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54. 総督様御一行北上す(**)

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「わっぷ、さっ寒い!!」

 船上の私室の扉を開けると、濃霧とともに痺れるような冷気が入ってきた。思わず巻きつけたストールに亀のごとく顔を埋める。

 私達が帰途について二日が経った。帝都では色々なことがあった。第三妃様の双子の一人を内回転術で取り上げたり、暁の盗賊の屋敷でクリステレル分娩したり、人生初の帝王切開術の執刀をしたり……

 あまりに強烈な体験ばかりだったが、素晴らしい人々にも巡り会うことができた。過酷な出産を乗り越えた母と子だけでなく、国の礎として身を捧げる皇帝と皇后様、そしてユラさんをはじめとする組合発足メンバーの皆さん。彼らが私を成長させ、産婆組合の発足という夢を後押ししてくれた。正式には組合はまだ発足してはいないが、書類と下準備さえ揃えば間違いなく認められるだろう。

 濃いもやの中に帝都の面影を見たような気がして、暫し佇む。上洛の際には肌寒いくらいだった気温が今ではぐっと下がり、吐く息が白くそのまま濃霧に消えていった。

「レン、目覚めたのか。外はまだ寒い。体が冷えてしまうだろう、さぁ中に戻れ」

 横から大きな手が伸びてきて、温かな胸に抱き上げられた。

「あ、ロワさんおはようございます」

 にこりと笑いかければ、霧の中から精悍な美丈夫が現れた。水分を含んだ髪はいつもより少し濃い金色で、しっとりとその美貌を縁取っている。

 うっ、美しい

 毎日、何度見ても恐ろしいほどの整った顔立ちだ。美人は三日で飽きるというが、ロワさんのような凄味のある美男は飽きるどころか、日に日にその威力を増している気がする。さらに最近では、伏せた睫毛やどこか寂しそうな口元など、今までにない艶然とした様子にその魅力は恐ろしいほど高まっていた。

 現に、提督の公邸にいた頃の事だが、ロワさんの知らないところで侍女さん達がキャーキャー言っていたのを知っている。ある侍女さんなどは、ロワさんの使用した手巾を大切にしまってあると公言していたほどだ。しかし、その侍女さんはいつの間にか目にしなくなったんだった。なんでかな?

 なぜ私がこんなに詳しいかと言うと、散歩がてら公邸を神出鬼没に散歩していたからだ。外出ができない憂さ晴らしではない……と思う。

 話は戻るが、魅力値が上昇したロワさんは周りの女性たちを虜にした。婚約者としてとても名誉なことだと思うが、こんなに素敵な男性を私の旦那さんにしても良いのかと、今更だが怖気付いている。もし自分がハイファッション誌の表紙を飾るような美女だったら、こんな恐怖は感じなかったのだろうか……

 いや、皮一枚で覆されるような問題ではない。そもそもロワさんは種を超えた超人だ。釣り合おうと思う方がおかしい(うんうん)私は私のペースで後ろからゆっくりついて行こう。

 そんな偉人に私は今夜、あのとんでもないお願いをしようと思っている。

 やめとけ、やめとけ、という心の声に、じゃどうすればいいの! とややキレ気味に答えていると、頭をポンポンと撫でられた。

「また、よからぬことを考えているようだな」

 低い声がすぐ近くで聞こえた。くすぐったくて耳を押さえながらロワさんを見ると、瞳に悪戯っぽい光を浮かべて笑っている。

「よっ、よからぬかわかりませんが、ご相談したいことがあります。夜、お部屋に伺ってもいいですか?」

「相談ごとか、お前の相談ならいつでも聞こう。今でも良いのだぞ」

 さあ言ってみろ、とばかりに、ん?と促される。

「いゃ、あの、夜、夜に相談します!」

「なぜに夜なのだ……っつ!そうか、相談か、相談ならば夜の方が良いだろう」

 ロワさんは赤くなって一人で納得すると、ぶんぶんと頷いた。

 あ、なにか勘違いさせたかも……

 濃い霧の中でもロワさんの頭から湯気が立ち昇るのが見えた。



 ざぷん、ざぷんと波が船縁を叩く音がする。大きなうねりのような振動は、まるで海上にあるかのようだ。
 川を北上する私達は、日暮れと共に錨を下ろす。下くだりの旅とは違って、風と漕ぎ手の力が原動力となっているからだ。漕ぎ手というと、昔のガレー船のように、奴隷を鞭でバシーンと叩くイメージがあるが、漕ぎ手の人足さん達にはしっかり組合があるようで、労働環境も守られているようだった。

 そんな彼らは、船倉(船底)で休み、騎士さん達は第二階層に部屋がある。私達は甲板からも入室できる第一階層に部屋を借りていた。主賓室をロワさんが、副主賓室を私とユズルバさんがという部屋割りだ。

 そして私は今現在、ロワさんの部屋にお邪魔している。それぞれ椅子に向き合って腰掛けているのだが、内容が内容なだけに、なかなか口火を切れないでいた。

「ええっと、ロワさん。そのお願いというのはですね……」

「なっなんだ。レンの頼みならなんでもいたそう!」

 柔道の組手のようにバッと両手を広げたロワさんは、何やらヤル気満々だ。

「え、そんな大袈裟なことではないのですが、つまり婚儀の儀式について少々ご相談したいことがあるのですが、ロワさんに軽蔑されやしないかと心配なのです」

「私とレンの仲ではないか、どんなことでも包み隠さず教えてくれ。決してお前を軽蔑したりなどしない!」

 大きな手が私の両手をぎゅっと握りしめる。

 あたたたっ! 力入れすぎ!

 あははと笑いながら、両手をぐねぐねさせて救出する。

「それならば単刀直入に申しますが、初夜にロワさんの男性の部分を私に挿入しようとしても、大きくて入らないと思うのです」

「なっ!!ばっ、なんて」

 ほら、純真なロワさんのことだから、ズバリ言うと引かれると思っていた。瞬間湯沸かし器のように瞬時に真っ赤になったロワさんは、とても混乱しているように見える。少しオブラートに包んで話さないと、まとまるものもまとまらないか。

「あっあのー。私も聞きかじった程度なのではっきりとはわからないのですが、婚姻を結んだ男女はそういった行為をするものなのですよね? 私とロワさんは体格も違いますし、急に入れようとしても無理なのかなぁと思ったのです」

「そっそうか。閨事に詳しくないレンが怯えるのも無理はない。しかし、出会った頃に言ったことを覚えているか? 私は無理に体を繋げようとは思っていない。たっ、確かにお前の魅力の前に、反応してしまう自分がいることは知っている。だが、傷つけてまでして行うことではない」

「ロワさんが私を思いやって我慢してくれていることは、なんとなくわかります。そこで提案なのですが、二人で少し協力してみませんか? 」

「協力とは? 」

 怪訝な顔でロワさんがテーブルに置いてあった火酒を呷る。

「初夜までに、その……ロワさんのロワさんが挿入はいれるように、私を開くのを手伝って欲しいので」

 ブフーー!!

「きゃ」

 頭から盛大に火酒を浴びた私は、持っていた手巾で顔を拭った。頬が少しヒリヒリする。

 火酒を吹きかけた犯人は、謝りもせず魂を抜かれたようにぼんやりしている。

「あっあのー、ロワさん? 」

「んっ?」

 ロワさんは私の呼びかけに、あらぬ方向を見て返事をしている。

「ロワさん!」

「おっ、おお。私は夢でも見ていたのだろうか……」

 強めに呼びかけてようやく目に生気が戻った。

「夢じゃありません。どうなのですか? 私を開くのを手伝っていただけるのですか、いただけないのですか? 」

「むろん、手伝うに決まっている! それで、私は何を協力すれば良いのだ? 」

 急に真顔になったロワさんからは、ある種のオーラが立ち昇りはじめる。

「それではご説明します。現在私は、秘部が開きやすくなるようにオイルを使用したマッサージを習慣にしています」

 ガタタ!

 ロワさんが椅子ごとこけた。こんなリアクション、あの有名人しかしないのかと思っていた。でもこれで驚いていては拡張事業は失敗に終わる。

「最近は柔らかくなってきたと思いますので、ちょうど良い大きさの物を入れて慣らしていきたいと思っています。その程よい大きさの物を考えた時、ロワさんの指を思い出したのです」

「ぐっ」

 ロワさんは呻くと、床の上で蹲ってしまった。

「どうでしょう、やっていただけますか? 今日はもう遅いので、明日からでも大丈夫なのですが……」

 拡張はあまり間を空けずにした方がいいだろう。ロワさんの予定が大丈夫ならばXデーまでなるべく毎日お願いしたい。

「私のためにそこまで考えていてくれたとは……しかし、お前は本当に……」

 ここでロワさんは右手で顔を覆うと、大きく溜息をついた。

「どうかしましたか? 」

「お前の天然ぶり――いや、純真さに恐れ慄いていただけだ。相談の件は承知した。準備があるゆえ、明日からでもよいか」

 蹲ったまま顔を上げないロワさんは、私のはしたなさにがっかりしているのだろうか?

 でも、他に方法はないし……徐々に慣れてもらおう。

 了承も得られたし、今日のところは大人しく引揚げよう。


 明日から我が身に起こる試練について、私はあまりにも軽く考えすぎていたと後になって後悔するのだった。
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