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第3章
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詰所を訪れ、ついでに村を囲う柵を見に行くセオドア。より強固になった柵は今や俺の身長くらいの高さはあり、厚みも増している。
「これなら、前くらいの襲撃なら耐えられそうだね」
ヴィクトル様に柵の様子を確認するように言われていたのだろうか、納得したように一人呟いたセオドアは、用は済んだとばかりにそのまま一日もしない内に王都へと戻ろうとした。俺としては一泊くらいするのだろうと思っていたため、あまりに早いセオドアの帰還に驚く。
しかしセオドアが言うには新人騎士として覚えることは山ほどあり、訓練と共に行うとなるとこうして里帰りする時間も限られたものになるのだそうだ。特に何の下地も無いために多少なりとも礼儀作法を覚える勉強がセオドアには課されているらしく、一層村へ帰れる時間は短いのだと言っていた。
元気な顔が見れただけでも安心はするものだが、それほど自由な時間がないとは想像していなかった。かなり頻繁に手紙を送っているがそれもセオドアの負担になっているのではと少し不安になる俺。それをそれとなく含め体には気をつけるよう馬車に乗り込むセオドアに告げると、俺の心配とは反対に『ウィル兄が手紙をくれるなら頑張れる』と屈託のない笑顔を残していった。
そして今、俺の元には5日に一通セオドアからの手紙が届いている。
「……いくら何でも送ってき過ぎだろう」
セオドアは忙しいのだろうと遠慮していたのに、むしろ俺の方が返事を返せていない。とはいえそんなに手紙に書くこともないのだが、ほとんど日記のようにあったことをつらつらと書き連ねているのを見るに、セオドアも俺の日常を知りたいのだと察するくらいはしていた。
それをわかりつつも、俺の日常は書くほどに残念なくらい本当に変わり映えのないものだ。客がやってきたとしても何を売ったかなんておいそれと記すこともできず、書けることといったら柵の点検をしたとか筋肉がさらについたとかそれくらい。
そんな俺の苦心を受け取ったらしいセオドアだが、『『応援してる』だけでも嬉しい』と一向に折れる気配を見せない。文面が変わらないならそれは受け取る必要があるのかと疑問に思いつつ、たっての願いだからとセオドアを想いながら押し花やら空き時間に作った鉄細工やらを俺は手紙に沿えることにした。
(それにしても、セオドアは本当に大変そうだな……)
積み上げられた手紙から一枚を引き抜き、俺は書かれている内容に目を通す。始めは訓練や勉強のことについてや村にはない王都で初めて見たものの話などが書かれていたものだが、今では騎士団の仲間たちについても記されるようになっていた。セオドア自身も言っていたしヴィクトル様からも聞いてはいたが、頻繁に書かれているのを見るにかなりうまくやっているようだ。
セオドアの文字が躍る手紙、当たり前だがそこには俺の知らない世界が広がっている。伝え聞いたところによるとセオドアは新人騎士の中でもかなり有望視されているらしく、もしかしたら同期の中では一番に位が上がるかもしれないとの話まであるという。
そんな輝かしいセオドアの存在が我がことのように嬉しい俺は、このままのびのびと実力を伸ばしていってくれないものかと願うばかりだ。
「だってのに、どうしてこっちに来ちゃうかなぁ……」
「いや、言ったでしょ? 俺は駐屯地に来たいんだって」
しかしその3年後、21歳になったセオドアは王都ではなく村にいた。もう幼さは微かにしか残っていない整った顔で悪びれることなく言い放つセオドアに、俺はため息をつくことしかできない。
年に一回のペースで村に顔を見せつつあっという間に騎士団の中で成長を見せつけたセオドアは、それなりに実力がないと配属されない駐屯地での勤務をもぎ取っていたのだ。それでも本来なら駐屯地に籠りっきりになるはずの立場、だというのに村で武具屋に入り浸っているのは、ヴィクトル様と同じように備品の補充係に立候補したからだという。
「いいね。王都にいるよりずっといい。村を守れるし、何よりウィル兄にすぐ会える!」
「……頻度が高い気がするんだが」
「そんなことないよ。なんだか魔物が活発化しているらしくてね、武器の消耗が激しいんだ」
「! 大丈夫なのか、それは!?」
「うん、平気だよ。一度にやってくる数は少ないからね」
相変わらず恥ずかしいことを簡単に口にするセオドアに嫌味を込めたことを言ってみると、返ってくるのは恐ろしい言葉。わずかに頬が引き攣れた感覚にセオドアを見つめて心配すれば、当の本人は微笑んだまま気負った空気すら纏っていなかった。
俺にとって魔物とは、あの時襲ってきた見えない獣の印象だ。しかしそれを抑える防壁の一員になったのだ、セオドアがそれを恐れるはずもなかった。
「あのね、前までは飛び出てくる頻度もまちまちだったんだけど、最近は周期が一定になってるみたい」
「一定?」
「そう。もしかしたら、魔物を束ねる存在がいるのかも……って、騎士団の中では噂になってる」
「……噂なのか」
「噂だよ。でももし本当にそんなのがいたら、大変だろうね。途轍もなく強いに違いない」
「そうだな……」
そんな他愛ない話をのんびりとしつつ、ようやく親父が騎士団から頼まれていたものを店の奥から引っ張り出せたことで話は打ち切られる。なんでも昔森に捧げた細かい細工の施された宝石だとかで、予備として作られていたものがこの武具屋に保管されていたそうなのだ。
これがあれば魔物の出現もなくなるという噂のある宝石。それを大切そうに受け取ったセオドアは、感謝と共に店を出ようとした。
「あ、そうだ。ねぇウィル兄」
「? なんだ?」
しかし店を出たところで立ち止まり振り返ったセオドアに、俺は首をかしげて見つめ返す。
「俺、結構騎士団で頼りにされてるんだ。そろそろ、駐屯地の部隊長くらいにならなれるかもしれない」
「へぇ、部隊長……って、はぁ!?」
「ふふ、驚いた? まだ予定だけど……ちゃんと任命された時は、たくさんの花を持ってここにくるから覚悟しててね」
唐突に知らされた大出世に驚き過ぎて固まる俺に、セオドアは追い打ちをかけてくる。
圧倒的に手が届かない高みへと登っていっている幼馴染。しかし最後に昔から変わらない思いを告げられて、セオドアがいなくなってしばらくしてから俺はそれに悩まされることになった。
「これなら、前くらいの襲撃なら耐えられそうだね」
ヴィクトル様に柵の様子を確認するように言われていたのだろうか、納得したように一人呟いたセオドアは、用は済んだとばかりにそのまま一日もしない内に王都へと戻ろうとした。俺としては一泊くらいするのだろうと思っていたため、あまりに早いセオドアの帰還に驚く。
しかしセオドアが言うには新人騎士として覚えることは山ほどあり、訓練と共に行うとなるとこうして里帰りする時間も限られたものになるのだそうだ。特に何の下地も無いために多少なりとも礼儀作法を覚える勉強がセオドアには課されているらしく、一層村へ帰れる時間は短いのだと言っていた。
元気な顔が見れただけでも安心はするものだが、それほど自由な時間がないとは想像していなかった。かなり頻繁に手紙を送っているがそれもセオドアの負担になっているのではと少し不安になる俺。それをそれとなく含め体には気をつけるよう馬車に乗り込むセオドアに告げると、俺の心配とは反対に『ウィル兄が手紙をくれるなら頑張れる』と屈託のない笑顔を残していった。
そして今、俺の元には5日に一通セオドアからの手紙が届いている。
「……いくら何でも送ってき過ぎだろう」
セオドアは忙しいのだろうと遠慮していたのに、むしろ俺の方が返事を返せていない。とはいえそんなに手紙に書くこともないのだが、ほとんど日記のようにあったことをつらつらと書き連ねているのを見るに、セオドアも俺の日常を知りたいのだと察するくらいはしていた。
それをわかりつつも、俺の日常は書くほどに残念なくらい本当に変わり映えのないものだ。客がやってきたとしても何を売ったかなんておいそれと記すこともできず、書けることといったら柵の点検をしたとか筋肉がさらについたとかそれくらい。
そんな俺の苦心を受け取ったらしいセオドアだが、『『応援してる』だけでも嬉しい』と一向に折れる気配を見せない。文面が変わらないならそれは受け取る必要があるのかと疑問に思いつつ、たっての願いだからとセオドアを想いながら押し花やら空き時間に作った鉄細工やらを俺は手紙に沿えることにした。
(それにしても、セオドアは本当に大変そうだな……)
積み上げられた手紙から一枚を引き抜き、俺は書かれている内容に目を通す。始めは訓練や勉強のことについてや村にはない王都で初めて見たものの話などが書かれていたものだが、今では騎士団の仲間たちについても記されるようになっていた。セオドア自身も言っていたしヴィクトル様からも聞いてはいたが、頻繁に書かれているのを見るにかなりうまくやっているようだ。
セオドアの文字が躍る手紙、当たり前だがそこには俺の知らない世界が広がっている。伝え聞いたところによるとセオドアは新人騎士の中でもかなり有望視されているらしく、もしかしたら同期の中では一番に位が上がるかもしれないとの話まであるという。
そんな輝かしいセオドアの存在が我がことのように嬉しい俺は、このままのびのびと実力を伸ばしていってくれないものかと願うばかりだ。
「だってのに、どうしてこっちに来ちゃうかなぁ……」
「いや、言ったでしょ? 俺は駐屯地に来たいんだって」
しかしその3年後、21歳になったセオドアは王都ではなく村にいた。もう幼さは微かにしか残っていない整った顔で悪びれることなく言い放つセオドアに、俺はため息をつくことしかできない。
年に一回のペースで村に顔を見せつつあっという間に騎士団の中で成長を見せつけたセオドアは、それなりに実力がないと配属されない駐屯地での勤務をもぎ取っていたのだ。それでも本来なら駐屯地に籠りっきりになるはずの立場、だというのに村で武具屋に入り浸っているのは、ヴィクトル様と同じように備品の補充係に立候補したからだという。
「いいね。王都にいるよりずっといい。村を守れるし、何よりウィル兄にすぐ会える!」
「……頻度が高い気がするんだが」
「そんなことないよ。なんだか魔物が活発化しているらしくてね、武器の消耗が激しいんだ」
「! 大丈夫なのか、それは!?」
「うん、平気だよ。一度にやってくる数は少ないからね」
相変わらず恥ずかしいことを簡単に口にするセオドアに嫌味を込めたことを言ってみると、返ってくるのは恐ろしい言葉。わずかに頬が引き攣れた感覚にセオドアを見つめて心配すれば、当の本人は微笑んだまま気負った空気すら纏っていなかった。
俺にとって魔物とは、あの時襲ってきた見えない獣の印象だ。しかしそれを抑える防壁の一員になったのだ、セオドアがそれを恐れるはずもなかった。
「あのね、前までは飛び出てくる頻度もまちまちだったんだけど、最近は周期が一定になってるみたい」
「一定?」
「そう。もしかしたら、魔物を束ねる存在がいるのかも……って、騎士団の中では噂になってる」
「……噂なのか」
「噂だよ。でももし本当にそんなのがいたら、大変だろうね。途轍もなく強いに違いない」
「そうだな……」
そんな他愛ない話をのんびりとしつつ、ようやく親父が騎士団から頼まれていたものを店の奥から引っ張り出せたことで話は打ち切られる。なんでも昔森に捧げた細かい細工の施された宝石だとかで、予備として作られていたものがこの武具屋に保管されていたそうなのだ。
これがあれば魔物の出現もなくなるという噂のある宝石。それを大切そうに受け取ったセオドアは、感謝と共に店を出ようとした。
「あ、そうだ。ねぇウィル兄」
「? なんだ?」
しかし店を出たところで立ち止まり振り返ったセオドアに、俺は首をかしげて見つめ返す。
「俺、結構騎士団で頼りにされてるんだ。そろそろ、駐屯地の部隊長くらいにならなれるかもしれない」
「へぇ、部隊長……って、はぁ!?」
「ふふ、驚いた? まだ予定だけど……ちゃんと任命された時は、たくさんの花を持ってここにくるから覚悟しててね」
唐突に知らされた大出世に驚き過ぎて固まる俺に、セオドアは追い打ちをかけてくる。
圧倒的に手が届かない高みへと登っていっている幼馴染。しかし最後に昔から変わらない思いを告げられて、セオドアがいなくなってしばらくしてから俺はそれに悩まされることになった。
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