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第5章 魔都

再会

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「じゃあ、そこの路地のところで車を止めな。飯、食ってから帰ろうや」 

 かなめの声に再びカウラは消火栓の前に車を止めた。

「骨董品屋?なじみなのか?」 

 誠がドアを開けて降り立つのを見ながら、起こした助手席から顔を出すランがかなめに尋ねる。

「まあな。ちょっと先に市場がある、その手前で待っててくれよ」 

 そう言うと最後に車から降りたかなめはそのまま骨董品屋のドアを開けて店の中に消えた。

「歩くなら近くに止めた方が良かったのでは無いですか?」 

 カウラの言葉を聞いてランはいたずらっ子のような顔をカウラに向ける。

「オメーの車がお釈迦になってもよければそうするよ。たぶんこのいかがわしい店は西園寺の非正規部隊時代からのなじみの店なんだろ?武器を預けるなんていうことになると骨董店は最適だ。当然この店の客は西園寺が何者か知っているわけだ。その所有物に傷でもつければ……」 

 そう言ってランは親指で喉を掻き切る真似をした。これまでのこの地の無法ぶりにカウラも誠も納得する。

 路地に入ると串焼肉のたれがこげるにおいが次第に三人に覆いかかってきた。パラソルの下、そこは冬の近い東都の湾岸地区にある租界を赤道の真下の遼南にでも運んだような光景が見て取れた。運ばれる魚は確かにここが東都であることを示していたが、売られる豚肉、焼かれる牛肉、店に並ぶフルーツ。どれも東和のそれとは違う独特の空間を作り出していた。

「おう、なんだよそんなところに突っ立ってても邪魔なだけだぜ」 

 遅れてきたかなめはそう言うと先頭に立って細い路地の両脇に食品や雑貨を扱う露天の並ぶ小路へと誠達をいざなった。テーブルに腰掛けて肉にかじりつく男達は誠達に何の関心も示さない。時折彼等の脇やポケットが膨らんでいるのは明らかに銃を所持していることを示していた。

「腹が膨らむと人間気分が穏やかになるものさ」 

 かなめからそう言われて、誠は怯えたような表情を浮かべていたことに気づいた。

「おう、ここだ」 

 そう言うとかなめは露天ではなく横道に開いたうどん屋の暖簾をくぐった。

「へい!らっしゃ……なんだ、姐御……久しぶりじゃねえですか!」 

 そこにはどう見てもうどん屋の関係者には見えない紫の三つ揃いに赤いワイシャツと言う若い角刈りの男が立っていた。男はかなめを見て嬉しそうに叫んだ。『ヤクザ中佐』の異名を持つ同盟司法局の幹部士官である明石清海が同じような背広を着ていたのを思い出して、誠は多少この男の素性が推測できた。この法律など何の役にも立たない町の顔役とでも言うところだろう、だがそんな誠の表情が気に食わなかったのか、男は腕組みをしてがらがらの店内の粗末な椅子に座り込んだ。

「おう、客を連れてきたんだぜ。大将はどうした?」 

 かなめはそう言うと男と向かい合うテーブル席にどっかりと腰掛ける。

「ああ、親父!客だぜ!」 

 男はかなめの声を聞くとすぐに立ち上がって厨房を覗き込んで叫んだ。のろのろと出てきた白いものが混じった角刈りのいかにもうどん屋の大将という風情の男がチンピラ風の若造をにらみつけた。

「しかし、姐御が兵隊さんとは……あの姐御がねえ」 

 そこまで言ったところでチンピラ風の若造はかなめににらまれて黙り込んだ。

「良いじゃねえか。この店を担保に娼館から身請けしてやるって大見得切った馬鹿よりよっぽど全うな仕事についていたってことだ。サオリさん!いつものでいいかい」 

 かなめをサオリと呼ぶ大将と呼ばれた店主の言葉にかなめは静かにうなづいた。

「娼館?サオリ?」 

 カウラはその言葉にしばらく息を呑んだ後かなめを見つめた。

「源氏名だよ」 

 それだけ言うとかなめは黙り込んだ。そんな彼女を一瞥するとランは何かを悟ったようにうなづいた。そのランを見ると男は子供を見かけた時のようにうれしそうな顔をする。

「おう、若造」 

 ランの言葉にすぐにその緩んだ表情が消えた。

「姐御……なんです?この餓鬼は」 

 ランの態度にそれまでかなめには及び腰だったチンピラがその手を伸ばそうとした。

「ああ、言っとくの忘れたけどコイツが今の上司だよ」 

 そんなかなめの一言が男の手を止めた。

「嘘……ついても意味の無い嘘は嫌いでしたね姐御は。で、このお坊ちゃんは?」 

 チンピラは挑戦的な目で誠を見つめる。

「おい三郎!店の邪魔だからとっとと消えろ!」 

 そう言う大将を無視して三郎と呼ばれた男はそのまま椅子を引きずって誠の隣に席を占める。

「いい加減注文をしたいんだが、貴様に頼んで良いのか?」 

 カウラの言葉に驚いたような表情の三郎だが、すぐに彼は品定めをするような目でじろじろとカウラを眺めた。

「なんだ、気味の悪い奴だな」 

「人造人間ってのは肌が綺麗だって言いますけど、本当っすね」 

 そう言ってにじり寄る三郎を見てカウラは困ったように誠を見る。誠はただ周りの不穏な空気を察して黙り込んでいた。そのまま値踏みするような目でカウラを見た三郎はそのまま敵意をこめた視線を誠に向けた。
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