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第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』

『人斬り』の部下として

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 誠は笑顔のかなめにくっついてハンガーへの道を急いだ。

「神前。暗いねえ……」

「だって……」

 かなめに反論しようとするが、そのタレ目は明らかに宴会モードだった。すでにハンガーの入口にたどり着いた吉田が開いた扉の向こうからは歓声が響いてきている。

「ちゃん!ちゃん!ちゃーんの、すったか、たったったー!飲んでー飲めない酒はなしー!じゃあ島田正人曹長!日本酒、中ジョッキ一気!行かせていただきます!」 

「技術部の根性見せたれー!」 

「整備班長の実力思い知れー!」 

 ハンガーは完全に出来上がった技術部、運用部、警備部の連中に仕切られていた。学生時代を思い出すような一気のあおり文句に誠は苦笑いを浮かべていた。

「ほれ!はれ!はれ!ほれ!ひれ!はれ!飲めや!はい!一気!一気!一気!」 

 間違ったベクトルで動き出す隊員達。そんな中で、誠の目には別の存在が映っていた。一気騒ぎで盛り上がっている集団の隙を突いて、シャムとかなめが鮭が一匹丸ごと置かれているバーベキューセットを三つ占領している。かなめは得意げに遅れてきた誠に自分の戦果を見せようとして笑っているが、その時誠はある光景に眼を奪われていることに気づいた。

「おい新入り!何見てんだ?」 

 呆然と立ち尽くしている誠にかなめはいぶかしげに尋ねた。

「あれ……と言うか、あの人達何をしているんでしょう?」 

 誠が指差す先には、簀巻きにされて天井からクレーンで吊るされている技術兵がいた。

「あれか?やっぱ珍しいか?」 

「そりゃそうですよ!誰も助けないんですか?」 

「何言ってるの?彼は今回の宇宙の旅の無事を祈っての生贄に、自ら志願した奇特な人よ!みんなでちゃんと成仏させてあげましょう!」 

 誠の大声に気づいたのか、叫び声とともにアイシャが抱きついてくる。

「なんですか?アイシャさん!それより、あの人助けないと……って、あの人、誰です?」 

「なに?知らずに命乞いしてたの?あれは鎗田司郎曹長。女の敵よ!」 

「は?」 

 猿轡を噛まされて吊るされている鎗田が、必死に事情を知らない誠に向かって体をゆすって全身でアピールする。その度に鎖のぶつかる音で気が付いた整備班員と運行部員がにらみつけるような視線を浴びせている。

「アイシャ。いい加減許してやんらないのか?あの馬鹿」

 呆れたようにマリアがつぶやく。 

「いいえ!パーラと言うものがありながら、女子高生に手を出して警察のお世話になるなんて……その罪は決して消えません!パーラが許すと言うまで……」 

「アタシは別にもうどうだって良いんだけど……別にあの馬鹿が誰と寝ようが……」

 皿に盛ったもやしを食べながらどうでも良いと言うようにパーラがつぶやく。それを見て誠は二人の間に大人の事情があったことをそれとなく察した。 

「分かっているわよ、パーラ。あなたはそう言いながら、かつての思いから立ち直ろうとしているのね!でもそんなあなたの暗い過去を、明るい未来へと昇華させるためには生贄が必要なのよ!乙女の純情をもてあそぶものに死を!」

 アイシャは得意げに吊るされた槍田を指差す。明らかに乗り気でないパーラはとりあえず手にした皿をテーブルに置いた。 

「アイシャ……もしかしてアタシをからかってんじゃないの?」 

「ああ!パーラ!女の友情を守るためならアタシは鬼にだってなるわ!」 

「いいからアイシャ!人の話を聞けってば!」 

 一人で盛り上がっているアイシャを、パーラは思わず怒鳴りつける。だが、その明らかに演技とわかるアイシャの泣きそうな表情にパーラも誠も呆れていた。

「酷いわ!パーラちゃん!せっかくの私の友情を……」 

「もう良いわ。いい加減降ろしなさいよ、あれっ……て、かなめとシャム!クレーンぶん回すの止めなさいよ!」

 いつの間にかクレーンの操作盤で哀れな生贄をぶん回しているかなめとシャムに、パーラは思わず声を上げていた。そのまま機械を止めようとするパーラと、楽しくてしょうがないと言うような感じのかなめとシャムがじゃれあっている光景を眺めながら、誠はどうにか掠め取った焼けた鮭の身を一口食べてみた。

 アイシャはいつの間にかかなめ達が占拠した鉄板の上の鮭の丸焼きの身を、味噌味の野菜炒めと混ぜながら自分の皿に盛り付けて、優雅にご馳走を楽しんでいる。

「ったくしゃあねえなあ。神前の。どうだい?ウチのことがよく分かったか?」 

 タバコを吸いながら嵯峨がほろ酔い加減に歩み寄ってくる。

「まあ、日々驚かされることの連続ですが」 

「つまり刺激的で退屈しないと。まあそう受け取っとくよ」 

 嵯峨はそう言うとアイシャの鉄板から、アイシャが混ぜ終わった鮭と野菜の塊を取ろうとした。

「隊長はもう十分食べたでしょ!これは先生の分です!それじゃあ盛り付けますね!」 

 いつの間にか誠の背後に回りこんでいたアイシャが、誠の手から皿を奪うと、いかにも嬉しそうに笑いながら盛り付ける。

「なんだかなあ。一応、俺、隊長なんだけど」 

 そう言いつつもその口元には笑みが浮かんでいる。誠はその笑みの理由を尋ねようとしてやめた。

 この人は今の状況、特に慌てふためく各陣営の悩み苦しんでいるさまを楽しんでいる。もしかするとこの46歳と言う年の割りに若く見える高級将校は、まるでトランプゲームでもするように世の中を見ているんじゃないだろうか?誠にはそう思えてきた。

『お前が何を考えてるか当ててやろうか?』

 そんな言葉が飛び込んでこないのが不思議なくらいだ。

「なんだ?食わねーのか?アイシャ、アタシも食ってねーんだけど」 

 置いてけぼりを食ったランが声をかける。

「しょうがないお子様ですねえ!じゃあこの皿使ってください!」 

「すまないな」 

 ビール瓶を片手にランがアイシャとそんなやり取りをしていた。誠はなぜ彼女達がこの嵯峨惟基という人物を彼等が信用しているのか不思議に思った。

 先の大戦では胡州帝国陸軍憲兵として、常にその左腰に釣り下げられた赤い鞘の日本刀『長船兼光』を手に苛烈なゲリラ狩りを行った人物。その非人道的行為は人をして『人斬り新三』と呼ばしめた。

 それ以前に遼南皇帝の家系に生まれ、帝位を得ること二度。その過程で生き馬の目を抜く王朝内部の暗闘を生き延びてきた『姦雄』と称される男である。

 しかし、今のこれからこの船が向かう先の状況を見ても、部下の質問にただ薄ら笑いだけで答えるこの人物とはなんだろう?そう考えると誠は背筋に寒いものを感じた。

 彼の部下達、誠の先輩たちはそんな部隊長の過去を知ってか知らずか馬鹿話に花を咲かせている。

「なんなんだここは……」

 空いていたグラスでビールを飲みながら、誠は周りの喧騒にただあきれていた。
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