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火の章
晴信、川中島で長尾景虎と激突す
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天文二十二年(1553年)八月。 長窪に陣所を構えた晴信は和田城を攻め落とし、城主以下ことごとく討ち果たす。更に進軍し、高鳥屋城を陥落させると、その勢いのまま塩田城を目指す。
「殿、武田は高鳥屋城の籠城衆をことごとく討ち果たしたよし」
「ぐぬぅぅぅ」
「これに伴い、内村城は自落したようで……」
村上義清はその報告に城を捨てることを決める。五日、塩田城は自落し、武田の旗幟が掲げられた。義清は重臣数名のみを連れ、逃亡し行方知れずとなったのである。これにより武田の勝利が確定した。
「いやはや、まさに【破竹の勢い】とはこのことですな」
「僅か一日で村上方の城が十六も落ちましたぞ」
この戦は武田方の圧勝と言えた。晴信は早速塩田城主を決める。武田の騎馬隊を率いる飯富虎昌を任じた。古参の将であり、義信の傅役にも任じた最も信頼の置ける家臣だったからである。
「兵部、頼んだぞ」
「お任せ下され」
力強い虎昌の返事に晴信は安堵の表情を浮かべた。
その後、晴信は小県郡の戦後処理に入る。室賀信俊や小泉重永の所領を安堵。浦野信政には八木沢・福田を与え、禰津元直に庄内・三条を与えた。また、清野清寿軒には福井を与えた。
一方、塩田を脱出した後、行方知れずとなっていた村上義清は再び越後・春日山城に逃げ込んでいた。
「景虎殿にご助力いただいたにも関わらず……」
「村上殿、勝敗は兵家の常。次、勝てば良いのです」
「しかし、武田の勢いは留まることを知らぬ」
「なれば、この景虎が打って出ましょう」
景虎の言葉に義清は俄然勢いずいき、鼻息も荒く捲土重来を口にしたのである。それを冷ややかに見つめるのは参謀の宇佐美定満。そして、宿老・直江景綱であった。
「定満殿……」
「分かっておる。所詮は負犬の遠吠え。言わせるだけ言わせておけば良い」
「ですが、限度という物がありましょう」
「御実城様のあの性格ではどうにもなるまい」
二人は如何に越後が被害を被らぬか考える必要があった。そのためにはどんな非常な手段も取ることをいとわない。それは景虎に将器を見出した定満の勤めであり、景虎を支えると誓った景綱の仕事であった。
晴信は景虎たちの動きを察知していた。二十八日に長坂虎房・跡部信秋・等々力河内守を牧之島香坂氏の元へ派遣し、飯富虎昌を室賀城に移した。
「御館様、長尾は来るでしょうか?」
「葛尾城の奪還があったことを思えば、来るであろうな」
晴信は飯富以下諸将に万全を期すように命じる。
九月に入り、いよいよ長尾の軍勢が南下し、攻め込んできた。八幡に布陣した武田軍に襲いかかったのである。
「我こそは越後守護代・長尾景虎!我と思う者はかかってこい!!」
馬上にて名乗りを上げ、先陣切って切り込んでくる景虎の勇姿に、武田の精鋭も抗いきれず敗れてしまった。これにより、武田軍は荒砥城を捨て、撤退を余儀なくされたのであった。
「御館様、申し訳ありませぬ」
「仕方ない。此度は長尾が一枚上手であった」
「次こそは、勝ってみせまする!」
「おお、そのいきじゃ。一度の負けで揺らぐ武田の騎馬隊ではない、とみせつけてやろうぞ!!」
「ははっ!!」
晴信は家臣たちを鼓舞する。
だが、長尾勢の勢いは止まることを知らない。青柳に進出してくると諸所に火を放った。飯富左京らが苅屋原城の援軍に入るが、合田の虚空蔵山城が長尾の手に落ちる。武田不利の戦況は変わらない。そこで晴信は吉凶を占い、武田が大吉・長尾が大凶と出たと喧伝して士気を高めたのである。
それが功を奏したのであろうか。麻績城・荒砥城の夜襲が成功する。諸所に火を放ち、指揮を執っていた室賀信俊が敵を討ち取ったのである。
「御館様!」
「室賀が上手くやったか?」
「はい、長尾の軍勢、浮き足立っております」
そこから武田の攻勢が始まった。夜襲により浮き足だった長尾勢は後退を始め、十五日の夜半には撤退したのと報が晴信の元にもたらされる。
「御館様、窪村源左衛門なる者が目通りを願っております」
「何者か?」
「麻績の武士と申しております」
晴信は一瞬眉根を寄せるが、通すように言い渡す。
「窪村源左衛門、俺に何用か?」
「先の戦で討ち取った兵がこれを持っておりました」
窪村は差し出したのは景虎の密書であった。晴信はその手柄を大いに褒め、百貫文の地を与える。
密書が奪取された長尾の軍勢は進路を塩田方面に転換し、南条に火を放つ。これを迎撃すべく晴信は出陣し、中途で様子を覗う。
「こちらからは仕掛けるな」
「はっ!」
晴信は長尾の動きに注視した。長尾にとって自ら求めて信濃に進攻したわけではないことと分かっているので深追いは禁物だと分かっていたからだ。
その頃、景虎はこれまでの戦果の報告を受けていた。
「武田晴信は決戦を控えている様子ですな」
「うむ。今回はこのくらいで良かろう」
「ですな。これ以上はいたずらに兵を失うだけとなりましょう」
「村上殿には申し訳ないが越後へ帰るぞ」
景虎は宇佐美定満らにそう告げると、越後へ撤退したのである。
(村上旧領は回復出来なかったが北信濃国人衆のいくらかはこちらについた。これで武田に一気に攻め入られることはなかろう)
景虎にとって、今この時期に武田に攻め込まれるわけにはいかなかった。勿論、村上旧領が最大の目的ではあったが、すぐに叶わずとも一定の成果さえ上げればどうとでもなる。その考えがあってこその撤退であった。
二十日、晴信の元に長尾勢が越後へ撤退したと報告を受ける。元々決戦を避けてきた晴信にとっては願ってもないことであった。
「我らも撤退するぞ」
「宜しいので?」
「構わぬ。村上の本領・埴科郡は手に入った。これ以上の争いは無用だ」
晴信の決定により、武田勢は兵を引く。これにより後の世に【川中島の戦い】と伝えられる長尾景虎との戦いは終わりを告げたのである。
最もこの戦いは更なる戦いの幕開けに過ぎない。この後、晴信は幾度となく景虎と戦うことになる。
(長尾景虎か……。一筋縄ではいかない相手のようだ)
面倒な相手である、と認識しながらも晴信の心は躍っていた。それは好敵手が現れたことで得られる高揚感であった。
それが晴信が天下人になるための【やり直し人生】にどのような影響を与えるのか?
それは神すらも知り得ぬ事であった。
「殿、武田は高鳥屋城の籠城衆をことごとく討ち果たしたよし」
「ぐぬぅぅぅ」
「これに伴い、内村城は自落したようで……」
村上義清はその報告に城を捨てることを決める。五日、塩田城は自落し、武田の旗幟が掲げられた。義清は重臣数名のみを連れ、逃亡し行方知れずとなったのである。これにより武田の勝利が確定した。
「いやはや、まさに【破竹の勢い】とはこのことですな」
「僅か一日で村上方の城が十六も落ちましたぞ」
この戦は武田方の圧勝と言えた。晴信は早速塩田城主を決める。武田の騎馬隊を率いる飯富虎昌を任じた。古参の将であり、義信の傅役にも任じた最も信頼の置ける家臣だったからである。
「兵部、頼んだぞ」
「お任せ下され」
力強い虎昌の返事に晴信は安堵の表情を浮かべた。
その後、晴信は小県郡の戦後処理に入る。室賀信俊や小泉重永の所領を安堵。浦野信政には八木沢・福田を与え、禰津元直に庄内・三条を与えた。また、清野清寿軒には福井を与えた。
一方、塩田を脱出した後、行方知れずとなっていた村上義清は再び越後・春日山城に逃げ込んでいた。
「景虎殿にご助力いただいたにも関わらず……」
「村上殿、勝敗は兵家の常。次、勝てば良いのです」
「しかし、武田の勢いは留まることを知らぬ」
「なれば、この景虎が打って出ましょう」
景虎の言葉に義清は俄然勢いずいき、鼻息も荒く捲土重来を口にしたのである。それを冷ややかに見つめるのは参謀の宇佐美定満。そして、宿老・直江景綱であった。
「定満殿……」
「分かっておる。所詮は負犬の遠吠え。言わせるだけ言わせておけば良い」
「ですが、限度という物がありましょう」
「御実城様のあの性格ではどうにもなるまい」
二人は如何に越後が被害を被らぬか考える必要があった。そのためにはどんな非常な手段も取ることをいとわない。それは景虎に将器を見出した定満の勤めであり、景虎を支えると誓った景綱の仕事であった。
晴信は景虎たちの動きを察知していた。二十八日に長坂虎房・跡部信秋・等々力河内守を牧之島香坂氏の元へ派遣し、飯富虎昌を室賀城に移した。
「御館様、長尾は来るでしょうか?」
「葛尾城の奪還があったことを思えば、来るであろうな」
晴信は飯富以下諸将に万全を期すように命じる。
九月に入り、いよいよ長尾の軍勢が南下し、攻め込んできた。八幡に布陣した武田軍に襲いかかったのである。
「我こそは越後守護代・長尾景虎!我と思う者はかかってこい!!」
馬上にて名乗りを上げ、先陣切って切り込んでくる景虎の勇姿に、武田の精鋭も抗いきれず敗れてしまった。これにより、武田軍は荒砥城を捨て、撤退を余儀なくされたのであった。
「御館様、申し訳ありませぬ」
「仕方ない。此度は長尾が一枚上手であった」
「次こそは、勝ってみせまする!」
「おお、そのいきじゃ。一度の負けで揺らぐ武田の騎馬隊ではない、とみせつけてやろうぞ!!」
「ははっ!!」
晴信は家臣たちを鼓舞する。
だが、長尾勢の勢いは止まることを知らない。青柳に進出してくると諸所に火を放った。飯富左京らが苅屋原城の援軍に入るが、合田の虚空蔵山城が長尾の手に落ちる。武田不利の戦況は変わらない。そこで晴信は吉凶を占い、武田が大吉・長尾が大凶と出たと喧伝して士気を高めたのである。
それが功を奏したのであろうか。麻績城・荒砥城の夜襲が成功する。諸所に火を放ち、指揮を執っていた室賀信俊が敵を討ち取ったのである。
「御館様!」
「室賀が上手くやったか?」
「はい、長尾の軍勢、浮き足立っております」
そこから武田の攻勢が始まった。夜襲により浮き足だった長尾勢は後退を始め、十五日の夜半には撤退したのと報が晴信の元にもたらされる。
「御館様、窪村源左衛門なる者が目通りを願っております」
「何者か?」
「麻績の武士と申しております」
晴信は一瞬眉根を寄せるが、通すように言い渡す。
「窪村源左衛門、俺に何用か?」
「先の戦で討ち取った兵がこれを持っておりました」
窪村は差し出したのは景虎の密書であった。晴信はその手柄を大いに褒め、百貫文の地を与える。
密書が奪取された長尾の軍勢は進路を塩田方面に転換し、南条に火を放つ。これを迎撃すべく晴信は出陣し、中途で様子を覗う。
「こちらからは仕掛けるな」
「はっ!」
晴信は長尾の動きに注視した。長尾にとって自ら求めて信濃に進攻したわけではないことと分かっているので深追いは禁物だと分かっていたからだ。
その頃、景虎はこれまでの戦果の報告を受けていた。
「武田晴信は決戦を控えている様子ですな」
「うむ。今回はこのくらいで良かろう」
「ですな。これ以上はいたずらに兵を失うだけとなりましょう」
「村上殿には申し訳ないが越後へ帰るぞ」
景虎は宇佐美定満らにそう告げると、越後へ撤退したのである。
(村上旧領は回復出来なかったが北信濃国人衆のいくらかはこちらについた。これで武田に一気に攻め入られることはなかろう)
景虎にとって、今この時期に武田に攻め込まれるわけにはいかなかった。勿論、村上旧領が最大の目的ではあったが、すぐに叶わずとも一定の成果さえ上げればどうとでもなる。その考えがあってこその撤退であった。
二十日、晴信の元に長尾勢が越後へ撤退したと報告を受ける。元々決戦を避けてきた晴信にとっては願ってもないことであった。
「我らも撤退するぞ」
「宜しいので?」
「構わぬ。村上の本領・埴科郡は手に入った。これ以上の争いは無用だ」
晴信の決定により、武田勢は兵を引く。これにより後の世に【川中島の戦い】と伝えられる長尾景虎との戦いは終わりを告げたのである。
最もこの戦いは更なる戦いの幕開けに過ぎない。この後、晴信は幾度となく景虎と戦うことになる。
(長尾景虎か……。一筋縄ではいかない相手のようだ)
面倒な相手である、と認識しながらも晴信の心は躍っていた。それは好敵手が現れたことで得られる高揚感であった。
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