98 / 512
第十九章 銘酒一献
酒と昔語り
しおりを挟む
「それはそうと、ベルガー、クラウゼ。何でお前等が……って言うだけ野暮か」
嵯峨は細かく千切った干し肉を口に放り込む。
「特に用があったわけじゃないですが、どうも作戦が近づいてるのが気になるみたいでちょっと声でもかけようと思って……カウラちゃんはどうして?」
話を振られてカウラは緑の髪を揺らしながらうろたえていた。ポニーテールの髪がかすかに揺れているのが誠にも分かった。緑色をした澄んだ瞳が、ちらちらと誠の方に向けられる。何度も口を開こうとするが、言葉にする言葉が見つからないというようにそのままうつむく。
「まあいいやな。人のすることを一々詮索する趣味は俺にはねえよ。まあ初出撃だ。ビビらん方がよっぽど厄介だ。おかげさまで俺の部下に、英雄気取りの馬鹿はあまりお目にかかってないんでね。それに俺の軍籍のある胡州陸軍には伝統的な馬鹿矯正法があるからな」
「鉄拳制裁ですか?」
一口酒を舐める嵯峨にカウラはそう答える。
「ぶん殴って頭をはっきりさせるって言うのは、戦場で自爆どころか足を引っ張った上で勝手にくたばる運命に比べたら、よっぽど人道的な配慮のある行為だよ。まあ俺は暴力は嫌いだがね」
「本当にそうなんですか?ずいぶん芝居がかって見えますが。誠ちゃんもう一杯どう?」
皮肉めいた笑みを嵯峨に向けたあと、アイシャがコップを手に取り酒を注いだ。
「そう言えば誠との付き合いは、俺が陸軍大学校を出て東和の大使館付き二等武官をやってたころだから……」
「隊長。そのころまだ僕は生まれてませんよ」
それは誠の実家の道場では誰もが知っている話だった。
それは誠の父神前誠也(しんぜんせいや)が道場を開いて初の道場破りが、胡州帝国東和大使館付きの二等武官の嵯峨、当時は西園寺新三郎と名乗っていた中尉だった。そんな酔狂なその胡州軍人の話は誠の道場では語り草となった。
嵯峨は誠也の竹刀をあっさり叩き落して看板を持って帰ろうとするところを、誠の母、薫に呼び止められてさらに一試合することとなった。
攻撃一辺倒の嵯峨の太刀筋に対して、薫は徹底的に攻撃を受け流すように竹刀をふるった。勝負を焦った嵯峨が打ち込んだ面をかわされて、背中に一太刀浴びたころには、嵯峨の息が上がっていたというのに薫は全く息の乱れもなかったという。そしてそのまま嵯峨は薫に剣の教えを乞うことになったという事も誠は聞いていた。
「そうだったっけ?ああ、そう言えば居なかったな。思い出した、思い出した。俺が復員した後、俺が胡州を出奔して東都で弁護士事務所を始めたころだな、初めて会ったのは」
「弁護士事務所?茶道教室の間違いじゃないんですか?」
アイシャはいたずらっぽく笑う。嵯峨が弁護士資格を持っているのは知っていたが、茶道の心得があることは誠は知らなかった。隊長室のガラクタの置かれた理由を理解して誠は静かにうなづいた。
「仕方ねえだろ、そっちの方が儲かるんだから。茶道具の仕入れや骨董の鑑定なんかは結構、金になるんだぜ。それに一応、二回ほど訴訟も手掛けてるんだから……ちゃんと弁護士事務所してるじゃねえか」
そう言うと嵯峨は急に扉のほうに視線を移す。盆の上に三つのコップと烏龍茶と豚の角煮を一皿持ったかなめが居た。
「早かったじゃねえか。しかも豚……じゃねえか猪の角煮、炊事班の賄いか?こいつ旨いんだわ。とりあえず机にでも置いて一杯やろうじゃねえか」
ふくれっ面のかなめがカウラとアイシャの横をすり抜ける。肩にかからない程度に切りそろえられた髪をなびかせながら、かなめはアイシャと嵯峨との間に腰を下ろして嵯峨からコップを受け取った。
「叔父貴。ケチるんじゃねえぞ!」
「分かってるよ。まあアイシャも少しは付き合え。カウラすまんな。とりあえず茶でも飲んでくれ」
かなめの労をねぎらうべく、嵯峨は自分達より多めに酒をついでやった。かなめは乾杯を待たずにコップの中の酒を口に含む。
「いいねえ、こいつやっぱ旨いや。アルコール度数も高けえんじゃねえの?」
「そうだな。確か18度くらいじゃないのか?」
「ええと、正解です。アルコール度数17~19度」
誠は手書きのラベルの片隅に書かれた品名の欄を読み上げる。
「それじゃあ私はセーブしながら飲まないと」
アイシャはそう言ってグラスの中の酒の香りを嗅いでいた。
「だな。アイシャはそれほど強くないからな。まあアタシは好きなだけ飲むけど」
かなめがまたグビリと酒を口に含んだ。誠が一口飲む間に、もうさっき注いだ酒の半分が消えていた。
「かなめ坊。もう少し味わって飲めよ」
思わず嵯峨が苦笑いを浮かべる。
「そんなのアタシの勝手だろ?しかし、何度も言うけどカウラ本当に飲めないのか?サラとかパーラは結構いける口なのに変じゃないのか?」
そう振られてカウラは緑の瞳で誠を一瞥した。悲しい瞳だ。誠はそう感じた。
「私達は確かに人造培養生命体だが、同じ遺伝子を使用して製造されたわけではない。体格や各種性能にはそれぞれ差がある」
「そう言うこと。でも本当に美味しいお酒ね」
ちびりちびりとグラスの酒を飲んでいたアイシャがつぶやく。
「褒めても何も出んぞ」
アイシャの言葉を聞きながら嵯峨はそう言いながら四杯目の酒をあおった。
嵯峨は細かく千切った干し肉を口に放り込む。
「特に用があったわけじゃないですが、どうも作戦が近づいてるのが気になるみたいでちょっと声でもかけようと思って……カウラちゃんはどうして?」
話を振られてカウラは緑の髪を揺らしながらうろたえていた。ポニーテールの髪がかすかに揺れているのが誠にも分かった。緑色をした澄んだ瞳が、ちらちらと誠の方に向けられる。何度も口を開こうとするが、言葉にする言葉が見つからないというようにそのままうつむく。
「まあいいやな。人のすることを一々詮索する趣味は俺にはねえよ。まあ初出撃だ。ビビらん方がよっぽど厄介だ。おかげさまで俺の部下に、英雄気取りの馬鹿はあまりお目にかかってないんでね。それに俺の軍籍のある胡州陸軍には伝統的な馬鹿矯正法があるからな」
「鉄拳制裁ですか?」
一口酒を舐める嵯峨にカウラはそう答える。
「ぶん殴って頭をはっきりさせるって言うのは、戦場で自爆どころか足を引っ張った上で勝手にくたばる運命に比べたら、よっぽど人道的な配慮のある行為だよ。まあ俺は暴力は嫌いだがね」
「本当にそうなんですか?ずいぶん芝居がかって見えますが。誠ちゃんもう一杯どう?」
皮肉めいた笑みを嵯峨に向けたあと、アイシャがコップを手に取り酒を注いだ。
「そう言えば誠との付き合いは、俺が陸軍大学校を出て東和の大使館付き二等武官をやってたころだから……」
「隊長。そのころまだ僕は生まれてませんよ」
それは誠の実家の道場では誰もが知っている話だった。
それは誠の父神前誠也(しんぜんせいや)が道場を開いて初の道場破りが、胡州帝国東和大使館付きの二等武官の嵯峨、当時は西園寺新三郎と名乗っていた中尉だった。そんな酔狂なその胡州軍人の話は誠の道場では語り草となった。
嵯峨は誠也の竹刀をあっさり叩き落して看板を持って帰ろうとするところを、誠の母、薫に呼び止められてさらに一試合することとなった。
攻撃一辺倒の嵯峨の太刀筋に対して、薫は徹底的に攻撃を受け流すように竹刀をふるった。勝負を焦った嵯峨が打ち込んだ面をかわされて、背中に一太刀浴びたころには、嵯峨の息が上がっていたというのに薫は全く息の乱れもなかったという。そしてそのまま嵯峨は薫に剣の教えを乞うことになったという事も誠は聞いていた。
「そうだったっけ?ああ、そう言えば居なかったな。思い出した、思い出した。俺が復員した後、俺が胡州を出奔して東都で弁護士事務所を始めたころだな、初めて会ったのは」
「弁護士事務所?茶道教室の間違いじゃないんですか?」
アイシャはいたずらっぽく笑う。嵯峨が弁護士資格を持っているのは知っていたが、茶道の心得があることは誠は知らなかった。隊長室のガラクタの置かれた理由を理解して誠は静かにうなづいた。
「仕方ねえだろ、そっちの方が儲かるんだから。茶道具の仕入れや骨董の鑑定なんかは結構、金になるんだぜ。それに一応、二回ほど訴訟も手掛けてるんだから……ちゃんと弁護士事務所してるじゃねえか」
そう言うと嵯峨は急に扉のほうに視線を移す。盆の上に三つのコップと烏龍茶と豚の角煮を一皿持ったかなめが居た。
「早かったじゃねえか。しかも豚……じゃねえか猪の角煮、炊事班の賄いか?こいつ旨いんだわ。とりあえず机にでも置いて一杯やろうじゃねえか」
ふくれっ面のかなめがカウラとアイシャの横をすり抜ける。肩にかからない程度に切りそろえられた髪をなびかせながら、かなめはアイシャと嵯峨との間に腰を下ろして嵯峨からコップを受け取った。
「叔父貴。ケチるんじゃねえぞ!」
「分かってるよ。まあアイシャも少しは付き合え。カウラすまんな。とりあえず茶でも飲んでくれ」
かなめの労をねぎらうべく、嵯峨は自分達より多めに酒をついでやった。かなめは乾杯を待たずにコップの中の酒を口に含む。
「いいねえ、こいつやっぱ旨いや。アルコール度数も高けえんじゃねえの?」
「そうだな。確か18度くらいじゃないのか?」
「ええと、正解です。アルコール度数17~19度」
誠は手書きのラベルの片隅に書かれた品名の欄を読み上げる。
「それじゃあ私はセーブしながら飲まないと」
アイシャはそう言ってグラスの中の酒の香りを嗅いでいた。
「だな。アイシャはそれほど強くないからな。まあアタシは好きなだけ飲むけど」
かなめがまたグビリと酒を口に含んだ。誠が一口飲む間に、もうさっき注いだ酒の半分が消えていた。
「かなめ坊。もう少し味わって飲めよ」
思わず嵯峨が苦笑いを浮かべる。
「そんなのアタシの勝手だろ?しかし、何度も言うけどカウラ本当に飲めないのか?サラとかパーラは結構いける口なのに変じゃないのか?」
そう振られてカウラは緑の瞳で誠を一瞥した。悲しい瞳だ。誠はそう感じた。
「私達は確かに人造培養生命体だが、同じ遺伝子を使用して製造されたわけではない。体格や各種性能にはそれぞれ差がある」
「そう言うこと。でも本当に美味しいお酒ね」
ちびりちびりとグラスの酒を飲んでいたアイシャがつぶやく。
「褒めても何も出んぞ」
アイシャの言葉を聞きながら嵯峨はそう言いながら四杯目の酒をあおった。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
エルフだったの忘れてた……
ころキャベ
SF
80歳の青山アリアは、ボランティアとして草むしり中に突然意識を失う。目覚めると、彼女はエルフの姿となって異世界。そこは彼女が80年間過ごした世界ではなく、現実の世界だった。以前いた世界が作られた世界だったと知る。アリアに寄り添うのは、かつてのロボット同僚である紗夜。紗夜から魔力を授かり、アリアは新たな冒険に向けて魔法を学びを始める。彼女の現実生活は、果たしてどんな展開を迎えるのか?
妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~
紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの?
その答えは私の10歳の誕生日に判明した。
誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。
『魅了の力』
無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。
お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。
魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。
新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。
―――妹のことを忘れて。
私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。
魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。
しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。
なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。
それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。
どうかあの子が救われますようにと。
【完結】中身は男子高校生が全寮制女子魔法学園初等部に入学した
まみ夜
SF
俺の名は、エイミー・ロイエンタール、六歳だ。
女の名前なのに、俺と自称しているのには、訳がある。
魔法学園入学式前日、頭をぶつけたのが原因(と思われていたが、検査で頭を打っていないのがわかり、謎のまま)で、知らない記憶が蘇った。
そこでは、俺は男子高校生で科学文明の恩恵を受けて生活していた。
前世(?)の記憶が蘇った六歳幼女が、二十一世紀初頭の科学知識(高校レベル)を魔法に応用し、産業革命直前のプロイセン王国全寮制女子魔法学園初等部で、この時代にはない『フレンチ・トースト』を流行らせたりして、無双する、のか?
題名のわりに、時代考証、当時の科学技術、常識、魔法システムなどなど、理屈くさいですが、ついてきてください。
【読んで「騙された」にならないための説明】
・ナポレオンに勝つには、どうすればいいのかを検討した結果、「幼女が幼女のままの期間では魔法でもないと無理」だったので、魔法がある世界設定になりました
・主人公はこの世界の住人で、死んでいませんし、転生もしていません。また、チート能力もありません。むしろ、肉体、魔法能力は劣っています。あるのは、知識だけです
・魔法はありますが、万能ではないので、科学技術も(産業革命直前レベルで)発達しています。
表紙イラストは、SOZAI LABより、かえるWORKS様の「フレンチトースト」を使用させていただいております。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる