レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直

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第二十章 緊張感の無い人々

恐怖のかなめ

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「変なの」 

 サラは食べ終わった自分の鮭定食を片付けながらそう言った。

「アイシャが変なのはいつもの事でしょ。島田君もそう思うわよねえ」 

「まあ、そうっすねえ。でも昨日は神前と飲んでたんでしょ?おい、神前!なんか覚えてる事ないのか?まずいこと言ったとか……ってお前にゃあそんな度胸は無いか。じゃああれだ西園寺中尉が……」 

 島田はただ話が面白くなるようにと推論を続けていた。

「正人……」

 話を広げようとする島田をサラが引きつった笑みを浮かべながらなだめていた。

「アタシがどうかしたのか?」 

 突然のハスキーボイスを背中に聞いて島田は冷や汗をかきながら振り返った。その真後ろにかなめが立っていた。

「いや、その……クラウゼ大尉の調子が変だったもので」 

「なんであの腐ったのが変なのはアタシのせいなんだ?ちゃんと説明してもらおうじゃねえか。なあ?島田曹長」 

 島田の助けを求める視線がサラに向かう。するとかなめはサラのほうを見つめる。

「かなめちゃん。誤解だよ」 

「ふうん。まあいいや。それより島田。カード忘れてきたから奢れや」 

「またですか?仕方ないですねえ」 

 渋々ポケットからカードを取り出すが、反面、島田は安心しているのが誠にも分かった。

「天ぷら定食にでもしようかねえ」 

「それはないっすよ、西園寺さん。俺だって今月は金のほうが結構やばいんですから!」 

 島田は本気で焦りつつかなめに抗議する。天ぷら定食は食堂でも一番高いメニューだった。それ以前にかなめがカードを返すかどうかさえ怪しい。

「いいじゃねえか。後先考えずにバイクの部品ばっか買ってるからそうなるんだよ」 

 そう言うとかなめは島田のカードをひったくって食券を買いに行く。

「かなめちゃんは元気だね」 

「あの人が元気な時はろくな事ねえからなあ。神前、もしここでカード返してもらえ無い時は回収頼むわ。何故かお前の前では素直だからな。あの犬っころも」 

「聞こえてんぜ!島田!誰が犬っころだ!なんなら3人前くらい頼んでやろうか!」 

「中尉!やめてくださいよ!」 

 島田の悲鳴が食堂にこだまする。列を作っていた警備部の隊員が笑いを漏らす。

「正人。本当にお金ないなら貸そうか?」 

「サラ。甘やかしちゃだめよ。自分の収入と支出のバランスも取れないなんて社会人失格なんだから」 

「パーラさんきついですよそれ」 

 半分なきながら島田は牛丼を口の中にかきこんだ。

「島田曹長!」 

 凛と通る女性の声が四人を引きつける。そこにはマリアが立っていた。

「とりあえず西園寺から取り上げたからカードは返すぞ」 

 島田の前にカードを置くと、マリアは食券を買うための列に戻っていく。

「助かった」 

 どんぶりを置き、マリアに敬礼した後、島田はそのまま机にどっと伏せた。

「良かったですね先輩」 

 安心しきっている島田に誠は声をかけた。

「良かった。明後日、給料日だろ?これでフロントサスの予約取り消さずに済む」 

「やっぱりお金貸そうか?」 

「だからサラ!甘やかしちゃだめ!」 

 サラとパーラの滑稽なやり取りに思わず誠は声を出して笑った。かなめの方を見ながら島田は顔をわざと緊張させて話し始めた。

「まあ見た目はああだし、言動は神前の見たとおりだけど意外と慎重派なんだぜ西園寺中尉は。初の実戦にしては今回の出動は危険すぎると言う中尉の気持ちもわからないわけじゃないけどな。どう転んでも近藤の旦那の部隊とかち合うことになるのはもうどうしようもないし」 

 島田がしんみりとした口調で話す。

「結局、第六艦隊の本間提督の出頭を督促した小型艇は拿捕されたらしいしね」 

「通信士はよく知ってるのね。サラ、他に何か情報無いの?」 

 青い目を光らせてパーラがたずねる。

「旗艦の『那珂』はしきりと外惑星軌道上に展開している艦隊に通信送ってるわよ。たぶん吉田少佐なら暗号電文解析して内容もつかんでると思うけど。誠ちゃん、ちょっと湯のみお願い」 

 新入りらしく誠はあごで使われる。四人とも現状の話になると顔色は暗くなった。

「待ち伏せ部隊が位置がばれる程通信を打つなんて……この状況を利用して事を起こそうと考えてる国があるってことよね。そうなると乱戦になって……」 

 パーラの判断に全員の顔が暗くなる。

「隊長のこれまでの戦闘記録は調べたけど。あのオッサン、ああ見えて結構無茶やってるからな。今回も平然としてられるのは正直すごいと思うよ。神前!一つじゃなくて人数分もってこいよ!気の利かない奴だねえ」 

 島田にそう言われて、誠は慌てて部屋の片隅に置かれた湯のみの山から四つの湯のみを取ろうとした。

「神前!五つ持って来い!」 

 そう言うと天ぷら定食を持ったかなめが誠の席の隣に陣取った。

「近藤中佐か。あのオッサンの人脈があるのは、ゲルパルトのネオナチ絡みだから。ブラジルとアルゼンチン、チリあたりの南米諸国が危ねえだろうな。それとシリア、リビア、アルジェリア、スーダン。アラブ連盟の非主流派の諸国も動くかもしれねえ。場合によってはこれにフランスの一線級艦隊がお出ましになるってとこか?」 

 誠から湯のみを受け取りながら、かなめはまるで他人事のようにそう言った。

「それじゃあ勝ち目無いじゃない!第三艦隊は不測の事態に備えて胡州の帝都から動けないのよ。それに第一、第四、第五艦隊は今はちょうど遼州太陽の裏で警戒任務中。第二艦隊は大半の艦はドック入り。第七艦隊は遼南艦隊と合同演習中よ。とてもじゃないけど間に合わないわ!」 

 パーラの叫びに周りの整備員や警備部の隊員が思わず彼女の言葉に聞き入り、それぞれに不安げに耳打ちをしている。

「びびったのか?そう言う状況だから今の状況が起きたんだ。だが近藤一派も後が無いのには変わりがねえ。地球の反主流派の連中も馬鹿じゃないさ。パーラが思っているような状況が起こりうるにはアタシ等が近藤直下の連中にボコにされてこの艦が沈んだ時だけだ。それまではどの国も事を起こすほど迂闊じゃない。誰だって火中の栗は拾いたくないわな」 

 一切表情を変えず、かなめは淡々と天汁に薬味を入れてかき回した。

「場合によっては『高雄』をぶつけての白兵戦だ。そのためにマリアの姐さんがいるんだろ?」 

 隣まで来たマリアにかなめは向かいに座るように合図する。

「シュバー……いえマリアさん。本当ですか?」 

 マリアは親子丼をパーラの隣の席に置くとゆっくりと箸を割り、ささくれをとり始めた。

「別に私がいるからといって白兵戦闘に持ち込むかどうかは隊長の胸三寸だな。我々は与えられたミッションをこなし、そして最大の戦果を得る。それだけだ」 

 マリアはそう言うとゆっくりと親子丼のどんぶりを口に持っていく。

「予定では三時間後に予定宙域に到達する。その頃にはすべてがわかるだろう」 

 三時間。誠は息を呑みながら福神漬けを口に放り込んだ。
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