523 / 1,474
第9章 奢りと罠
酔っ払い
しおりを挟む
繁華街に突然現れたと言うような空き地を利用した駐車場だった。真っ赤なカウラのスポーツカーが一際目に付く。
「西園寺さん?」
「なんでもねえよ!……すぐ来るって話だったけど遅いな!」
間が持たないというように腕の時計をにらみながらかなめがそう言ったところで運転代行の白いセダンが駐車場の入り口に止まった。
「神前、そいつから鍵を取り上げろ」
かなめの言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。カウラはじっとしゃがみこんで雑草を抜いてはそれを観察している。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。
「カウラさん!そんなの食べないでください!」
そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草を叩き落す。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。
「まことー!まことー」
カウラは叫びながら強く誠を抱きしめる。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げるカウラの抱擁に誠は息もからがら、代行業者の金髪の青年と並んでやってきたかなめに助けを求めるように見上げた。
「いいご身分だな、神前」
そう言って笑うと、かなめはカウラを止めもせずにカウラのジャケットのポケットに手を突っ込んで車の鍵を探り当てる。
「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシは帰るから」
そのままかなめは立ち去ろうとする。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。
「いやなのら!はなれないのら!」
カウラが持てる力を振り絞って暴れる。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながら誠はなだめにかかる。
「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!」
カウラのスポーツカーの助手席からかなめが顔を出す。
「そんなこと言って……」
その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていく。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。
「ったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」
苦笑いを浮かべるかなめに言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かう。
「本当に寝てるな、こいつ」
渋い表情のかなめが助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。
「お前が隣にいてやれよ」
そう言ってかなめは誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのままかなめは有無を言わせず助手席に座る。
「運ちゃん頼むわ」
そう言って金髪の青年に声をかける。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられる。助手席で外を見つめているかなめの横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。
「大丈夫なんですか、あの方は?」
さすがに気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてくる。
「ええ、いつもこうですから……」
そう答える誠にあわせるようにかなめがうなづく。だが、いつもならここでマシンガントークでカウラをこき下ろすかなめがそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまう。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。
豊川駅の繁華街から住宅街へと走る車。つかまった信号が変わるのを見ると金髪の運転手は右折して見慣れた寮の前の通りに入り込む。
「ちょっと入り口のところで止めてくれるか?」
かなめはそう言うと寮の門柱のところで車を止めさせる。そしてそのままドアを開くと降り立って座席を前に倒した。
「おい、神前。そいつ連れてけ」
表情を押し殺したような調子でかなめが誠に告げる。
「カウラさん、着きましたよ」
そう耳元で告げてみてもカウラはただ寝息を立てるだけだった。誠は彼女の脇に手を入れて車から引きずり出す。
「ったく幸せそうな寝顔しやがって」
呆れたような表情でかなめはそう言ってそのまま車に乗り込む。隣の駐車場にゆっくりとカウラの赤いスポーツカーが進んでいく。誠はそれを見送るとカウラを背負って寮の入り口の階段を上る。
考えてみれば時間が悪かった。カウラの自爆で『あまさき屋』をさっさと引き払った時間は9時前。煌々と玄関を照らす光の奥では談笑する男性隊員の声が響いてくる。足を忍ばせて玄関に入り、床にカウラを座らせて靴を脱ぐ。カウラを萌えの対象としてあがめる『ヒンヌー教徒』に見つかればリンチに会うというリスクを犯しながら自分のスニーカーを脱ぎ、カウラのブーツに手をかけた時だった。
「おっと、神前さんがお帰りだ。やっぱり相手はベルガー大尉ですか、隅に置けないですね」
突然の口に歯ブラシを突っ込んだ技術部の伍長の声に誠は振り向いた。いつの間にか食堂から野次馬が集まり始めている。その中に菰田の部下である管理部の主計下士官達も混じっていた。
『ヒンヌー教』の開祖菰田邦弘主計曹長に見つかれば立場が無いのは分かっている誠はカウラのブーツに手をかけたまま凍りついた。
「オメエ等!そんなにこいつが珍しいか!」
そう怒鳴ったのは駐車場から戻ってきたかなめだった。入り口のドアに手をかけ仁王立ちして寮の男性隊員達をにらみつける。助かったと言うように誠はカウラのブーツを脱がしにかかる。
「なんだ、西園寺さんもいたんじゃないですか……」
眼鏡の管理部の伍長の言葉を聴くとかなめは土足でその伍長のところまで行き襟首をつかんで引き寄せる。
「おい、なにか文句があるのか?え?」
すごむかなめを見て野次馬達は散っていく。首を振る伍長を解放したかなめがそのままカウラのブーツの置くところを探している誠の手からそれを奪い取る。
「ああ、こいつの下駄箱はここだ」
そう言って脇にある大きめの下足入れにブーツを押し込んだ。
「神前、そいつを担げ」
そのまま自分のブーツを素早く脱いで片付けようとするかなめの言葉に従ってカウラを背負う。
「別に落としても良いけどな」
スリッパを履いて振り向いたかなめを見つめた後、そのまま誠は階段に向かう。
食堂で騒いでいる隊員達の声を聞きながら誠はかなめについて階段を上った。そのまま二階のカウラの部屋を目指す誠の前に会いたくない菰田が立っていた。
「これは……」
何か言いたげに菰田は誠の背中で寝入っているカウラを指差す。
「なんだ?下らねえ話なら後にしろ」
かなめの高圧的な調子の言葉に菰田は思わず目を反らすとそのまま自分の部屋のある西棟に消えていく。かなめは自分の部屋の隣のカウラの部屋の前に立つ。
「これか、鍵は」
そう言うと車の鍵の束につけられた寮の鍵を使ってカウラの部屋の扉を開いた。
閑散とした部屋だった。電気がつくとさらにその部屋の寂しさが分かってきて誠は入り口で立ち尽くした。机の上には数個の野球のボール。中のいくつかには指を当てる線が引いてあるのは変化球の握りを練習しているのだろう。それ以外のものは見当たらなかった。だが、それだけにきれいに掃除されていて清潔なイメージが誠に好感を与えた。ある意味カウラらしい部屋だった。
「布団出すからそのまま待ってろ」
そう言ってかなめは慣れた調子で押入れから布団を運び出す。これも明らかに安物の布団に質素な枕。誠は改めてカウラが戦うために造られた人間であることを思い出していた。
「ここに寝せろ……」
かなめの言うことにしたがって誠はカウラを敷布団の上に置いた。
「なあ、オメエもこいつのこと好きなのか?」
掛け布団をカウラにかぶせながらかなめは何気なく聞いてくる。その質問の唐突さに誠は驚いたようにかなめを見上げた。
「嫌いなわけないじゃないですか、仲間ですし、いろいろ教えてくれていますし……」
かなめが聞いているのはそんなことでは無いと分かりながらも、誠にはそう答えるしかなかった。
「まあ、いいや。実は飲み足りなくてな……付き合えよ」
そう言うとかなめは立ち上がる。誠も穏やかな寝顔のカウラを見て安心するとかなめの後に続いた。カウラの部屋の隣。さらに奥のアイシャの部屋はしんと静まり返っている。かなめも鍵を取り出すとそのまま自分の部屋に入った。
こちらも質素な部屋だった。机といくつかの情報端末と野球のスコアーをつけているノート。あえて違いをあげるとすれば、転がる酒瓶はカウラの部屋には無かった。
「実はスコッチの良いのが手に入ったんだぜ。アイラのシングルモルトの12年ものだ」
そう言ってかなめは笑う。そのまま彼女は机の脇に手を伸ばし、高級そうな瓶を取り出す。そしてなぜか机の引き出しを開け、そこからこの寮の厨房からちょろまかしただろう湯飲みを二つ取り出した。
「まあ、夜はまだまだあるからな」
そう言ってかなめはタレ目で誠を見つめる。彼女の肩に届かない長さで切りそろえられた黒髪をなびかせながらウィスキーをそれぞれ湯飲みに注ぎ、誠に差し出す。
「良い夜に乾杯!」
そう言ってかなめは笑顔で酒をあおる。誠は彼女のそう言う飲み方が好きだった。
「お前も配属になってもう半年か。どうだ?」
珍しくかなめが仕事の話を振ってくるのに違和感を感じながら誠は頭をひねる。
「そうですね、とりあえず仕事にも慣れてきましたし……と言うかうちってこんなに遊んでばかりで良いんですかね」
誠の皮肉ににやりと笑いながらかなめは二口目のウィスキーを口に運ぶ。
「まあ、それは叔父貴の心配するところなんじゃねえの?でもまあこれまでよりは仕事はしてるんだぜ。近藤事件やバルキスタン紛争なんかはようやく隊が軌道に乗ったからできる仕事ではあるけどな」
そう言って笑うかなめが革ジャンを脱ぎ捨てる。その下にはいつものように黒いぴっちりと体に張り付くようなタンクトップを着ていた。張りのある背中のラインに下着の線は見えなかった。
「西園寺さん?」
「なんでもねえよ!……すぐ来るって話だったけど遅いな!」
間が持たないというように腕の時計をにらみながらかなめがそう言ったところで運転代行の白いセダンが駐車場の入り口に止まった。
「神前、そいつから鍵を取り上げろ」
かなめの言葉に従って、歩道との境目に生えた枯れ草を引き抜いているカウラに誠は近づいていった。カウラはじっとしゃがみこんで雑草を抜いてはそれを観察している。そんな彼女に鍵を渡してくれと頼もうと近づく誠が彼女の手が口に伸びるのを見つけた。
「カウラさん!そんなの食べないでください!」
そのまま駆け寄ってカウラの手にあるぺんぺん草を叩き落す。突然の行為にびっくりしたように誠を見つけたカウラはそのまま誠の胸に抱きついた。
「まことー!まことー」
カウラは叫びながら強く誠を抱きしめる。まるでサバ折りを食らったように背骨を締め上げるカウラの抱擁に誠は息もからがら、代行業者の金髪の青年と並んでやってきたかなめに助けを求めるように見上げた。
「いいご身分だな、神前」
そう言って笑うと、かなめはカウラを止めもせずにカウラのジャケットのポケットに手を突っ込んで車の鍵を探り当てる。
「じゃあ、オメエ等そこでいちゃついてろ。アタシは帰るから」
そのままかなめは立ち去ろうとする。彼女なら本当にこのまま帰りかねないと知った誠はしがみつくカウラを引き剥がそうとした。
「いやなのら!はなれないのら!」
カウラが持てる力を振り絞って暴れる。彼女が今のように本当に酔っ払うと幼児退行することは知っていたが、今日のそれは一段とひどいと思いながら誠はなだめにかかる。
「おい!乗るのか乗らないのかはっきりしろよ!」
カウラのスポーツカーの助手席からかなめが顔を出す。
「そんなこと言って……」
その一言を最後に急にカウラの抱擁の力が抜けていく。見下ろす誠の腕の中でカウラは寝息を立てていた。
「ったく便利な奴だ。神前、とりあえず運んで来い」
苦笑いを浮かべるかなめに言われて誠はカウラを抱き上げた。細身の彼女を抱えてそのまま車の助手席に向かう。
「本当に寝てるな、こいつ」
渋い表情のかなめが助手席のシートを持ち上げて後部座席に眠るカウラを運び込んだ。
「お前が隣にいてやれよ」
そう言ってかなめは誠も後部座席に押し込んだ。そしてそのままかなめは有無を言わせず助手席に座る。
「運ちゃん頼むわ」
そう言って金髪の青年に声をかける。その声が沈うつな調子なのが気になる誠だがどうすることもできなかった。カウラは寝息を立てている。引き締まった太ももが誠の足に押し付けられる。助手席で外を見つめているかなめの横顔が誠にも見えた。時々、彼女が見せる憂鬱そうな面差し。何も言えずに誠はそれを見つめていた。
「大丈夫なんですか、あの方は?」
さすがに気になったのか金髪の運転手が誠に尋ねてくる。
「ええ、いつもこうですから……」
そう答える誠にあわせるようにかなめがうなづく。だが、いつもならここでマシンガントークでカウラをこき下ろすかなめがそのまま外を流れていく町並みに目を向けて黙り込んでしまう。気まずい雰囲気に金髪の運転手の顔に不安が見て取れて誠はひたすら申し訳ないような気持ちで早く寮に着くことだけを祈っていた。
豊川駅の繁華街から住宅街へと走る車。つかまった信号が変わるのを見ると金髪の運転手は右折して見慣れた寮の前の通りに入り込む。
「ちょっと入り口のところで止めてくれるか?」
かなめはそう言うと寮の門柱のところで車を止めさせる。そしてそのままドアを開くと降り立って座席を前に倒した。
「おい、神前。そいつ連れてけ」
表情を押し殺したような調子でかなめが誠に告げる。
「カウラさん、着きましたよ」
そう耳元で告げてみてもカウラはただ寝息を立てるだけだった。誠は彼女の脇に手を入れて車から引きずり出す。
「ったく幸せそうな寝顔しやがって」
呆れたような表情でかなめはそう言ってそのまま車に乗り込む。隣の駐車場にゆっくりとカウラの赤いスポーツカーが進んでいく。誠はそれを見送るとカウラを背負って寮の入り口の階段を上る。
考えてみれば時間が悪かった。カウラの自爆で『あまさき屋』をさっさと引き払った時間は9時前。煌々と玄関を照らす光の奥では談笑する男性隊員の声が響いてくる。足を忍ばせて玄関に入り、床にカウラを座らせて靴を脱ぐ。カウラを萌えの対象としてあがめる『ヒンヌー教徒』に見つかればリンチに会うというリスクを犯しながら自分のスニーカーを脱ぎ、カウラのブーツに手をかけた時だった。
「おっと、神前さんがお帰りだ。やっぱり相手はベルガー大尉ですか、隅に置けないですね」
突然の口に歯ブラシを突っ込んだ技術部の伍長の声に誠は振り向いた。いつの間にか食堂から野次馬が集まり始めている。その中に菰田の部下である管理部の主計下士官達も混じっていた。
『ヒンヌー教』の開祖菰田邦弘主計曹長に見つかれば立場が無いのは分かっている誠はカウラのブーツに手をかけたまま凍りついた。
「オメエ等!そんなにこいつが珍しいか!」
そう怒鳴ったのは駐車場から戻ってきたかなめだった。入り口のドアに手をかけ仁王立ちして寮の男性隊員達をにらみつける。助かったと言うように誠はカウラのブーツを脱がしにかかる。
「なんだ、西園寺さんもいたんじゃないですか……」
眼鏡の管理部の伍長の言葉を聴くとかなめは土足でその伍長のところまで行き襟首をつかんで引き寄せる。
「おい、なにか文句があるのか?え?」
すごむかなめを見て野次馬達は散っていく。首を振る伍長を解放したかなめがそのままカウラのブーツの置くところを探している誠の手からそれを奪い取る。
「ああ、こいつの下駄箱はここだ」
そう言って脇にある大きめの下足入れにブーツを押し込んだ。
「神前、そいつを担げ」
そのまま自分のブーツを素早く脱いで片付けようとするかなめの言葉に従ってカウラを背負う。
「別に落としても良いけどな」
スリッパを履いて振り向いたかなめを見つめた後、そのまま誠は階段に向かう。
食堂で騒いでいる隊員達の声を聞きながら誠はかなめについて階段を上った。そのまま二階のカウラの部屋を目指す誠の前に会いたくない菰田が立っていた。
「これは……」
何か言いたげに菰田は誠の背中で寝入っているカウラを指差す。
「なんだ?下らねえ話なら後にしろ」
かなめの高圧的な調子の言葉に菰田は思わず目を反らすとそのまま自分の部屋のある西棟に消えていく。かなめは自分の部屋の隣のカウラの部屋の前に立つ。
「これか、鍵は」
そう言うと車の鍵の束につけられた寮の鍵を使ってカウラの部屋の扉を開いた。
閑散とした部屋だった。電気がつくとさらにその部屋の寂しさが分かってきて誠は入り口で立ち尽くした。机の上には数個の野球のボール。中のいくつかには指を当てる線が引いてあるのは変化球の握りを練習しているのだろう。それ以外のものは見当たらなかった。だが、それだけにきれいに掃除されていて清潔なイメージが誠に好感を与えた。ある意味カウラらしい部屋だった。
「布団出すからそのまま待ってろ」
そう言ってかなめは慣れた調子で押入れから布団を運び出す。これも明らかに安物の布団に質素な枕。誠は改めてカウラが戦うために造られた人間であることを思い出していた。
「ここに寝せろ……」
かなめの言うことにしたがって誠はカウラを敷布団の上に置いた。
「なあ、オメエもこいつのこと好きなのか?」
掛け布団をカウラにかぶせながらかなめは何気なく聞いてくる。その質問の唐突さに誠は驚いたようにかなめを見上げた。
「嫌いなわけないじゃないですか、仲間ですし、いろいろ教えてくれていますし……」
かなめが聞いているのはそんなことでは無いと分かりながらも、誠にはそう答えるしかなかった。
「まあ、いいや。実は飲み足りなくてな……付き合えよ」
そう言うとかなめは立ち上がる。誠も穏やかな寝顔のカウラを見て安心するとかなめの後に続いた。カウラの部屋の隣。さらに奥のアイシャの部屋はしんと静まり返っている。かなめも鍵を取り出すとそのまま自分の部屋に入った。
こちらも質素な部屋だった。机といくつかの情報端末と野球のスコアーをつけているノート。あえて違いをあげるとすれば、転がる酒瓶はカウラの部屋には無かった。
「実はスコッチの良いのが手に入ったんだぜ。アイラのシングルモルトの12年ものだ」
そう言ってかなめは笑う。そのまま彼女は机の脇に手を伸ばし、高級そうな瓶を取り出す。そしてなぜか机の引き出しを開け、そこからこの寮の厨房からちょろまかしただろう湯飲みを二つ取り出した。
「まあ、夜はまだまだあるからな」
そう言ってかなめはタレ目で誠を見つめる。彼女の肩に届かない長さで切りそろえられた黒髪をなびかせながらウィスキーをそれぞれ湯飲みに注ぎ、誠に差し出す。
「良い夜に乾杯!」
そう言ってかなめは笑顔で酒をあおる。誠は彼女のそう言う飲み方が好きだった。
「お前も配属になってもう半年か。どうだ?」
珍しくかなめが仕事の話を振ってくるのに違和感を感じながら誠は頭をひねる。
「そうですね、とりあえず仕事にも慣れてきましたし……と言うかうちってこんなに遊んでばかりで良いんですかね」
誠の皮肉ににやりと笑いながらかなめは二口目のウィスキーを口に運ぶ。
「まあ、それは叔父貴の心配するところなんじゃねえの?でもまあこれまでよりは仕事はしてるんだぜ。近藤事件やバルキスタン紛争なんかはようやく隊が軌道に乗ったからできる仕事ではあるけどな」
そう言って笑うかなめが革ジャンを脱ぎ捨てる。その下にはいつものように黒いぴっちりと体に張り付くようなタンクトップを着ていた。張りのある背中のラインに下着の線は見えなかった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第三部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。
一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。
その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。
この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。
そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。
『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。
誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が起こらないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる