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第五部『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』 第一章 プロローグ
プロローグ
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「西園寺の反応が……消えた?」
バリケードの影で隊長のカウラ・ベルガー大尉がつぶやくのが第二小隊のアサルト・モジュール三番機担当、神前誠《しんぜんまこと》曹長にも聞こえた。
二ヶ月に一度の閉所戦闘訓練の仕上げである遼州司法局実働部隊の隊長、嵯峨惟基《さがこれもと》特務大佐を相手にしての模擬戦。手にした模擬銃を抱えて誠はじっと薄暗い通路を眺めていた。
『相手は一人……しかも銃を持っているわけじゃない』
誠も分かっていた。普通ならば負けること自体がありえない状況であることを。
嵯峨はこの訓練にはピコピコハンマー以外持ち込むことは無かった。今日は第三小隊が誠達の前にこの同じ訓練場で嵯峨と対峙したが、3分と持たずに背中にピコピコハンマーの一撃を受けて壊滅と言う結果になっていた。
「とりあえずこのまま通路を進むぞ」
凛と響く声でカウラがささやく。もう一人の上司である西園寺かなめ大尉はいつもどおり単独で先行して嵯峨の奇襲を受け反応が消えていた。同じところに留まることをしない閉所戦のプロである嵯峨に、かなめがやられた場所の近辺を捜索するなど無意味なことだった。
通路が分かれる地点でカウラが手を上げて続いて進んでいる誠に止まるように指示を出す。彼女は額に落ちてくるエメラルドグリーンの鮮やかな前髪を払うとポケットからファイバースコープを取り出して通路に人影を探す。しばらくの沈黙。誠は銃の引き金に指をかけたまま緊張感に耐えながらカウラの索敵の様子を見つめていた。
カウラの手が上がる。そのままわき道を通過しろと言うハンドサインに誠はそのまま立ちあがって続こうとした。
「ピコ」
間抜けなハンマーの音が誠の後頭部で炸裂する。驚いて振り向くカウラだが、すでに嵯峨の姿は無い。ピコピコハンマーでの攻撃を受けて死亡状態となった誠はそのまま銃を掲げて静々と訓練場の通路を歩いて行った。舌打ちして走り出すカウラに誠を盾に隠れていた嵯峨の存在を告げることは訓練の規則として許されないことだった。
訓練場の建て付けの悪い扉を開き、そのままとってつけたような作業現場の足場のような階段を登り、打ちっ放しのコンクリートの壁の通路を抜け、重い鉄製の扉を開くと重装備の身体には暑すぎるほどに熱せられた待機室にたどり着いた。
「馬鹿だねえ……後ろに回ってたんだよ。あんなところで通路だけ押さえたって意味ねえだろ?」
そう言ってタレ目をさらに強調させた表情で笑う女性士官がいる。彼女が西園寺かなめ大尉だった。訓練場につけられたモニターではすでに背中を取られたことに気づかずに警戒しているカウラの姿が見える。嵯峨は忍び寄ると素早くハンマーを下ろした。間抜けな『ピコ!』と言う音が響く。
「そうは言いますけど西園寺さんが勝手に先行しなければこんな簡単には終わってないと思いますよ」
「なんだ?ずいぶんと絡むじゃねえか。偉くなったもんだなあ」
180センチを超える長身の誠を見上げるかなめの目は明らかに誠を馬鹿にしているように見えた。かなめはそのモデルのような体型であるにもかかわらず重量130kgの軍用サイボーグの義体の持ち主である。その性能を知っている誠は黙ってかなめが画面に見入っている第三小隊の面々に向き直るまで待っているしかなかった。
「さすが義父上と言うか……僕も修行が足りないのかもしれないな」
そう言って模擬銃の弾倉を外すのは嵯峨惟基の義娘でかなめの実の妹である第三小隊隊長、嵯峨かえで少佐である。その弾倉を受け取り静かにうなだれているのが彼女を慕う部下の女性士官渡辺要大尉だった。
「法術が使えればこう簡単にはやられないと思うんですけど……神前先輩。どう思います?」
しなだれかかろうとする小柄な美少年アン・ナン・パク軍曹の甘い言葉に誠は思わず後ずさる。誠はこの女性的な雰囲気のある小柄な後輩が苦手で、つい身を引いてしまう。そんな誠を見上げるアンの悲しむような瞳が見えた。
「アン君かわいそうにねえ。お姉さんが慰めてあげようかしら?」
備え付けの戦闘記録の分析を行いながら振り向いた遼州同盟司法局実働部隊の運用艦『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐の声が響く。彼女の声ににびくりと震えてアンは首を横に振った。
「つまらないわね……ってかなめちゃん。何?その顔」
コブシを握り締めて威嚇しているかなめを一瞥した後、アイシャは再び戦闘データの解析の作業に戻っていた。
誠が入ってきた重い扉を開いて重装備のカウラと普段の勤務服にピコピコハンマーを持った嵯峨が姿を現した。
「なんだよお前等。たるんでるんじゃねえのか?これじゃあしばらくは俺も前衛に出なきゃならねえじゃねえか」
そう言いながらもニコニコと笑い、嵯峨は奥の棚のコーヒーメーカーに向けて真っ直ぐに歩いていく。入り口に立ったまま装備も外さずに渋い表情をかなめに向けているカウラが気になって誠は自然を装いながらカウラに近づく。
「ドンマイ」
アイシャがデータをまとめながら手を上げてそう言った。その言葉にかなめはアイシャの後ろに回り後頭部をはたく。
「何すんのよ!」
「ああ、蚊がいたんだ」
「もう十二月よ!いるわけ無いじゃないの!」
明らかに芝居とわかるような怒り方をするアイシャに誠はなんともいえない苦笑いを浮かべるしかなかった。二人がにらみ合うのを見てようやくヘルメットを脱いだカウラがつかつかとかなめに歩み寄る。
「止めておけ、西園寺」
「ああ、隊長さんのお言葉なので……」
そう言うとかなめは自分より一回り背の高いアイシャを特徴的なタレ目で見上げて薄笑いを浮かべてみせる。その態度に明らかに不機嫌になりながらカウラは銃の弾倉を入れてあったベストをテーブルに放り投げる。隣で使用した模擬弾の抜き取りを終えた渡辺、ベストを専用のケースにしまったアンがアイシャに何か耳打ちしているかえでを待っている。
「それじゃあお先に失礼します!」
うなづくアイシャを見ながらかえでは素早く背筋を伸ばして敬礼する。
「おう、ご苦労さん!」
ピリピリとした雰囲気をかもし出しているカウラ達を面白そうに眺めていた嵯峨が振り返って義娘に手を振る。
「隊長……」
三人の仲裁を押し付けられた誠は泣きそうな表情で、部隊長である嵯峨の隣の席に座って彼のにんまりと笑う顔を見つめていた。
バリケードの影で隊長のカウラ・ベルガー大尉がつぶやくのが第二小隊のアサルト・モジュール三番機担当、神前誠《しんぜんまこと》曹長にも聞こえた。
二ヶ月に一度の閉所戦闘訓練の仕上げである遼州司法局実働部隊の隊長、嵯峨惟基《さがこれもと》特務大佐を相手にしての模擬戦。手にした模擬銃を抱えて誠はじっと薄暗い通路を眺めていた。
『相手は一人……しかも銃を持っているわけじゃない』
誠も分かっていた。普通ならば負けること自体がありえない状況であることを。
嵯峨はこの訓練にはピコピコハンマー以外持ち込むことは無かった。今日は第三小隊が誠達の前にこの同じ訓練場で嵯峨と対峙したが、3分と持たずに背中にピコピコハンマーの一撃を受けて壊滅と言う結果になっていた。
「とりあえずこのまま通路を進むぞ」
凛と響く声でカウラがささやく。もう一人の上司である西園寺かなめ大尉はいつもどおり単独で先行して嵯峨の奇襲を受け反応が消えていた。同じところに留まることをしない閉所戦のプロである嵯峨に、かなめがやられた場所の近辺を捜索するなど無意味なことだった。
通路が分かれる地点でカウラが手を上げて続いて進んでいる誠に止まるように指示を出す。彼女は額に落ちてくるエメラルドグリーンの鮮やかな前髪を払うとポケットからファイバースコープを取り出して通路に人影を探す。しばらくの沈黙。誠は銃の引き金に指をかけたまま緊張感に耐えながらカウラの索敵の様子を見つめていた。
カウラの手が上がる。そのままわき道を通過しろと言うハンドサインに誠はそのまま立ちあがって続こうとした。
「ピコ」
間抜けなハンマーの音が誠の後頭部で炸裂する。驚いて振り向くカウラだが、すでに嵯峨の姿は無い。ピコピコハンマーでの攻撃を受けて死亡状態となった誠はそのまま銃を掲げて静々と訓練場の通路を歩いて行った。舌打ちして走り出すカウラに誠を盾に隠れていた嵯峨の存在を告げることは訓練の規則として許されないことだった。
訓練場の建て付けの悪い扉を開き、そのままとってつけたような作業現場の足場のような階段を登り、打ちっ放しのコンクリートの壁の通路を抜け、重い鉄製の扉を開くと重装備の身体には暑すぎるほどに熱せられた待機室にたどり着いた。
「馬鹿だねえ……後ろに回ってたんだよ。あんなところで通路だけ押さえたって意味ねえだろ?」
そう言ってタレ目をさらに強調させた表情で笑う女性士官がいる。彼女が西園寺かなめ大尉だった。訓練場につけられたモニターではすでに背中を取られたことに気づかずに警戒しているカウラの姿が見える。嵯峨は忍び寄ると素早くハンマーを下ろした。間抜けな『ピコ!』と言う音が響く。
「そうは言いますけど西園寺さんが勝手に先行しなければこんな簡単には終わってないと思いますよ」
「なんだ?ずいぶんと絡むじゃねえか。偉くなったもんだなあ」
180センチを超える長身の誠を見上げるかなめの目は明らかに誠を馬鹿にしているように見えた。かなめはそのモデルのような体型であるにもかかわらず重量130kgの軍用サイボーグの義体の持ち主である。その性能を知っている誠は黙ってかなめが画面に見入っている第三小隊の面々に向き直るまで待っているしかなかった。
「さすが義父上と言うか……僕も修行が足りないのかもしれないな」
そう言って模擬銃の弾倉を外すのは嵯峨惟基の義娘でかなめの実の妹である第三小隊隊長、嵯峨かえで少佐である。その弾倉を受け取り静かにうなだれているのが彼女を慕う部下の女性士官渡辺要大尉だった。
「法術が使えればこう簡単にはやられないと思うんですけど……神前先輩。どう思います?」
しなだれかかろうとする小柄な美少年アン・ナン・パク軍曹の甘い言葉に誠は思わず後ずさる。誠はこの女性的な雰囲気のある小柄な後輩が苦手で、つい身を引いてしまう。そんな誠を見上げるアンの悲しむような瞳が見えた。
「アン君かわいそうにねえ。お姉さんが慰めてあげようかしら?」
備え付けの戦闘記録の分析を行いながら振り向いた遼州同盟司法局実働部隊の運用艦『高雄』の副長、アイシャ・クラウゼ少佐の声が響く。彼女の声ににびくりと震えてアンは首を横に振った。
「つまらないわね……ってかなめちゃん。何?その顔」
コブシを握り締めて威嚇しているかなめを一瞥した後、アイシャは再び戦闘データの解析の作業に戻っていた。
誠が入ってきた重い扉を開いて重装備のカウラと普段の勤務服にピコピコハンマーを持った嵯峨が姿を現した。
「なんだよお前等。たるんでるんじゃねえのか?これじゃあしばらくは俺も前衛に出なきゃならねえじゃねえか」
そう言いながらもニコニコと笑い、嵯峨は奥の棚のコーヒーメーカーに向けて真っ直ぐに歩いていく。入り口に立ったまま装備も外さずに渋い表情をかなめに向けているカウラが気になって誠は自然を装いながらカウラに近づく。
「ドンマイ」
アイシャがデータをまとめながら手を上げてそう言った。その言葉にかなめはアイシャの後ろに回り後頭部をはたく。
「何すんのよ!」
「ああ、蚊がいたんだ」
「もう十二月よ!いるわけ無いじゃないの!」
明らかに芝居とわかるような怒り方をするアイシャに誠はなんともいえない苦笑いを浮かべるしかなかった。二人がにらみ合うのを見てようやくヘルメットを脱いだカウラがつかつかとかなめに歩み寄る。
「止めておけ、西園寺」
「ああ、隊長さんのお言葉なので……」
そう言うとかなめは自分より一回り背の高いアイシャを特徴的なタレ目で見上げて薄笑いを浮かべてみせる。その態度に明らかに不機嫌になりながらカウラは銃の弾倉を入れてあったベストをテーブルに放り投げる。隣で使用した模擬弾の抜き取りを終えた渡辺、ベストを専用のケースにしまったアンがアイシャに何か耳打ちしているかえでを待っている。
「それじゃあお先に失礼します!」
うなづくアイシャを見ながらかえでは素早く背筋を伸ばして敬礼する。
「おう、ご苦労さん!」
ピリピリとした雰囲気をかもし出しているカウラ達を面白そうに眺めていた嵯峨が振り返って義娘に手を振る。
「隊長……」
三人の仲裁を押し付けられた誠は泣きそうな表情で、部隊長である嵯峨の隣の席に座って彼のにんまりと笑う顔を見つめていた。
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