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第4章

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「俺と、結婚してください」

 真っすぐに俺に向けられているのは、1本の薔薇。それを持つ手は傷だらけで、おそらく消えることのないだろう激闘の名残に息が詰まりそうになる。しかし当の本人は傷など気にもせず以前と同じ顔で笑っていて、それがどうしようもなく俺の体を突き動かした。

「っ!」
「よく……よく、帰ってきた!」
「ウィル兄……」
「平気か? 痛いところはないか? ……少し、痩せたか? ああ、まずは休むのが先だよな。待ってろ、すぐに部屋の用意を」
「ウィル兄」

 すぐ耳元で聞こえる震えたセオドアの声に、俺はハッと我に返る。思いっきり抱きしめていたセオドアの体から離れてみると、とてつもなく嬉しそうなセオドアの表情が目に入った。
 そしてその後ろには、ありありと困惑を浮かべた顔で店の入り口に立っている騎士が2人。

「あ……!」
「こんなに熱い出迎えをしてくれて、凄い嬉しいな……!」
「い、いや、これは」
「またすぐに王都に行く予定だったけど、用意してくれるっていうんなら部屋でゆっくり」
「いや! 行ったほうがいいんじゃないかな、王都に! ほら、待ってる人もいるみたいだし!!」

 口元をほころばせてすり、と俺に頭を寄せるセオドアに、後ろの騎士たちはさらに引きつった表情になる。あの討伐作戦から早ひと月、森から戻ってきたセオドアは国の危機を救った英雄として国中に名を轟かせていた。村に帰る暇もなく王都へと連れていかれてそのまま国王に勲章を与えられたらしいセオドアとは、こうして顔を合わせるのは実はあの別れの時以来だったりもする。
 今いる2人が共に討伐に行った人たちなのかはわからないが、そうでなくても騎士たちから一目置かれる存在にセオドアがなっていることは間違いないだろう。そんなある種注目を集める者が辺境の一商人相手にこれほどにデレているのは、まぁ目を疑う光景ではあるかもしれない。
 それほどまでに、セオドアは以前にもまして俺への好意がダダ漏れている。久しぶりの再会で気付かず抱き付いてしまった俺も俺だが、それにしたってこっちが恥ずかしくなるほどに愛おし気に俺を見てくるのだ。

「せ、セオドア様。まだ王都にてやっていただくべきことが山積みですので……」
「それって貴族になるだとかの話関連でしょ? 別に、俺は貴族になることに興味ないし」
「え!? セオ、もう貴族になるのか!?」
「……ウィル兄は、興味ある?」
「興味っていうか、凄いことじゃないか! それだけのことを成し遂げたって、ちゃんと認められたんだな!」
「……そうだね」

 俺の言葉に、少しだけ表情を曇らせるセオドア。何もなくても騎士であればゆくゆくは一代限りの貴族籍を与えられることもあるのは知っていたはずだが、どうしてだかセオドアは乗り気ではないようだ。俺としてはこれから森だけでなくいろんな場所に行くことになるだろうセオドアには、自身を守るために多少の身分があるといいと思っていたのだが。
 なんにせよひと月姿を見なかったとはいえ、ここと王都の往復で2週間となれば王都での滞在時間は実質1週間。その間のほとんどを魔王討伐の祭りに費やしていたというのだから、セオドアは本当に勲章をもらって直ぐ村に帰ってきたことになる。多分後ろの2人の騎士は、セオドアの様子を見るにこのまま王都に帰らない可能性を察されたが為の見張りなのだろう。
 面白くないと全面的に醸し出しているセオドアをなんとか宥めようとする騎士たちの光景を目にし、俺はそんなことを考える。そもそもこのまま駐屯地の隊長を続けるのなら王都に行く必要もない気がするのだが、英雄としてはそうも言ってられないみたいだ。
 と、他人事のように思っていた俺は、何故か王都行きの馬車にセオドアと共に乗っている。それも乗り合いのものではなく、セオドア専用にわざわざ仕立て上げられたものらしい。その中で俺はセオドアは向かい合って座り、ごとごとと揺れる馬車で頭を抱えていた。
 王都に行くのは入団試験の時以来であり、俺としては王都に用事はない。だというのにセオドアはあれよあれよという間に俺の両親とも話を付けたらしく、俺はしばらくの間王都に滞在することに決まってしまっていた。

「……俺、行く必要ないんじゃないのか? おじさんおばさんの方が行くべきじゃないのか?」
「何言ってるの! ウィル兄こそ王都に連れて行かなくちゃ!」
「そう、なのか?」
「もちろん! 婚姻届けも出さなきゃだしね!」
「こっ……!」

 馬車に乗る前の不満げな顔から一転、にこにこしているセオドアの口から放たれた内容に俺は言葉を失う。確かにセオドアのプロポーズを受けると作戦前に言ってはいたが、いざ実際に口にされると途端に羞恥に見舞われた。
 一般的に結婚するとは言ってもいちいち王都にまで届け出る必要はなく、それぞれの住んでいる場所の領主に届け出ればいい。だがそれは平民同士の話であり、貴族が絡む場合は血縁の把握とかで全て王都に届け出なければならないのだ。それは一代限りの貴族も例外ではなく、これから貴族となるセオドアとだと王都に認めてもらう必要がある。そう考えると、俺も王都に行くべきではあるな。
 恐らくセオドアの口ぶり的に貴族になることは決定しているが、まだその手続きも済んでいないのだろう。結婚するにしてもそれらが全て終わってからになるはずであり、まだまだ時間はかかるはずだ。

「……結婚……」

 それにしても、本当にセオドアと結婚するのか。
 じわじわと育っていた俺の恋慕の情は枯れることはなく、すっかり俺の一部となっている。まだセオドア本人の前では素直に出せないそれも、俺の中ではしっかりと喜びを湧き出させていた。

「うん。……やっとだ」
「っ!」
「ウィル兄……」

 俺の喜びに負けずとも劣らない、いや、それ以上に待ち望んでいただろうセオドアの噛み締めるような声音に、俺はガチリと体を強張らせる。今の俺にとって、セオドアのその甘い声は毒でしかない。いつかの夜セオドアを思い自分を慰めていた記憶が掘り起こされて俯いてしまった俺は、ギシッと馬車が音を立てたことで顔を上げた。
 すると、目の前にはほんわり緩んだセオドアの顔。馬車の向かいに座っていたはずなのに、セオドアは俺を座席に閉じ込めるように手を付いて正面から俺の方へと体を寄せていた。
 ここが、2人きりの密室でよかったのかもしれない。王都に到着したら騎士団で過ごしていた間にできたであろうセオドアに思いを寄せている存在と対面することになるだろうな、と色々と漏れ出させながら徐々に顔を近づけてくるセオドアに俺は思うのだった。
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