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第2章 実験
上層部の意向
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シンは大きすぎる体を揺らして一人コントロールルームに走っていったヨハンを見送ると、コンクリートの壁に亀裂も見えるような東和陸軍教導部隊の観測室に向かう廊下を歩いていた。
まだ早朝と言うこともあり人影はまばらである。それでもアラブ系の彫りの深い顔は東和軍では目立つようで、これまで出会った東和軍の将兵達は好奇の目でシンを見つめていた。
「あれ?シン大尉じゃないですか!」
高いテノールの声に振り向いたシンの前には、紺色の背広を着て人懐っこい笑顔を浮かべる小男が立っていた。
「高梨参事?」
笑顔を浮かべて歩み寄ってくる男、高梨渉《たかなし わたる》参事がそこにいた。
「いやあ奇遇ですねえ。今日はまた実験か何かですか?」
シンは余裕を持って笑って向かってくる小柄な男を相手に少しばかり身構えた。東和国防軍の予算調整局の課長という立場の高梨と、司法局実働部隊の予算管理を任されているシンはどうしても予算の配分で角を突きあわせる間柄だった。しかもこの高梨と言う男はシンの上司である嵯峨惟基特務大佐の腹違いの弟でもある。
ムジャンタ・カバラ。嵯峨と高梨の父親は20年前には名ばかりの皇帝として遼南帝国に君臨していた。しかしその在位の間はやり手の将軍、ガルシア・ゴンザレスに実権を奪われてただの飾りとして玉座に連綿としがみつくばかりの男だった。
結局は酒色に溺れた上、第二次遼州大戦でゲルパルト帝国、胡州帝国と同盟を結んだことをガルシア・ゴンザレスに糾弾され帝の地位を追われ、三年前に東和で客死した人物である。
そんな彼が残したのはその色におぼれた結果生まれた百人を超える兄弟姉妹だった。その中でも父と対立して第四惑星胡州に追われて嵯峨家を継いだ嵯峨惟基《さが これもと》と、父に捨てられたメイドの息子として苦学して東都大学を首席で卒業して軍の事務官の出世街道を登っている高梨渉は出世頭だった。
「そう言う渉さんは監査か何かですか?」
少しばかり自分の空想に呆れながらシンは話しかける。
「いえ、今日はちょっと下見と言うか、なんと言うか……とりあえず教導部隊長室でお話しませんか?」
笑顔を浮かべながら高梨は歩き始める。神妙な表情を浮かべる高梨を見ると、彼が何を考えているのかわかった。
シンの西モスレム国防軍から司法局実働部隊への出向は延長したとしても今年度一杯で終わる予定だった。事実、西モスレム国防軍イスラム親衛隊や遼州同盟機動軍の教導部隊などから引き合いが来ていた。さらに司法局実働部隊は『近藤事件』により、『あの嵯峨公爵殿のおもちゃ』とさげすまれた寄せ集め部隊と言う悪評は影を潜め、『同盟内部の平和の守護者』と持ち上げる動きも見られるようになって来た。
『政治的な配慮と言うところか』
シンはそう思いながら隣を歩く同盟への最大の出資国である東和のエリート官僚を見下ろした。予算の規模が大きくなればパイロットから転向した主計武官であるシンではなく、実力のある事務官の確保に嵯峨が動いても不思議は無い。
そう考えているシンの隣の小男が立ち止まった。
「シン大尉!待ってくださいよ。隊長室はここですよ……それにしてもなんだか難しい顔をしていますね」
シンは立ち止まって自分の思考にのめり込んで起した間違いに照れながら高梨のところに戻った。そのまま高梨はさわやかな笑顔を浮かべながら教導部隊部隊長の執務室のドアをノックした。
まだ早朝と言うこともあり人影はまばらである。それでもアラブ系の彫りの深い顔は東和軍では目立つようで、これまで出会った東和軍の将兵達は好奇の目でシンを見つめていた。
「あれ?シン大尉じゃないですか!」
高いテノールの声に振り向いたシンの前には、紺色の背広を着て人懐っこい笑顔を浮かべる小男が立っていた。
「高梨参事?」
笑顔を浮かべて歩み寄ってくる男、高梨渉《たかなし わたる》参事がそこにいた。
「いやあ奇遇ですねえ。今日はまた実験か何かですか?」
シンは余裕を持って笑って向かってくる小柄な男を相手に少しばかり身構えた。東和国防軍の予算調整局の課長という立場の高梨と、司法局実働部隊の予算管理を任されているシンはどうしても予算の配分で角を突きあわせる間柄だった。しかもこの高梨と言う男はシンの上司である嵯峨惟基特務大佐の腹違いの弟でもある。
ムジャンタ・カバラ。嵯峨と高梨の父親は20年前には名ばかりの皇帝として遼南帝国に君臨していた。しかしその在位の間はやり手の将軍、ガルシア・ゴンザレスに実権を奪われてただの飾りとして玉座に連綿としがみつくばかりの男だった。
結局は酒色に溺れた上、第二次遼州大戦でゲルパルト帝国、胡州帝国と同盟を結んだことをガルシア・ゴンザレスに糾弾され帝の地位を追われ、三年前に東和で客死した人物である。
そんな彼が残したのはその色におぼれた結果生まれた百人を超える兄弟姉妹だった。その中でも父と対立して第四惑星胡州に追われて嵯峨家を継いだ嵯峨惟基《さが これもと》と、父に捨てられたメイドの息子として苦学して東都大学を首席で卒業して軍の事務官の出世街道を登っている高梨渉は出世頭だった。
「そう言う渉さんは監査か何かですか?」
少しばかり自分の空想に呆れながらシンは話しかける。
「いえ、今日はちょっと下見と言うか、なんと言うか……とりあえず教導部隊長室でお話しませんか?」
笑顔を浮かべながら高梨は歩き始める。神妙な表情を浮かべる高梨を見ると、彼が何を考えているのかわかった。
シンの西モスレム国防軍から司法局実働部隊への出向は延長したとしても今年度一杯で終わる予定だった。事実、西モスレム国防軍イスラム親衛隊や遼州同盟機動軍の教導部隊などから引き合いが来ていた。さらに司法局実働部隊は『近藤事件』により、『あの嵯峨公爵殿のおもちゃ』とさげすまれた寄せ集め部隊と言う悪評は影を潜め、『同盟内部の平和の守護者』と持ち上げる動きも見られるようになって来た。
『政治的な配慮と言うところか』
シンはそう思いながら隣を歩く同盟への最大の出資国である東和のエリート官僚を見下ろした。予算の規模が大きくなればパイロットから転向した主計武官であるシンではなく、実力のある事務官の確保に嵯峨が動いても不思議は無い。
そう考えているシンの隣の小男が立ち止まった。
「シン大尉!待ってくださいよ。隊長室はここですよ……それにしてもなんだか難しい顔をしていますね」
シンは立ち止まって自分の思考にのめり込んで起した間違いに照れながら高梨のところに戻った。そのまま高梨はさわやかな笑顔を浮かべながら教導部隊部隊長の執務室のドアをノックした。
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