上 下
242 / 512
第2章 実験

静かな射場

しおりを挟む
 誠はモニターの拡大ボタンを押して、足元の人影を画面に投影した。そこでは三人の東和陸軍の作業服を着た女性が西と話をしているところだった。

 すぐに誠はその三人が誠の所属する第二小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉、二番機担当西園寺かなめ大尉、そして運用艦『高雄』の副長であるアイシャ・クラウゼ少佐だと分かった。

『西園寺さん?カウラさん?それにアイシャさん?』 

『よう!元気にしとるか!』 

『駄目ですよ!今、大事なところなんですから!』 

 西の制止を無視してモニターに飛び込んできたのは西園寺かなめ大尉のタレ目だった。

『馬鹿だねえ西の餓鬼は。この位の邪魔で撃てなくなるなら意味ねえじゃねえか』 

 そう言ってかなめはいつものようにまなじりを下げる。そこに割って入ったのはアイシャ・クラウゼ少佐だった。

『ねえ、教導隊と言えば、ランちゃんでしょ?あの小さい姐御に苛められなかった?』 

「クバルカ中佐はまだ教導官が本務だったんでしたよね。まだ会ってませんよ」 

 誠はギリギリのところで法力チャージと上司達との会話を続けていた。

『貴様等……邪魔するなと言ったじゃないか』 

 画面の端でエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせてカウラ・ベルガー大尉がつぶやいた。『小さい姐御』と言う言葉がつぼに入ったのか、かなめがカウラの隣で腹を抱えて笑っている。

「あのー。ちょっと黙っていていただけますか?」 

 さすがの誠も雑念に負けそうになってついそう言っていた。

『酷い!誠ちゃんには私の言葉は届かないのね!』 

 わざと泣き声を装うようにアイシャの声が響く。画面の端からアイシャの肩を叩いているのはカウラだろう。

「そう言う意味じゃないんですけど……」 

 誠がそう言ったとき、管制室の画面が05式の全周囲モニターに開いた。

『遊んでるんじゃないぞ!とりあえず標的の準備はできた。最終安全装置の解除まで行ってくれ』 

 ヨハンの顔が大写しにされて、誠は少しばかり引き気味に火器管制システムの設定に移った。訓練場を示す地図が開き、誠の干渉空間が展開される。干渉空間には二種類あり、その活用方法については誠は飛躍的に制御技術向上させていた。

 一つは直接展開空間。

 それは平面状に展開され、シールドや位相転移、すなわち瞬間移動などを行うことができる展開発動者専用の空間である。これを展開できるのは司法局でも誠と隊長の嵯峨惟基特務大佐とその娘で法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警視正、さらに副隊長で第一小隊長のクバルカ・ラン中佐だけと言う特殊な技能である。

 そしてもう一つが一般に『テリトリー』と呼ばれる干渉空間だった。

 それは展開した法術者の意識レベルによって変性可能な干渉空間である。その『テリトリー』の運用に長けているのはパイロキネシストとしての能力を展開した空間内で発揮できる管理部部長アブドゥール・シャー・シン大尉、思考サーチなどが可能な能力を有している警備部部長マリア・シュバーキナ少佐、そして内部空間の時間軸をずらすことで相対的運動性を発揮することができる実働部隊第一小隊のエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉がいた。

 干渉空間、テリトリーの展開を開始すると、下で騒いでいたかなめ達の顔色が変わった。再び誠の全身から力が抜けていくような感覚が走る。

『干渉空間展開率30……40……50……』

 西のカウントともに小さなウィンドウに記された演習場の地図が次第に赤く染まる。目の前を見ると、干渉済みの空間がゆらゆらと陽炎のように誠の目に見えた。

「法術エネルギーブースト開始。最終安全装置の解除を確認」

 そう言うと誠は火器管制モードになった画面を見つめる。さすがにこの状況ではふざけるつもりが無いようで、足元で観測機器をいじっている西をかなめ達三人は黙ってみているようだった。

『周囲に識別反応無し!発射よろし!』 

 ヨハンの指示が下される。誠はトリガーに指をかけた。

「発射!」 

 誠がトリガーを引いた。薄い桃色の光線が揺らめく干渉空間を飲み込む。反動や爆風が起こることも無く、目の前が桃色の光で満たされた。その光景が見えたのは一秒にも満たない瞬間だろう。

 戻った視界の中に見えるのは発砲前とまるで変わらない演習場の景色だった。

『なんだよ。こりゃ?」』

 すべてが終わり、はじめに口を開いたのはかなめだった。誠も、干渉空間を解除する脱力感の中で非常に手ごたえのなさを感じていた。

『これはですねえ、広域犯罪やテロなどの非常事態に被疑者の意識を奪うことで事件解決の……』 

『んなことはわかってんだよ!だけどなんだ?こんなでかくて強そうな武器だっつうのに……、なあ!』 

 まじめに説明しようとする西を押さえつけてかなめが話題をアイシャに振った。

『確かに。カタルシスと言うものが無いわね』 

 そう言ってアイシャは紺色のロングヘアーをかきあげる。

『貴様等……何がしたくて軍に入ったんだ?』 

 カウラが二人の言葉に呆れた顔をする。誠も二人の反応に少し呆れながらも手ごたえの無さに不安になる自分に気づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

変態な俺は神様からえっちな能力を貰う

もずく
BL
変態な主人公が神様からえっちな能力を貰ってファンタジーな世界で能力を使いまくる話。 BL ボーイズラブ 総攻め 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない

かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。 女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。 設定ゆるいです。 出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。 ちょいR18には※を付けます。 本番R18には☆つけます。 ※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。 苦手な方はお戻りください。 基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。

王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。

ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。 王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。 しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!? 全18話。

猫と笑顔とミルクティー~あの雨の日に~

咲良緋芽
恋愛
あの雨の日に、失恋しました。 あの雨の日に、恋をしました。 捨てられた猫と一緒に。 だけど、この恋は切な過ぎて……。 ――いつか、想いが届くと願ってます。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

処理中です...