上 下
8 / 15

8.ぼっち令嬢のお泊り計画(2)

しおりを挟む
 今日釣りをするポイントまでは歩いて行くことにした。屋敷の近くを流れる川にある一番近い釣り場なので、徒歩でも20分程度しかかからない。私たちは並んで、てくてくと歩いた。テオドールは上背があって歩幅が広いので本来歩くスピードはかなり早い。だが当たり前のように合わせてくれるし、急かすこともない。良い奴である。だが少し申し訳ない。

 それは歩くのが遅いからということ以上に、私の格好が妙ちきりんだからだ。テオドールの方は釣りに行くのに丁度良いラフな格好をしている。生成りのシャツに深緑色の幅広ズボン、茶色のトレッキングシューズだ。しかし隣を歩く私は何をしに行くのかさっぱり分からない出で立ちだ。シャツにベスト、膝下までのニッカーボッカーにブーツという完全に乗馬用の格好に、日除け目的で被ったサンボンネット、そして肩には釣竿の入った古くて細長い袋。妙ちきりんだがドレスで釣りはできないし動きやすい服といえば乗馬服しかないので仕方がない。

 唯一の救いは、テオドールは昔から私の服装になど全く興味がないことだ。サイズが合わない姉からのお下がりドレスが仮装にしか見えないレベルで似合っていなかろうが、三姉妹お揃いの白い衣装を着せられて残酷なまでの公開処刑をされていようが、顔色ひとつ変えたことはない。気を遣って何も言わないのではない、まるきり気にしちゃいないのだ。その点は本当に助かるのだが、私自身の変化についてはやけに敏感に気がつくのはどういうわけだろう。今回も会って二言目には

 「流感にでもやられたのか」

 と聞かれた。げっそりやつれたわけではなく、わずかに顔色が良くないのと少しばかり痩せただけなのにである。ちなみにここ1ヶ月ほど何となく食欲がない日が多いだけで、そこまで深刻な事態ではない。多分自律神経かホルモンバランスのちょっとした乱れだろう。

 「続くようなら、お医者さまに見てもらうから」

 そう言ってもテオドールは何か言いたそうな顔をしていたが、普段通り元気な私と話すうちにひとまず忘れてくれたらしかった。

 私は肩に食い込んできた釣り竿をひょいと反対側に持ち替えつつ、隣を歩く幼馴染の顔を見上げた。いつの間にかすっかり大人びて、一人前の男になってしまったその顔は、有り体に言って麗しい。「なってしまった」などと私が言うのはちゃんちゃらおかしいが、幼い頃のテオドールはそれはそれは可愛らしい天使のような男の子だったし、ほんの数年前まで華奢な美少年だったので私の感覚が彼の成長に追いつけないのだ。昔はいつもおじさまと一緒に我が家を訪問してくれたテオドールも、いつからかあまり頻繁には来なくなった。今回なんか、半年ぶりだ。

 「忙しかったの?」

 テオドールと話すのは楽だ。丁寧で上品な言葉も、婉曲な表現も使わなくて良い。

 「まあ、それなりにな」

 「秘密基地?」

 テオドールは、野営ができる場所を整えている最中だった。話を聞く限り、個人で楽しむキャンプサイトのようなものらしい。すこぶる楽しそうである。完成した暁には私も招待して欲しい。

 「それもあるが、先月は罠ばかりつくってたな」

 「キツネ?アライグマ?」

 「猪だ。もう被害が複数出ていて、依頼が多い」

 「そうなの、そりゃ猟師さんは忙しくなるわね」

 テオドールは辺境伯であるエルネストおじさまの令息であるため、もちろん本職の猟師ではない。しかし狩猟免許を持っており、猟銃を使うだけでなく罠の製造や設置も許可されている。だが趣味としての狩りは一切やらず、領地の田畑を荒らす害獣を駆除するだけだ。スポーツ感覚で狩りをやる貴族男性の中ではかなり変わっている。

 テオドールは捕まえた獣が子どもだった場合などは山へ返すこともあったが、大抵は美味しくいただいた。自分で仕留めた鹿や猪を、解体や血抜きなんかも自分で全て済ませた上で我が家に送ってくれることもある。そのおかげで私はジビエが好物になったし、サバイバル的なことを一通り何でもやれるテオドールは本当に凄いと思う。

 「まあ一番大変なのは畑を荒らされる農家だからな。獣も大変だろうがな…食いもんが足りなくて、山から下りてくるわけだからな」

 最近の注意するべき獣についての情報をテオドールから聞いているうちに、目当ての釣り場に到着した。それほど急ではない川で、滑らかで大きな岩がそこかしこにある。私たちはそれぞれ岩の上に荷物を下ろし、各々袋から釣り竿や餌を出して準備をした。

 ここで私は思い出した。お泊り計画のことをである。しかし、いきなり「ねえねえ明日泊まり行って良い?」ではさすがに突拍子がなさ過ぎる上に軽すぎるだろう。私はまず聞かれてもいない自分の近況などを報告しつつ、切り出しやすい雰囲気づくりに努めることにした。

 「そういえば私ね、もう少し勉強を続けられることになったの。お父さまとお母さまに頼み込んで、何とか了承してもらえたわ」

 「ああ?」

 あ、話題選び間違えた。一瞬で私はそう悟った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

転生ヒロインは悪役令嬢(♂)を攻略したい!!

弥生 真由
恋愛
 何事にも全力投球!猪突猛進であだ名は“うり坊”の女子高生、交通事故で死んだと思ったら、ドはまりしていた乙女ゲームのヒロインになっちゃった! せっかく購入から二日で全クリしちゃうくらい大好きな乙女ゲームの世界に来たんだから、ゲーム内で唯一攻略出来なかった悪役令嬢の親友を目指します!!  ……しかしなんと言うことでしょう、彼女が攻略したがっている悪役令嬢は本当は男だったのです! ※と、言うわけで百合じゃなくNLの完全コメディです!ご容赦ください^^;

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

初雪は聖夜に溶ける

成瀬瑛理
BL
「ねぇ、傍にいてよ……」恋人達の甘く切ない聖夜のラブストーリー。 *今年のクリスマスを一緒に祝う予定だった一希と司。二人のわずかなすれ違いと恋人にふりかかるスキャンダルな出来事に……!?

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

処理中です...