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第6章 警備活動

雑談

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「いいねえ……部下にお茶を入れさせると言うのは」 

 心からそう思っているとわかるようにかなめは湯飲みを抱え込んでコタツに足を入れてきた。誠は愛想笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。しかし、足をコタツに入れたとたんかなめの顔が不機嫌そうな色に染まった。そしてしばらくするとコタツの中でばたばたと音がひびく。

「おい!アイシャ!」 

「何よ!ここは私が!」 

 明らかに足を伸ばすためにアイシャは身体を半分以上コタツに沈めている。それに対抗してかなめも足を突き出す。

「子供か?貴様達は」 

 呆れたようにそう言って湯飲みに口をつけるカウラの視線がゲートのある窓に向かった。

「西園寺。仕事だぞ」 

「あぁ?」 

 アイシャとのコタツの内部抗争に夢中だったかなめが振り向いた。

 ゲート管理の部屋の詰め所の窓にはそれを多い尽くすような巨漢が手を振っていた。

「なんだよ!エンゲルバーグ。出て行きたいなら自分で開けろ!」 

「無茶言わないでくださいよ!警備室にいるんだから西園寺さん達が担当じゃないですか?仕事くらいはちゃんとしもらわないと」 

 その食べすぎを指摘される体型からなぜか『エンゲルバーグ』と呼ばれる司法局実働部隊技術部法術技術担当士官、ヨハン・シュペルター中尉が顔を覗かせる。誠が目をやるとうれしそうに口に入れたアンパンを振って見せた。

「ったく……オメエはいつも何か食ってるな。少しは減量を考えろよ」 

 渋々コタツから出たかなめは再び四つんばいでゲートの操作スイッチに向かう。

「ヨハンさん、学会ですか?」 

 法術と呼ばれるこの遼州の先住民『リャオ』の持つ脳波異常を利用した空間制御技術。その専門家、そして法術の発現を地球圏社会で初めて公の場で見せ付けることになった『近藤事件』で活躍した誠の能力開発主任と言うのがヨハンの肩書きだった。

 事件が起きてもう5ヶ月が経つ今日。法術が戦争に使われることの是非、その能力の発現方法や利用方法に関しての学会が開かれるたびにヨハンは隊を留守にすることが多くなっていた。

「ああ、今度は大麗でやるんだと。ったく情報交換と言いながらそれぞれ情報を出すつもりなんてないんだから会合なんかする必要ないのにねえ……って開いたか」 

 開いたゲートを見るとヨハンは大きな身体を翻して自分のワンボックスに乗り込んだ。

「ったく」 

 出て行くヨハンの車を見送ると再び這って戻ってきたかなめがコタツに足を入れようとする。

「おい!」 

「何?」 

 にらみつけてくるかなめにアイシャは挑発的な笑みを浮かべる。

「足!」 

「長いでしょ?うらやましいんじゃ……って!蹴らないでよ!」 

 アイシャが叫ぶと同時にがたりとコタツ全体が揺れる。水音がして誠がそちらに視線を向けるとカウラの顔にお茶のしぶきが飛んでいる様が目に入った。

『あ……』 

 かなめとアイシャが声をそろえてカウラの顔を見る。カウラは何も言わずにポケットからハンカチを取り出すと静かに顔にかかったお茶を拭った。

「冷めてるから……大丈夫よね?」 

「アイシャが餓鬼みてえな事するからだろ?」 

「二人とも穏便に……」 

 カウラの沈黙が恐ろしくて誠も加えた三人は、意味も無い愛想笑いを浮かべる。当然三人の意識は次のカウラの行動に向いていた。

「西園寺、仕事だ」 

 一言そう言ってカウラはポットと急須に手を伸ばした。ほっと胸をなでおろしたかなめがゲートの方に目をやった。

「よう!」 

 立っていたのはコートを着込んだ嵯峨だった。手にはタバコを持って相変わらず何を考えているのか分からない脱力気味の視線で誠達を眺めている。

「叔父貴。警備部の訓練には付き合わないのか?」 

 かなめはそう言いながらゲートを開く。

 嵯峨はかなめと同じ胡州陸軍の軍籍の持ち主である。貴族制領邦国家、胡州帝国の四大公の一つ嵯峨家当主を義理の娘でありこの部隊の第三小隊小隊長嵯峨かえでに譲り今は一代公爵という爵位を持つ超上流の貴族である。かなめの父である胡州帝国宰相、西園寺義基公爵の義理の弟で西園寺新三郎と名乗っていたこともあるところから『人斬り新三郎』と言う二つ名の方が通りが良かった。

 だが今誠の目の前にいるのはそのような殿上貴族と言うにはあまりにも貧相なコートを着た目の色に生気のない男だった。そして愛車のスバル360が長身の嵯峨の後ろでぱすんぱすんと途切れそうなエンジン音を放っているのも嵯峨の貧乏臭さに止めを刺しているように見えた。

「やってられっかよ。アイツ等の室内戦闘技術は銀河屈指だぜ。俺みたいなロートルの出張る必要はねえよ」 

 そう言って嵯峨はタバコを口に運ぶ。司法局実働部隊、正式名称『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課』の隊長に彼が選ばれたのは胡州陸軍憲兵隊の隊長としての経験を買われたということになっていた。だがなによりその何を考えているのか分からないこのポーカーフェイスを野に放しておくのを一部の同盟諸国の首脳が怖がったからと言う噂は誠も耳にしていた。確かにぼんやりとタバコをくゆらす様は不気味に思える。

 そんな不審そうな誠の顔を見て不愉快そうな表情で嵯峨が背伸びをして部屋の奥を覗き込んでくる。カウラはタバコの煙を撒き散らす嵯峨をにらみつけ、嵯峨はそれに気づいて弱ったように頭を掻いていた。

 かなめの操作でゲートが開くと、嵯峨は軽く手を上げた後、黙って車に乗り込む。それを見たかなめがポケットからタバコの箱を取り出した。

「吸うなら外に出ろ」 

 軽いエンジン音を撒き散らして去っていく嵯峨の軽自動車の音に合わせるようにそう言うと、カウラは再びみかんに手を伸ばす。それを見たかなめは舌打ちをして立ち上がると誠の後ろの出入り口に向かった。

「じゃあヤニ吸って来るわ」 

「帰って来なくてもいいわよ!」 

「あとでぼこぼこにしてやる」 

 アイシャの挨拶に舌を出して答えたかなめが外へ消えていく。

「そう言えばどこまで話したっけ?」 

 アイシャはそう言うともぞもぞとコタツの中から足を抜いて正座をした。正面に座っていた誠は嫌な予感に襲われつつ、胡坐をかいていた足を引っ込めた。

「僕の家の正月はどうだって話ですけど……」 

「ああ、そうね。そうそう」 

 あいまいに頷きながらアイシャが左腕をコタツの上に置いた。腕に付いた小型の携帯端末の画面が誠とカウラの前に映る。

「今回は……私達は年末年始を満喫すると言う目的で動きたいと思います!」 

 アイシャのその宣言のとおり、そこには予定表のようなものが映っていた。

「仕事しろよな少佐殿」 

 みかんを口に運びながら、カウラは大きなため息をついた。

「だってさー、ここにこうして詰めているのが歩哨の仕事でしょ?」 

「そこのロッカーに銃なら入ってるぞ。それ持って外で立ってろ。そうすれば仕事をしていると認めてやる」 

 みかんの皮をたたみながらのカウラの言葉にアイシャは頬を膨らませる。

「誠ちゃん!カウラちゃんって酷くない!」 

「はあ……」 

 誠はただ苦笑するだけだった。アイシャはその頼りない誠の態度にため息をつくと再び目の前の画面に目を向けた。

「でねでね!さっきの続きだけどね。今日、ランちゃんに頼んで今月の23日から来月の4日まで私達は休暇をとることにしたのよ」 

「したのよ?」 

 カウラは怪訝な顔でアイシャを見つめる。誠も突然のアイシャの言葉に驚いた。

「決定なんですか?」 

 誠の言葉にアイシャは笑みを浮かべてうなづく。カウラはすぐに自分の腕に巻いた端末を起動させて画面を何度か転換させた後、大きくため息をついてアイシャをにらみつける。

「クバルカ中佐の許可も取ってあるな」 

 勤務体制の組み換えの許可は副隊長であるランの承認が必要だった。逆に言えばランが勤務体制がタイトに過ぎると判断すれば各人の休暇消化の指示が出る。事実、出動後のアサルト・モジュールのオーバーホールなどで超過勤務が続くことが多い技術部のメンバーには何度か休暇消化命令が出たこともあった。

「まあね。有給消化率の低い誰かさんを休ませると言ったらランちゃんすぐにOK出してくれたわよ」 

「ランちゃん?」 

 外からの声に驚いて誠はゲートの方を振り返る。そこには赤いヘルメットが浮かんでおり、その下にはにらんでいるような目があった。

「あ!クバルカ中佐……」 

 カウラはコタツの中の誠の足を蹴る。それを合図に誠は席を外しているかなめに変わりコタツを出て這ってゲートの操作ボタンまで向かった。

「オメー等暇そうだな……って西園寺はどうした?」 

 ゲートの開くのを見ながらデニム地のジャケットを着て小さなバイクにまたがっているランがエンジンを吹かす。

「ええと、かなめちゃんならタバコ吸いに行きましたよ。それより休日出勤ご苦労様です!」 

 そう言ってにんまりと笑うアイシャを見てランは大きくため息をついた。 

「仕事を増やす部下ばっかりで大変だよ」 

 そう言い捨てるとランは工場の内部道路を軽快な音を立てて去っていった。

「でも……ほんとランちゃんてかわいいわよね」 

 アイシャは心底うれしそうな顔をする。それを見ながら寒さに負けて誠はコタツに向かう。だが、コタツにたどり着く直前でゲートに現れた客の咳払いが聞こえてそのままの格好で誠はゲートの操作ボタンへと這って行った。

「あら……お姉様方おそろいですのね」 

 今度は窓の外には和装の美女の姿がある。嵯峨の実娘の嵯峨茜だった。

 先月の同盟厚生局と東和軍の武断派によるクーデター未遂事件の解決でようやく来年度の正式発足が決まった『法術特捜』の新主席捜査官就任が決まった同盟司法局のエリート捜査官である。

「あと西園寺さんがタバコを吸って……」 

「おう、茜じゃねえか。会議ばかりで退屈じゃねえのか?」 

 喫煙所から戻ってきたかなめが茜の高級セダンの横に立っていた。ちらちらとかなめはその車を眺めるが、かなめはどちらかと言うとこう言う高級品的な車が嫌いだと何度も言っていた。その目はいつものようにただの好奇心で鏡にでもできるのかと言うほどの艶を見せる塗装を見つめているだけだった。

「会議も大切なお仕事ですわよ。特にわたくし達は国家警察や同盟司法局捜査部、場合によっては軍部との協力が必要になるお仕事ですもの。面倒だと言っても事前の綿密な連携が……」 

「聞こえない!何にも聞こえない!」 

 そのまま自分に対する説教になりかねないと思ったかなめは両耳を手で押さえて詰め所の入り口に向かっていく。

「本当にかなめお姉さまは……」 

「茜ちゃんもそんなに説教ばかりしても……」 

 アイシャの言葉に茜は大きくため息をつく。

 会議をサボる、会議では寝る、会議から逃げるの三拍子で上層部の不興を買うことを楽しんでいると言う噂の惟基は茜の父である。さらに先月から無類の女好きであっちこっちの部隊で同性にちやほやされることが趣味だと言ってはばからない義妹かえでが第三小隊の小隊長として配属になったことがとどめを刺した。

 この二人を東都のはずれ豊川の部隊に残して都心に去ることに不安を感じている茜に誠は同情を禁じえなかった。

「そうですわね。カウラさん!」 

「はい!」 

 かなめよりは一歳下。だがどうしてもその雰囲気と物腰は落ち着いていてカウラですら緊張するようなところがあった。そして若干17歳で東和弁護士試験を合格したと言う回転の速い頭脳。あの嵯峨やかえですら御する腹の据わり具合。誠も声をかけられたカウラに同情する。

「しっかりかなめお姉さまのたずなを握っておいてくださいね」 

「うるせー!余計なお世話だよ」 

 上がりこんできたかなめがゲートのスイッチを押す。開くゲートを一瞥した後、茜は大きなため息をついてかなめを見上げた。

「なんだよ……」 

「何でもありませんわ」 

 そう言って茜は車に乗り込む。身を乗り出して駐車場に向かう茜の車を見送った後、かなめはずかずかと歩いてコタツのそれまで誠が入っていたところに足を突っ込む。

「何もねえって顔じゃねえよな!あれ」 

 その横柄な態度に態度の大きさではかなめと負けていないアイシャですら大きなため息をついた。
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