上 下
134 / 1,474
第二章 ショッピング?

栄光のレンジャー章

しおりを挟む
「まあ良いや。それよりシャム。遼南のレンジャー訓練、今年は行かなくていいのか?」 

 かなめがシャムに話を振る。誠や島田、そしてサラがようやく空気が変わって安心したようにため息をついた。工場の入り口のゲートを見つめていたシャムが身を乗り出してかなめをのぞきこむ。

「今年からちゃんとアタシの弟子が付いてくれてるから大丈夫だよ。それに隊の予定が空いたら俊平と訓練課程のチェックに行くから大丈夫。それに何かあっても俊平がどうにかしてくれるよ」 

 遼南陸軍レンジャー資格訓練。銀河で最も過酷と言われる内容は誠も知っていた。最低限の装備をつけたまま高高度降下後、一ヶ月にわたりサバイバルナイフ一本で糊口をしのぐ。そして与えられた演習科目をこなしていく特殊訓練は地獄と呼ばれた。

 高度なサバイバル知識と手持ちの武器を扱う技量無しでは突破できない難関として知られていて、東和軍でもその課程を乗り越えたものはレンジャー特技章をつけることが許されることになる。それは東和軍ではエリートの証として一目置かれるには必要不可欠な資格だった。

「そう言えば遼南レンジャーの訓練課程って、ナンバルゲニア中尉が作ったんですよね」 

 誠がいつも笑っているシャムに尋ねた。自分の顔がまるでシャムを信じていないような表情を浮かべているだろうとは思っていたが、それが事実だからどうすることも出来なかった。

「そうだよ!俊平に助けてもらいながら作ったの!」 

 シャムの相棒、吉田俊平少佐。かなめよりも電子戦に特化した義体を持つ食えない上官がシャムの思い付きを具体化したのかと想像するとさすがの誠も納得できた。

「サバイバル知識が売りだって言うけど、オメエが野生化すれば超えられるってことで作ったメニューなんだろ?」 

 かなめがおもわず突っ込みを入れた。ようやくこの言葉でカウラやサラも和んだ表情を浮かべる。

 車は産業道路から駅前の大通りに向かう近道の路地に乗り入れた。

「遼南レンジャー章って、ナンバルゲニア中尉以外持ってる人、隊に居ましたっけ?」

 かなめに話をさせると面倒なことになると思った誠が必死に話題を振る。 

「シュバーキナ少佐とシン主計大尉。それに隊長が持っているんじゃないか?」 

 カウラはとりあえず誠に話をあわせてくれた。

「叔父貴?持ってねえよ。そんな面倒なことあのおっさんがするわけないじゃん」 

 確かにあの中年男がそんな面倒なことはするわけがない。実家の剣道場で寝食を共にしたこともある誠にもかなめの言うことはよく理解できた。

「でも凄いですよ、シャムさん」 

 話題を変えて誠は珍しくシャムを本心から褒めてみた。そんな彼を中間の座席から身を乗り出して見つめてくるシャム。

「そう?照れちゃうな!」 

 もう慣れ過ぎて気にならなくなった猫耳を揺らしながらシャムがつぶやく。

「なんだ。神前、オメエはレンジャー希望か?」 

「そんな事ないですけど、先々そっちの資格が必要になる事も……」

 ここでかなめが大きなため息をついた。 

「安心しろ。オメエに勤まるはずねえから。それよりシャム。何で水着を買わないのに来てるんだ?どうせオメエはいつも通りスク水だろ?水着は」
 
 かなめの言葉に全員の視線がシャムに集中する。確かについてくるとは言ったがシャムは水着を買うとは言っていなかった。それ以前に彼女の幼児体系だと他の面々のそれぞれにアピールしたいような水着とは売り場が違う子供向けの売り場で選ぶしかないのは誰にでもわかる。だが突然注目されてシャムはかなめの言葉が理解できないというように不思議そうな表情を浮かべる。

「なんで?デパートなら食玩の売り場もあるでしょ?それ買うのはいけないことなの?今日は金曜日だから何か新発売があると思うからいいの」 

 後ろをちらちら見ながら運転しているパーラがシャムの言葉に思わず噴き出した。

「また大人買いするのか?」

「そうだよ!」 

 カウラの言葉にシャムが目を輝かせる。誠やアイシャに付き合うことが多くなったカウラはようやく『大人買い』の意味がわかったので使いたくて仕方ないのだろうと誠は苦笑いを浮かべる。

「シャムちゃんよく言ったわね。私も忘れるところだったわ。でも積めるかなあ……誠ちゃんも買うんでしょ?」 

 対向車をやり過ごしてほっとしていたパーラの隣から顔を出してアイシャが振り向いてそう言った。

「今月ちょっとプラモ買いすぎて金欠なんですよ」 

「確かに。寮でも神前が出かけると必ず山のようにプラモを抱えて帰ってくるの有名だからな」 

 島田はそう言うと誠の方を見た。誠のプラモは一部のガンマニアの隊員のエアガンと並んでやたらと増え始めた玩具として寮では良く話題に上がった。

「そんないつもじゃないですよ!菰田先輩とか西が勝手に広めてるだけです!」 

 誠はそう言い切った。だが、アイシャもカウラもかなめもまるで信じていないと言うように生暖かい視線で誠を見つめてくる。

「そう言えば誠ちゃん、ガレージキットで05式乙型出てたわよ」 

 アイシャがそう言うと、プラモマニアである誠は自然と前のめりにならざるを得ない。それも自分の愛機の話となれば誠としては当然のことだった。

「ガレキですか?高いからなあ。イタリアとかのメーカーが出すまで待ちますよ」 

 そう言いつつ自分の頬が緩んでいるのを誠は自覚していた。

「本当にオメエはマニアだな。イタリアのプラモっていいのか?」 

 かなめが珍しくこんなネタに食いついてきたので、少し誠は意外に思った。それと同時にこれは語らなければと言うマニア魂に火がつく。入り組んだ路地に大型車で乗り込んだことを少し後悔しているパーラも時々ちらちらと誠達を振り返る。

「まあ売れ線なら日本のメーカーが出すんですけどね。でも05式は地球ではシンガポール以外は採用予定は無いみたいで、売れそうに無いですから。こういうのはマニアックな品揃えのイタリアかロシアのメーカーの発表待ちになるんですよ」 

「よく知ってるな。そう言えば西がレシプロ戦闘機のプラモ作ってるな」 

 島田は最年少ながら技術部の新星として期待されている西高志伍長のことを思い出していた。島田のそんな言葉にも当然のように誠は食いつく。

「渋いですねえ。僕はどちらかと言うと戦闘機より戦車のほうが好きなんですよ」 

 あたりは夏の長い日のおかげで赤く染まっていた。渋滞で有名な三叉路を迂回したサングラスをかけたパーラだったが、その大型の四駆は今度は駅ターミナルに向かう渋滞に巻き込まれていた。

「いつも混むわねこの道。都市計画間違ってんじゃないかしら?」 

「アイシャ、愚痴るなよ。駅前のマルヨは夜10時まで営業だぜ」 

 普段なら一番にぶちきれるかなめがアイシャをたしなめている。かなめは誠の隣の席で鼻歌交じりに窓の外を眺めていた。

「何か見えるの?」

 そんな誠にシャムが声をかけてくる。

「別に……」

「そんなこと言ってみんなに似合う水着でも考えているんでしょ!」

「はっはははは……」

 子供のようなシャムに図星を突かれて誠はただ乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...