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第12章 謹慎

地獄の守護天使

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「おい、ラン、西園寺の嬢ちゃん。くだらない戯言を言いにわざわざ豊川くんだりから出かけてきたのか?ご苦労なこった」

 親父はそう冷酷に言い放った。その後ろ姿を見ながらかなめは不敵な笑みを浮かべる。

「親父。そうつんけんするなよ。実は頼みがあってきた」

「頼み?」

 親父はかなめの言葉に思わず振り向いた。

「そうだ。頼みだ。ここにいるアタシとラン以外の連中の身の安全のことだ」

「へえ……」

 かなめの言葉が意外だったようで、レイチェルは感心したようだった。

「かなめ嬢ちゃん。ようやく自分が何をしてるのか、見えるようになったみてえだな」

 そう言う親父の目は笑っていない。かなめはその言葉に思わず頭を掻いた。

「アタシだってアンタに言わせればぬるいかもしれないが、それなりに修羅場って奴を経験してるんだぜ。アタシが軍人を始めた最初の職場があの租界だ。銃弾の雨が降り注ぐあそこで諜報工作なんて仕事をして、同僚が無慈悲に殺されていくのを見れば、嫌でも周りを見て生きるようになる。日々観察とその結果を反映しての自己の成長に努める。まあ地獄から学んだアタシなりの仕事の流儀だ」

 日頃、誠が見ている粗暴で考えなしに見えるかなめから意外な言葉が飛び出した。誠は思わず目をカウラとアイシャに向けた。二人とも誠と同じくあまりに意外なかなめの言葉に呆然としていた。

「なるほど。御大将が姪だって理由だけであんたを重用するわけがないと思っちゃいたが……嬉しいね。後輩にこんな見どころのある人材がいるんだ」

 店に入ってから初めて見る親父の心からの笑顔だった。親父はそのまままるでかなめのことを自慢しているように妻のレイチェルに目をやった。

「そりゃあ、西園寺のお嬢さんもアンタの御大将が目を付けた御仁さ。で、その立派な御仁がうちの人に頼みごとがあるってことなんだろ?言ってみな」

 レイチェルは砕けた調子でそう言った。かなめはレイチェルの言葉に覚悟を決めたように一息ついた。

「まあ頼みってのはこの場にいるアタシとラン以外の連中のことさ」

 かなめは一言一言、確かめるようにそう言うと、一口どんぶりに残ったうどんの汁を飲んだ。

「アタシ達がなんなのよ!」

 いつもの態度と明らかに異なるかなめの言動に戸惑ったようにアイシャがそう叫んだ。

「勘が鈍ったんじゃねーか、アイシャ。このなかじゃ、西園寺とアタシ以外で戦場という世界の中に身を置いた経験のあるのはオメーだけなんだぜ。思い出せよ、遼州系アステロイドベルトを。あそこでゲルパルト帝国のネオナチ残党の手先として戦争をやっていた二十年前をさ」

 小さなランはそう言って自分より遥かに大柄のアイシャを見上げた。

「アイシャさんって……」

 ランが漏らしたアイシャの過去。誠が聞いたのはほんのわずかな情報だというのに、アイシャを見る自分の目が変わっていることを誠は自覚した。

 お祭り好きで底抜けに明るいムードメーカー。島田の隣で戸惑っているサラにとってはいつでも愚痴をこぼせる信頼できる同僚である。

 そんなアイシャに戦場の地獄を見た過去がある。先の大戦で戦場で失われた人口を補うため、戦局が配線濃厚だったtゲルパルト帝国が戦うために作りあげた存在であるアイシャ達『ラストバタリオン』。誠の知る限り、彼女達は結局大戦には間に合わず、地球軍が彼女達の製造プラントを制圧したときは、ほとんどの『ラストバタリオン』は培養ポッドの中で完成の時を待っていたはずだった。ここにいる同じ『ラストバタリオン』である、サラが起動したのは終戦後、隣で様子をうかがっているカウラに至っては稼働開始まだ8年であり、当然戦争などは経験したことがない。

「誠ちゃん。まあ隠しておくつもりは無かったんだけどね。ネオナチの連中。ゲルパルトが降伏してもなお、抵抗をやめなかったの。まあ、あの人達は諦めが悪いから。まあ、アタシは製造プラントから移送されてアステロイドベルトで目覚めるという最悪の経験をしたのよ。まあ、抵抗といってもそれほど長くできるはずもなく、数年で残党狩り組織に制圧されて、アタシはそこで保護された。まあ、昔の話よ」

 いつもとまるで違う、悲しげな表情でアイシャはそう言うと苦笑いを浮かべた。

「まあ、オメエが戦場の匂いの序の口を知っている戦場初心者ってことはどうでもいい。アタシが親父さんに頼みたい内容に違いはねえんだ。親父……」

 かなめはそう言うと親父の顔を見た。そこにはいつもの仏頂面があった。

「なんだ」

 相変わらず不愛想に親父はそう言った。

「アタシとランは戦争凶にであってもテメエのケツぐらいはちゃんと拭ける流儀は心得てる。まあ、アタシ等の仕事じゃそんな馬鹿に出くわす可能性は一般企業に勤めてるサラリーマンに比べたら嫌になるくらい高い」

 そう言うとかなめは再びどんぶりの汁を啜った。

「で?何が言いたい」

 再び親父は口元に笑顔を浮かべた。そう言って次の言葉を選んでいるかなめの顔を見つめる。

「後でこの戦場初心者が本当にヤバくなったらここに駆け込むように説得する。だからそん時は頼む。アタシやランも体は一つだ。年中こいつ等の世話して回るなんてのは不可能だ……頼む……」

 こんなに深々と頭を下げるかなめを誠は初めて見た。隣ではランも軽く頭を下げている。

「なんだ!西園寺!私達が足手まといだと言うのか!」

 そう叫んだのはカウラだった。一応は、第二小隊小隊長。かなめの上司である。誠も彼女がそう抗議するのもうなづけた。

「カウラよ。オメーのそう言う真っ直ぐなところは上司としては嫌いじゃないが、このことは西園寺とアタシが神前が配属になったときにすで決めてたことでな。いつかここにオメー等を連れてきて頼もうと思ってたんだ。まあ、今回の事件はかなりヤバい事件だ。まあ、いい機会だ。アタシの顔に免じて堪えてくれ」

 ランは笑顔でカウラにそう頼んだ。真剣な顔でランにそう言われてしまえばカウラも黙るしかなかった。
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