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第5章 本配属になる幼女

摸擬戦

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「そうだ、クラウゼ!」 

 シャムと一緒にグレゴリウス16世と遊んでいるアイシャを呼ぶランの一声。アイシャはそのまま跳ね上がるように立ち上がるとそのまま駆け足でランのところまでやってくる。

「お前も付き合えよ。カウラの機体のシミュレータなら使えるんだろ?」 

 そう言ってつかつかとグラウンドを横切ってランはハンガーに戻っていく。誠とアイシャはお互い顔を見合わせるとその後に続いた。「それじゃあアタシの機体はメーカー検査中だからはシャムの機体使うからな」 

 ハンガーに入って口を開いたランはそこまで言うとまた誠をにらみつけた。かわいらしい少女とも見えたが、その目つきの悪さは誠の背筋を冷やすのには十分だった。

「なんだ?その面は」 

 そう言うとランは誠に近づいてくる。

「いえ!何でもないであります!」 

「声が裏返ってるぞ。まあいいや、さっさと乗れよ。パイロットスーツなんかいらねーからな」 

 そう言うとランは敬礼している整備兵達を押しのけてシャムの第一小隊二号機へと歩いていった。

「大変ですねえ、神前さん」 

 西が苦笑いを浮かべながら耳打ちをする。誠は彼と一緒にコックピットに上がるエレベータに乗った。

「島田班長は本当についてますねえ、今の時期にベルルカンに出張で」 

「島田先輩がどうかしたのか?」 

 そう尋ねる誠に西は後悔をしたような表情を浮かべる。そしてゆっくりと語り始めた。

「班長は元々パイロット志願で、クバルカ中佐の教導受けていたんですよ。ですがクバルカ中佐はああ言う人でしょ?パイロットなんか辞めちまえ!って言われてそのままパイロットを辞めて技官になったんですよ。今でも時々酒を飲んだときとか愚痴られて……」 

 エレベータが止まる。シャムの機体を見るとこちらをにらみつけるランの姿が見える。西は誠の後ろに隠れてランの視線から隠れた。

「まあがんばってくださいね」 

 コックピットに乗り込む誠に西は冷ややかな視線を浴びせる。誠はそのまま整備の完了している愛機のシミュレーションモードを起動させた。点灯した全周囲モニターの一角に移るランの顔。鋭い視線が誠をうがつ。

『神前。秘匿回線に変えろ!』 

 鋭いランの一言に誠はつい従ってアイシャの映っているモニターに映像が映らないように回線をいじった。

『西にいろいろ言われただろ?アタシが島田をどつきまわしてパイロットをあきらめさせたとかなんとか』 

 まるで会話を聞いていたように言われた誠は静かにうなづくしかなかった。

『まあ、アタシの教導は確かに厳しいと思っておいて間違いねーよ。だがな、それはオメー等のためなんだ戦場じゃあ敵は加減なんてしてくれねーし、味方がいつも一緒に居るとは限らねー。自分のケツも拭けねー奴に何ができるってんだ。だからアタシは加減はしねーし怒鳴るときは怒鳴るからな』 

 相変わらず乱暴な言葉遣いのランがそこまで言うと、不意にこれまで見たこともないようなやわらかい子供のような表情を浮かべた。

『でもまあ、アタシは期待している奴しかぶっ叩いたりしねーよ。アタシはオメーに期待してるんだ。まあ才能の片鱗とやらを見せてくれよ』 

 そう言うとランの顔に無邪気な笑顔が浮かんだ。見た感じ8歳くらいに見えるランの見た目の年齢の子供達が浮かべるような笑顔がそこにあった。

『まあそんなわけだ。回線を戻せ』 

 そう言ったランはまた不機嫌そうな表情に戻った。その表情の切り替えの早さに誠は唖然とした。

 シートの上で何度か体を動かして固定すると、誠はシミュレーションモードを起動した。瞬時に映っていた外の光景が漆黒の闇に塗り替えられる。

「宇宙?」 

 そうつぶやく誠の顔の前にウィンドウが開いて、アイシャのにやけた顔が浮かんだ。

『どうしたの?びっくりしちゃった?』 

 気楽に操縦系のチェックをしているようでアイシャが手をあちらこちらに振りかざす。誠も同じように機体チェックプログラムを起動、さらに動力系のコンディションを確認する。

『最初に言っておくけど手加減なんかしねーからな。全力で来い!』 

 ランはそう言って笑う。ここでその顔を見たらかなめなら切れていたことだろう。

「わかりました。じゃあこれから作戦会議ぐらいさせてくださいよ」 

 そう言ったアイシャにランは少し考えた後頷いた。

「じゃあ、秘匿回線にしますね」 

 誠も通信を切り替えた。アイシャは運用艦『高雄』の副長という立場とは言え、パイロット上がりである。期待して誠は彼女が口を開くのを待った。

『じゃあとりあえず突撃』 

 それだけ言ってアイシャは髪を手櫛でとかしていた。誠は少しばかり失望した。

「そんな突撃なんて、作戦じゃないじゃないですか!」 

 そう言う誠を宥めるようにアイシャは口を開く。

『正直に言うわね。ラン中佐の腕はシャムちゃん以上よ。まずどんな策でも私達の技量じゃ考えるだけ無駄。それにあの人の教導はその素質を伸ばすと言うのがモットーよ。誠ちゃんのどこが伸びるところなのか見極めるには下手に作戦を立てるより、今ある全力を見せるのが一番だと思うの』 

 珍しく正論を言うアイシャを誠は呆然と見つめる。

『どうしたの?もしかして私に惚れたの?』 

「そう言うわけでは……」 

『えー!やっぱり私じゃあだめ?』 

 そう言ってアイシャは目の辺りを拭う。誠はこれがいつもの彼女だとわかりなぜかほっとする。

『おい!いつまで会議してんだ!ぐだぐだしてねえでさっさと終わらすぞ!』 

 画面に向けてランが怒鳴りつけている。

『じゃあ、がんばりましょう!』 

 アイシャはそう言うと通信を切った。

「よし、それじゃあ開始!」 

 そう言うとランも通信を切った。
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