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第17章 情勢

敵地

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 アメリカ軍海軍駆逐アサルト・モジュールM10『グラント』のコックピットのハッチは開かれたままだった。半袖の戦闘服に身を包んだこの機体のパイロットであり、司法局実働部隊第四小隊小隊長ロナルド・スミスJr特務大尉はシートを倒して微睡《まどろ》んでいた。

 駐屯地に駐留しているバルキスタンの選挙監視・治安維持の名目部隊は、遼州同盟加盟国の軍がほとんどで、地球からはアラブ連盟のエジプト、リビアの治安維持部隊だけが進駐していた。

 アメリカ海軍の軍籍を持つロナルドと部下のジョージ・岡部中尉、フェデロ・マルケス中尉の存在は今この渓谷を避けて南下を続けている反政府軍にとっては目の上のこぶのようなものだとロナルドは考えていた。事実、同盟諸国の治安維持部隊は予想外のアサルト・モジュールや重武装車両による攻撃を受け、多くは南へ敗走、遼南軍などは派遣部隊8千人すべてが武装解除されたと言う話も伝わってきている。ロナルドはそんな状況の中、闇が広がる渓谷をぼんやりと眺めていた。

 不意に気配を感じた彼が起き上がると、そこにはアルミのカップにコーヒーを注いで運んできた技術部整備班班長の島田正人准尉の姿があった。

「驚かすなよ」 

 そう言って島田からコーヒーを受け取るロナルドだが、まだ意識の半分は夢の中にあった。

「静かなものですね。ここから四キロ四方。ほぼ同盟の派遣部隊は駆逐されたそうですよ」 

 黙ってコーヒーをすするロナルド。彼等司法局バルキスタン派遣部隊は派遣された時点で緘口令と共にこのような事態が予測されていることを知らされてはいたが、現実にこの小さな山岳基地に閉じ込められるまではそれが彼の今の上司、嵯峨惟基一流の冗談だと半分思っていたところがあった。

「でも、そろそろ反政府軍がうちらに攻撃を仕掛けるにはいい時期だと思うんですがね。なんでも三十分前から政府軍のレーダーや通信施設のシステムにクラッキングが仕掛けられたと言う話ですから」 

 島田はそう言いながらコックピットの縁に腰をかける。

「まあ政府軍も反政府ゲリラも狙いは今回の選挙が延期になることだけなんだ。本気で戦争始めるほど馬鹿じゃないだろ。邪魔な監視団を両派で駆逐して叩き出す。それが連中の目的さ。まったくの出来レースだよ」 

 そう言いながらもロナルドもこの状況について半分以上諦めたつもりで暗闇の広がる渓谷を見つめていた。そもそも派遣された時からおかしかった。他国の軍隊が派遣されてきたと言うのに、へらへらと世辞を垂れ流すカント政権の軍管区の幹部。やる気の無い政府軍兵士。そして沈黙する反政府ゲリラ。

 ベルルカン大陸の失敗国家と称される国々でも、もっとも激しい内戦を展開してきたバルキスタンにはロナルドもアメリカ海軍の特殊部隊員として非正規任務で派遣されたことは何度かあった。だが今回の奇妙なまでにお膳立てが整いすぎた出動には不信感しか感じることができなかった。

「お前さんも政府軍と一緒に撤収すればよかったのに」 

 コーヒーで意識が冷めてきたロナルドは笑顔で隣の島田を見上げる。

「技術屋の意地ですよ。こうなったらM10のスペックをできる限り多く勉強したいと思いましてね。まあサラには撤退するように言い含めたんですが……」 

 同行しているバックアップスタッフのサラ・グリファン少尉のことを口にするのは島田ののろけだと分かってロナルドの笑みが苦いものになる。

「まあここの基地のレーダーが生きてるのが唯一の救いだね。彼女にも歩兵の代わりではなく管制官の本業を生かしてもらえるわけだから」 

 島田は頭をかきながら光るものの何も無い渓谷を眺めていた。

「しかし、仕掛けるとしたら夜はありえませんか?」 

「まあここのレーダーが生きていることはゲリラの連中も知ってるはずだからな。目的である選挙の妨害ができればあちらとしては満足なんだ。仕掛けて無駄に損害を出すほど馬鹿じゃないと言うことだろ」 

 後ろでアサルト・モジュールの駆動音が響く。煌々と照らされた明かりは、昼間の撤収作戦で右足の駆動部に異常が出た二番機担当ジョージ・岡部中尉のM10の修理作業のためのものだった。M10A6。アメリカ軍の時期主力アサルト・モジュールの法術適正者専用機の試験運用もこの作戦の重要な任務の一つではあった。

「岡部の機体も修理完了か……」 

「まあ問題点が早めに出るのは技術屋としてはありがたいことですよ。とりあえず脚部のアクチュエーターの冷却機構の設計の甘さって結論ははっきりしていますから。ここから帰れたらすぐにメーカーに問い合わせるつもりです」 

「ここから帰れたらか……」 

 ロナルドはコーヒーを口に含む。管制室からのデータを表示するモニターには何一つ反応するものは無かった。

「それにはあの神前誠曹長と言う気の小さい騎士殿にがんばってもらわなきゃならないな」 

 そう言って笑うロナルドに、島田も戦闘帽を手に取りながら愛想笑いのようなものを浮かべるだけだった。

「奴はやりますよ……奴は」

 島田にはなぜかわからず後輩神前誠が任務を全うするような気がしていた。

「そう願うよ」 

 真剣な島田の表情にロナルドはほほえみで答えた。
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