上 下
8 / 17

6歳 人喰い狼と、魔法の手紙

しおりを挟む
 先日、ローザが六歳になった。
 赤ん坊の頃は泣いてばかりいるローザだったが、最近は笑顔でいることが多い。
 時折怒ったり駄々を捏ねたりすることもあるが、少し経てばそれが嘘だったかのようにけろっとしている。
 サラは「ああいうところは、きっとあんたに似たのね」とくすくす笑っていた。

「しかし、私とローザは血が繋がっていないぞ」
「何も血の繋がりだけが全部じゃないわ。
 一緒にいれば、そのうち似てくるものよ」
「私とサラは、正反対な気もするが……」
「あら。あんた、マギアスが嫌いなの?」

 サラの問いかけに驚いて首を横に振ると「なら、似てるところがあるじゃない」と返された。
 なるほど。当たり前のことだから気がつかなかったが、確かにそこはそっくりだ。

「ローザが好きなのも同じでしょ。それに森でのんびりするのが好きなところも同じだし。
 これ以上あんたと似たところが増えたら、生活が破綻しちゃうわ」
「そうか。意外と共通点があるのだな」
「私、あんたのそういう鈍いところが大好きよ」
「にぶい? 鼻は鋭いと思うのだが」
「そうじゃないわよ。馬鹿ね、もう」

 そう言って、サラが鈴を転がすような声で笑った。
 相変わらず、サラの言葉は難解だ。

「パステール、サラ!」

 ふわふわと宙を漂うサラを眺めていると、服を着替えたローザが駆け寄ってきた。
 今日は腰まで伸びた黒い髪を横の一房だけ編み込んで、赤いリボンを付けている。

 ローザは最近、出かける一時間前から姿見に向かっては一生懸命髪型を整えていた。
 友人に流行りの髪型や、かわいいリボンの結び方をおしえてもらったのだそうだという。

 魔法なら簡単に済ませられるのではないかと聞いたら「それじゃだめなの」と怒られてしまったのは一月前のことだ。
 その甲斐あってか、初めのうちは髪にリボンを結ぶだけでも三十分はかかっていたのに、最近ではこうした凝った髪型も手早く出来るようになっていた。
 これも、成長の証だろう。

「準備が出来たのね。それなら、行きましょうか」
「うん。パステールも、おそろいのリボンつけよう」
「そうだな。つけてくれるか」

 そう言って足を折ると、ローザは鼻歌交じりに私の尻尾と耳に赤いリボンを付けてくれた。
 肩にはレースのカーテン……ではなく、レースのカーテンを縫い合わせて作ったマントが巻かれる。
 カーテンでは着脱が大変だからと、ローザがサラに教わって縫い上げた代物だ。
 今はシンプルなデザインだが、そのうちリボンやフリルを縫い付けられるのではないかと密かに戦々恐々としている。

 マントを着け終わると、ローザは満足そうに頷いて私の背に乗った。
 早速、街へ出かけるとしよう。






「えっと……またね、ローザ」
「……うん」

 夕暮れ時、いつものようにキースがローザを送りに来た。
 だが、その間に流れる空気はどことなくぎこちない。
 ふだんは別れの挨拶を交わしてからも二言三言言葉を交わすのに、今日はすぐに別れてしまった。
 気分の問題だろうか。

「さて、そろそろ帰るか……ど、どうした? ローザ」

 キースが公園を後にしたのを見送ってローザの方を見ると、ローザが白い頬を真っ赤に染めて泣きじゃくっていた。
 どこか痛むのか、気分が悪いのか、あるいは物をなくしたのか。
 いくら尋ねてもローザは涙をこぼすばかりで、返事はない。
 どうしたものかとサラに視線をやると、サラが小さく揺れて「ローザ」と声をかけた。

「かわいい顔が、涙でぐしゃぐしゃよ。
 顔を洗いにいきましょうか」
「……うん」

 しゃくり上げる合間に小さく頷いて、ローザとサラが手洗い場へと向かった。
 サラは私よりもずっと賢く、経験も豊富だ。
 きっと、ローザをなだめてくれるだろう。

 すっかり日が暮れた頃、ローザとサラがもどってきた。
 よく顔を洗ったのか、目元が多少赤くなっているもののいつも通りの顔だ。
 ただ、その唇はへの字に固く結ばれていたが。

「暗くなったし、一度家に帰りましょう」
「ああ。ローザ、私に乗れるか?」

 そう尋ねると、ローザは無言で頷いて私の上に乗った。
 いつもよりも幾分か強く、背中の毛が握られる。

 街から森まではサラの魔法で移動できるが、森から家までは歩く必要がある。
 魔法で家に直接移動が出来ないよう、マギアスが生前に結界を張ったためだ。
 他の魔法使いからの襲撃を防ぐ為には必要なことだと言っていたが、この時ばかりはすぐに家にたどり着けない仕様が歯痒かった。

 家に戻ると、ローザは小さく「ありがとう」と言って私の背から降りた。
 やはり、まだ元気はもどっていないようだ。

 何があったのか尋ねたい気持ちは山々だが、森を駆けている途中でサラに「無理に聞き出しちゃダメよ」と釘を刺されている。
 ローザから話し出す時を、今はおとなしく待つことにした。

 夕食を終えると、ローザが私の腹にもたれかかった。
 私の腹の毛を撫でつけては掻き乱し、ということを繰り返している。
 少々くすぐったいが、好きにさせておこう。

「……わたし、キースにいじわるしちゃったの」

 どのくらい経っただろう。
 細い月が窓から見えるようになった頃、ローザが口を開いた。

「いじわる?」

 予想外の告白に、つい聞き返してしまった。
 贔屓目かもしれないが、ローザは誰かに嫌がらせをするような性格ではないと思っていたのだ。
 私の問いかけに、ローザは小さく頷いた。

「キースにね、学校への入学許可証が来たんだって。
 もう七歳になったから」

 ああ、なるほど。もうそんな年か。
 この国では、七歳から十五歳まで学校に通うことが義務づけられている。
 国が運営する学校か、それとも個人が経営する学校かは人によって異なるが、通わないという選択肢はない。
 ローザよりも一つ年上のキースが今年から学校に通うようになるのは当然だった。

「わたし、それアメリアから聞いたの。
 来月から二人とも学校に通うのよ、今からたのしみ……って」

 アメリアというのは、ローザがいつもあそんでいる子どもたちの一人だ。
 キースと同い年のアメリアは自分よりも一つ年下のローザを妹のように可愛がっている。
 ローザが流行りの髪型やかわいいリボンの結び方を教わるのは、いつも彼女だった。

「学校にいくこと教えくれなかったのは、わたしのこときらいになったからなのかなって、もやもやして……。
 そしたら、キースとおはなしできなくなっちゃったの」

 顔を合わせる度にいろいろな感情がこみ上げてきて、何も言えなくなってしまったそうだ。

 思うに、キースが学校へ通うことを言わなかったのはローザがそれを知っていると思っていたためだろう。
 それに、来年になればローザも同じ学校に入学するのだ。
 わざわざ言わずともいいと考えていたのかもしれない。
 ただ、ローザにそれが伝わらなかっただけで。

「キースは心配してくれたけど、わたし何もいえなくて。
 ばいばいするまでにあやまろうって思ってたのに、やっぱりいえなかったの」

 結局、最後まで謝れないまま別れることになってしまったのだと言って、ローザが私の毛皮に顔を埋めた。

「わたし、キースのこと無視しちゃったの。
 キース、なにもしてないのに」

 そう言って、ローザがまた泣き出した。

「このままずっとあやまれなくて、キースとおはなしできなくなったらどうしよう」

 そんな大げさな、とは言えなかった。
 ささいな事がきっかけで戦争にまで発展した例はいくつも知っている。
 さすがにそこまではいかなくとも、一度こじれたものを元にもどすのは困難だ。

 マギアスも、時折友人達と言い争うことがあった。
 どの国と同盟を結ぶか、魔法薬の材料として優れているのはどちらの薬草か、卵を焼いた料理にかける調味料は塩かトマトソースか……など、争いの種は様々だ。
 その割には数日もすると何事もなかったかのように手紙をやりとりしていたのだが……そうだ。

「ならば、手紙を書いてはどうだ」
「てがみ?」

 ローザが首を傾げた。

「そうだ。手紙なら、相手に渡すまで言いたいことをじっくり考えられる。
 書いた物を渡すだけだから、うまく話が出来なくとも大丈夫だ」

 マギアスは友人と手紙でやりとりをすることが多かった。
 特に言い争いをしたあとはそうだ。
 マギアスなら魔法ですぐに友人達に会いにいけるのにどうして手紙を書くのかと聞くと、彼は「文字を書くという行為を挟む分、手紙の方がうまく自分の気持ちを伝えられるんだ」と、はにかみながら教えてくれた。

「おてがみ、キースは受け取ってくれるかな」
「分からない。だが、キースは今日も見送りに来てくれただろう。
 口も聞きたくない、手紙も受け取りたくないような相手を見送りには、来てくれないと思うがな」
「……うん。
 おてがみ、書いてみる」

 そう言って、ローザが立ち上がった。
 への字に曲がっていた唇は、いつの間にか元に戻っている。
 まだ満面の笑みを浮かべるところまではいかないが、ひとまずローザの悩み事が一つ解決したようだ。

 あとは、無事に仲直りできればいいのだが。
 私の気持ちを見抜いたのか、サラがくすりと笑って私の耳に乗った。

「大丈夫よ。きっと、明日には笑ってるわ。
 あの二人、よく似てるもの」
「ならば、よいのだが……」






 翌日、公園へ行くと入口にキースの姿が見えた。

「あ、キース……」
「ローザ」

 私の腹の毛を掴んでいたローザの手に、微かに力がこもる。
 だが、それも一瞬のこと。
 次の瞬間には、ローザはキースの傍に駆け寄っていた。

「あの……あの、これあげる」
「手紙?」
「きのうのこと……」

 それだけで、ローザの意思は伝わったらしい。
 キースが「ありがとう」と笑って手紙を受け取った。

「向こうの花壇に、ハイドランジアが咲いたんだ。ローザの好きな、赤いの。
 いっしょに見にいこうか」
「……うん」

 伸ばされたキースの手に、ローザがおずおずと手を乗せる。

 その日の夕方、もどってきたローザとキースがいつものように満面の笑みで別れの挨拶を交わしていたことは、いうまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

処理中です...