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第六章 司法局実働部隊男子下士官寮

不器用な謝罪

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 誠は自己嫌悪にかられながら作画用の机の引き出しを開けるとスケッチブックを取り出した。相変わらず左腕にアイシャがすがり付いている。

「あの、アイシャさん?いつまで引っ付いて……」 

「そうね!これね!ちょっと見せてもらうわよ!」 

 パーラの汚いものを見るような視線にようやく気づいたのか、アイシャはようやく誠を解放するとうって変わった真剣な表情でスケッチブックを見始めた。

 誠が初めて見る真剣なアイシャの目がスケッチブックの絵を見つめている。慎重にページをめくる手も、いつもの軽薄さを感じない。

「アイシャさん。なんなら新作のスケッチとか見ます?」

 そう誠が言いかけた時、いつの間にか部屋から出ていたサラがドアの前で手招きしているのが見えた。気がつけば島田もいなくなっている。

 カウラは未だ部屋に馴染めず周りを見回している。

 誠はその隙を突いてサラのほうへと出て行った。

「何ですか……」 

 誠が言いかけた時、サラの隣に人影があるのに気づいた。かなめが手に携帯用の灰皿に吸殻を落としていた。

「たまたま気が向いただけだ」

 かなめが言い訳のように誠と目もあわせずにそう言った。

「ああ、そうなんですか」

「たまたまだからな!」 

 聞かれてもいないのにかなめは、吐き捨てるようにそういった。

「ここにいたら二人に聞かれるよ。踊り場のほうに行ったら?」 

 サラが気を利かせてそういうのを待たずに、かなめは身を翻して廊下を先に進んだ。

「西園寺さん」 

 二階の踊り場のソファーにずかずかと歩いていき、どっかと腰をすえるかなめ。誠はそれについていくしかなかった。

「お前のことだからアイシャにからかわれて泣いてるんじゃないかと思ってな。一応お前の上司だし、部下の面倒を見るのが上司の……」

 語尾に行くにしたがって自分の言葉が言い訳じみてくるのが嫌なのか、かなめは視線を落としてしまった。 

「免停中じゃなかったでしたっけ?」 

 誠の冷静な突っ込みに、烈火のごとく怒ったかなめの顔がこちらを向いた。

「うるせえな!見つかんなきゃいいんだよ!ったく……」 

 かなめはそう言うとタバコを取り出す。

「あの……喫煙所は一階なんですけど……」 

 誠がそう言うとかなめはきつい視線を誠にぶつけた。

「馬鹿野郎!どうせ島田のアホが決めたことだろ?アタシは中尉だ。あいつの上官だ。なんであいつの決めたルールを守んなきゃいけないんだよ!」 

 そう言いながら携帯灰皿をテーブルに置いてかなめはタバコをふかした。

 廊下の奥から顔を出した島田はかなめの目に入らないように足を忍ばせて顔を覗かせている。

 明らかに自分を見殺しにしようとしている島田を見つめて誠は泣きそうな表情を浮かべた。島田は手をあわせるとその後ろから顔を出そうとしているサラを押しとどめて自分の部屋に引きずって行った。

 かなめはソファーの上で足を組みながら天井にタバコの煙を吐き出す。

「ったく贅沢だぜお前等。士官は自分で住処(すみか)を探すのが規定なんだぜ、ったく……」 

 かなめはそう言うとくわえていたタバコを携帯灰皿に押し付け、すぐさま次のタバコに火をともす。

「すいません」 

 なんとなく気が咎めて頭を下げる誠をかなめが鋭い目つきでにらみつけた。

「オメエ、馬鹿だろ。オメエが決めた規則じゃねえんだ。何でも謝るのは悪い癖だぜ。特にこの仕事続けるなら自分が原因でも喧嘩を売るぐらいの気迫がねえとやっていけないぞ!」 

 怒鳴りつけられて誠の気分はさらに沈んだ。

 熱くなった自分を反省するようにかなめは深呼吸をする。そして黙ってうつむいている誠を見ながら、かなめは髪の毛を掻きながら静かにつぶやいた。

「悪かったな」 

 本当に小さな声だった。誠は彼女が何を言おうとしているのかわからなかった。ただ明らかにこれまでの横柄なかなめらしい態度から急変して頬を朱に染めて下を向いているかなめが目の前にいる。

 その信じられない光景にしばらく誠は動けなくなっていた。

「聞こえねえのか?悪かったって言ってんだよ!」 

 下を向いたままかなめが叫ぶ。まだ誠にはかなめが何でこんな行動に出ているのかわからなかった。

「あのー、何の話ですか?」 

 誠がそう言うとかなめは急に立ち上がってくわえたタバコの煙を吐き出しながら襟首をつかんで誠を力任せに壁に押し付けた。

「皆まで言わせんじゃねえよ!この前のオメエが人質になった時のことだよ!」

 そこまで言ってからかなめは自分のしている行動が謝ろうと言う意思とはかけ離れていることに気付いて誠の襟首から手を離した。

 誠はかなめから解放されてほっとしながら、彼女が謝ろうとしていることに気付いて伏し目がちなかなめを見下ろした。

「あの時オメエのこと……あーアタシ何言ってるのかな!」 

 どうにも自分の心を伝えられないもどかしさに頭をかきむしるかなめは意を決して誠を見上げた。それでもその先にある誠の視線に気づくとかなめはまた顔を下に向けた。

「ともかく、あん時はアタシも強引過ぎた。それが言いたかっただけだ……」

 そう言うとかなめは再びソファーに身を投げてタバコをふかした。 

「ツンデレだー!」 

 かなめが腰掛けていたソファーの後ろから緊張感の無いシャムの声が響いて、かなめは目を白黒させて立ち上がった。振り返ったかなめはキッと目を見開いてシャムの方を見つめるが、次の瞬間腹を抱えて笑い始めた。

 誠もあわせてそちらのほうを見つめた。そして意識が凍りついた。

「あのー、シャム先輩?その黄色い帽子とランドセルは何のつもりですか?」 

 そこには黄色い帽子に赤いランドセル姿のシャムがいた。さらに着ているのは熊の絵の描かれた白いタンクトップにデニム地のミニスカートである。その格好が身長138cmと言う小柄で童顔なシャムにはあまりにもはまりすぎていた。

 誠の質問に首をかしげているシャムがようやく誠の質問の答えを見つけたというように微笑んだ。

 その答えは予想できたが、誠はそれが外れてくれるのを心から願っていた。

「小学生!」 

 最悪の答えが返ってきた。誠は頭を抱える。確かにシャムの言うとおりどこから見ても小学生だった。

 階段を上がってきて誠と目のあったランが他人の振りを装うように口笛を吹いている。

「クバルカ中佐……」 

 誠は呆れるというよりあきらめていた。

「アタシの方が似合うとか考えてんだろ……否定はしねーけど」

 シャムを視界に入れないように注意しながらランがチョコンと階段を上がってくる。

「そう言えば……なんで皆さんここに来たんですか?」

 誠の初めて発した根本的な問いに、ランはため息をつくと誠をにらみつけた。 

「今更なんだよ……草野球同好会が草野球クラブに昇格したお祝いだよ。幸い、ここの個人部屋は贅沢なくらい広いからな」 

 そういうとランは手にした一升瓶を掲げる。

「わかってるじゃんチビ。じゃあ宴会の準備しに行こうぜ!」 

 ようやく自分の言いたかったことを言えて安心したように、かなめが誠の肩を叩いて誠に部屋に戻るように促した。
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