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第3章 日常

朝のできごと

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 翌朝、誠はいつものように定時に布団から起き上がった。寮の自分の部屋。カーテン越しの日差しが一日の経過を表している。そして昨日の化け物の断末魔の声を聞いたような感覚を思い出し首をすくめた。

「しばらく見るだろうな。こんな夢」 

 そう思った誠が布団から起き上がろうとして左手を動かす。

 何かやわらかいものに触れた。誠は恐る恐るそれを見つめる。

「おう、早いな」 

 そこには眠そうに目をこするかなめの姿があった。そして彼女の胸に誠の左手が乗っていた。

「お約束!」 

 手を引き剥がすと跳ね上がって布団から飛び出し、そのまま誠は部屋の隅のプラモデルが並んでいる棚に這っていく。

「おい、お約束ってなんだよ。アタシがせっかく添い寝をしてあげてやったっつうのによ!」 

 かなめはそう言うと自分の部屋から持ってきた布団から這い出し、枕元に置いてあったタバコに火をつける。そのまま手元に灰皿を持ってくるが、そこに数本の吸殻があることから、かなめが来てかなり時間が経っているのを感じた。

 とりあえず誠は息を整えて立ち上がり、カーテンを開けさらに窓を開けた。

「寒くないのか?」 

 タバコを吹かしながらかなめは誠を見上げる。

「タバコのにおいがしたらばれるじゃないですか!」 

「誰にばれるんだ?そうすると誰が困るんだ?」 

 かなめはニヤニヤと笑う。

「あのですねえ……」 

 そう言った時に部屋のドアがいきなり開く。

「自分の部屋にいないと思ったら……西園寺!」

 踏み込んできたのはカウラだった。隣になぜか寮長の島田までいる。

「おう!来たか純情隊長!」 

 かなめは満足げな笑みを浮かべる。誠はその姿を見るといつもどおりブラもつけないタンクトップにスカートだけと言うかなめの姿と青筋を立てている勤務服姿のカウラを見比べる。

「ああ、西園寺さん。一応……寮には寮の規律って奴がありまして……ってちょっとどいてくださいね」 

 そう言うと島田はそのまま部屋に入り誠のプラモデルコレクションのメイドのフィギュアをどかして小さな四角い箱を取り出す。

「おい、隠しカメラって奴か?なんだ、何もしなかったのがばれてたわけか」 

「かなめちゃん!」 

 カウラをからかう言葉を用意しようとしたかなめの頬にカウラ達をすり抜けて飛び込んできたアイシャのローキックが炸裂した。

 一見、グラマラスな美女に見えるかなめだが、100kgを超える軍用義体の持ち主である。そして骨格は新世代チタニュウム製と言う鋼鉄より硬い材質でできている。そのままアイシャは蹴り上げた右手を中心に回転して誠の頭に全体重をかけての頭突きをかますことになった。

「痛いじゃないの!かなめちゃん!」 

 アイシャが叫ぶがかなめは涼しい顔でタバコをくゆらせている。

「オメー等何やってんだ?」 

 入り口に現れたのは小さなランがトランクを抱えたと言うか大きなトランクに押しつぶされそうな状態で立っていた。そして隣には同じように大きな荷物を抱えた茜とラーナがいた。

「なんだ?引越しか?」 

「仕方ねーだろ?昨日の件でオメー等の監視をしなきゃならねーんだから。一応、昨日のアレについちゃ口外無用でね」 

 ランはかなめのタバコのにおいに嫌な顔をしながらそう言った。

「ごめんなさいね、皆さんを信用できないみたいな感じで。まあちょうど技術部の方が六人ほど大麗宇宙軍に異動になって部屋が空いたと島田さんから連絡があってそれで……」 

 茜の言葉にかなめ、カウラ、アイシャの視線が島田に向いた。

「しょうがないだろ!同盟司法局の指示書を出されたら文句なんて言えないじゃないですか!」 

 島田が叫ぶとそのすねをランが思い切り蹴飛ばす。

「何か?アタシ等がいると都合が悪いことでもしてんのか?」 

 弁慶の泣き所を蹴り上げられて島田はそのまま転がって痛がる。

「そう言うわけだ。世話になるぜ」 

 そう言ってランはいつの間にか同じようにトランクを持って待機していたサラの手引きで階段に向けて歩き出した。

「どうすんだよ!ちっちゃい姐御が来たら……」 

「みなの緊張感が保たれて綱紀が粛正される。問題ないな」 

「カウラ!テメエ!」 

 カウラとかなめがにらみ合う。ようやく痛みがひいたのかゆっくりと立ち上がったアイシャがすねを抱えて転げまわっていた島田の襟首をつかんで引き寄せた。

「正人ちゃん。サラも下に来てた様な気がするんだけど……それも指示書にあったの?」 

「ありました!なんならお見せましょうか?」 

 サラとの付き合いが公然の事実である島田が開き直る。そしてそのままアイシャは胡坐をかいて目をつぶり熟考していた。

「茜さんは元々仕事以外には関心が無い。問題ないわね。ラーナも同じ。そしてサラはいつも私達とつるんでいるから別に問題ない。そうすると……」 

「やっぱちびじゃねえか!問題なのは!」 

 かなめとアイシャが頭を抱える。ほとんどの隊の馬鹿な企画の立案者のアイシャとその企画で暴走するかなめにとってはそのたびに長ったらしい説教や体罰を加える元東和陸軍特機教導隊の鬼隊長の同盟司法局実働部隊副長クバルカ・ラン中佐と寝食を共にするのは悪夢以外の何者でもなかった。

「まあ、おとなしくしていることだ。というわけで西園寺。部屋に帰るぞ」 

 そう言うと立ち上がったカウラがかなめの首根っこを掴む。

「わあった!出りゃ良いんだろ!またな」 

 かなめはカウラに引き立てられるようにして立ち上がる。アイシャはぶつぶつ独り言を良いながらそれに続いた。

「まったく。面倒な話だな」 

 島田も彼女達を一瞥するとそのまま立ち上がり、誠の部屋のドアを閉めた。

『だんだん偉い人が増えるんだな』 

 そう思いながら着替えをしていた誠だが、すぐに緊張して周りを見回した。先ほどの隠しカメラの件もある。どこにどういう仕掛けがあるかは島田しか知らないだろう。そう思うと出来るだけ部屋の隅で小さくなって着替える。

「寒!」 

 思い出してみれば窓が開いたまま。とりあえず窓を閉めてたんすからジーンズを取り出した。そのまま何とか出勤できるように上着を羽織って廊下に出た。いつものようにあわただしい寮の雰囲気。夜勤明けの整備班員が喫煙所から吐き出す煙を吸いながら階段を下りて食堂に入る。

 今日の食事当番はアイシャだった。いつもの事ながら要領よく味噌汁などを配膳しているアイシャを見て誠は日常を取り戻した気がした。

「誠ちゃん!サービスでソーセージ二本!」 

 管理部の眼鏡の下士官からトンクを奪って誠のトレーに一本限定のはずのソーセージを載せる。

「良いんですか?」 

 思わず振り向いた先に嫉妬に狂う同僚達の冷たい視線が突き刺さる。

「良いんだって!」 

 そうアイシャに言われてそのまま味噌汁を受け取り、誠は自分のご飯を盛り付ける。

「おう、これが飯を食う場所か?」 

 ランの声が響くと隊員達は一斉に立ち上がり小さなランに敬礼する。司法局実働部隊の副長である彼女は悠然と敬礼を返してアイシャが食事の盛り付けをしているところにやってきた。

「ランちゃんも食べるの?」 

 アイシャに何度注意しようが『ちゃん』付けが直らないことでランはアイシャの指導を諦めていた。

「おー、朝飯なら食ってきたからな。それより今日はここの施設を見て回ろうと思ってな」 

 この一言に半数の隊員がびくりと震えた。寮の規則は管理部の基礎を固めた先代の管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉が作成したものだった。だが規律を重んじる彼は現在は同盟軍事機構の教導隊へと異動になっていた。

 そのわずかな間に寮の規則の多くは島田の温情で有名無実なものになっており、多くの隊員は寮則の存在を忘れていたところだった。当然同じように規律を重んじるところのあるランが動けばどうなるか。それを想像して食事をしていた隊員達の箸の勢いが鈍るのが誠にも見えた。

「私達は勤務だけど……菰田君?案内は」 

 アイシャの言葉にさらに数人の隊員が耳を済ませているのが分かる。技術部整備班班長の島田正人准尉と管理部経理課課長代理の菰田邦弘主計曹長の仲の悪さは有名である。島田の車好きにかこつけて寮則違反の物品を部屋に溜め込んでいる隊員には最悪の事態なのが誠にも見て取れた。

「案内なんていらねーよ。それに菰田に案内させると困る連中もいるんだろ?」 

 そう言ってランは子供の姿からは想像もできない意味深げな笑いを浮かべる。その姿に隊員達はほっと胸をなでおろした。
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