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第12章 休みのようなもの

斜め上の展開

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 しばらくの沈黙。

 腹の中がおはぎで満たされた誠は窓から注ぐ秋の柔らかな日差しを見ながらゆったりと伸びをした。安心できる冬のからりと晴れた青空が窓越しに心地よい日差しをくれた。隣の席ではカウラが頬杖を付いて端末のモニターをいじっている。

「ようやく静かになりましたね」 

 そう言いながらかえではうどんを啜っていた。

「でも嵯峨少佐は本当に麺類が好きですね。昨日はたぬき蕎麦……しかも冷やし」 

 話題を振った誠にかえではうどんをかみ締めながらうなづく。

「まあな、胡州軍では麺類は絶対に出ないからな……縁起が悪いんだそうな」 

 かえでの語気が強くなる。渡辺も大きくうなづく。

 麺類と言えば遼南帝国と遼州星系では言われている。先の地球との大戦では戦闘中だろうが平気で戦闘をやめてうどんを茹でたと言う都市伝説があるほどうどんとの組み合わせで語られる遼南。その同盟国として苦戦を強いられた胡州軍にうどん禁止と言うような風潮があってもおかしくないと思いながら、乾いた笑いを浮かべて誠は消えている画面を戻そうとキーボードを叩いた。

 まるで反応がなかった。

 仕方なくリセットしてみる。それでも反応がない。

「モニターが切り替わらないのか?西園寺の奴が設定まで変更したとか」 

 焦ってぱちぱちとリセットボタンを押す誠の姿を見てカウラがそう言った。

「そうすると西園寺さんじゃないと直らないってことですか?」 

 泣きそうな顔で誠はカウラを見つめる。

 他に策はなかった。誠に仕事を頼んだのは嵯峨の長女で法術特捜本部の部長、嵯峨茜警視正。穏やかなお姫様らしい雰囲気とは正反対に厳格な上司である彼女が書類の提出期限を延ばしてくれることなど考えられなかった。

「じゃあ行ってきます」 

 そう言って誠は詰め所を後にした。

 廊下に出ると相変わらずあの撮影をしている第四会議室の前では運行部の女性士官達が雑談をしていた。

「ああ、アイシャ来たよ。誠ちゃん、来たから!」 

 その中で明らかに一回り小さいシャムが、いつものように猫耳カチューシャをつけた状態で誠に手招きをしている。

「ナンバルゲニア中尉、一体……」 

 誠はそのまま急に歓迎ムードになった女性士官達の前をシャムに引っ張られて部屋に入った。

「おう、来たか」 

 そう言って首の周りにいくつもの配線をまわした首輪のようなものをつけた吉田がキーボードを叩く手を止めて誠を見つめる。

「あれ?昼休みじゃないんですか?」 

「なに間抜けなこといってるんだよ。こう言う人様にあまり顔向けできない仕事はさっさと片付けるに限るだろ」 

 そう言いながら吉田がキーボードを叩くと再び目の前のカプセルのふたが開いた。先ほど誠が入ったカプセル。それを指差しながら吉田はニヤニヤ笑う。

「またやるんですか?」 

 誠は恨みがましい目を吉田に向けた。

「どうせあっちで見てたんだろ?この中に入って見てても同じじゃないか」 

 吉田と目配せをしたシャムが誠にヘルメットをかぶせる。仕方なく誠は顔まで覆うヘルメットを再びかぶるとカプセルの中に寝転がった。

 誠の被ったバイザーの中に先ほどかなめが鞭打たれていた洞窟が見える。

『かなめちゃん!準備できた?』 

 アイシャの声が響く。誠はサブモニターで自分の姿が黒いマントに変な仮面をした魔法使いになっていることに気づいた。

「アイシャさん!いきなりですか?台本ではここは西園寺さんが一人で脱出するんじゃなかったでしたっけ?」 

『良いのよ、吉田さんがこっちの方が盛り上がるからって言ってたし』 

『なんだよ俺のせいかよ』 

 いかにも吉田が不服そうにつぶやく。モニターの下には変更された台本がある。自然と誠の目はそれを見ていた。そこには手枷で拘束されているかなめを誠の役『マジックプリンス』が助けると言う筋書きが書いてあった。

『なんだよ名前の変更無しかよ!マジックプリンス。まんまじゃん。もっとひねれよ!』 

 頭の中でそう思うものの、のらりくらりかわして自分の意見を通すと言う術を嵯峨から一番良く学び取っているアイシャに言うのは無茶だと思って誠は口をつぐむ。

『じゃあ、行くわよ!ハイ!』 

 さすがに飽きたというような調子でアイシャがシーンの始まりを告げる。

 誠は黒の全身タイツに重心が高くて落ちそうなシルクハット、さらに引きずりそうになるほど長い黒いマントと言う奇妙奇天烈な格好で堂々と洞窟を歩いていく。その先には痛めつけられて弱ったかなめが手枷で吊るされていた。

 肉のちぎれたひじの関節の内部の機械が露出し、切り裂かれた頬には血と金属で出来ているような骨格が見えている。明らかにやりすぎと言うか本当に子供にこれを見せるのかと突っ込みたくなる衝動を抑えて誠は手にした杖の一振りでかなめを吊っていた鎖を切った。

「な……なんだ……貴様は?」 

 かなめは力なく頭をもたげながら搾り出すようにして言葉を発する。いつも見慣れた強気一辺倒のかなめから想像も付かないような弱々しい姿に誠は台本通りに自分ではイケテルと思う流し目をかなめに向けた。明らかに噴出しそうな顔が一瞬浮かぶが、かなめは何とか我慢して痛めつけられた女性幹部の演技を続けた。

「動くんじゃない。今、修復魔法をかけてやる」 

 そう言って誠は傷ついているかなめの体に手を伸ばす。ぼんやりと淡い桃色の光を放つ手に撫でられると、わずかに発光しながら内部の機械が露出していたかなめの体が修復されていく。

「私を助けるだと?無用な機械。もはや用済みの機械の私を助けたところで……」 

 そう言って笑うかなめの頬を誠は平手で打つ。

「機械だろうが生物だろうが存在するものに無用なものなどないんだ!君には償わなければならないことがある。それを償ってもらうために私はここに来たんだ!」 

 そう言うと誠は再び修復魔法をかなめにかける。その言葉に笑顔を浮かべかなめは素直に誠の手に傷口を晒す。

『ありえないよ!こんなの!西園寺さんがこんなに素直なわけないじゃないか!』 

 そう叫びたくなる欲求を抑えながら胸を切り裂いていた鞭の跡に手を伸ばす。

 突然かなめが体を倒してきた。すると修復魔法をかけていた誠の手がかなめの豊かな右の乳房にかぶさった。

「あっ……」 

 おもわずかなめが声を漏らす。誠はそのまま手をのけようとするが、その手はかなめの右腕につかまれてさらに胸を揉むような格好になった。

『あー!西園寺さんやばいよこれ。アイシャさんが見てるんでしょ?しかも僕の机のモニターつけっぱなしだからカウラさんが……いや!かえでさんに殺されるよ俺!』 

 一瞬で何重もの恐怖が誠の頭を駆け巡る。かなめはうれしそうな顔をしながらその手を放し、静かに立ち上がった。

「貴様……私をまだ必要とする者とは貴様のことか?」 

 そう言ってかなめは誠をにらみつける。明らかに悪役の女怪人と言う姿だが、妙に似合っているので誠はつい彼女に見とれてぼーっとしていた。

「気に入った。どうせ捨てられた命だ。力を貸すのも悪くはないか」  

「ああ、君にはするべきことがあるんだ。力を貸してくれ」 

 そう言って誠はあまりにも直球な感じでつけられているマントを翻した。次第に自分の体が消えていくという奇妙な感覚に興奮している自分を押さえ込む。

「貴様!名は!」 

「私はマジックプリンス!正義と真実の男!」 

『おい!どこの多良尾判内ですか!俺は!』 

 呆れながら今度はカメラ目線になってかなめを見つめる。かなめはじっと手を握り誠が消えたあたりを眺める。

「マジックプリンス……ああ、覚えておこう。その名を」 

 そう言うとかなめも小走りで素早く洞窟を脱出した。その様を見ながら誠は突っ込みたかった。

『おい!戦闘員は?下っ端は?監視はどうした!』 

 目の前が暗くなり一幕が終わったことを告げる。

「あのー、アイシャさん?」 

 恐る恐る誠はしゃべり始める。一応、アイシャは上官である。しかも自分が面白いと感じたら絶対に譲らない彼女である。

『はい、なんでしょう?』 

 サブモニターに映るアイシャの満面の笑み。

「僕の格好ってこんなに間抜けでしたっけ?」 

 その言葉にアイシャの笑みが大きく見える感覚に誠は囚われた。

『ああ、それねデザインしたのはシャムだから』 

 あっさりとアイシャは答える。シャムが後ろでガッツポーズをしている。周りでは運行部の女性隊員が拍手をしていた。

『良いんだよ、どうせやるのはお前さんなんだから。まあ一部。ぶーたれてる奴もいることだしさ』 

「吉田さんまで……」 

 誠はこのまま部屋に帰りたくなったが、帰ればカウラとかえでによる血の制裁が待っていると気づいて踏みとどまった。

『じゃあ次は女将さん……いえ、春子さんの場面ね』 

 アイシャの声に誠は興味を引かれた。

 春子の役、魔獣ローズクイーンのデザインは誠がしたものだった。はっきり言って悪ふざけに過ぎたと自分でも思える。頭に薔薇の花のような冠を被り、両手から蔓のような鞭が生え、全身が緑色の素肌のような格好にところどころに棘が映えた姿。正直、エロゲ系RPGの敵モンスターみたいだなあと思いながら書いた落書きをどうアイシャが使うのか予想が付かなかった。

 そして画面が開く。中央で明華は腕組みをして、人が入るほどの大きさの透明なカプセルを見上げる。顔のアップでの怪しげな笑みに誠は背筋が寒くなるのを感じた。

『うちの女性陣は何でこういう悪役やらせると映えるのかな』 

 これは絶対に口にはできないと思いながら誠は目の前の光景を眺めていた。

『ふっ。やはり所詮は出来損ないの試作品か。まあいい時間稼ぎになっただけましというところか……』 

 明華はそのまま目の前のカプセルを見上げた。そこには全裸の女性のようなものが入っていた。

『え?』 

 誠は目を疑った。それは彼がデザインしたまんまの魔獣ローズクイーンの姿だった。ローズクイーン役の春子は眼を開き、これもまた悪そうな笑みを浮かべて明華を見つめる。

『やっぱ怖いよ、うちがらみの女の人!』 

 冷や汗を流しながら誠は画面を見つめる。

『さて、あとはあのはねっかえりの王女様がどれだけの成果を上げるか、楽しみだねえ。貴様もそう思うだろ?』

 再び明華はとてつもなく悪そうな笑みを浮かべる。それに答えるようにして春子が舌なめずりをしている。そして再び画面が暗くなった。

『アイシャちゃん、こんな感じで良いの?』 

 うれしそうに春子はアイシャに演技の感想を尋ねる。モニターにその姿は映ってはいないが彼女が非常に楽しんでいることだけは誠にもよく分かった。

『お母さん凄い!私達もがんばりましょう!師匠!』 

『当然よ!』 

 小夏とシャムが割り込んでくる。誠はただカウラと楓の制裁が怖くてじっとして周りの人々から忘れられようと気配を消していた。
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