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第三章 かわいそうなちいたん
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ちいたんは絶望の真っ只中にいた。純粋無垢な愛らしさの化身が、理不尽な目に合わされている。苦しみ、悲しみ、そして恐怖が小さな可愛いちいたんをこれでもかと襲っていた。
地上で最も愛すべきラブリーちいふわ族のちいたんは、以前はとても幸せだった。苦労など一つも知らずに生きていた。そしてそれは当然のことだった。汚れなき魂にふさわしい扱いを受けていただけのことだ。
ちいたんと生活を共にしていたベリー・ストロベリ・キャンディ・キングダムとその両親は、ちいたんに必要な物はすべて提供してくれていた。三度の食事、そして三時のおやつにはあまあまお菓子。毎日風呂に入れられて優しく洗われ、フワフワの布団で眠った。ちいたんを含めた四人家族は、毎日楽しく暮らしていた。
「ちいたん、朝だよ。起きて~」
優しく揺り起こされ、ちいたんは目を覚ます。
「ムチャ…ムチャ…」
「朝ご飯できたよって、ママが呼んでるよ」
「ン…」
とろんとした眠い目を擦り擦り、ちいたんはもそもそと起きてくる。ダイニングに向かって歩き出したベ(略)の後ろをヨチヨチとついていく様は、まるで雛鳥のようだ。
ベに抱き上げられ、ちいたんは食卓に着いた。ベの椅子の隣、ベビー用のをさらに小さくしたような、ピンク色の椅子がちいたんの指定席だった。
トースト、スクランブルエッグ、ウインナー、サラダ、牛乳。人間たちと同じメニューがちいたんにも用意されていた。
「いただきまーす!」
そう言って食べ始めた人間たちを、ちいたんは困ったように見た。
「エ…エト…」
「どうしたの、ちいたん?」
ベのママがそう尋ねる。言葉が上手く話せないちいたんは、身振りと表情で一生懸命訴えかけた。「困っていますよ」と分かりやすく眉を下げ、皿に向けてちっちゃな手をピョコピョコと動かす。
「分かった、ケチャップが欲しいんだね!持ってきてあげる」
「フ!」
ちいたんはニッコリと笑ってコクコクと頷いた。
「ベリーはすごいなあ、よく分かったね」
パパは感心してそう言った。
「だって私はちいたんのママだもん、これぐらい分かるよ」
冷蔵庫からケチャップを取ってきたベは得意げにそう言った。ママもパパも笑った。ちいたんはケチャップをたっぷりかけてもらったスクランブルエッグを、はんっちゃんっちゃ、もっぐもっぐと幸せそうに頬張った。そしてパン屑をポロポロ落としながらトーストを囓り、ウインナーをムグムグと食べ、牛乳をゴクッゴクッと飲む。
朝食にご満足の様子のちいたんだったが、どうしたことか急にうなり始めた。
「ううーッ…」
ちいたんの目の前には、ブロッコリーが残っていた。
「一口だけでも食べてみる…?」
優しく聞いたベに向かって、ちいたんは首をフルフルと振った。
「イヤッ、イヤッ」
ちいたんは「イヤ」がとても上手に言える。赤ん坊のように無邪気だが、ちゃんと自我があり、主張もできるのだ。そこもまた可愛らしい。
「イヤだよね、分かるよ。ベリーもブロッコリー苦手だもん…」
そんな二人に、ママがマヨネーズを差し出した。
「ほら、これをかけて食べてごらんなさい。お野菜をたくさん食べると、今よりさらに可愛くなれるのよ」
「えーホントかなぁ」
「ンー?」
そう言いながら、ベは二人分のブロッコリーにマヨネーズをニュゾーとかけた。素直でお利口なちいたんは、勇気を出してブロッコリーをおそるおそる口に運んだ。
「モグッ…モグッ…」
健気に頑張るその姿に力づけられ、ベもブロッコリーを食べた。
「二人とも偉いわ、これでますます可愛くなるわね」
ベとちいたんは顔を見合わせ、クスクスと笑った。二人は友達であり、仲の良い姉妹のようでもあった。
ベが学校に行くと、ちいたんはお絵かきをしたり歌ったり踊ったりして遊ぶ。お絵かきと言っても人間のそれとはもちろん違い、図形のようなよく分からないものを思うままにクレヨンなどでぐりぐりと描く。殴り書きに近いが、それでも他の動物と比べるとかなり高い知能を持っていることが分かる。歌や踊りも同様で、でたらめな歌詞、でたらめなメロディーで自由に歌い踊る。その自由で天真爛漫な姿を見守りながら家事に勤しむのがべのママの日課だった。
「ムム…」
踊り疲れたちいたんは、簡単なジグソーパズルを始めたようだった。ピースを持って考える姿は一生懸命で、とても微笑ましい。パズルは結局完成しなかったが、挑戦したちいたんは素晴らしい。
昼食の時間になった。昼は簡単に済ませることが多いが、良い子のちいたんはもちろん文句など言わない。主婦として家事をキッチリとこなしながら、パパが経営する会社の経理も担うママが忙しいことをちゃんと分かっているようだった。
すぐ近くのパン屋さんでママが買ってきたサンドイッチにムシャァッと囓りつくちいたんは本当に幸せそうだ。こんな小さなことにも心から喜び、無邪気に笑うちいたんを誰が嫌いになれよう。ちいたんは皆に癒やしを与えてくれる。ちいたんがいる家には、もれなく笑顔と幸福がやって来るだろう。
三時にはベが帰ってくる。ちいたんとベは今日も一緒におやつを食べ、一緒に遊ぶのだろう。そしてママが作ったおいしい晩ご飯を一緒に食べ、一緒に風呂に入り、一緒の布団で眠るのだ。今日も明日も、そんな日々がずっと続いていく。
続いていくはずだったのに。ちいたんに降りかかった災難は、何の罪もないちいたんを不幸のどん底に叩きつけたのだ。
地上で最も愛すべきラブリーちいふわ族のちいたんは、以前はとても幸せだった。苦労など一つも知らずに生きていた。そしてそれは当然のことだった。汚れなき魂にふさわしい扱いを受けていただけのことだ。
ちいたんと生活を共にしていたベリー・ストロベリ・キャンディ・キングダムとその両親は、ちいたんに必要な物はすべて提供してくれていた。三度の食事、そして三時のおやつにはあまあまお菓子。毎日風呂に入れられて優しく洗われ、フワフワの布団で眠った。ちいたんを含めた四人家族は、毎日楽しく暮らしていた。
「ちいたん、朝だよ。起きて~」
優しく揺り起こされ、ちいたんは目を覚ます。
「ムチャ…ムチャ…」
「朝ご飯できたよって、ママが呼んでるよ」
「ン…」
とろんとした眠い目を擦り擦り、ちいたんはもそもそと起きてくる。ダイニングに向かって歩き出したベ(略)の後ろをヨチヨチとついていく様は、まるで雛鳥のようだ。
ベに抱き上げられ、ちいたんは食卓に着いた。ベの椅子の隣、ベビー用のをさらに小さくしたような、ピンク色の椅子がちいたんの指定席だった。
トースト、スクランブルエッグ、ウインナー、サラダ、牛乳。人間たちと同じメニューがちいたんにも用意されていた。
「いただきまーす!」
そう言って食べ始めた人間たちを、ちいたんは困ったように見た。
「エ…エト…」
「どうしたの、ちいたん?」
ベのママがそう尋ねる。言葉が上手く話せないちいたんは、身振りと表情で一生懸命訴えかけた。「困っていますよ」と分かりやすく眉を下げ、皿に向けてちっちゃな手をピョコピョコと動かす。
「分かった、ケチャップが欲しいんだね!持ってきてあげる」
「フ!」
ちいたんはニッコリと笑ってコクコクと頷いた。
「ベリーはすごいなあ、よく分かったね」
パパは感心してそう言った。
「だって私はちいたんのママだもん、これぐらい分かるよ」
冷蔵庫からケチャップを取ってきたベは得意げにそう言った。ママもパパも笑った。ちいたんはケチャップをたっぷりかけてもらったスクランブルエッグを、はんっちゃんっちゃ、もっぐもっぐと幸せそうに頬張った。そしてパン屑をポロポロ落としながらトーストを囓り、ウインナーをムグムグと食べ、牛乳をゴクッゴクッと飲む。
朝食にご満足の様子のちいたんだったが、どうしたことか急にうなり始めた。
「ううーッ…」
ちいたんの目の前には、ブロッコリーが残っていた。
「一口だけでも食べてみる…?」
優しく聞いたベに向かって、ちいたんは首をフルフルと振った。
「イヤッ、イヤッ」
ちいたんは「イヤ」がとても上手に言える。赤ん坊のように無邪気だが、ちゃんと自我があり、主張もできるのだ。そこもまた可愛らしい。
「イヤだよね、分かるよ。ベリーもブロッコリー苦手だもん…」
そんな二人に、ママがマヨネーズを差し出した。
「ほら、これをかけて食べてごらんなさい。お野菜をたくさん食べると、今よりさらに可愛くなれるのよ」
「えーホントかなぁ」
「ンー?」
そう言いながら、ベは二人分のブロッコリーにマヨネーズをニュゾーとかけた。素直でお利口なちいたんは、勇気を出してブロッコリーをおそるおそる口に運んだ。
「モグッ…モグッ…」
健気に頑張るその姿に力づけられ、ベもブロッコリーを食べた。
「二人とも偉いわ、これでますます可愛くなるわね」
ベとちいたんは顔を見合わせ、クスクスと笑った。二人は友達であり、仲の良い姉妹のようでもあった。
ベが学校に行くと、ちいたんはお絵かきをしたり歌ったり踊ったりして遊ぶ。お絵かきと言っても人間のそれとはもちろん違い、図形のようなよく分からないものを思うままにクレヨンなどでぐりぐりと描く。殴り書きに近いが、それでも他の動物と比べるとかなり高い知能を持っていることが分かる。歌や踊りも同様で、でたらめな歌詞、でたらめなメロディーで自由に歌い踊る。その自由で天真爛漫な姿を見守りながら家事に勤しむのがべのママの日課だった。
「ムム…」
踊り疲れたちいたんは、簡単なジグソーパズルを始めたようだった。ピースを持って考える姿は一生懸命で、とても微笑ましい。パズルは結局完成しなかったが、挑戦したちいたんは素晴らしい。
昼食の時間になった。昼は簡単に済ませることが多いが、良い子のちいたんはもちろん文句など言わない。主婦として家事をキッチリとこなしながら、パパが経営する会社の経理も担うママが忙しいことをちゃんと分かっているようだった。
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