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第三章 ドタバタの歓迎会

人の口に戸は立てられぬ

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「神前少尉。馬鹿は放っておいて行くぞ」

 かなめとアイシャのバカバカしいやり取りに呆れてきたのか、カウラは立ち尽くしている誠の手を引くと店の奥の二階へと続く階段を上り始めた。

「カウラちゃん・かなめちゃん・誠ちゃんの三角関係……悪くないわね……いっそのこと……」 

「うん!いっそさんぴ……」 

「テメエ等勝手なこと抜かしてんじゃねえ!後で覚えてろよ!」 

 アイシャとサラは二人で盛り上がる。当然ネタにされているかなめは階段から実を乗り出してさらに語気を荒げて叫んだ。

「私は関係ないから!」 

 一人、パーラが去っていこうとするかなめに声をかけた。その右手がかなめにアピールするように上げられている。

「一緒にいるだけで同罪なんだよ!」 

 かなめの叫び声にパーラは力なく上げた手を下ろした。誠は捨て台詞に多少満足したかなめに続いて階段を上がりきった。

「おう、来たのか」 

 二階の座敷では、すでに上座の鉄板を占拠している嵯峨が、猪口を片手に三人を迎えた。半袖のワイシャツ姿の彼の隣には、30代半ばと思われる妖艶な紺色の江戸小紋の留袖を着た女性が徳利を持って座っていた。地方都市のお好み焼き屋の女将というより、東都の目抜き通りのクラブのママとでも言うようなあでやかな雰囲気に、誠は正直戸惑っていた。

「お春さん。この野郎がさっき言ってたうちの新戦力ってわけ。まあいろいろと未知数だから期待してるんだけど……」

 嵯峨は満足げに女将さんらしい女性が注いだ酒を飲み干す。黒い髪を頭の後ろで纏め上げた和服の女性は誠の方をにっこりと笑いながら見つめている。 

「新さんみたいな上司を持つなんて……大変ねえ」 

 穏やかなやさしい声に誠は少しばかり心臓が高鳴るのを感じていた。そんな誠を見ていたかなめが不機嫌そうにカウラを引っ張って座敷に入り込む。

「そりゃあないんじゃないの?お春さん」

 お春さんと呼ばれた女性が笑いかけるので誠は赤くなって眼を伏せた。そんな誠を見たカウラは、かなめに引っ張られた手を離して誠の手を引くと嵯峨の座っている鉄板の隣に引っ張っていった。

「とりあえず今日はお前が主賓だ。後の連中が来るまで酌でもしていろ」

 かなめはどっかりと腰を下ろすとそう言って徳利を差し出した。所在無げについてきて彼女の正面に座った誠はそれを手にして猪口を差し出すかなめに酌をする。 

「おいカウラ。野郎の酌なんてつまらねえし、酒が不味くなるぜ。お前と……女好きなかなめ。お前等もこっちに座れや。それにお前等の小隊の新入りなんだからさあ、少しは客扱いしてやろうよ」

 嵯峨の口元がにんまりと笑っている。かなめの表情がその言葉を受けて素早く曇った。彼女は立ち上がって嵯峨が叩いている隣の、鉄板の仕込まれたお好み焼き屋らしいテーブルに移動する。誠はカウラにつれられて気恥ずかしく感じながらも上座の席に腰を下ろした。 

「叔父貴……今なんて言った?……今なんて言った……」 

 かなめは嵯峨をにらみつけると、そのまま怒りに震えるようにして声を絞り出す。嵯峨は懐からアイシャ達が持っていたのと同じカードを取り出してかざして見せた。

「一応、姪の性癖と言うか……まあちょっとシャムの奴を絞ったらこいつを差し出してきてね。まあそのなんだ……もう大人だから。特に言うことはないけど……これはねえ……姪が初対面の人間のしかも同性を荒縄で縛るのが大好きだというのは叔父としてはショックだし」

 嵯峨は衝撃を受けているそぶりをしていたが、それよりも目の前の姪、かなめの表情の変化を楽しんでいるように手の中のカードを振っている。 

「あたしはそっちの気(け)はねえんだよ!」

 そこまで言ってかなめは誠の顔を見てはっとした表情を浮かべた。 

「そっちの気(け)……」 

 誠はおずおずと眼を伏せた。自然と緊縛されて鞭打たれてむせび泣く美女を見下ろして笑いながら鞭を振るうかなめの姿が妄想される。顔が赤くなっていくのが分かった。

「おい神前!テメエつまらねえこと考えてんじゃねえだろうな!アタシにゃあそんな趣味はないし、第一女と……」 

「胡州じゃあ上級貴族の家名存続のために女性同士の結婚が最高司法院で認められたという判例もあるんだが……まあ、俺は個人の問題だから結婚したいって言うんなら一族としては反対しないぜ」

 嵯峨は戸惑っているお春さんの注いだ酒を再び飲み干した。嵯峨の言葉が終わるのを聞くと、お春さんはかなめの方に目を向ける。 

「反対しろ!頼むから反対してくれ……」 

 かなめが泣きそうな調子で嵯峨に縋り付く。嵯峨は猪口に残った酒をぐいと飲み干してお春が酒を注ぐのを見ていた。カウラは黙ってそんな様子を表情も変えずに見つめている。誠は妄想で一杯になりながらおずおずとかなめの顔を覗き込んだ。

 さすがの嵯峨もお春の視線がきつくなっているのを感じて黙って注がれた酒を飲み干すことにした。

「新さん。あんまりかなめさんを苛めると後でどうなっても知りませんよ」 

 そう言いながらお春は嵯峨の猪口に酒を注ぐ。

「そうですか。これは参考になる意見ですねえ」 

 嵯峨はそう言うと目の前の突き出しの松前漬けに箸を伸ばした。

「かなめさん。吉田さんとクラウゼさんにはきつく言っておくから安心して頂戴ね」 

 お春の言葉にほっとしたようにかなめは顔を上げた。誠は自分を見つめるかなめの目元に少しばかり光るものが見えて鼓動が高鳴るのを感じた。

「ヤッホー!みんな元気かな?ってなんでかなめちゃん泣いてるの?」 

 突然の少女の叫び声に驚いて誠は目を階段の方に向けた。まったく空気を読まずにシャムがスキップしながら乱入してくる。その後ろではアイシャとサラが小声で何かを話しながら部屋を覗き込んでいた。かなめはさっと立ち上がると一直線にシャムの元へかけて行き胸倉をつかんで持ち上げた。

「テメエあのディスクをどこで……」 

「ディスク?」

「そうだ。叔父貴に差し出した奴のオリジナルはどこから……」

 怒髪天を突く形相のかなめをよそに、シャムは別に慌てる様子でもなく笑みを浮かべながら後ろでニヤニヤしているアイシャを指差した。

「アイシャ!テメエ、さっきの台詞は全部嘘かよ!それとシャム、前にも同じようなことやった時に次はねえって言ったよな……」

 さすがにサイボーグの力で白いフリルのついたワンピースの襟元を締め付けられるのは苦しいようで、シャムは浮き上がっている足をばたばたさせて抵抗し始めた。 

「やめろー!」

 シャムの叫びが店中に響き渡った。

「誰がやめるか!徹底的にシバキ上げてやる!」

 かなめの怒りの叫びが店中に響く。

「さすがに……これ以上は……西園寺さん」

 ここは主賓の顔を立ててくれるだろうと誠が止めに入って、ようやくかなめは顔色が真っ赤になってきたシャムから手を離した。

「まあ今日はめでたい日だ。これくらいで許してやるが……次はねえぞ!」

 恫喝するかなめにシャムは全く反省する色が無いというように舌を出しておどけて見せた。
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