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第八章 奢られ酒

シャムの豚玉

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「すまねーな、小夏。下に誰か来てたか?」

 ビールのジョッキを並べる小夏にそれとなくランが尋ねる。 

「そう言えば師匠がウチのお母さんとなんか話してたけど」

 その言葉にすぐさまランは反応した。 

「神前!窓の外をのぞけ!」 

 ランのその言葉を聞くと誠は立ち上がって窓から身を乗り出した。

 やはりいた。吉田が窓から入り込むべく、階下で靴を脱いでいるところだった。

「吉田少佐……何がしたいんですか?」 

 あきらめたようにつぶやく誠と目が合って吉田は頭を掻く。

「何がって?ちっちゃいのの奢りの飲み会に来たんだよ?」 

「だからなんで窓から入ろうとするんですか?」 

 その問いにしばらく考えるような振りをしたが、すぐに吉田は答えた。

「だって二階でやるって言うから」 

 吉田は悪びれる様子も無く、靴をバッグに仕舞うとそのまま塀を登り始めた。

「馬鹿の相手すんな。まあ奴はああ言う性分だからな。そんなこと気にしてたら寿命がいくらあってもたねーぞ。それより小夏。追加で生中二つ頼めるか?」 

 小夏はその言葉を聞くと普通に階段のほうに駆けていき、上ってきたシャムに挨拶をした。

「俊平。大丈夫?」 

 ようやく窓枠に手をかけて部屋に入り込もうとしている吉田に、シャムが声をかける。

「すまねーがアタシ等はさきにやらしてもらってんぞ」

 ランはジョッキを傾ける。 

「せっかく暑い中、来たって言うのに冷たい奴だねえ」 

 吉田は悪びれもせずにそう言うと、隣の鉄板をシャムと一緒に占拠した。

「あのう、ナンバルゲニア中尉。今日はおとなしめな……」 

 誠が話しかけようとするが、シャムのベルトの腹の辺りの異物を発見して口ごもった。

「それってもしかして……」 

 誠の視線がベルトに注がれているのにシャムも気付いた。

「そうだよ!変身ベルト!」 

 あっけらかんとシャムが答える。誠はやはりこの人はだめだと結論をつけて、ため息をついた。

「生中二つです!ランの姐御と兄弟子!次、何にしますか?」 

 呆れたついでに喉の渇きをビールで癒した誠に、きゃぴきゃぴした声で小夏がそうたずねてくる。先ほどまでの汚いものを見るような瞳はそこには無かった。誠はさすが飲み屋の娘と感心しながら彼女を見つめる。

 元気そうなショートカットの髪に、気が強そうな瞳が光る。かなめを目の仇にするのは、もしかして近親憎悪なのかもしれない。そう思うと少しにやけた笑みが自然とできる。

「あと神前と吉田。出来るだけ……な」 

 さすがにどっしりと腰を下ろしているとはいえ払いはランである、すでにランと誠のジョッキは空。小夏は注文が来るものだと言うように待ち構えている。

「ほいじゃあアタシはポン酒!神前は生中でいーだろ?」

 幼いそれでいて愛嬌のああるランの声が誠の耳にも届く。 

「じゃあ生酒二合に、生中で……つまみは……?」

 ランが吉田の顔を眺める。 

『うん!豚玉三つ!』 

 吉田とシャムがそう答えた。

「ナンバルゲニア中尉!豚玉三つは多くないですか?」

 さすがに誠もランの持ち出しと言うこともあって遠慮がちにシャムに声をかけた。 

「気にすんな。奴にしてはこれでも抑え気味なんだぜ」 

 誠の心配をよそにカラカラとランは笑った。その時どたどたと階段を上がる足音が響いた。

「ちーす!」 

 島田、菰田、キムの三人組が階段を上がってきた。

「ご苦労さん。他の連中はどうした?」 

 笑顔で三人に頭を下げる小夏を見ながらランが声をかける。

「クラウゼ大尉達はまた漫画でも買いに行ったんじゃないすか?それとベルガー大尉と西園寺中尉は駐車場でなんか揉めてましたから……」 

 菰田はそう言うと下座の鉄板に居を固めた。

「まったく、あの連中はどーしよーもねーなー」 

 ジョッキの底の泡を飲み尽くして、ランはそう言った。

「いい加減、俺とかなめの免停止めたほうが良いんじゃないのか?あの二人が一緒だとろくなことがないぞ」

 吉田が突き出しのひじきをくわえている。 

「オメーはすぐそうやって……罰は罰だ、それにうちに免停の中止を指示する権限はねーよ」 

 そこに仕込み担当の源さんと呼ばれている白髪の料理人が、お盆にたこ焼きと注文の豚玉三つを持って現れた。注文していないはずの料理の登場に、小夏が首をかしげて苦笑いを浮かべていた。

『春子さんだな。気を利かせたんだろう』

 誠はそんなことを考えながら源さんからお盆を受け取っている小夏を見つめていた。

「はいはい!小夏ちゃん!こっちだよ!」

「師匠!豚玉お待たせしました!」

 小夏から豚玉を受け取り喜ぶシャム。だが、まだ鉄板が温まっていないと言うように隣の吉田が鉄板に豚玉を乗せようとするシャムを手でさえぎった。 

「まだだ、鉄板が温まらないと」

「俊平の意地悪!」

 いつものように仲良く話す吉田とシャム。その関係がなんなのか、誠は数日で察しる程鋭くは無かった。

「旦那達はどうしますか?」

 小夏はおしぼりで顔を拭いているキムに尋ねた。

「じゃあ俺は海老玉とポン酒。島田はどうする?」 

「じゃあ俺はさらにたこ焼きに生中で、菰田は?」 

「自分はレモンサワーに同じくたこ焼き」 

 キム、島田、菰田の三人はそれぞれ注文をした。小夏はすぐさま身を翻そうとしたが、そこに立っていたかなめに素早くガンを飛ばした。

「んだよ、ガキ!アタシが居ちゃあ迷惑だって言うのか?」 

 かなめは小夏に向けてまたガンを飛ばす。

「お客にゃあ丁寧なんだよアタシは。まあ、外道を客に入れるかどうかは……」

 小夏もまけずにかなめをにらみ返す。一歩も引かない二人に全員の視線が釘付けになった。 

「客だろうがアタシは!さっさとアタシのボトルとカウラに出す烏龍茶もってこい」 

 小夏がそう言うとランと誠が座っている上座の鉄板に腰を下ろした。

「へいへい」 

 そう言うと小夏は、上がってきたカウラを避けながら階下へと駆け下りていった。
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