上 下
1 / 69
序章

新羅三郎義光

しおりを挟む
平安後期、清和せいわ源氏の棟梁・みなもとの頼義よりよしには母を同じくする息子が三人いた。
嫡男ちゃくなん八幡太郎はちまんたろう義家よしいえ。次男・賀茂次郎かもじろう義綱よしつな。三男・新羅三郎しんらさぶろう義光よしみつ
だが三人は決して兄弟仲が良いというわけではなかった。義家は義綱を嫌い、義家を慕うようでいて義光も密かな野心にあふれていた。
そんな彼らに転機が訪れる。
永保三年(1083年)に勃発した奥州での合戦だ。後に【後三年ごさんねんの役】と呼ばれるそれは陸奥守として赴任した義家を苦しめる。源氏の東国進出を目論んでいただけにその思いがけない苦戦は痛手であった。しかも朝廷からの援軍も見込めず焦りの色は拭えなかった。
そんな彼のために立ち上がったのが義光である。義家苦戦の報を聞き、完奏して東下を乞うたのだ。だが、朝廷はそれを許さなかった。

「何と言うことだ! 兄上は私財をなげうって付き従う者にろくを与えておられるというのに」
「殿のお気持ち、お察ししますが朝廷のお許しが出ないというのであれば」
「なんとかせねば」

寛治元年(1087年)、義光はついに決断を下した。左兵衛尉さひょうえのじょうの官位を辞して兄・義家のいる陸奥むつへと向かったのである。

「兄上!」
「おお、義光。よう来てくれた!! そなたがおれば百人力、いや千人力じゃ」
「ですが、朝廷の許しがもらえず」
「気にするな。勝ちさえすればどうとでもなる」

だが、義家の考えは甘かった。朝廷は此度の戦を義家の『私戦』として恩賞一切を出さなかったのだ。そればかりか献上すべき黄金の未納や官物未納をも咎められる。そのために陸奥守の任も解かれてしまったのだ。

「なんたることだ。朝廷にはこの現状が何もわかっていないのだ!!」

義家は怒りを抑えきれなかった。だが、それは起きるべくして起きたことであった。実は彼らに味方した清原清衡きよひらが朝廷に根回して義家を奥州から追い出したのである。
清衡は清原を名乗っているが清原の血は引いていない。彼は母の連れ子だった。彼の実の父は藤原経清つねきよといい、先の奥州合戦『前九年ぜんくねんの役』では土着の安部氏の婿であったことから朝廷に敵対した。そのため、最期は頼義・義家親子にノコギリ引きという残酷な方法で処刑されたのだ。
清衡はその恨みを忘れてはいなかった。そして、アラハバキの神を敬うこの奥州の地に戦を持ち込んだ源氏を許してはいなかった。だからこそ、その黄金を使い朝廷に根回し、義家を失脚させ、奥州に独立した勢力を築くことにしたのだった。

「儂がしてきたことは何であったか・・・」
「殿・・・」
「だが、付き従ってくれた者には報いねばならぬ」
「ですが・・・」
「儂の持ち得る私財を恩賞として分けてやってくれ」
「御意・・・」

こうして失意の中、義家は東国を後にしたのだった。


一方、救援に駆けつけた義光は兄・義家の現状を知らせる文に目を通していた。

「どうやら此度は清衡が一枚上手だったようだ」
「三郎様?」
「まんまと奥州の覇権を握られてしもうたようだ」

義光は受け取った文を家臣に渡す。受け取った家臣は内容に血の気が引いていった。それを見ても義光は苦笑を漏らすだけだ。

「兄上は『時』を得られなかったようじゃ」
「如何なされますか?」
「どうもせぬ。儂は刑部丞ぎょうぶのじょうに任じられた。それでおんの字よ」
「しかし・・・」
「兄上はよほど堪えたようだがの。何でもつまらぬ書き置きを残したそうじゃ」
「書き置き?」
「『七代のちの孫に生まれ変わりて天下を取らん』と書かれたとか」
「七代後とはいやはや・・・」
「それまでに自分で根回しをせねばならぬというに。なんとも現実を見ておられぬお方じゃ」
「して、三郎様はこれからどうされるおつもりで?」
「焦るな。いては兄上の二の舞じゃ。今はじっと時を待つ」

義光は不敵な笑みとともにその時を待った。そして、それは思いがけなくやってきた。義家の早すぎる死である。
義光はこれを好機と捉え、策を練る。次兄・義綱や源氏の棟梁となった甥・義忠よしただを抹殺せんと目論んだ。義忠の暗殺に成功し、その罪を義綱になすり付け、棟梁の座まであと一歩と迫ったのだ。
だが、悪事は露見し、義光は京を追われることになる。そして、義光がたどり着いたのは自身の影響力の強い常陸国であった。

「どうやら儂も『天の時』を見誤ったようじゃ」

月見酒をあおりながら義光は独りごちる。誰が聞いているわけでもないがそれでも口に出したのは己の野望を捨てていないからであろう。

「父上・・・」
「皆、よく聞け」

父の言葉に集められた息子たちは一字一句を聞き逃さぬように背筋を伸ばす。

「儂は時を逸してしまった。じゃが、これで諦める新羅三郎義光ではない」

一度目を伏せ、息を吸い込む。すると、カッと目を見開き、息子らに告げる。

「そなたらはこの東国に根を下ろし、力を蓄えよ。人々の信を得、『武士の府』をこの地に立てるのじゃ」
「武士の府・・・」
「朝廷に侍る生白い公家どもに干渉されぬ、武士だけの府をこの地に開くのだ」
「そのようなこと、出来るでしょうか?」
「出来るかではない。やるのだ!」

父の言葉に息子たちは息をのむ。その鬼気迫る表情には反論は許さぬという思いが見て取れた。

「先を越されるやもしれぬ。だが、焦ることはない。じっくり時間をかけ幾年月を費やしてでも力を蓄えるのじゃ。そして、最後に天下を手中に収めよ!」
「「「ハッ!」」」
「最後に笑うはこの義光流じゃ!!」

義光はそう高らかに宣言したのだった。
息子たちはその意志に従い関東に散っていった。彼らはその地に根を下ろし、平賀・武田・佐竹・小笠原・南部といった諸家に分かれていった。
こうして、義光の流派は東国に根を下ろすことになる。そうして、世は源平合戦へと移り変わっていくのであった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

鬼嫁物語

楠乃小玉
歴史・時代
織田信長家臣筆頭である佐久間信盛の弟、佐久間左京亮(さきょうのすけ)。 自由奔放な兄に加え、きっつい嫁に振り回され、 フラフラになりながらも必死に生き延びようとする彼にはたして 未来はあるのか?

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

処理中です...