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第十一章 司法局実働部隊運用艦『高雄』

初めてのシミュレータ

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「神前は居るか?」 

 誠がアクリル絵の具の入った箱をどこに置くか悩んでいるところに女性の声が響いた。

 マリア・シュバーキナ大尉がそこに立っていた。隣にはきつい目つきの許明華大佐が居る。誠は思わず手にした箱をベッドに置くと二人の上官に敬礼をする。

「別にそんなに硬くなんなくてもいい。それよりちょっとシミュレーションルームまで来てもらえるか?クラウゼ大尉も頼む!」 

「私は……」

「カウラはいい。お前は現役だろ?」

 マリアはそう言って誠の着替えの入ったトランクを部屋の隅に置いているカウラに笑いかけた。

「あのー僕とアイシャさんがなんで?」 

 どこか冷たく感じるマリアの言葉に誠は緊張感を感じながら作業を中断して部屋を出た。

「じゃあ私は自分の部屋の整理でもするか」

「そうしておいてくれ」

 カウラにそう言ってマリアは明華と一緒に廊下を急ぎ足で進んでいく。

「マリアどうしたの?私も連れて行くなんて」 

 画材のダンボールを弄っていたアイシャが不思議そうにマリアに語りかける。

「クラウゼも一応パイロット経験者だからな。聞いたんだろ?吉田から今回の作戦の目的」 

「一応、聞いたけど……。予備機を出すんですか?許大佐」 

 アイシャが戸惑いながら尋ねる。

「予備機はあくまで予備よ。一応、積んではあるけど、可動状態に持ち込むのには少し時間がかかるわね。しかもそんな予算も無いし」 

 淡々と明華が答える。隊長と並ぶ大佐と言う肩書きだけあり、その一言に誠もアイシャも答える言葉が無かった。

「じゃあ行くか」 

 マリアを先頭に誠は来た道を引き返すことになった。再びエレベーターでブリッジ下の階まで行き、食堂の前を通過して無人のトレーニングルームの隣の部屋に連れ込まれる。

 シミュレーションルーム。中に入ると仕事を終えた整備員達が遊びでアサルト・モジュールのシミュレーションシステムを使っているところだった。手にした紙は対戦表なのか、一人、勝利の丸が並んでいるしるしを見せつけつつ、中心にいる島田が得意げに周りの整備班員を見回していた。

「ちょっと何してるの!島田曹長!シミュレーターは玩具じゃないんだから!とっとと隣に行って食堂でお茶でもすすってなさい!それともトレーニングルームで基礎体力訓練でもする?」 

 明華がそう大声を張り上げると、島田、キムの両名をはじめとする整備員達は、一度直立不動の姿勢で敬礼をすると、蜘蛛の子を散らすように全力疾走でエレベーターの方へ消えた。

「ああ!我が部下ながらウチの隊には規律と言うものが無いのかしら?まあ隊長があの駄目人間一号だからしょうがないけど」 

「明華。それは言い過ぎなんじゃ……」 

 高飛車に隊長を切り捨てる明華にマリアがフォローを入れる。

「神前少尉。とりあえず東和軍のパイロット候補がどの程度の腕か確かめさせてもらうわよ」

 そう言うと明華は6台あるシミュレーターの一つに乗り込んだ。

「済まなない神前。明華は言いだしたら聞かないからな。代わりに私が僚機を担当する。クラウゼ。お手柔らかにな」 

 マリアもシミュレーターに乗り込む。

「あのー、僕は……」 

「いいんじゃないの?とりあえず気楽に行きましょ!」 

 アイシャがウィンクしながらシミュレーターに乗り込む。誠も置いてけぼりを食わないようにシミュレーターに乗り込んだ。

 シミュレーターの中。ハッチを閉めると自動的にマシンは起動し、コンソールが光り始める。

「05式と配置は同じか。場所は宇宙空間。自機の状況は……!」 

 誠は残弾を示すゲージを見つめて固まった。

『どうした?なにか不思議なことでもあったのか?』 

 通信ウィンドウが開き、マリアが声をかけてくる。

「あのー、残弾がゼロなんですけど、これって間違いですよね?」 

『ああそれか!西園寺とベルガーが『あいつには飛び道具は使わせないでくれ!』って言うから神前の機体はレールガンやミサイルの装備は無い』

 マリアの言葉に、誠の視界が白くなる。

「手ぶらで何しろって言うんですか!」 

 無情に答える明華に、思わず誠は叫んでいた。

『ちゃんと格闘用のサーベルがあるでしょ?それに一応この中では撃墜スコアーの多いマリアがついていてくれるんだから。ハンデよ!ハンデ』 

 明華の言葉に誠はどうにも釈然としなかった。これから向かう宙域はかなりの危険度を伴っているはずだ。

「サーベル一丁で何をしろって言うんですか?」 

『まあいいじゃないか。実戦でも西園寺とベルガーが守ってくれるだろ』 

 苦笑いを浮かべながらマリアがそう言ってくれる。誠はあきらめて他の計器を確認する作業に入った。

 素手にサーベルのみだが、それ以外の障害は何も無い。

『ルールは簡単よ。相手を全滅させた方の勝ち。それでいいわね?マリア』 

『わかった。神前、頼む』 

 青いマリアの味方機と、赤い明華とアイシャの機体を確認すると誠は操縦桿を握り締めた。

『神前』 

 マリアが味方機向けの秘匿回線を開いてきた。

『明華のことだからたぶん私から先に倒す作戦で来るだろう。だから囮になってくれないか?』 

「囮ですか?」 

 確かにマリアが落とされてサーベル一丁しか装備していない自分が残されれば、袋叩きにされるのは実戦経験が無くても分かる。それにマリアは上官である。気の弱い誠が逆らえるわけも無い。

「分かりました。シュバーキナ大尉はどう動くんですか?」 

『マリアでいい。とりあえずここのデブリの多い宙域での戦闘が有利だろう。神前に相手を引きつけてもらってる間に迂回して後方を突く作戦で行こう。ああ見えて明華は慎重だからな』

 誠の前のモニターにもマリアが提示した空域の海図が映っている。ベテランの判断に異議を挟むほど誠には経験も自信もなかった。 

「了解しました!じゃあデブリ帯の奥に下がり……」 

『あんまり中に入ったら囮の意味が無い。とりあえずデブリの際でチョコチョコ動き回って相手をひきつけろ』 

 誠は実戦経験者であるマリアの指示に静かにうなづいた。
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