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第10章 複雑な話

来客

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 胡州帝国、摂都、南六条町《みなみろくじょうまち》。ここには有力貴族の帝都での屋敷が多い地区として知られていた。下手をすれば司法局豊川の施設が丸ごと入るような領邦持ち貴族の摂都屋敷が立ち並ぶ中、ひときわ目立つ大きな屋敷門に渡辺要の運転する車は入っていった。

 すでに三人の使用人が待ち受けている。そこに嵯峨惟基は頭を掻きながら止まった車から降りる。

「別に頭を下げなくてもいいから。来てるの忠さん?」 

 ロマンスグレーの執事服の男性が静かにうなづく。それを見て嵯峨はそのまま玄関へと向かった。入り口には嵯峨の見知った、忠さんこと胡州海軍第三艦隊司令、赤松忠満《あかまつただみつ》中将の側近である別所晋一《べっしょしんいち》大佐が控えている。

「なるほどねえ……」 

 頭を下げる彼の前を嵯峨はそのまま通り過ぎた。百メートルは軽くある廊下を渡りきり、さらに別棟の建物へと迷うことなく嵯峨は歩き続ける。庭師の老人に会釈した後、嵯峨は客間と彼が呼んでいる静かなたたずまいの広間にたどり着いた。

 一人静かに茶をすする恰幅の良い将軍が胡坐をかいていた。

「ああ、上がらせてもらっとるで」 

 静かに湯飲みを手元に置くとその将軍、赤松忠満は静かに笑った。

「やっぱりバルキスタンがらみか?しかし、兄貴も暇なんだねえ。高倉の次は忠さんかよ」 

 そう言うと赤松の前に置かれていた座布団に嵯峨は腰掛けた。

「まあ、それだけこの問題が重要ってことなんちゃうか?」 

 そう言うと再び茶赤松はをすする。

「失礼します」 

 そう言うと初老の女性の使用人が静かに嵯峨の分の煎茶を入れ始める。

「俺にはバルキスタン問題だけが念頭にあるとは思えないんだよな、今回の醍醐さんの作戦の目的は」 

 そう言うと嵯峨は手元に置かれた灰皿に手を伸ばす。そしてそのままタバコをくわえると安物のライターで火をつけた。

「ワシも同じこと考えとった。陸軍の連中はようワシに事実を教えてくれへんからな。しかし、ワシには新三の考えの方がようわからんわ。あの将軍様の身柄をアメリカから引き剥がすのがなんで遼州の利益になんねん。カント将軍のおかげで肥え太った腐れた官僚の首を守る義務はお前には無いよ
うに思うんやけど……」 

 赤松は新しく入れなおした茶を静かにすする。嵯峨は引きつるような笑みを口に浮かべる。

「それは状況にもよるだろ?膿を出すのにはタイミングと状況、そして方法を考えるべきだっていう話だよ。今回はタイミングもそうだが、組んだ相手も悪い」 

 静かに目の前に置かれた湯飲みを手の上で転がすようにして嵯峨は言葉をつむぐ。

「アメリカ軍。しかも陸軍に新三がトラウマ抱えとるのはよう知っとるが、それは私情なんと違うか? 昔から『政治に私怨を入れたらあかん』言うのがお前の主義やろ?」 

 赤松は上目遣いに嵯峨を見上げてくる。だが、ゆっくりと嵯峨は首を振った。

「遼州同盟司法局の実力行使部隊というのがうちの看板だぜ、頭越しにそんなことを決められたら同盟の意味がなくなるじゃねえか。アメリカは昔からあそこに手を出したがっていた。それを抑えてきたのは遼州の犯罪は遼州が裁くと言う原則を貫いて来たからだ。それを遼州の有力国家である胡州が宰相貴下一斉にその原則を潰そうとするというのが俺には理解できねえよ」 

 嵯峨はそう言って笑って見せるが、赤松はその笑いがいつも嵯峨が浮かべている自嘲の笑いとは違うものであることに気づいていた。明らかに悪意を持っている笑み。まだ嵯峨が亡命王族のムジャンタ・ラスコーと呼ばれていた中等予科学校のときからその独特の表情をよく知っていた。

「それに近藤事件は終わったことだ。それをどうこうしてもはじまらねえよ。胡州の官派の残党がいくら金をもらってたかしらねえが、すでに証拠は隠滅済みだ。アメリカがどうバルキスタンの独裁者と言うことになってるエミール・カント将軍の口から兄貴の政敵を追い詰められる材料を拾えるかってところだが、まず俺は期待はできないと断言できるね」 

 嵯峨は赤松を睨みつけたまま煎茶をすすり、その香りを口の中に広げていた。
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