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第10章 いざ海へ

飲みすぎた朝に

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 誠は一人、和室の布団から起き上がった。つぶれはしなかったものの、地下のバーで何があったのか、はっきりとは覚えていない。かなめにはスコッチのような蒸留酒を多く勧められたせいか、頭痛は無かった。二日酔い特有の胃もたれも無いがなぜかすっぽりと記憶だけが抜け落ちていた。

「起きやがったな」 

 髭剃りを頬に当てている島田が目をつける。隣のキムも少し困惑したような顔をしていた。

「何か?」 

 誠はその島田の複雑そうな表情に嫌な予感しかしなかった。

「何かじゃねえよ!人が寝ているところドカドカ扉ぶっ叩きやがって!お前、酒禁止な」 

 島田は指をさして怒鳴りつける。キムも頷きながら誠をにらんでいる。

「島田先輩ー!」 

 取り付く島の無い島田を見送ると、誠はバッグを開けて着替えを出し始めた。

「あのなあ、あの怖え姉ちゃんと何してたかは詮索せんが、もう少し酒の飲み方考えたほうがいいんじゃないか?」 

 準備が終わったキムが苦笑いを浮かべている。

「そうは思うんですけど……」 

「無駄無駄!そんなに簡単に出来ないって」 

 島田は髭剃りを置いてベッドに腰掛ける。誠はシャツを着ながら昨日のことを思い出そうとするがまるで無駄な話だった。

「じゃあ次は僕が」 

 誠も髭剃りを持って鏡に向かう。島田は立ち上がった誠の肩を叩いてつぶやく。

「まあ、あれだ。あの席にいて西園寺さんをキレさせなかったのは褒めとくよ」 

 言うだけ言ってさっぱりしたのか、島田はそう言うと新聞を読み始めた。

「そうだな。傍から見ててもあれは針のむしろって感じだったからなあ。まあリアナさんは気にしてないみたいだったけど。旦那さんなんか冷汗かいてたみたいだし」 

 うなづきながらキムが髪を撫で付けている。褒められているのかけなされているのか良くわからないまま誠は髭を剃り続けた。

「それにしてもいい天気だねえ」 

 新聞を手にしながら振り返った島田の後ろの大きな窓が見える。水平線と雲ひとつ無い空が広がっていた。

「まあなんだ。今日はとりあえず馬鹿の菰田を徹底的に叩きのめすと言うことで行きますか?」 

 島田がそう言うと読みかけの新聞を投げ捨てた。キムもにんまりと笑っている。髭を剃り終わった誠は頭をセットにかかる。

「神前、腹減ったから俺達先に行くぞ」 

 そう言って立ち上がる島田とキム。誠は振り返って二人の後姿に目を向ける。

「すいません、先に行っててください」 

 そう言いながら二人を見送り、誠はジーンズを履いた。扉が閉まってオートロックがかかる。

「ちょっとは待っていてくれてもいいんじゃ……」 

 とりあえずズボンをはきポロシャツに袖を通す。確かに絶好の海水浴日和である。誠はしばらく呆然と外の景色を眺めていた。

 島田達を追いかけようと誠がドアに向かうその時、ドアをノックする音が聞こえた。ベルボーイか何かだろう。そう思いながら誠はそのまま扉を開いた。

「よう!」 

 かなめが立っている。いかにも当たり前とでも言うように。昨日のバーで見たようなどこかやさぐれたいつも通りのかなめだった。

「西園寺さん?」 

 視線がつい派手なアロハシャツの大きく開いた胸のほうに向かう。

「何だ?アタシじゃまずいのか?」 

 いつもの難癖をつけるような感じで誠をにらみつけてくる。気まぐれな彼女らしい態度に誠の顔にはつい笑顔が出ていた。

「別にそう言うわけじゃあ無いんですけど……」 

 誠は廊下へ出て周りを見渡した。同部屋のアイシャやカウラの姿は見えない。

「西園寺さんだけですか?」 

 明らかにその言葉に不機嫌になるかなめ。

「テメエ、アタシはカウラやアイシャのおまけじゃねえよ。連中は先に上で朝飯食ってるはずだ。アタシ等も行くぞ」 

 そう言うとかなめは振り向きもせずにエレベータルームに歩き出す。仕方なく誠も彼女に続く。廊下から見えるホテルの中庭。はるか先には山々が見える。本部が置かれている豊川の街はあの山の向こうだ。そんなことを考えながら黙って歩き続けるかなめの後ろををついていく。

「昨日はすいません」 

 きっと何かとんでもないことでもしている可能性がある。そう思ってとりあえず誠は謝ることにした。

「は?」 

 振り返って立ち止まったかなめの顔は誠の言いたいことが理解できないと言うような表情だった。

「きっと飲みすぎて何か……」

 そこまで誠が言うとかなめは静かに笑いを浮かべていた。そして首を横に振りながら誠の左肩に手を乗せる。 

「意外としっかりしてたじゃねえか。もしかして記憶飛んでるか?」 

 エレベータが到着する。かなめは誠の顔を見つめている。こう言う時に笑顔でも浮かべてくれれば気が楽になるのだが、かなめにはそんな芸当を期待できない。

「ええ、島田先輩達が言うにはかなりぶっ飛んでたみたいで……」 

「ふうん……そうか……」 

 かなめが珍しく落ち込んだような顔をした。とりあえず彼女の前ではそれほど粗相をしていなかったことが分かり誠はほっとする。だが明らかにかなめは誠の記憶が飛んでいたことが残念だと言うように静かにうなだれる。

「まあ、いいか」 

 自分に言い聞かせるようにかなめは一人つぶやく。扉が開き、落ち着いた趣のある廊下が広がっている。かなめは知り尽くしているようにそのまま廊下を早足で歩いた。
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