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第十四章 法術師と言う存在

茶番の構造

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 ブリッジの真下でエレベータが止まる。そしてカウラとかなめの二人は迷わずに廊下を突き進んでいく。誠はあわててついていくが、しばらくして通信施設の隣のコンピュータルームの一つの前で立ち止まる。待っていたかのように扉が開いた。

「来ると思ったよ」 

 部屋からはハンガーの様子が見える。その部屋の主、ヨハン・シュぺルター中尉は待ち構えていたように笑顔を振りまく。彼はその巨体を預けるにはいささか心許ない椅子に座って、ポテトチップスをつまみながら端末に入力を続けていた。

「出所はクバルカ中佐かシュバーキナ大尉だろう?まあ隊長もそこらへん汲んでくれたからな。話せることは話すつもりだよ」 

 誠、かなめ、カウラ。三人とも、明らかに成人病予備軍と言った感じのヨハンの背中を見ながら話を切り出すタイミングをうかがっていた。

「シュぺルター中尉。まず事実なのか?シュバーキナ大尉の言ったことは?法術は本当に存在するのか?そして神前がその発動を行える存在なのか?」 

 静かにそして流れるようにするするとカウラの言葉が響いた。

「シュバーキナ大尉も能力があるからな。同じ能力者同士仲良くやれると思って少し話をしておいたんだ……実力はクバルカ中佐の方が上だが……まあ話しやすいならシュバーキナ大尉か」 

 そう言うとヨハンは大きく深呼吸をする。腹の脂肪が空気を必要としている。誠にはそんな風に見えた。

「他にも知りたいか?シン主計大尉は間違いなくパイロキネシストだよ。東ムスリム紛争の折に何度かその力を使用した事実は確認されていて、記録もちゃんと残ってる。まあさっきの問には答えておこう。法術は存在する……明らかにだ。そして俺が司法局(ここ)に配属になった理由もその研究を行うためだ。だっておかしいだろ?司法執行機関のマッチョな連中の中に俺みたいなデブがいる。お前さん達もそのあたりで何かあるなって察しないとねえ……まあ、まだまだ修練が足りないってことか?」 

 一方的にそこまで話すと満足したようにモニターに向き直る。そしてそれ以上は全然説明をする気はないとでも言うように、ヨハンはのんびりした動きで背中を掻いている。

「ヨハン!テメエやる気ねえだろ!」 

 そんな態度にかなめが切れかける。それを制して誠は話し始めた。

「僕はそんな力があるなんて自覚も無いですし、訓練も受けてないですよ。なのにいきなり実戦でそれを使えと言われてできるわけが無いじゃないですか」 

「まあ言い分は分かる。神前の今の状況はかわいそうだなあと俺は思うよ。だけどまあ、お偉いさんと一部の研究機関の他は情報公開する気がまるっきり無いだけじゃなく、積極的に隠蔽工作を続けてきたのがこれまでの法術というものの歴史さ。今こうして話したことだって同盟上層部の意向には反した話なんだぜ」 

 ヨハンはそう言うとコンソールパネルの上に重ねられたデータディスクの山を漁って、一枚のディスクを手に取った。

「ベルガー大尉。一応小隊長権限ならこのディスクは見れるようになってるよ。どうしても不安ならこいつを見な」 

 むくんでいるように見えるヨハンの手からカウラはディスクを受け取る。

「つまりアタシと新入りは見るなって事か?」 

「しょうがねえだろ?この手の話は上の方でもかなりデリケートな対応が要求されているんだ、今のところは。俺も自分の身がかわいいからな」  

「今の所はと言ったな。シュぺルター中尉」 

 カウラはディスクのラベルを確認するとそう言った。

「そう。『今の所』だな」 

 自分の言葉をかみ締めるようにしてヨハンはそう繰り返した。

「それより面白い話があるんだが知ってるか?」 

 ようやく回転椅子を軋ませながらヨハンが振り返る。

「面白い話?」 

「とうとう出たよ、近藤中佐に同調して外部との連絡を絶って篭城した部隊」 

 聞き入るカウラとかなめ。それに対してヨハンペースを変えずにはポテトチップスを食べ続ける。

「どこの部隊だ」 

 きつい口調でかなめが詰問する。

「胡州陸軍西部軍管区下河内特機連隊」 

 その言葉にかなめは表情を変えた。そしてカウラは叫んでいた。

「下河内特機連隊だと!馬鹿言うな!あそこの連隊長の油田(あぶらだ)中佐は……」 

「それ以前に下河内連隊の初代連隊長が叔父貴だって事を忘れるなよ。ヨハン!対応に当たった部隊はどこだ?」 

 激高するカウラの肩を押さえつけ、かなめが冷静な調子で切り出した。

「出動したのは海軍第三艦隊教導戦闘隊。そこのトップは他でもない、胡州宰相、西園寺家の番頭、赤松中将だ」 

 ヨハンの緊張感の無い声が低く響く。

「なるほどねえ。で、油田の旦那。なにか声明でもだしたか?」 

「声明等はまるで無し。ただ通用門に完全武装の警備員を配置。最新の飛燕改42型三機を起動させて警戒しているそうだ」 

「声明は無しか。同調する部隊はあるのか?」 

「今の所は胡州の衛星軌道コロニーの警備部隊の一部が動いてるらしい。ただ軍団司令クラスは全て憲兵隊が眼を光らせている。動きたくても動けないってのが現状なんじゃないのか」 

 ヨハンはようやく振り向いてかなめの顔を見上げた。笑みが浮かんだ所から始まり、かなめは大声で笑い始めた。

「何がおかしい!」 

 カウラがそう尋ねてもかなめは腹を抱えて笑い続けていた。

「西園寺さん?」 

 ようやく一息ついたところを見計らって誠がそう声をかけた。

「叔父貴の野郎!仕掛けやがった!まったく……近藤の旦那もご愁傷様だ。これであの旦那は退路を絶たれたわけだからな」 

「どう言う事だ!西園寺!」 

 突然のかなめの言葉に戸惑いつつカウラが口を開く。かなめは未だ笑いが止まらないとでも言うようにしてゆっくりと語った。

「分かっちまったよ。油田中佐は叔父貴の直参だ。先の大戦を叔父貴の指揮の下生き残った下河内連隊の生え抜き。叔父貴が動けと言わなければ絶対動かん。つまりだ……」 

「隊長がそう指示したと?」 

「他にどう説明する?それに対応部隊は親父の忠実な犬の赤松中将の支配下にある。事後のことを考えれば、決起は部隊内の近藤シンパが先走ったとかいい加減なこと抜かしてうやむやにする予定だ。しかもこのところの幹部の逮捕や天誅組騒ぎ。近藤一派で今、冷静に対応できる連中がどれだけいるか……本部上がりの青白い顔の馬鹿タレに『戦地の冷静さ』と言うやつを求めるのは無理ってもんだ」 

「近藤一派駆逐の為だけに動乱を起こした……それだけの為に」 

 思わず誠はそう口走っていた。かなめはようやく落ち着いたとでも言うように誠を見つめた。

 これまでに無いような残忍な瞳が誠の意識を貫いた。

「いや、違うな。近藤一派を駆逐するのは手段でしかない。叔父貴の狙いは『法術』の方だ。見せつけるつもりなんだよ。これまで公然の秘密とされていたこと。押し隠され、誰もが口にすることをはばかっていた力の存在を」 

 誠はそこで気づいた。今回の近藤一派は嵯峨にとっては法術と言う力を降臨させる『生贄』でしかないことに。察した顔の誠を見てかなめは満足そうな笑みを浮かべた。

「現在、遼州星系近辺に展開中の地球の大国や他の植民星系の独立軍を証人として、遼州人の『力』の保有を宣言すること。衆人環視の下での法術兵器の使用のデモンストレーション。それが叔父貴の狙いだ。あの人格破綻者め、天地をひっくり返すつもりだぜ……」 

 その言葉はゆっくりと誠の心の中を滞留した。対する言葉を一つとして持たないまま。そしてその中心に自分という存在があることを。
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