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第17章 アイディア

ドレス

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 誠の意図など関係ないようにかなめは悠然と老執事を見つめていた。

「そうですわね。私の力など微々たる物ですから……まあほとんど休憩所代わりの運用艦のおまけ程度の副長を務めてらっしゃる方にそれを言う権利があればのお話ですけど」 

「何?喧嘩売ってるの?」 

 まるでいつもと逆の光景。かなめが挑発してそれをアイシャが受けて立つという状況になろうとした。だがアイシャはそれ以上何も言うつもりは無いというように紅茶のカップに手を伸ばす。かなめも静かに微笑んでいる。

 お互い慣れない展開に戸惑っているのだろうか。そんなことを誠は考えていた。

「それにしても西園寺様はいいお友達をお持ちのようですね。先日も烏丸様と大河内様がお見えになって……お二人とも西園寺様の様子をご心配されていましたから」 

 現在の四大公家の当主はかなめの父西園寺義基以外はすべて女性という変わった状況だった。次席大公の大河内家。その当主は現在大河内貞子が勤めていた。先の内戦で敗れて本家が廃され庶家から当主となった烏丸響子。彼女は時々隊に連絡をしてきて同い年で仲のいい嵯峨家当主で第三小隊隊長のかえでと雑談に花を咲かせている。

「まあ二人とも妹みたいなものですもの。心配をするのはわたくしの方ですわ。二人とも神田さんにご迷惑おかけいたしませんでしたか?」 

 そう言ってかなめは頬に手を当てて微笑む。誠はそのいわゆるお嬢様笑いを始めてみて感動しようとしていた。

 その時ノックの音が部屋に響いた。

「ベルガー様のお着替えがすみました」 

 先ほどのメイド服の女性の声。

「ああ、入っていただけますか?」 

 神田の言葉でドアが開いた。そしてそこに立つカウラの姿に誠はひきつけられた。

「あ……あの……私は……」 

 どうしていいのかわからないというように、カウラの目が泳いでいる。そのいつもはポニーテールになっているエメラルドグリーンのつややかな髪が解かれて、さらさらと流れるように白いドレスに映えて見える。

 額の上に飾られたルビーの輝きが印象的なティアラ。色白な首元に飾られた同じくルビーがちりばめられた首飾りが見る人をひきつける。

「凄いじゃない、カウラちゃん。ねえ、私にもくれるんでしょ?こういうのくれるんでしょ?」 

 そんなカウラの荘厳な雰囲気を完全にぶち壊してアイシャは爆走する。かなめばかりでなく穏やかな様子の神田まで迷惑そうな視線をアイシャに送る。だがまるで彼女はわかっていなかった。

「ほら!誠ちゃん。なんか褒めないと!こういう時はびしっとばしっと何か言うものよ!それで……」 

「クラウゼ少佐。少し落ち着いていただけませんの?」 

 凛と響くかなめの一言。いつもは逆の立場だけあり、さすがのアイシャも自分の異常なテンションに気づいて黙り込んだ。

「神前……似合わないだろ」 

 カウラはようやく一言だけ言葉を搾り出した。カウラの頬は朱に染まり、恥ずかしさで逃げ出しそうな表情を浮かべている。

「そんなこと無いですよ!素敵です。本当にお姫様みたいですよ!」 

 誠もアイシャほどではないが興奮していた。胡州貴族やゲルパルトの領邦領主が主催する夜会に出たとしても注目を集めるんじゃないか。そんなパーティーとはまったく無縁な誠だが、赤いじゅうたんの敷かれた階段を静々と下りてくる場面を想像してさらに引き込まれるようにカウラを見つめる。

「本当にお美しいですわよ、ベルガーさん」 

 タレ目の目じりをさらに下げて微笑みながらのかなめの言葉。いつもなら鋭い切り替えしが繰り出されるカウラの口元には代りにに笑顔が浮かんでいた。

「いいのかな……私……」 

 ただカウラは雰囲気に飲まれたように入り口で立ち尽くしていた。

「どうでしょう、西園寺様」 

 自信があると言い切れるような表情で神田がかなめを見る。かなめは満足そうにうなづく。

「ベルガーさん。とてもお似合いですわね。わたくしもこれならば上司と呼んでもお友達に笑われたりなどしませんわ」 

 明らかに毒がある言葉だが、すでにカウラは自分を見つめてくる誠やアイシャの視線に酔っているように見えた。ただ頬を染めて立ち尽くす。

「ではこちらでよろしいですね」 

 老紳士の静かな言葉に満足げに頷くかなめ。カウラの両脇にいたメイドが自分を導くのを見てカウラも静々と部屋を出て行った。

「でも実にお美しい方ばかりですな、神前曹長。非常にうらやましい職場ですね」 

「ええ、まあ」 

 誠は照れて頭を掻く。確かに自分がパシリ扱いされて入るものの、神田の言うことが事実であると改めて思っていた。

「それではクラウゼ様のものは候補が出品された段階でお知らせいたしますので」 

 その言葉にかなめが立ち上がる。呆けていたアイシャもそれを見ていた誠も立ち上がった。

「ありがとうございます」 

 次々と店員達が頭を下げてくるのにあわせながら誠も頭を下げる。彼をにらみつけながらかなめは先頭に立つようにして歩く。誠達は居づらい雰囲気に耐えながら客の多い広間のような店内に出た。

「まもなくカウラ様とお品物の方も揃います」 

 神田という支配人の言葉にかなめは笑顔でうなづく。

 だが、外を見ていたかなめのタレ目が何かを捕らえたように動かないのを見て誠も外の回転扉を見た。

 そこには見覚えのある黒のコート、紫のスーツ、赤いワイシャツと言う極道風のサングラスの大男が右往左往しているのが見えた。頭はつるつるに剃りあげられ、冬だと言うのになぜかハンカチで頭を拭きながら何度も店内に入るかどうかを迷っている。

「明石中佐……」 

 誠の言葉に店内をきょろきょろと見回していたアイシャも回転扉の外の司法局局付き武官を見つけた。

「なにやってんだか」 

 アイシャは呆れてため息をついた。

「遅れてすまない。ではこのバッグは……」 

 着替えを済ませてアタッシュケースに入れた先ほどのティアラなどを手に持っているカウラも三人の視線が外に向かっているのを見て目を向ける。

「あれは……」 

「それでは、また時間を作って寄らせていただきますわね」 

 そう言って微笑みながら出て行こうとするかなめを老執事は見送ろうとする。誠もただ外でうろうろしている明石が気になって仕方がなかった。

 かなめの落ち着いた物腰は回転ドアを出るところまでだった。

 そのまま彼女は目の前に立つ巨漢の首根っこをつかんでヘッドロックをかます。重量130kgの軍用義体の怪力の前に明石はそのまま歩道に引き倒される。

「何のつもりだ?ハゲ」

 周りの上品な客達はやくざ者を楽に締め上げている女性の怪力に息を呑んで立ち止まる。

「西園寺か!やめや!やめてんか!離したら話すよって!」 

 叫ぶ明石にようやくかなめは手を放した。開放されて中腰になってむせている明石をニヤニヤと笑いながら近づいてきたアイシャが見下ろす。

「姐御にプレゼント?なかなかいい話ですねえ」 

 ようやく顔を上げた明石はそう言うアイシャを見てさらに絶望的な表情を浮かべる。

「私的なことに首を突っ込むのは感心しないな」 

 カウラは手に大事そうに先ほどのアタッシュケースを持っている。その見慣れない頑丈そうでいて品のある革張りのかばんを見て、明石は大きくため息をついた。

「ワシは所詮、寺社貴族の次男坊や。そないなもんに手えだすだなんて……」 

「無理だな」 

 断言するかなめに明石はうつむくとようやく背筋を伸ばして立ち上がった。周りにいつの間にか集まっていた野次馬も、それが知り合いの挨拶だったとわかると興味を失って散っていく。

「ああ、いい店紹介してやろうか?よくかえでが行っているとこ。何でも落とした子にプレゼントする……」 

「もうええわ。ワシが自分で探すよって」 

 肩を落として明石は立ち去ろうとする。だがかなめもアイシャもこんな面白い人物を放っておくわけが無い。

「紹介してやるっての!値段の交渉もアタシは得意だぜ」 

「西園寺……足元見てからに」 

 どこまで言っても同盟司法局の給料だけでそれほどいいものが買えるとは誠にも思えない。そんなところに笑顔でつけ込むかなめに少しばかり呆れていた。

「ああ、カウラちゃんはその荷物大切だものね。先に帰っていていいわよ」 

 かなめはそのまま急いで雑踏に消えようとする明石を追っていく。彼女について行こうとアイシャは誠とカウラにそう言って小走りで去っていく。

「じゃあ、帰りましょうか」 

 そう言った誠だが、どこかカウラは気が抜けたように頷いて誠の後に続いてくるだけだった。

 誠は仕方なく空いているカウラの左手を握る。はっとした表情でカウラは誠の顔を見て我に返った。

「帰りましょう」 

 その一言にカウラは笑顔で答える。

『あの姿を、カウラさんのドレスの姿を描こう』 

 誠はそう決心してカウラの左手を握りながら歩き始めた。
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