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第一部 「覚醒」 第一章 配属先は独立愚連隊?
幼女と独立愚連隊
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「バス停がここ……確かに『司法局豊川支部前』と書いてあって……」
あらためて誠はバス停の前に立ったまま途方に暮れていた。
『同盟司法局豊川支部前』というバス停の案内板に書かれているわりに、ただバス停からは延々と続く壁しか見えない。誠はそこに描かれた絵に導かれるように、まっすぐと高いコンクリートの壁に沿って道を急いだ。
工場構内の道路には次から次へと通りには、コンテナを満載したトレーラーや重機の部品を載せたトラックが通り抜ける。その高いモーター音が、彼に湧き上がる不安をさらに増幅させる。
初夏の強烈な日差しの中、流れる汗が目にしみるようになるまで歩いた時、ようやく視界に鉄塔と見張り櫓、そして通用口らしい巨大な鉄の扉が見えてきた。
「間違いじゃないみたいだ」
自分に言い聞かせるようにして、誠はそのまま巨大な影に向かって歩みを速めた。
誠は目の前に現れたゲートの前で、背負っていた荷物を路上に放り投げると、警備員の詰め所を覗き込んだ。
中では二人の白人がカードゲームに興じていた。
その手の札を見ると花札である。その隣には丸められた東和円の札が並べられている。
奥のスキンヘッドの隊員が勝ち続けているようで、手前のGIカットの栗毛色の髪の男はいらだたしげにタバコをくゆらせていた。
「ほら!亥鹿蝶だ!」
スキンヘッドの方が、その大きく筋張った手を振り下ろして、手札を座布団の上に広げた。
「くそったれ!イカサマじゃないのか!」
GIカットの男は、語気を荒げて相手に詰め寄ろうと膝を立てた。
「なに言ってやがんだ!昨日の麻雀で積み込みやった奴にそんなこと言う資格はねえだろ!」
「何だと!この野郎!」
スキンヘッドは右腕を捲り上げて怒鳴り返した。感情的になった二人が日本語での会話を止めてロシア語で怒鳴りあいをはじめる。
GIカットの男はそのまま着ていた勤務服を脱ぎ捨てると、ファイティングポーズをとる。
止めるべきか、それとも何事も無いように無視するべきか。
何も出来ずに黙ったまま立ち尽くしていた誠の背中を、誰かが叩いた。
誠は突然のことに飛び上がるようにして振り向いた。しかし、視線の先には何もなかった。
「神前誠少尉候補生だな?隊長から話は聞いてんよ」
大学時代は常に一番の長身だった誠が視線を下すと。小学校低学年ほどに見える目つきの悪い少女が立っていた。
幼い、それでいて整った顔立ちで頭の後ろでまとめた髪をおさげにしている。その黒い瞳の光る視線は鋭く誠を射抜いた。
その身にまとう制服は東和軍と同じ系統の深い灰色の勤務服だった。しかも誠を驚かせたのはその襟に着く階級章は中佐のものだったことだ。
明らかに自分の視線に当惑があることに気付いてはっとする誠だが、彼女はそのような視線には慣れているようで、そんな誠の視線など気にすることも無く詰め所に向かって歩いていった。
「オイ!テメー等!」
少女が最初に誠に向けた鋭い目つきでの一瞥が、彼女としては『やさしさ』を詰め込んだものだったことが、その鋭い言葉の響きで理解できた。ファイティングポーズのままお互いにけん制しあっていた二人の兵隊が、少女の声を聴いただけで青ざめていくのが誠にもわかった。
「歩哨が何やってんだ!第一……その花札……勤務中だろ!まったく……」
少女がそう言った時には二人はうなだれて、屠殺(とさつ)されるのを待つ子羊のようにおとなしくなっていた。
「しかも金賭けてたな……ってオメー等、給料ただどりする気か!勤務時間は休み時間じゃねーんだよ!特に今日は新入りが来るって聞いてなかったわけじゃねーだろ!それとも何か?その頭には炭酸ジュースでも詰まってて、射撃の的にでも使うしか能がないのか!」
たたみかけるような鋭い口調に、スキンヘッドとGIカットの警備兵はただうなだれて少女の説教を聞いていた。
「あとで機動部隊の詰め所に来い。警備部長の代わりにアタシが説教してやる!」
二人は力を込めて敬礼した。その小さな中佐は彼等を無視するようにして、ゲートのスイッチを押して黄色と白の縦じまの入ったゲートを跳ね上げた。
「なにぼんやりしてんだ?置いてくぞ……」
小さなかわいらしい中佐はそう言って歩き出そうとする。誠はあまりの急展開についていけず、唖然として立ち尽くした。
「ああ、アタシの自己紹介がまだだったな。アタシはクバルカ・ラン中佐。オメーの中隊の中隊長だ。隊長がもうそろそろ着くだろうから、見てこいと言われて来たんだが……ろくでもないもの見せちまったな」
ランの言葉は早口でどこかしら棘があった。
速足で進んでいくランをぼんやり見ていた誠は、遅れないように荷物を掴み上げると、上がったゲートをくぐる。
「どうせ隊長は……いつも通りふらふらしてんだろうからアタシが案内するか」
投げやりなランの言葉を聞きながら、誠は荷物を背負いなおすと歩き始めた。
「あの……質問してもいいですか?」
誠は言いづらそうに口を開いた。おそらく遼州同盟加盟国の一つ、『外惑星共和国』の猛者であろう歩哨達を、一喝で仕留めるランの眼力に、誠はただ圧倒されていた。
「何だ?アタシが餓鬼に見えるって言いたいんだろ?いわゆる医学用語でいうところの『幼生固定』って奴だ。数百万人に一人で突然、体の成長が止まる遺伝病があるんだと。まあ、なりで人を判断すると痛い目見るぜ」
一瞬、彼女の顔に笑顔が浮かんだ。誠は少し緊張を解くとふと思いついた質問をすることにした。
「いえ、っていうかそれもありますけど。司法局実働部隊っていつもああなんですか?」
ランの顔に今度は複雑な苦笑いのようなものが浮かぶ。その笑いはどちらかと言うと、あまりにも同じことを聞かれすぎて答えるのがばかばかしくなった、そんな感じの表情だと誠には思えた。
「まあそんなもんだな。……あの連中もここに来る前はああじゃなかったはずだが、今ではすっかり毒されちまったな」
そう言うとランは再び誠を連れて官舎前のロータリーを進む。突貫工事の化けの皮がはがれたとでも言うような、舗装がはげているのが目立つ路面の上を二人は歩き始めた。
あらためて誠はバス停の前に立ったまま途方に暮れていた。
『同盟司法局豊川支部前』というバス停の案内板に書かれているわりに、ただバス停からは延々と続く壁しか見えない。誠はそこに描かれた絵に導かれるように、まっすぐと高いコンクリートの壁に沿って道を急いだ。
工場構内の道路には次から次へと通りには、コンテナを満載したトレーラーや重機の部品を載せたトラックが通り抜ける。その高いモーター音が、彼に湧き上がる不安をさらに増幅させる。
初夏の強烈な日差しの中、流れる汗が目にしみるようになるまで歩いた時、ようやく視界に鉄塔と見張り櫓、そして通用口らしい巨大な鉄の扉が見えてきた。
「間違いじゃないみたいだ」
自分に言い聞かせるようにして、誠はそのまま巨大な影に向かって歩みを速めた。
誠は目の前に現れたゲートの前で、背負っていた荷物を路上に放り投げると、警備員の詰め所を覗き込んだ。
中では二人の白人がカードゲームに興じていた。
その手の札を見ると花札である。その隣には丸められた東和円の札が並べられている。
奥のスキンヘッドの隊員が勝ち続けているようで、手前のGIカットの栗毛色の髪の男はいらだたしげにタバコをくゆらせていた。
「ほら!亥鹿蝶だ!」
スキンヘッドの方が、その大きく筋張った手を振り下ろして、手札を座布団の上に広げた。
「くそったれ!イカサマじゃないのか!」
GIカットの男は、語気を荒げて相手に詰め寄ろうと膝を立てた。
「なに言ってやがんだ!昨日の麻雀で積み込みやった奴にそんなこと言う資格はねえだろ!」
「何だと!この野郎!」
スキンヘッドは右腕を捲り上げて怒鳴り返した。感情的になった二人が日本語での会話を止めてロシア語で怒鳴りあいをはじめる。
GIカットの男はそのまま着ていた勤務服を脱ぎ捨てると、ファイティングポーズをとる。
止めるべきか、それとも何事も無いように無視するべきか。
何も出来ずに黙ったまま立ち尽くしていた誠の背中を、誰かが叩いた。
誠は突然のことに飛び上がるようにして振り向いた。しかし、視線の先には何もなかった。
「神前誠少尉候補生だな?隊長から話は聞いてんよ」
大学時代は常に一番の長身だった誠が視線を下すと。小学校低学年ほどに見える目つきの悪い少女が立っていた。
幼い、それでいて整った顔立ちで頭の後ろでまとめた髪をおさげにしている。その黒い瞳の光る視線は鋭く誠を射抜いた。
その身にまとう制服は東和軍と同じ系統の深い灰色の勤務服だった。しかも誠を驚かせたのはその襟に着く階級章は中佐のものだったことだ。
明らかに自分の視線に当惑があることに気付いてはっとする誠だが、彼女はそのような視線には慣れているようで、そんな誠の視線など気にすることも無く詰め所に向かって歩いていった。
「オイ!テメー等!」
少女が最初に誠に向けた鋭い目つきでの一瞥が、彼女としては『やさしさ』を詰め込んだものだったことが、その鋭い言葉の響きで理解できた。ファイティングポーズのままお互いにけん制しあっていた二人の兵隊が、少女の声を聴いただけで青ざめていくのが誠にもわかった。
「歩哨が何やってんだ!第一……その花札……勤務中だろ!まったく……」
少女がそう言った時には二人はうなだれて、屠殺(とさつ)されるのを待つ子羊のようにおとなしくなっていた。
「しかも金賭けてたな……ってオメー等、給料ただどりする気か!勤務時間は休み時間じゃねーんだよ!特に今日は新入りが来るって聞いてなかったわけじゃねーだろ!それとも何か?その頭には炭酸ジュースでも詰まってて、射撃の的にでも使うしか能がないのか!」
たたみかけるような鋭い口調に、スキンヘッドとGIカットの警備兵はただうなだれて少女の説教を聞いていた。
「あとで機動部隊の詰め所に来い。警備部長の代わりにアタシが説教してやる!」
二人は力を込めて敬礼した。その小さな中佐は彼等を無視するようにして、ゲートのスイッチを押して黄色と白の縦じまの入ったゲートを跳ね上げた。
「なにぼんやりしてんだ?置いてくぞ……」
小さなかわいらしい中佐はそう言って歩き出そうとする。誠はあまりの急展開についていけず、唖然として立ち尽くした。
「ああ、アタシの自己紹介がまだだったな。アタシはクバルカ・ラン中佐。オメーの中隊の中隊長だ。隊長がもうそろそろ着くだろうから、見てこいと言われて来たんだが……ろくでもないもの見せちまったな」
ランの言葉は早口でどこかしら棘があった。
速足で進んでいくランをぼんやり見ていた誠は、遅れないように荷物を掴み上げると、上がったゲートをくぐる。
「どうせ隊長は……いつも通りふらふらしてんだろうからアタシが案内するか」
投げやりなランの言葉を聞きながら、誠は荷物を背負いなおすと歩き始めた。
「あの……質問してもいいですか?」
誠は言いづらそうに口を開いた。おそらく遼州同盟加盟国の一つ、『外惑星共和国』の猛者であろう歩哨達を、一喝で仕留めるランの眼力に、誠はただ圧倒されていた。
「何だ?アタシが餓鬼に見えるって言いたいんだろ?いわゆる医学用語でいうところの『幼生固定』って奴だ。数百万人に一人で突然、体の成長が止まる遺伝病があるんだと。まあ、なりで人を判断すると痛い目見るぜ」
一瞬、彼女の顔に笑顔が浮かんだ。誠は少し緊張を解くとふと思いついた質問をすることにした。
「いえ、っていうかそれもありますけど。司法局実働部隊っていつもああなんですか?」
ランの顔に今度は複雑な苦笑いのようなものが浮かぶ。その笑いはどちらかと言うと、あまりにも同じことを聞かれすぎて答えるのがばかばかしくなった、そんな感じの表情だと誠には思えた。
「まあそんなもんだな。……あの連中もここに来る前はああじゃなかったはずだが、今ではすっかり毒されちまったな」
そう言うとランは再び誠を連れて官舎前のロータリーを進む。突貫工事の化けの皮がはがれたとでも言うような、舗装がはげているのが目立つ路面の上を二人は歩き始めた。
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