上 下
72 / 1,410
第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』

情報通、かなめ

しおりを挟む
 誠は耳を疑った。

「そのあたりの事情ならかなめが詳しいんじゃないかしら?あの娘は胡州陸軍出身だし、非正規戦部隊に居たから、裏事情は嫌でも耳に入ってくるでしょうしね」 

「じゃあ聞いてきます……って、西園寺さんの行きそうな所ってわかりますか?」 

 今度は心底呆れたというように明華は天を見上げた。

「ほんと神前少尉は……まあ愚痴っても仕方ないわね。たぶん食堂の隣の喫煙室かこの下の階にある待機室じゃない?」 

 これほど人に呆れられたことは無い。そんなこと思いながら誠は一歩部屋を出かかったが、背中に明らかな威圧感を感じて立ち止まり振り返った。

「ありがとうございました!」 

 直立不動の姿勢で敬礼した後、誠は走ってとりあえず待機室に向かった。

 走っている間もすれ違う隊員の表情はどれも険しい。そのまま食堂を通り過ぎて隣の待機室を覗き込む。

 待機室にかなめはいた。カウラとシャムも眼に入ったが、ランと吉田は嵯峨に呼び出されているのか、その姿は無かった。かなめは上半身をブレザーの勤務服から黒のタンクトップに着替えていた。その手にあるグラスにはたぶんラム酒と思われる物が入っている。

 カウラは机の上の書類に目を通しながら、何か言いたげな視線をかなめに向かって投げかけるが、かなめはまるでそれを面白がるような笑みを浮かべてグラスを進めていた。

 シャムはソファーに寝転がって漫画を読んでいる。そしてたまに腹を抱えて笑ったりしていた。

「西園寺さん?」 

「なんだよ。テメエまでカウラみたいに『待機任務中でしょ!酒は禁止!』なんて言い出すんじゃないよな?」 

 先手を打たれて誠は押し黙った。そして不思議そうに見ていたタレ目が誠の落ち込んだような表情を見つめるとやわらかい微笑みに変わった。

「なんだ?別件か。別に暇だから聞いてやるよ」 

 かなめはグラスを置いて、その手で目の前の椅子に座るように合図する。

 誠は立っているわけにも行かないと気づいて、そこにあった壊れそうなパイプ椅子に腰掛けた。

「出港が早まった件ですけど、何か心当たりはありますか?」 

「なんだ、そんなことかよ。さっきまでマリアや明華の姐御といたんだろ?正確な状況ならあっちの方がよく知ってると思うぞ」 

 そう言うとかなめはまたグラスに手を伸ばした。

「本間司令が近藤中佐に出頭命令を出したということは聞きました。それと、もし近藤中佐が拒否して篭城と言うことになれば、胡州でクーデターが起きる可能性もあるって……」 

「ったく明華の姐御も心配性だなあ!まあそう簡単にはクーデターをやろうなんて無理だろうな。近藤の馬鹿野郎の関係する組織は非公然、公然問わず特務憲兵隊の内偵が進んでいるし、現在、帝都に一番近い加茂野宇宙港には、オヤジの右腕の赤松中将の第三艦隊が鎮座しているんだぜ?それこそ下手に動けば自分の首が飛ぶ状況だ」 

「ああそう言う状況なんですか」 

 誠はかなめの希望的観測に大きく安堵の息をつく。だが、そこでいつものかなめらしいサディスティックな表情が浮かぶ。

「だが神前の、安心はしない方がいいな。長期戦になれば第六艦隊が直々に動き出すことになるだろうし、そんな状況をアメリカ海兵隊なんかの外野連中が見逃すわけもない。第六艦隊の急な展開に呼応して遼南や遼北、西モスレムがアステロイドベルトの胡州の領域へ進行するとなれば自然と状況は官派の望んだ状況になる。『胡州の生命線』と奴等が呼んでる領域への他国の進出は、世論を反同盟活動に持っていくことになるだろうからな」 

 そう言うとかなめは、グラスに半分ほど残っていたラムを飲み干した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...