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第19章 下士官寮

監視の目

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「はい!茹で上がりましたよ!」 

 パーラの一声でとりあえず悶着は起きずに済んで誠は胸をなでおろした。一同は食堂に向かった。西とエダ、そしてこちらの喧騒にかかわらないように厨房に侵入していたキムが、手にそばの入った金属製のざるにそばを入れたものを運んできた。

「はい!めんつゆですよ!ねぎはたくさんありますから、好きなだけ入れてくださいね!」 

 サラはそう言いながらつゆを配っていく。

「サラ!アタシは濃いのにしてくれよ」 

「そんなことばかり言ってるから気が短いんじゃないのか?」 

 いつものように再びかなめとカウラがにらみ合う。誠は呆れながら渡された箸を配って回った。

「じゃあ食うぞ!」 

 そう叫んだかなめは大量のチューブ入りのわさびをつゆに落とす。明らかに勢いの良すぎるその様子に誠は眉を顰める。

「大丈夫なんですか?そんなに入れて」 

「なんだよ、絡むじゃねえか。このくらいわさびを入れて、ねぎは当然多め。それをゆっくりとかき混ぜて……」 

「薀蓄《うんちく》はいい。それにそんなに薬味を入れたらそばの香が消える」 

 そう言うとカウラは静かに一掴みのそばを取った。そのまま軽く薬味を入れていないつゆにつけてすすりこむ。

「そう言えばカウラはそば通だもんね。休みの日はほとんど手打ちそばめぐりに使ってるって話だけど」 

 アイシャも遅れまいととばかりざるの中のそばに手を伸ばす。その言葉に誠はカウラの顔に視線を移した。

「ええと、ベルガー大尉。そば好きだったんですか?」

「まあ隊長みたいに自分で打つほどではないがな。それに娯楽としては非常に効率が良い。値段も安いしそれなりに暇もつぶれる」 

 カウラは再びそばに手を伸ばす。そして今度も少しつゆをつけただけですばやく飲み込む。

「なるほど、良い食べっぷりですねえ」 

 岡部も同じような食べ方をしていた。

「そういやネイビーの旦那達。隣の公団住宅の駐車場に止まっている外国籍ナンバーはアンタ等の連れか?」 

 かなめがつぶやいた言葉に一気に場の雰囲気が緊張感のあるものに変容する。かなめは荒事に関わる時に見せる鉛色の濁った眼付きでロナルドを見据える。

「俺も見たが……海軍じゃないな。そもそもあのごついドライバーは堅気の役人には見えない。海兵隊とも雰囲気が違う。これはあくまで俺の勘だがあれは陸軍の連中だな」 

 それだけ言うとロナルドは器用に少ない量のそばを取るとひたひたとつゆにくぐらせる。

「初の法術発動者神前誠曹長の観察記録でも取ろうってのか?迷惑な話だな」

 かなめはそう言うとわさびで染まっためんつゆを薄めもせずに飲み干した。隣でサラがそのわさびの味を想像したのか顔をしかめて目を伏せる。 

「まあ、観察日記をつけるかどうかは別としてだ。陸軍の連中は嵯峨隊長には深い遺恨があるからな」 

 ロナルドがそう言うとつゆのしみこんだそばを口に放り込んだ。

 法術、『近藤事件』で誠が示したその力に関するニュースが全銀河を駆け抜けた翌日には、アメリカ陸軍のスポークスマンが法術研究においてアメリカ陸軍が他国を引き離す情報を握っていることを公表した。

 存在を否定し、情報を操作してまで隠し続けていた法術師研究は、法術師としての適正者のある者の数で地球諸国を圧倒している遼州星系各国のそれと比べてはるかに進んでいた。そして明言こそしなかったものの、アメリカ陸軍はその種の戦争状況に対応するマニュアルを持ち、そのマニュアルの元に行動する特殊部隊を保持していることが他国の軍関係者の間でささやかれたていた。

「嵯峨隊長の次は神前曹長か。つくづく司法局はアメリカ陸軍とは因縁があるらしい」

 そう言ってロナルドはそばをすすった。同じざるからそばを取っているフェデロが、一度に大量のそばを持っていく。ロナルドは思わずそれを見て
眼を飛ばしてけん制しながら箸を進める。

「どうも今日はそれだけではないらしいがな」 

 そうつぶやきながらかなめはそばをすすった。

「と言うと?」

 誠の問いにかなめは額を指さした。

「勘だ……」

「女の勘?かなめちゃんのがアテになるの?」

「うるせえ!アイシャ!黙って食ってろ!」

 アイシャのツッコミにかなめは立ち上がると叫びつつ汁の入った小鉢をテーブルに叩きつける。

「割れたらどうするのよ本当に」

 パーラが困った顔でかなめ達を見つめる。

「そんときはお前が片付けろ」

「いつもそうなんだから……ジュン君もなんか言ってよ」

 エダに脇をつつかれてそばを吹き出しかけたキム・ジュンヒ少尉が照れながら立ち上がる。

「じゃあ俺が確認に……」

 全員が白け切った顔を向けたあとそれぞれにそばに集中する。

「やめとけ……うちの仕事じゃない」

「令状無しじゃ手を出せないわね」

「そもそも何の嫌疑《けんぎ》なんだよ」

 かなめ、アイシャ、カウラの一言にキムはよたよたと座り込んだ。

「監視か……」

 誠はただ不安を感じながらそばの味に浸ることにした。
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