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第九章 飲み会明けの機動部隊

予定された衝突

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 書類仕事がたまっていたようで、そんな騒動が一段落すると沈黙が詰め所を支配した。時々伸びをしたりうなってみたりと言うシャムの様子には閉口させられたが、ようやく悪戦苦闘の末、演習要綱を読み終えた誠は、とりあえず一服しようと廊下に出て、更衣室の前の自販機でジュースを買っていた。

「どうしたの暗いじゃん」 

 誠が突然の声に振り返ると、取ってつけたような『喫煙所』と言う張り紙の下で、嵯峨が退屈そうにタバコを燻らせていた。

「まあ若いうちに馬鹿やるのはいいことだと思うよ、俺は。まあそうして人間、大人になっていくものだと思ってはいるんだがね」 

 嵯峨はだれた感じでタバコの灰を灰皿に落とす。

「しっかしあれだなあ、喫煙者は結構居るのに何で喫煙所がここ一箇所なんだ?そう決めたシンの旦那だってタバコ吸うくせに」 

「一応、健康のためだと……」 

 苦笑いを浮かべながら、誠は嵯峨の口元から流れてくる煙を避ける。

「お前もシンと同じ事言うんだな。ったくそんなに長生きしたきゃあこんな危ない部隊なんか辞めちまえって言いたいが。まあお前さんに愚痴ってもしょうがないか。それより、今度の演習、休んでもいいんだぜ」 

 嵯峨は口調を変えずにそう切り出した。突然の言葉に誠は嵯峨の言葉の意味がわからなかった。

「どういうことです?」 

 誠はそんな言葉を口にするのが精一杯だった。

「鈍い奴だな。何でわざわざ政情が安定していない胡州の、しかも殆どの宙域が使用不能になってる演習場を選んで訓練しようなんておかしいと思わないか?」 

 嵯峨はそう言いながら、吸い終わったタバコの火をゆっくりともみ消した。

「それは実働部隊としての隊の練度向上のため……」 

「そいつは俺が今回の演習を同盟機構に上申した時に使った方便だ。でも、お前さんもそれにしちゃあおかしいなあ、とか思ってんだろ?」 

 この人に隠し事は通用しない。誠は観念したようにうなづく。

 嵯峨は再び胸のポケットからタバコを取り出すと火をつけ、上体を起こして天井に向けて煙を吐いた。

「これから話すことは他言無用だ」 

 そう言った嵯峨の目は、先ほどとはうって変わった鋭いものだった。

「今回の演習宙域は胡州海軍第六艦隊の管轄だ。しかも隣の宙域には遼州星系最大のアメリカ海兵隊の基地がある小惑星が存在する。そのくらいは演習の綱領に書いてあるだろ?」 

「ええ、まあ……」

 誠は嵯峨の言葉に引っ張られるようにして肯定して見せた。しかし、確かに改めてその事実を突きつけられると、いつ衝突が起きてもおかしくないその緊張した宙域に行くことの意味がさらに不可解に思えてきた。

 嵯峨は話を続けた。

「第六艦隊司令の本間さんはそれほど政治には関心の無い人だが、参謀室には先の胡州紛争で敗れた『官派』の連中が残っててね。ああ、『官派』と言ってもお前さんは知らないか。胡州じゃ貴族趣味のいけ好かない連中のことをそう言うわけだ」

 そう言うと苦笑いを浮かべてタバコを咥えるさが。そして彼は話を続ける。

「まあその貴族趣味の連中がちょっとおかしな動きしてるんで、ある人物のプロフィールをリークして、どう言う反応が出るか試してみたんだ。そしたらまんまと食いついてきやがってね」 

「誰の情報をリークしたんですか?」 

 すかさず誠はそうたずねた。

「お前さんのだよ」 

 嵯峨は表情も変えずにそう答えた。あまりにも唐突な言葉に誠は息を呑む。だが嵯峨の表情は変わらない。

「そんな僕に何か変わったことでも?」 

 自分はただの都立高校の体育教師兼剣術道場の一人息子だ。そんな国や組織が求めるような力は無いと思っている。確かに脳波に一部地球人には見られない特徴的な波動が有ると言われたことはある。

『遼州系の特徴だね』

 入隊時の身体検査で脳波を見ていた医者が言ったのはそれだけだった。誠はそれがどういう意味かは理解していなかった。ただ何かある。誠は嵯峨の様子にそう確信した。

 嵯峨はさらに続けた。

「その人物はあるシステムを起動するキーになる可能性があるってのが、その筋の専門家の一致した見解だ。俺はそいつがモルモットにされるのがかわいそうで部隊に引き取ったんだが……まあいいかそんなことは」 

 そう言うと嵯峨はタバコを一回ふかした。

「あるシステム?何ですか?精神波動システムとか、ちょっと眉唾の話ばっかり聞いていたんで」 

「俺は文系でね、そう言ったことは専門家……うちならヨハンあたりに聞けば分かるかも知れんが、まああいつが機嫌がいい時に聞いてみろや。それより今回の演習はデブリの多い宙域での新型アサルト・モジュールの運用訓練……と言うのは建前で、実際の狙いは『官派』の特に強硬派として知られる第六艦隊参謀部副部長、近藤忠久中佐の首を取ることだ」

 嵯峨はそう言うと派手に煙を吐き出した。思わず誠は眉をひそめる。

「それだけじゃない、出来れば第六艦隊の連中に身柄の確保をされる前に内密に動く必要があるな……本間さんも馬鹿じゃない。艦隊の意に沿わない危険な行動を取る前に、近藤を更迭する可能性がある。そしたら部下の不始末を闇に葬るくらいの芸当はできる御仁だ……まあ上に立つ人間というものはみんなそんなもんだ」 

 早口に嵯峨はそう話す。内容は完全に司法局の権限を逸脱しかねない内容である。そんなことを一士官候補生に話してみせる嵯峨の頭の中が読みきれなくて、誠はただ戸惑っていた。
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