新三郎と名乗っていた胡州陸軍士官がいたという。その様子は母から何度も聞かされていて誠の頭の中にしっかりと残っていた。

「さてと、今日は寮の飯は……ロールキャベツだったよな」 

 そう言うとかなめがカウラの肩に手を乗せた。

「おごるからあまさき屋に行くってのはどうだ?」 

 かなめは非常に好き嫌いが多いたちなのは有名だった。ロールキャベツのキャベツ。そして付け合せのにんじん。どちらもかなめの嫌いな食材だった。

「貴様のおごりならかまわないが……神前も行くだろ?」 

 普段の安心したような顔でカウラは誠に笑いかける。

「ええ、悪いですねいつもおごってもらってばかりで」 

「決まりだな!じゃあ……」 

「待ちなさいよ!」 

 部屋を出ようとしたかなめの前にはアイシャが立ちはだかっている。

「なんだよ。オメエはまた泊りか?ご苦労なこったな」 

 アイシャはそう言って彼女をすり抜けようとするかなめの肩をつかむ。

「あまさき屋に行くつもりでしょ?私達にも……」 

「やなこった!」 

 かなめはアイシャの顔にキスできるほど近づいてそう言うと部屋を出ようとするがそこには小夏とシャム、そしてサラとパーラが立っていた。

「おい!こいつ等の分まで出せっていうのか?」 

「外道!おごると言ったら気前良く行くのが胡州侍の心意気だろ?」 

 サラの後ろに隠れていた小夏が叫ぶ。その言葉にかなめはつかつかと小夏に迫って行った。

「あのなあ、アタシは客なんだぞ。いつも外道呼ばわりしやがって。カウンターを三回壊したくらいで偉ぶるんじゃねえ!」 

「西園寺、壊したのは四回だ。それとテーブルを三つ、椅子を10脚くらい付け足しておけ」 

 そう言うとカウラはかなめと小夏の脇を通り抜けて誠をつれて更衣室へ向かう廊下を早足で歩いた。

「良いんですか?カウラさん。西園寺さん喧嘩を始めそうですよ」 

 先に立って歩いていくカウラに誠は恐る恐る声をかける。

「いや、喧嘩にはならないだろ。あいつは金のことでは喧嘩をしないからな」 

 かなめのことはすべて分かっているというようにカウラは歩き続ける。

「でも……」 

「安心しろ。あいつの持ってるカードはサイン一つで巡洋艦が買えるようなカードだ。西園寺の家の裏書にはその位の価値があるということだ」 

 あっさりそう言うとカウラは女子更衣室に消えてしまう。誠は振り向いた。遠くに見えるかなめ達はなにやら耳を寄せ合いながら時々誠を眺めるようなそぶりをしていた。

 その時、急に誠の体は体重を預けていた男子更衣室に引きずり込まれた。

「神前先輩!」 

 倒れそうになった誠を抱き起こしたのは第二小隊のアン・ナン・パク軍曹だった。思わずあわててアンの手の中から誠は逃げ出す。

「先輩!」 

「あのなあ……くっつくな!」 

「先輩……」 

 そう言うとアンは涙目で誠を見つめてくるン。西と同じ19歳の最年少と言うことで隊の女性陣に可愛がられているアンを泣かせるのは本意ではない。しかし誠はねっとりとしたアンの視線はどうしても苦手だった。

「着替え終わったら外で待ってろ。俺達はあまさき屋に行くから連れて行ってやる!」 

「え!本当ですか!」 

 満面の笑みを浮かべるアンはそのままダウンジャケットを手にしたまま浮かれて更衣室を飛び出して行った。誠は安堵のため息を漏らすと自分のロッカーを開く。背中で再び更衣室のドアが開いた気配を感じて振り向いた誠の前には整備班のつなぎ姿の島田が立っていた。

「おう、お前なあ。あれどうにかしろよな!」 

 入ってくるなり誠にそう言うと廊下の先で騒いでいるかなめとアイシャを指差した。

「あれ、僕の責任ですか?」 

「クラウゼ少佐と西園寺大尉はお前の担当だろ?」 

「担当とかそう言うことでは無いと思うんですけど」 

 苦笑いを浮かべながら上着をハンガーにかける。

「それじゃあアンだけじゃなくて俺とサラの分もお前が払えよ」 

「なんですか?それは!」 

 島田の突然の発言に驚く誠だが、すぐに島田がアンとの会話を聞いていたことに気づいて顔を赤く染めた。

「男女を問わないモテモテ野郎の有名税だ。あれだろ?最近アイシャさんが始めた同人誌の通販がうまく行ってるらしいじゃないの。俺にもたまにはその環境を整えてあげている感謝の念を持ってもらわないとねえ」 

 そう言いながら島田は素早くつなぎを脱ぐとビンテージモノのジーンズに足を通しながら誠を見つめていた。

「分かりましたよ!でも今回だけですよ」 

 そう言うと誠はジャンバーを羽織る。目の前では、してやったりと顔をほころばせる島田がいた。

「まあ俺としてはお前のことは買ってるんだ。俺もパイロット志願だったから分かるが操縦技術の上達速度はやっぱりお前さんの方がずっと上だからな」

 島田はそう言いながらロッカーからヘルメットの入った大きなかばんを取り出し、その後ろから手鏡を取り出すと髪の毛を整え始めた。

「あ、ありがとうございます」 

「まあそれじゃ……」 

 立ち上がろうとした島田の首筋に外から手が伸びてきてそのまま入り口に引っ張られる。

「ほお、島田。後輩に飯をおごらせるとはずいぶん了見の狭い先輩じゃねえか……え?」 

 ぎりぎりと島田の首を締め付けながらそう言ったのはかなめだった。

「西園寺さん、ちょっと……首!」 

「おう、神前。こいつとサラとアンの飯代はアタシが出すぜ。まあその分こうして……」 

 さらに締め上げるかなめの腕に島田がばたつく動きを弱め始めた。

「おい、西園寺。殺すなよ」 
 
 茶色いコートに長い明るい緑のポニーテールを光らせるカウラが笑顔でかなめにそう言った。

「た……た……」 

「正人、自業自得よ」 

 思わずサラに助けを求めようとした島田だが、サラもまたこの状況でかなめを説得できるなどとは思ってはいない。

「ちょっと!死んじゃいますよ!やめてくださいよ!顔が青くなって来ましたよ!」 

 誠の言葉を聞いて初めてかなめは手を離した。そのまま島田は四つんばいになって咳き込む。

「大丈夫?正人」 

 そう言って駆け寄るサラだが、本気で心配しているような様子は無い。

「じゃあいいわ。アタシのおごりだ!吐くまで飲めよ!」 

 そう言ってかなめは女子更衣室に消えていく。続いて入ろうとするアイシャを誠は呼び止めた。

「どういう話し合いをしたんですか!また二日酔いで出勤は嫌ですよ!」 

 真剣な顔でそう言う誠だが、アイシャはそれに楽しそうに笑みを浮かべただけで彼の手を振り切って更衣室に消える。

「まあ、残念としか言えないな。とりあえず胃薬を用意しておいたが……飲むか?」 

 カウラはコートのポケットから錠剤の胃薬の入ったビンを取り出す。彼女がこういうものを必要としない自制心のある女性だとは知っていたので、それが自分に飲ませるために買ったものだと言うことは誠にも分かった。

「とりあえず後で頂きます」 

「いや、これは食前に飲むのが良いらしいぞ」 

 そう言って少し笑みを浮かべながらカウラは錠剤の蓋を開けるラ。そのまま彼女から三錠の胃薬を受け取るとそのまま誠は一息にその錠剤を飲み下した。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

びるどあっぷ ふり〜と!

高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。 どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。 ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね? ※すでになろうで完結済みの小説です。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

処理中です...