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序章
新羅三郎義光
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平安後期、清和源氏の棟梁・源頼義には母を同じくする息子が三人いた。
嫡男・八幡太郎義家。次男・賀茂次郎義綱。三男・新羅三郎義光。
だが三人は決して兄弟仲が良いというわけではなかった。義家は義綱を嫌い、義家を慕うようでいて義光も密かな野心にあふれていた。
そんな彼らに転機が訪れる。
永保三年(1083年)に勃発した奥州での合戦だ。後に【後三年の役】と呼ばれるそれは陸奥守として赴任した義家を苦しめる。源氏の東国進出を目論んでいただけにその思いがけない苦戦は痛手であった。しかも朝廷からの援軍も見込めず焦りの色は拭えなかった。
そんな彼のために立ち上がったのが義光である。義家苦戦の報を聞き、完奏して東下を乞うたのだ。だが、朝廷はそれを許さなかった。
「何と言うことだ! 兄上は私財をなげうって付き従う者に禄を与えておられるというのに」
「殿のお気持ち、お察ししますが朝廷のお許しが出ないというのであれば」
「なんとかせねば」
寛治元年(1087年)、義光はついに決断を下した。左兵衛尉の官位を辞して兄・義家のいる陸奥へと向かったのである。
「兄上!」
「おお、義光。よう来てくれた!! そなたがおれば百人力、いや千人力じゃ」
「ですが、朝廷の許しがもらえず」
「気にするな。勝ちさえすればどうとでもなる」
だが、義家の考えは甘かった。朝廷は此度の戦を義家の『私戦』として恩賞一切を出さなかったのだ。そればかりか献上すべき黄金の未納や官物未納をも咎められる。そのために陸奥守の任も解かれてしまったのだ。
「なんたることだ。朝廷にはこの現状が何もわかっていないのだ!!」
義家は怒りを抑えきれなかった。だが、それは起きるべくして起きたことであった。実は彼らに味方した清原清衡が朝廷に根回して義家を奥州から追い出したのである。
清衡は清原を名乗っているが清原の血は引いていない。彼は母の連れ子だった。彼の実の父は藤原経清といい、先の奥州合戦『前九年の役』では土着の安部氏の婿であったことから朝廷に敵対した。そのため、最期は頼義・義家親子にノコギリ引きという残酷な方法で処刑されたのだ。
清衡はその恨みを忘れてはいなかった。そして、アラハバキの神を敬うこの奥州の地に戦を持ち込んだ源氏を許してはいなかった。だからこそ、その黄金を使い朝廷に根回し、義家を失脚させ、奥州に独立した勢力を築くことにしたのだった。
「儂がしてきたことは何であったか・・・」
「殿・・・」
「だが、付き従ってくれた者には報いねばならぬ」
「ですが・・・」
「儂の持ち得る私財を恩賞として分けてやってくれ」
「御意・・・」
こうして失意の中、義家は東国を後にしたのだった。
一方、救援に駆けつけた義光は兄・義家の現状を知らせる文に目を通していた。
「どうやら此度は清衡が一枚上手だったようだ」
「三郎様?」
「まんまと奥州の覇権を握られてしもうたようだ」
義光は受け取った文を家臣に渡す。受け取った家臣は内容に血の気が引いていった。それを見ても義光は苦笑を漏らすだけだ。
「兄上は『時』を得られなかったようじゃ」
「如何なされますか?」
「どうもせぬ。儂は刑部丞に任じられた。それで御の字よ」
「しかし・・・」
「兄上はよほど堪えたようだがの。何でもつまらぬ書き置きを残したそうじゃ」
「書き置き?」
「『七代後の孫に生まれ変わりて天下を取らん』と書かれたとか」
「七代後とはいやはや・・・」
「それまでに自分で根回しをせねばならぬというに。なんとも現実を見ておられぬお方じゃ」
「して、三郎様はこれからどうされるおつもりで?」
「焦るな。急いては兄上の二の舞じゃ。今はじっと時を待つ」
義光は不敵な笑みとともにその時を待った。そして、それは思いがけなくやってきた。義家の早すぎる死である。
義光はこれを好機と捉え、策を練る。次兄・義綱や源氏の棟梁となった甥・義忠を抹殺せんと目論んだ。義忠の暗殺に成功し、その罪を義綱になすり付け、棟梁の座まであと一歩と迫ったのだ。
だが、悪事は露見し、義光は京を追われることになる。そして、義光がたどり着いたのは自身の影響力の強い常陸国であった。
「どうやら儂も『天の時』を見誤ったようじゃ」
月見酒をあおりながら義光は独りごちる。誰が聞いているわけでもないがそれでも口に出したのは己の野望を捨てていないからであろう。
「父上・・・」
「皆、よく聞け」
父の言葉に集められた息子たちは一字一句を聞き逃さぬように背筋を伸ばす。
「儂は時を逸してしまった。じゃが、これで諦める新羅三郎義光ではない」
一度目を伏せ、息を吸い込む。すると、カッと目を見開き、息子らに告げる。
「そなたらはこの東国に根を下ろし、力を蓄えよ。人々の信を得、『武士の府』をこの地に立てるのじゃ」
「武士の府・・・」
「朝廷に侍る生白い公家どもに干渉されぬ、武士だけの府をこの地に開くのだ」
「そのようなこと、出来るでしょうか?」
「出来るかではない。やるのだ!」
父の言葉に息子たちは息をのむ。その鬼気迫る表情には反論は許さぬという思いが見て取れた。
「先を越されるやもしれぬ。だが、焦ることはない。じっくり時間をかけ幾年月を費やしてでも力を蓄えるのじゃ。そして、最後に天下を手中に収めよ!」
「「「ハッ!」」」
「最後に笑うはこの義光流じゃ!!」
義光はそう高らかに宣言したのだった。
息子たちはその意志に従い関東に散っていった。彼らはその地に根を下ろし、平賀・武田・佐竹・小笠原・南部といった諸家に分かれていった。
こうして、義光の流派は東国に根を下ろすことになる。そうして、世は源平合戦へと移り変わっていくのであった。
嫡男・八幡太郎義家。次男・賀茂次郎義綱。三男・新羅三郎義光。
だが三人は決して兄弟仲が良いというわけではなかった。義家は義綱を嫌い、義家を慕うようでいて義光も密かな野心にあふれていた。
そんな彼らに転機が訪れる。
永保三年(1083年)に勃発した奥州での合戦だ。後に【後三年の役】と呼ばれるそれは陸奥守として赴任した義家を苦しめる。源氏の東国進出を目論んでいただけにその思いがけない苦戦は痛手であった。しかも朝廷からの援軍も見込めず焦りの色は拭えなかった。
そんな彼のために立ち上がったのが義光である。義家苦戦の報を聞き、完奏して東下を乞うたのだ。だが、朝廷はそれを許さなかった。
「何と言うことだ! 兄上は私財をなげうって付き従う者に禄を与えておられるというのに」
「殿のお気持ち、お察ししますが朝廷のお許しが出ないというのであれば」
「なんとかせねば」
寛治元年(1087年)、義光はついに決断を下した。左兵衛尉の官位を辞して兄・義家のいる陸奥へと向かったのである。
「兄上!」
「おお、義光。よう来てくれた!! そなたがおれば百人力、いや千人力じゃ」
「ですが、朝廷の許しがもらえず」
「気にするな。勝ちさえすればどうとでもなる」
だが、義家の考えは甘かった。朝廷は此度の戦を義家の『私戦』として恩賞一切を出さなかったのだ。そればかりか献上すべき黄金の未納や官物未納をも咎められる。そのために陸奥守の任も解かれてしまったのだ。
「なんたることだ。朝廷にはこの現状が何もわかっていないのだ!!」
義家は怒りを抑えきれなかった。だが、それは起きるべくして起きたことであった。実は彼らに味方した清原清衡が朝廷に根回して義家を奥州から追い出したのである。
清衡は清原を名乗っているが清原の血は引いていない。彼は母の連れ子だった。彼の実の父は藤原経清といい、先の奥州合戦『前九年の役』では土着の安部氏の婿であったことから朝廷に敵対した。そのため、最期は頼義・義家親子にノコギリ引きという残酷な方法で処刑されたのだ。
清衡はその恨みを忘れてはいなかった。そして、アラハバキの神を敬うこの奥州の地に戦を持ち込んだ源氏を許してはいなかった。だからこそ、その黄金を使い朝廷に根回し、義家を失脚させ、奥州に独立した勢力を築くことにしたのだった。
「儂がしてきたことは何であったか・・・」
「殿・・・」
「だが、付き従ってくれた者には報いねばならぬ」
「ですが・・・」
「儂の持ち得る私財を恩賞として分けてやってくれ」
「御意・・・」
こうして失意の中、義家は東国を後にしたのだった。
一方、救援に駆けつけた義光は兄・義家の現状を知らせる文に目を通していた。
「どうやら此度は清衡が一枚上手だったようだ」
「三郎様?」
「まんまと奥州の覇権を握られてしもうたようだ」
義光は受け取った文を家臣に渡す。受け取った家臣は内容に血の気が引いていった。それを見ても義光は苦笑を漏らすだけだ。
「兄上は『時』を得られなかったようじゃ」
「如何なされますか?」
「どうもせぬ。儂は刑部丞に任じられた。それで御の字よ」
「しかし・・・」
「兄上はよほど堪えたようだがの。何でもつまらぬ書き置きを残したそうじゃ」
「書き置き?」
「『七代後の孫に生まれ変わりて天下を取らん』と書かれたとか」
「七代後とはいやはや・・・」
「それまでに自分で根回しをせねばならぬというに。なんとも現実を見ておられぬお方じゃ」
「して、三郎様はこれからどうされるおつもりで?」
「焦るな。急いては兄上の二の舞じゃ。今はじっと時を待つ」
義光は不敵な笑みとともにその時を待った。そして、それは思いがけなくやってきた。義家の早すぎる死である。
義光はこれを好機と捉え、策を練る。次兄・義綱や源氏の棟梁となった甥・義忠を抹殺せんと目論んだ。義忠の暗殺に成功し、その罪を義綱になすり付け、棟梁の座まであと一歩と迫ったのだ。
だが、悪事は露見し、義光は京を追われることになる。そして、義光がたどり着いたのは自身の影響力の強い常陸国であった。
「どうやら儂も『天の時』を見誤ったようじゃ」
月見酒をあおりながら義光は独りごちる。誰が聞いているわけでもないがそれでも口に出したのは己の野望を捨てていないからであろう。
「父上・・・」
「皆、よく聞け」
父の言葉に集められた息子たちは一字一句を聞き逃さぬように背筋を伸ばす。
「儂は時を逸してしまった。じゃが、これで諦める新羅三郎義光ではない」
一度目を伏せ、息を吸い込む。すると、カッと目を見開き、息子らに告げる。
「そなたらはこの東国に根を下ろし、力を蓄えよ。人々の信を得、『武士の府』をこの地に立てるのじゃ」
「武士の府・・・」
「朝廷に侍る生白い公家どもに干渉されぬ、武士だけの府をこの地に開くのだ」
「そのようなこと、出来るでしょうか?」
「出来るかではない。やるのだ!」
父の言葉に息子たちは息をのむ。その鬼気迫る表情には反論は許さぬという思いが見て取れた。
「先を越されるやもしれぬ。だが、焦ることはない。じっくり時間をかけ幾年月を費やしてでも力を蓄えるのじゃ。そして、最後に天下を手中に収めよ!」
「「「ハッ!」」」
「最後に笑うはこの義光流じゃ!!」
義光はそう高らかに宣言したのだった。
息子たちはその意志に従い関東に散っていった。彼らはその地に根を下ろし、平賀・武田・佐竹・小笠原・南部といった諸家に分かれていった。
こうして、義光の流派は東国に根を下ろすことになる。そうして、世は源平合戦へと移り変わっていくのであった。
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