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第八章 奢られ酒

三々五々集まる人々

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 ここ数日ですっかり見慣れてきた店構えが誠の目に入った。

「じゃあ入るか。まだ誰も来てねーだろがな」 

 まだ暖簾もかけていない店にランが堂々と入っていく。6時前と言うこともあり、あまさき屋の中は客一人居らず、女将の家村春子と小夏の母子が暖簾を持ってしゃべっているだけだった。

「姐御、それに兄弟子じゃないですか?ずいぶん早くからお越しで」 

 小夏がそう語りかけてくる。

「じゃあ、小夏。暖簾出しといて。クバルカさん、今日は早いですね」 

 女将はそう言うと静かに着物の襟をそろえた。

「ああ、ようやくコイツもうちに馴染んできたってことで……上、空いてますか?」

 そのランの明るい口調に春子も笑顔を浮かべる。 

「今日は予約はありませんからどうぞ」 

 女将はそれだけ言うと厨房のほうに向かって消えていった。ランは慣れた調子で二階への階段を上り始めた。

「神前の。少しは飲む時ブチ切れねーよーに飲めよ。これ以上、西園寺におもちゃにされんのもつまらねーだろ?」 

 やはり釘を刺された。ランの言葉に誠は照れ笑いを浮かべる。

「分かりました」 

 もう司法局実働部隊では脱ぎキャラとして確立してしまったと、誠は改めて思った。

 鉄板の並んだ店の奥。先日、嵯峨が座っていた所にどっかとランは腰を下ろした。

「そんじゃあとりあえず枝豆とビールで、奴等の到着まで潰すか」

 一緒に上がってきた小夏は、お絞りとお通しを二人に配る。 

「そうですね。とりあえず生中くらいなら」 

 誠は熱いおしぼりをおっかなびっくりひっくり返すランを見つめていた。

「とりあえず枝豆と生中二つ」 

 誠はそう言うと自分もお絞りで手を拭いた。

「はい!」 

 返事は良いが、小夏の表情に何か汚いものを見るような色がある。誠がそう気づくのに何の苦労も必要なかった。

「オメー完全に呆れられてるな」 

 ランはそう言うと再びからからと笑う。そんな二人を置いて小夏はそのまま静かに階下へと消えていった。

「しかし、あちーなー。今年はなんか異常気象だとか言ってたからな、ことさら暑さが身にしみるぜ」 

 のんびりとランがそういうのを聞きながら、誠はその隣でお絞りで軽く手を拭った。熱い感触が心地よく、そのまま頬を撫でていた。

「まあ気にすんな。ウチの飲み方覚えたら裸踊りも収まるだろ……まあ、西園寺やクラウゼが自分等が楽しむ為にそう仕組むかも知れねーな」 

 ランはニヤつきながらすっと立ち上がって、ハンガーに脱いだジャケットを引っ掛けた。

「ビールお待ちです!それと枝豆です」 

 小夏が元気に入ってくる。ランの誠への言葉を聞いていたようで、先ほどまでの攻撃的な視線を誠に投げることはやめてくれていた。
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