240 / 1,536
第2章 実験
管理棟にて
しおりを挟む
ランは壁にひびの目立つ廊下を歩きながら立ち止まって敬礼をしてくる部下達の前を通り過ぎる。アブドゥール・シャー・シン大尉、高梨渉参事、クバルカ・ラン中佐の三人はそのまま管制室へ向かうエレベータに乗り込んだ。
沈黙が支配するエレベータを降りたシン達の前に広がる管制室の機器の壁が見える。その中で一際大きな二百キロを越える巨大な体を椅子にようやく乗せながら、大きな手に似合わない小さなキーボードをいじっている男がいた。
「どうだ、シュペルター中尉」
声をかけたランに、巨体の持ち主ヨハン・シュペルター中尉は何も言わずに振り返るとそのままキーボードで端末への入力を続けていた。
「とりあえず非破壊設定での指定範囲への砲撃を一回。それから干渉空間を設定しての同じく非破壊設定射撃。どちらも隊長が失敗した課題ですね」
モニターに目を向けたまま語るヨハンの言葉に高梨は眉をひそめた。
「兄さんが失敗ですか?」
高梨にとっては腹違いの兄、兄弟で唯一彼が尊敬する嵯峨惟基が失敗をするということが信じられないことだった。だが、その言葉を聞いて作業を中断したヨハンの顔はきわめて冷静だった。
「あの人の法術能力は確かに最高の部類に入るんですが、制御能力には著しい欠点がありましてね。まあ法術能力の封印をろくに解除の技術も無いアメリカ陸軍が興味本位で解いたものですから……どうしても制御にかかる負担が大きすぎるんですよ」
そう言ってまたヨハンはモニターに向き直る。シンは周りを見回す。目の前には巨大なモニターが三つ。一つは背後から誠の乗る05式の姿を大写ししている。その隣のモニターには演習場全域に配置された法術反応の観測の為のセンサーの位置が移っている。どれもまだ緑色で法術反応を受けていないことが表示されていた。そしてその隣の一番左のモニターはコックピットの中で静かに腕組みをしている誠の姿が映されていた。
「しかし、この指定範囲。ホントにここすべてを効果範囲にするのか?やりすぎじゃねーの?」
ランは手元に並ぶ小さなモニターで巨大な演習場のすべてを映し出しているのを見つめた。シンは再び大画面に目をやる。演習場の各地点に置かれた法術反応を測定する機器のマーカーが正面の画面に映されている。そこに映る地図がこの演習場の全域を表示しているのはすぐに理解できた。
「この範囲を活動中の意識を持った生物に法術ダメージでノックアウトする兵器か。確かにこれは脅威ですね」
この二ヶ月間。時にCQB訓練やシミュレータを使っての訓練と言う名目で第二小隊の訓練に狩り出されたこともあるシンから見ても、誠の干渉空間制御能力の上昇は著しいものだった。シンのパイロキネシス能力は自らの干渉空間に敵を招き入れることで発動する能力である。だが、誠の作り出す干渉空間はシンのそれを侵食しながら展開する性質のものだった。
自らの作り出した空間の侵食に気付いた時には、すでに誠とツーマンセルで動いているかなめやバックアップのカウラが訓練用の銃をシンの背中に向けている。あの室内戦闘では嵯峨と並ぶ実力の持ち主である司法局実働部隊警備部のマリア・シュバーキナ少佐ですら、誠の展開する干渉空間への侵食は不可能だと言い切っていた。彼女に言わせれば誠にとってシンや彼女の能力は見つけてくださいと叫んでいるようなものだ、とマリアは苦笑いを浮かべつつ言っていたことが思い出される。
だが、閉所室内戦闘の訓練場の広さは広くて600メートル四方。今回の試射の範囲とは桁が違った。それだけの広域にわたって干渉空間を形成する。シンは目の前のむちゃくちゃな実験に半ば呆れていた。
「本当にこれだけの範囲を制圧可能な兵器なんて……」
「シンの旦那。誠の実力からしたら計算上は可能なんでね。そうでもなければこの演習場を午前中一杯借り切るなんて無駄なことはしませんよ」
ヨハンはようやくデータの設定が終わったと言うように伸びをしている。
「じゃあ見てやっか、あの餓鬼の力がどれほどなのかよ」
そう言うとランは空いている管制官用の椅子に腰を下ろした。
沈黙が支配するエレベータを降りたシン達の前に広がる管制室の機器の壁が見える。その中で一際大きな二百キロを越える巨大な体を椅子にようやく乗せながら、大きな手に似合わない小さなキーボードをいじっている男がいた。
「どうだ、シュペルター中尉」
声をかけたランに、巨体の持ち主ヨハン・シュペルター中尉は何も言わずに振り返るとそのままキーボードで端末への入力を続けていた。
「とりあえず非破壊設定での指定範囲への砲撃を一回。それから干渉空間を設定しての同じく非破壊設定射撃。どちらも隊長が失敗した課題ですね」
モニターに目を向けたまま語るヨハンの言葉に高梨は眉をひそめた。
「兄さんが失敗ですか?」
高梨にとっては腹違いの兄、兄弟で唯一彼が尊敬する嵯峨惟基が失敗をするということが信じられないことだった。だが、その言葉を聞いて作業を中断したヨハンの顔はきわめて冷静だった。
「あの人の法術能力は確かに最高の部類に入るんですが、制御能力には著しい欠点がありましてね。まあ法術能力の封印をろくに解除の技術も無いアメリカ陸軍が興味本位で解いたものですから……どうしても制御にかかる負担が大きすぎるんですよ」
そう言ってまたヨハンはモニターに向き直る。シンは周りを見回す。目の前には巨大なモニターが三つ。一つは背後から誠の乗る05式の姿を大写ししている。その隣のモニターには演習場全域に配置された法術反応の観測の為のセンサーの位置が移っている。どれもまだ緑色で法術反応を受けていないことが表示されていた。そしてその隣の一番左のモニターはコックピットの中で静かに腕組みをしている誠の姿が映されていた。
「しかし、この指定範囲。ホントにここすべてを効果範囲にするのか?やりすぎじゃねーの?」
ランは手元に並ぶ小さなモニターで巨大な演習場のすべてを映し出しているのを見つめた。シンは再び大画面に目をやる。演習場の各地点に置かれた法術反応を測定する機器のマーカーが正面の画面に映されている。そこに映る地図がこの演習場の全域を表示しているのはすぐに理解できた。
「この範囲を活動中の意識を持った生物に法術ダメージでノックアウトする兵器か。確かにこれは脅威ですね」
この二ヶ月間。時にCQB訓練やシミュレータを使っての訓練と言う名目で第二小隊の訓練に狩り出されたこともあるシンから見ても、誠の干渉空間制御能力の上昇は著しいものだった。シンのパイロキネシス能力は自らの干渉空間に敵を招き入れることで発動する能力である。だが、誠の作り出す干渉空間はシンのそれを侵食しながら展開する性質のものだった。
自らの作り出した空間の侵食に気付いた時には、すでに誠とツーマンセルで動いているかなめやバックアップのカウラが訓練用の銃をシンの背中に向けている。あの室内戦闘では嵯峨と並ぶ実力の持ち主である司法局実働部隊警備部のマリア・シュバーキナ少佐ですら、誠の展開する干渉空間への侵食は不可能だと言い切っていた。彼女に言わせれば誠にとってシンや彼女の能力は見つけてくださいと叫んでいるようなものだ、とマリアは苦笑いを浮かべつつ言っていたことが思い出される。
だが、閉所室内戦闘の訓練場の広さは広くて600メートル四方。今回の試射の範囲とは桁が違った。それだけの広域にわたって干渉空間を形成する。シンは目の前のむちゃくちゃな実験に半ば呆れていた。
「本当にこれだけの範囲を制圧可能な兵器なんて……」
「シンの旦那。誠の実力からしたら計算上は可能なんでね。そうでもなければこの演習場を午前中一杯借り切るなんて無駄なことはしませんよ」
ヨハンはようやくデータの設定が終わったと言うように伸びをしている。
「じゃあ見てやっか、あの餓鬼の力がどれほどなのかよ」
そう言うとランは空いている管制官用の椅子に腰を下ろした。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第五部
遼州人の青年神前誠(しんぜんまこと)が司法局実働部隊機動部隊第一小隊に配属になってからほぼ半年の時が過ぎようとしていた。
訓練場での閉所室内戦闘訓練からの帰りの途中、誠は周りの見慣れない雪景色に目を奪われた。
そんな誠に小隊長のカウラ・ベルガー大尉は彼女がロールアウトした時も同じように雪が降っていたと語った。そして、その日が12月25日であることを告げた。そして彼女がロールアウトして今年で9年になる新しい人造人間であること誠は知った。
同行していた運用艦『ふさ』の艦長であるアメリア・クラウゼ中佐は、クリスマスと重なるこの機会に何かイベントをしようと第二小隊のもう一人の隊員西園寺かなめ大尉に語り掛けた。
こうしてアメリアの企画で誠の実家である『神前一刀流道場』でのカウラのクリスマス会が開催されることになった。
誠の家は母が道場主を務め、父である誠一は全寮制の私立高校の剣道教師としてほとんど家に帰らない家だった。
四人は休みを取り、誠の実家で待つ誠の母、神前薫(しんぜんかおる)のところを訪れた。
そこで待ち受けているのは上流貴族であるかなめのとんでもなく上品なプレゼントを買いに行く行事、誠の『許婚』を自称するかなめの妹で両刀遣いの変態マゾヒスト日野かえで少佐の訪問、アメリアの部下である運航部の面々による蟹パーティーなどの忙しい日々だった。
そんな中、誠はカウラへのプレゼントとしてイラストを描くことを思いつき、様々な妨害に会いながらもなんとか仕上げることが出来たのだが……。
SFお仕事ギャグロマン小説。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第五部 『カウラ・ベルガー大尉の誕生日』
橋本 直
SF
遼州司法局実働部隊に課せられる訓練『閉所白兵戦訓練』
いつもの閉所白兵戦訓練で同時に製造された友人の話から実はクリスマスイブが誕生日と分かったカウラ。
そんな彼女をお祝いすると言う名目でアメリアとかなめは誠の実家でのパーティーを企画することになる。
予想通り趣味に走ったプレゼントを用意するアメリア。いかにもセレブな買い物をするかなめ。そんな二人をしり目に誠は独自でのプレゼントを考える。
誠はいかにも絵師らしくカウラを描くことになった。
閑話休題的物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

びるどあっぷ ふり〜と!
高鉢 健太
SF
オンライン海戦ゲームをやっていて自称神さまを名乗る老人に過去へと飛ばされてしまった。
どうやらふと頭に浮かんだとおりに戦前海軍の艦艇設計に関わることになってしまったらしい。
ライバルはあの譲らない有名人。そんな場所で満足いく艦艇ツリーを構築して現世へと戻ることが今の使命となった訳だが、歴史を弄ると予期せぬアクシデントも起こるもので、史実に存在しなかった事態が起こって歴史自体も大幅改変不可避の情勢。これ、本当に帰れるんだよね?
※すでになろうで完結済みの小説です。
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる