レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

文字の大きさ
上 下
472 / 1,536
第31章 思い出

散歩

しおりを挟む
 朝食が終わる。

「じゃあ私は点数稼ぎ……」

 そう言ってしばらくは居間でお茶を片手にテレビを見て笑っていたアイシャが立ち上がる。

「点数稼ぎだ?」

「かなめちゃんには無理かな……お母さん、お手伝いしますよ」

 アイシャはそう言って洗い物を始めた薫を手伝う。

「新聞は……西園寺か」

「なんだよ文句があるのか?」

 コタツで伸びをしながらかなめが手にした新聞を振り上げた。アイシャがいなくなってカウラはようやくコタツに足を入れようとした。

「誠ちゃん貸すわよ」 

 アイシャが振り向いてカウラにウィンクする。はじめ、その言葉の意味がわからず誠もかなめもただアイシャの顔をしばらく覗き込むばかりだった。アイシャの呆れた顔にようやく意味がわかったと言うように、かなめが居間のテーブルの上に茶を置いてうなづいた。

「まあ好きに弄り倒してもかまわねえよ……なんなら……」 

 そう言ってかなめは口を押さえていやらしい目で誠を見つめる。

「なんですか?それ」 

 誠の言葉にしばらく考えた後、カウラはコタツに入らずにそのまま立ち上がった。

「何時までに帰ればいいんだ?」 

 少し恥ずかしそうにそう言うと腕の時計を兼ねた端末を覗き込む。アイシャはうれしそうに左手にはめた端末を覗き込んでいる。

「今……8時……」 

「8時45分だろ?お前のはアナログか?」 

 かなめに怒鳴られてアイシャはおどけて舌を出す。誠は自分の意思とは関係なく話が進んでいく状況に困惑しながら座っていた。そのおろおろしている姿にかなめは大きくため息をつく。

「エスコートするくらいの気概は……って無理か」 

「無理ってひどいですよ!」 

 誠は抗議するがだ黙ってじっとかなめに見つめられると次第に自信がなくなって行くのがわかりうつむく。

「まああれよ。誠ちゃんの昔よく行った場所とか、遊んだ場所とか案内するだけで良いと思うわよ。私達みたいな存在には無縁なことだもの」 

 そう言ってアイシャは紺色の髪を掻きあげる。彼女の人造人間と言う宿命を思い出し誠は口を噤む。

「ああ、私も見たいな」 

 カウラの言葉に誠は彼女を見つめた。表情が乏しい彼女でも笑顔を浮かべることがある。そんなことを思い出させるような笑顔だった。

「大人の状態になるまで培養ポッドの中で育って知識も直接脳に焼き付けられたものしかない人間にはそう言う経験は貴重だから」 

 アイシャにしては珍しく誠にもわかる助言をする。かなめが起き上がって感心した目でアイシャを見つめる。

「おい、アイシャ……何か悪いものでも食べたのか?」 

「何言ってんのよ!今朝の朝食はかなめちゃんと同じもの食べたじゃないの!」 

 そう叫ぶアイシャの言葉に納得しながら誠は立ち上がった。カウラは少し頬を赤く染めながら誠を見上げている。

「神前が良いなら私は……」 

 少しばかり動揺したようにカウラは目を伏せた。

「じゃあ、つまらない場所ですけど……」 

 そう言って誠は台所を覗き込む。うれしそうに鶏の腿肉をヨーグルトベースのタレに漬け込んでいる母、薫が振り返った。

「じゃあ行ってらっしゃい!」 

 誠は苦笑いを浮かべるとそのまま玄関に向かった。カウラも誠にひきつけられるように少し緊張しているような誠についていくことにした。

 誠が靴を履くのを見ながらカウラは庭を見つめていた。マキの生垣の上に広がるのは冬らしい空。風は昨日と同じく冷たい。

「じゃあ、行きましょう」 

 立ち上がった誠の視線の前にはカウラの引きつった笑顔があった。

 そのまま門をくぐって誠は歩き出す。つぎはぎだらけの路地のアスファルトの上を所在無げにそんな誠にカウラはついていく。下町の細い道を歩きながらカウラはしきりに周りを見回していた。

「やっぱりずいぶんと古い街なんだな、東都は」 

 カウラは感慨深げにつぶやいた。

「まあ、豊川みたいに先の大戦の特需の後に大きくなった都市とは違いますから」 

 自分でも教科書の受け売りのようなことを言っていると思いながら誠は苦笑いを浮かべる。

 東和共和国は第二次遼州戦争では、同じ日系文化圏の胡州帝国の参戦要求を最後まで拒否して中立を貫いた。遼州の主要国すべてが参戦した戦いに加わらず、ひたすら各国の発注する物資を提供した姿は『遼州の兵器庫』と勝利した国からも敗北した国からも揶揄されることになった。

 その急激な経済成長以前から東都の下町として栄えている東都浅間界隈の路地裏には古いものが多く残されていた。

「もうすぐ見えますよ」 

 カウラに歴史の講釈をしても逆に教えられるだけだと思いながら、誠は枯れ井戸の脇をすり抜け、人一人がようやく通れると言うような木造家屋の間を抜けて歩いた。

「なるほど、これか」 

 開けた場所に来て、カウラは感心したように目を見開いた。

 そこには公園があった。冬休みが始まったと言うことで少年野球の練習が行われている。

「北町ライガース。僕が野球を始めたときに入ったチームの練習ですよ」 

 誠の言葉にカウラは思わず彼を見上げる。そしてすぐに彼女は黒と白の縞のユニフォームの小学生達が守備練習を続けているのを見た。

「お前にもこう言う時期があったんだな」 

 走り回る少年少女を見ながらカウラは感慨深げにしていた。誠はカウラの着ているジャンバーが比較的薄手のような気がして自分の首に巻いているマフラーを彼女の首にかけた。

「おい!」 

 驚くカウラ。ここでかっこいい台詞でも言えればと思いながら、誠は何も言え無かった。そのままカウラから目を離して後輩達の練習を見ているふりをした。

「すまない」 

 カウラはそう言うと誠から受け取ったマフラーを自分の首に巻いた。

「でもこんな時期。私は知らないからな」 

 さびしそうなカウラの言葉。そっと誠は弱弱しく微笑むカウラを見つめる。

「いや、そんな……お前の昔を教えてくれるのはうれしいんだ。こう言う思い出は私には無いからな。でも……」 

 カウラの言葉が揺らいで聞こえる。誠はそのまま公園のベンチに向かって歩き始める。カウラもぼんやりしていたがそんな誠を見て少し距離を置いて彼について歩いた。

 守備練習をしていた少年達が、ノックをしていた監督らしい女性に呼び集められるのが見える。走って外野からホームへ向かう少年達。その向こうに見えるブランコには中学生か高校生くらいの私服の女子の集団が手にジュースのボトルを持ちながらじゃれあっているのが見える。

「こう言うところで育ったのか、お前は」 

 カウラは誠がベンチに座るのを見ながら立ったまま公園を見回した。隣に見えるのは金属部品のプレス工場。そこの社長の息子が中学生の同級生だったことを思い出して、誠はなんだか懐かしい気分に浸る。

「お前もいろいろ思い出すことがあるんだな。そんな顔をしているぞ」 

 そう言うとようやく好奇心を満たされたと言うように、カウラが誠の隣のベンチに腰掛けた。

「まあ、あの子供達の輪にいたのは事実ですけど……それでも目立たない子供でしたから」 

 少年野球の子供達がグラウンドに散る。どうやら紅白戦でも始めるらしい。

「目立たないと言う割には高校ではずいぶんな活躍をしたらしいじゃないか」 

 皮肉るようなカウラの言葉に誠は照れ笑いを浮かべる。

「まあ、左利きだったのが良かったんでしょうね。中学までは控えばかりでしたが、高校だって弱小で知られた高校でしたから。部員が9人しかいなくてサッカー部とかからの助っ人で試合を成立させていたような感じでしたよ」 

「それで四回戦まで勝ち進んだんだろ?凄いじゃないか」 

 カウラに言われて誠は恥ずかしさにうつむいてしまった。正直、誠は褒められることには慣れていなかった。しかも相手はいつも模擬戦での判断ミスや提出書類の不備を指摘されているカウラである。

「まあ運が良かったんですよ」 

 そう言うと誠は立ち上がった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第五部  遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。 訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。 そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。 同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。 こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。 誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。 四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。 そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。 そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』

橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』 いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。 そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。 予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。 誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。 閑話休題的物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

びるどあっぷ ふり〜と!

高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。 どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。 ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね? ※すでになろうで完結済みの小説です。

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

処理中です...