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第14章 怪物

怪物

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 同盟本部ビルの周りに設置されたカメラからの多数の映像が茜の取り出した端末の上の空間に表示され、その中央にもはや人間であった面影すらない肉の塊が衝撃波で路上のパトカーを吹き飛ばしている様をみて立ち上がり、走り去ろうとする姿があった。

「馬鹿野郎!今更行って何とかなるのかよ!」 

 本来ならば自分が飛び出すタイプのかなめがライダースーツの島田にしがみついた。黙ってふてくされたような顔をして止めに入るサラに島田は感情を殺したような視線を向ける。

「どうしたのよ正人!らしくないわよ」 

 サラがそう言って出て行こうとする島田の手を握った。いつもならムードメイカーとして笑い飛ばすような調子の島田の変調に場は彼を中心に回り始めた。

「ああ、久間さん。包丁持ってきてもらえますか?」 

「腹でも切るのか?」 

 笑えない冗談を言う久間に島田は力の無い笑みを浮かべる。画面の中では空中に滞空して肉の塊と化した法術師の成れの果てと戦っている東和警察法術機動部隊の映像が映っている。

「東都警察もやるじゃねーか。法術師の空中行動ってのは結構な技量が必要なんだが……」 

 ランの言葉にしばらくかなめに押さえつけられていた島田が気がついたように映像に目をやった。

「落ち着いたか」 

 羽交い絞めにしていたかなめが力を緩めたので島田はどさりと床に倒れこんだ。

「おい、下手なことに使ってくれるなよ」 

 そんな島田に久間はカッターナイフを渡した。島田は情けない顔で久間を見つめる。

「包丁じゃあうちの道具として使えなくなるとまずいだろ?」 

 顔を向けてくる島田にそう言って久間はじっとうつろな瞳でカッターナイフを見つめるライダースーツの男を見ていた。

「馬鹿なことを」 

 かなめが口を開くよりも早く島田は手袋を外した。

「何する気だ?」 

「まあ、見ていてくださいよ」 

 カウラの言葉にそう答えると島田はそのまま手首をかざしてそれにカッターナイフを突き刺した。

「自殺か!自殺志願者か……?」 

 そんなかなめの声は手首にナイフを突き刺しても一切血が流れないという状況で沈黙に変わった。

「やっぱりカッターじゃ分かりにくいですよね」 

 島田の顔が痛みにゆがんでいる。手首を切り裂いたはずのカッターナイフの刃には血の跡すらなく、切り裂かれたはずの手首には何の痕跡も残っていなかった。

「異常修復能力者か」 

 マリアの言葉に島田がうなづく。そしてようやく納得が行ったように頷いたかなめが静かに島田の肩を叩いた。場は一瞬にして島田の笑顔で静まり返った。『エターナルチルドレン』と呼ばれる不老不死の存在。誠も存在は知っていた特殊な能力者。宇宙空間に放り出されても蒸発と再生を繰り返しながら生命を維持することが可能とまで言われる不死身の存在。島田がそんな存在として誠達の前にいた。

「とりあえず分かった。でもなあ、一人で突っ走るのはやめてくれよな」 

 そう言うとかなめはカッターを島田から奪い取った。その視線がようやく島田のおかしな態度に得心したと言うように一度つま先から頭の先まで彼を眺めて見せた。

「お前が言うと説得力があるな」 

 突っ込むカウラを無視してかなめは茜の端末の画面に映している機動隊と化け物の戦いに目を向けた。

「こんな化け物。その同類が部隊にいるなんて気持ちが悪いでしょ?」 

 島田の言葉が震えていた。誠は周りを見回す。だがそこには島田への恐怖など無かった。

「何を言うのよ!馬鹿!」 

 サラの平手が島田の頬を襲う。だが、島田は避けることなくそれを受け止めた。

「お前、それが怖くてアタシ等を避けてたのか?」 

「くだらないな」 

「いいじゃないのそんなこと」 

 かなめ、カウラ、アイシャ。それぞれに一言で島田の神妙な顔を退けた。見上げる島田の目に涙が光っている。

「それならお父様も嫌われなきゃいけないわね」 

「でも本部では嫌われてますわよ」 

「リアナ。それは言わない約束だろ?」 

 茜に声をかけるリアナをマリアがたしなめる。そこにはいつもの彼女達の平静な態度が戻ってきていた。

 死ぬことも、年をとることも出来ない不完全な生き物。それは嵯峨が自虐的に自分を評するための言葉だと思っていたが、誠に一番近い先輩と言う立場の島田がそんな存在だと分かると誠の頬に自然と笑みが浮かんでくる。

「なんだよ皆さん妙に冷静じゃないですか」 

 島田は涙声でそう言いながら立ち上がってテーブルの上のどんぶりに手を伸ばす。油揚げだけをトッピングした濃い口の鰹出汁のうどん。それを一息に啜りこんだ。

「そう言うお前も神妙な顔での告白の割には冷静じゃないか。あのさっきの画像を見てた表情。今にも泣き出すんじゃないかと心配したぞ」 

 カウラの言葉にかなめもアイシャも大きくうなづく。それを見て茜は安心したように再び端末の画像に視線を移した。次々に干渉空間を破砕しては暴れまわる肉の塊とそれを防ぐ東都警察の法術師の死闘が続いている。

「東都警察が法術対策部隊と言う切り札を切るだろうということもたぶんこの化け物を作った人達も予想していたと考えるべきですわね」 

 誠もその茜の言葉の意味が分かっていた。嵯峨の情報網にすら引っかからない巧妙な秘匿技術を持った特殊な研究開発組織。それがこれほどの派手なところで現れるにはそれなりの理由があることはすぐに分かった。

「動くだろうな、この事件のきっかけを作った奴が」 

 そんなかなめの言葉で画面に目を戻すと、機動隊の正面でぼこぼこと再生を繰り返していた肉の塊が半分に千切れた。

「こちらが本命か」 

 そう言ってランは見切ったようにうどんのどんぶりを手にする。そして誠も彼女の考えを理解したいと思って画面に目を向けた。

『ぐおうおおおお……』 

 うなり声を上げるかつて法術師であったもの。そして周りを警戒する機動隊の法術師達は空中でどこから訪れるのか知れない第三勢力への警戒を開始した。

「なるほどねえ。このバケモンを作った人間が見せたかったのはこっちの方か」 

 かなめの言葉に合わせるようにして宙に浮いている機動隊員が次々と撃墜されていく。黒い影がそのたびに画面を縦横無尽に駆け抜けているのが分かった。

「法術師?しかも完全に覚醒した……」

 誠はその影の正体を理解した。干渉空間と時間スライド法を使えるだけの力量を持った法術師が三名、化け物と機動部隊員の両方に攻撃を開始していた。

「でも非合法研究の成果のデモンストレーションにしたらやりすぎよね」 

 アイシャの言葉もむなしく地上からの一斉射の弾丸が叩き落されていく光景が画面を占めることとなった。

「相当派手好きなんだろ?」

 そう言いながらかなめはいつもの残酷な笑みを浮かべていた。

「派手どころか……ある種狂気を感じるな」

 カウラのその言葉に一同は唇を噛み締めつつうなづいた。

「そうさ、どこかで悦に入りながらこの光景を眺めているだろうな」

 かなめの言葉に誠はその残忍な研究を指導する指揮官を想像して自然と鳥肌が立つのを感じていた。
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