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第19章 下士官寮

引っ越しそば

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「なんでオメエがいるんだよ。カウラ」 

 かなめは喫煙所のソファーに身を任せる。そして一言そう吐き捨てるように言うとタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。

「私がいるとまずいことでもあるのか?」 

 そんなかなめの態度に苛立ちながらカウラがかなめの前に立った。

「ああ、目障りだね」 

 そう言いながらまたタバコを口にくわえる。明らかに不機嫌になるカウラに誠はおどおどしながらどうすれば間を取り持てるか考えていた。

「あの、良いですか?」 

 にらみ合う二人に声をかけたのはレベッカだった。後ろには第四小隊の面々、ロナルド、岡部、フェデロが立っていた。

「何だよ。タバコを止めろとか言うのは止めとけよ」 

「違います。嵯峨隊長にこれをもってくるように言われたので」 

 そう言ってレベッカがスーパーのレジ袋を差し出した。とりあえず誠がそれを受け取って中身を見る。

 手打ちそばが入っていた。よく見ればロナルドがねぎを、岡部がめんつゆを持っている。

「本部で嵯峨隊長にこれをみんなで食えって渡されたんだが。そのまま帰っちゃって……あの人は一体、何しに本部まで来てるんだ?」 

 ロナルドがカウラの方に目をやる。

「昨日言ってた引越しそばだな。誠、パーラを呼んでくれないか」 

 カウラの言葉に誠はそのままアイシャの部屋の前に向かった。キムをはじめ、手伝っていた面々はダンボールから漫画を取り出して読んでいた。

「パーラさんいますか?」 

「何?」 

 部屋の中からパーラが顔を出す。当然、彼女の手にも少女マンガが握られていた。

「なんか隊長がそば打ったってことで、レベッカさん達が来てるんですけど」

 パーラは呆れたようにすぐに大きなため息をつく。 

「隊長はこういうことだけはきっちりしてるからね。アイシャ!後は自分でやってよ」 

 そう言うと漫画をダンボールに戻してパーラは立ち上がった。

「エダ、サラ、それに西君。ちょっとそば茹でるの手伝ってよ」 

 パーラの言葉に漫画を読みふけっていたサラ達は重い腰を上げた。パーラは一路、食堂へと向かった。

「シンプソン中尉!それにスミス大尉。こっちです」 

 喫煙所前でたむろしていたロナルド達に声をかけると、パーラはそのまま食堂へ向かった。

「そばか、いいねえ」 

 タバコを吸い終えたかなめがいる。

「手伝うことも有るかも知れないな」 

 そう言うとカウラは食堂へ向かう。

「何言ってんだか。どうせ邪魔にされるのが落ちだぜ」 

 かなめはあざ笑うようにそう言うとそのまま自分の部屋へと帰っていった。誠は取り残されるのも嫌なので、そのまま厨房に入った。

「パーラさん。こっちの大鍋の方が良いんじゃないですか?」 

 奥の戸棚を漁っている西の高い音程の叫び声が響く。

「しかし良い所じゃないか。本部から近いしこうして食事まで出る」 

「建物はぼろいですけどね」 

 ロナルドに声をかけられて、誠は本音を漏らした。カウラがきつい視線を送ってくるのを感じて、誠はそのまま厨房に入った。

「誠君。竹のざるってある?」 

「無いですね。それに海苔の買い置きって味付けしか無いですよ」 

 誠は食器棚を漁っているパーラに答えた。

「わさびはあるわ。それにミョウガも昨日とって来たのがあるわよ」 

「グリファン少尉。あんまりそばの薬味にはミョウガを使わないと思うんですけど。ネギがあるからそれだけで十分ですよ!」 

「だから冗談よ!」 

 西に突っ込まれて、サラは微妙な表情をしながら冷蔵庫から冷えた水を取り出した。

「まだ早いわよ。じゃあ金ざるで代用するから。あと神前君は手伝うつもりが無かったら外で待っててくれない?」 

 パーラは慣れた調子で大なべに火をつけた。邪魔になるのもなんだと思い直して誠は食堂に戻った。

「はいはい!邪魔ですよ!」

 今度はサラがそばを手に食堂に腰かけようとしていた誠を追い立てる。

「追い出されたのか?」 

 何度も食堂の中を振り返りつつ誠が渋々廊下に出た。廊下と階段の間の喫煙所でタバコを吸うわけでもなくロナルドが笑っていた。岡部もフェデロも微笑みながら誠を見ている。

「とりあえずお水を」

 食堂からお盆を持って出てきたレベッカから岡部は冷えた水を受け取った。

「しかしあれだな。このご時世喫煙者はキツくって」

 そう言うとフェデロが胸のポケットからタバコを取り出す。それを見たレベッカが顔をしかめつつ少し距離をとった。

「早速こうだ」

 そう言うとフェデロは困ったような顔をしてタバコに火をつける。

「へえ、アメちゃんにもまだ喫煙者はいるのかい」

 誠が顔を上げるとそこにはもうニコチン切れを起こしたような表情のかなめが立っていた。

「まあな。タバコは軍にいるあいだだけにしておくつもりだけどな。何しろ一般企業じゃ禁煙強制が普通のご時世だ」

「ちげえねえ」

 かなめは満足したようにタバコをくゆらせる。

「あの……突然ですけどいいですか?」

 口を押さえつつレベッカがかなめに近づく。その明らかにかなめの煙を避けているような態度に苛立ちながらかなめはレベッカを睨みつけた。

「私は司法局には漫画研究会があるって聞いたんですけど……」 

 おどおどとレベッカが話を切り出した。

「いよいよ私の出番かしら!」 

 レベッカが話を終える間もなくアイシャが紺色のシャツの袖をまくって階段を駆け下りてくる。

「来たよ、ややこしい奴が」 

 かなめの吐き捨てた言葉を無視してアイシャは悠々と喫煙所のソファーに腰掛ける。

「レベッカさん、歓迎しますよ。何といっても神前誠君は絵師でもあるんだから、後で私が原作の漫画を読ませてあげるわね」 

 満面の笑みのアイシャにレベッカは自分の言ったことに少し後悔したような愛想笑いを浮かべる。

「止めといた方が良いぞ。コイツは脳みそ腐ってるから」 

「そう言うかなめちゃんだって、昨日、レベッカちゃんの胸揉んでたじゃないの」 

「レベルの低い言い争いは止めろ。頭が痛くなる」 

 誠がどう声をかけようか迷っているところにカウラのつぶやきと彼女が中華なべをおたまで叩く音が食堂に響き渡った。
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