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幼少期~青年期

戦いの果てに

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秀頼の出番少な目です。 ごめんなさい

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「治部も内府殿と一戦交えるのか…。」
「若様…。」
「治部殿はここに戻ってこられるのでしょうか?」
「それはないだろう。 こんなものを寄越したのだから…。」

秀頼は手にした文を握りしめながら東の空を見上げる。重成と生駒はただ黙って秀頼の視線の先に思いを馳せえるより仕方なかった。

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慶長五年九月十五日。
遂に内府・徳川家康と治部少輔・石田三成は関ヶ原で対峙することになる。布陣や兵力を鑑みれば三成の率いる軍、所謂いわゆる西軍が優勢であった。
だが、三成が良しとしない行いも家康には出来る。その違いが歴史を大きく動かした。
『小早川の裏切り』だ。業を煮やした家康が小早川の陣に砲撃を加えたのである。このことが引き金となり小早川は東軍へと寝返った。その影響をまともに食らった刑部少輔・大谷吉継の軍は混乱の只中に陥れられた。これにより万全の布陣であった西軍は総崩れとなる。
家康はこの好機を見逃すことなく畳みかけた。これにより長期戦が予想された戦いは呆気なくその幕を閉じたのだった。家康率いる東軍の勝利で…。

「殿、ここはそれがしに任せてお退きください。」
「ならぬ!」
「殿!!」
「生きるならば、左近、其方の方だ。」
「し、しかし…。」
「儂にも慶松にも【時】がない。 良いか、必ず生き残るのだ。
 それが儂への最後の奉公だと思え。」
「ぎょ、御意!」

三成はそう言い含め左近と別れた。左近は馬を駆り戦場を駆け抜ける。その途上で小勢で勇猛果敢に敵と戦う一人の青年に出会う。左近は敢えてその青年に助勢した。それは三成の『できるだけ多くの者と生き残れ』との言葉に従ったが故だ。

「それがしは治部少輔が家臣・島左近! そこもとは?」
「島津家久が嫡男、又七郎豊久でござる。」
「あの『鬼島津』の甥御か!」
「はい。」
「して、島津殿は?」
「内府の横っ腹を突き抜けて脱したと思われます。」
「では、そこもとが殿軍しんがりを?」
「左様、伯父上は島津にとってなく手はならない御仁。
 それがしが盾になりお守りするのが【恩】に報いることになると思い…。」

豊久のその言葉に左近はハッとなる。目の前にいる青年の父は亡き太閤秀吉が九州征伐の折、父親を亡くしていることを思い出す。その後は伯父である義弘の元で育ったと…。

「立派な心掛けなれど、命を捨てるのはまだ早い!」
「島殿?」
「それがしについて参られよ。」
「し、しかし…。」
「それがしは殿より密命を受けておる。 そのめいを果たすには人手がいるのだ。
 そこもとの力を貸していただきたい。」

左近は年若い豊久に頭を下げた。そこまでされては豊久も断るわけにはいかず、ともに戦場を脱することにしたのだった。とはいえ、東軍の追跡は厳しく、一人また一人と倒れていき、左近も豊久も追い込まれていく。とうとう付き従うのは左近の従者である六郎ただ一人となった。

「殿、ここは俺が引き受けます。 豊久殿とお逃げください。」
「六郎、何を言うか!」

六郎が囮となり、二人を逃がそうとする。されど、四方を囲まれ万事休す!
『最早これまで』三人はそう覚悟したのだった。だが、風を切る音がどこからともなく響き、追手が次々と倒れていく。その光景に呆気に囚われていると山の民と思われる黒ずくめの男が現れた。膝には黒い脛当をつけている。

「貴様ら何者だ!!」
「我らは御味方にございます。」
「そのような言葉信用できぬ。」

六郎が抜身の小刀を構え山の民たちと対峙する。
すると、その者たちの頭と思しき男が頭巾を外し顔を晒すと、低く唸るように話しかけてきた。

「島様は治部殿の御遺命を反故にされるおつもりか?」
「何故そのことを!」
「この場を脱したならばお話いたしましょう。」
「くっ!」
「殿、如何しますか?」
「俺は島殿の決断ならば従う。」
「我らは生き残らねばならぬ。」
「では、決まりですな。」

頭の男はニヤリと口角を上げると再び頭巾で顔を隠し先へ進む。左近・豊久・六郎は彼らに従い獣道をひたすら進むよりほかなかった。鬱蒼うっそうと生い茂る森の中を進むためどこに向かおうとしているのかわからなかった。そうして一昼夜掛けた後、辿り着いたのは小さな炭焼き小屋であった。

「ここまで来れば一安心でございましょう。」
「そうか…。」
「では、そろそろお前たちの正体を明かしてもらおうか。」

豊久は唯一残した太刀に手をかける。六郎も臨戦態勢を取る。だが、相手はフッと笑うと覆っていた頭巾をを外し、頭を垂れた。

「それがしは片倉景綱率いる【黒脛巾組くろはばきぐみ】三番組組頭・伍兵衛と申します。」
「黒脛巾組?」

伍兵衛はコクリと頷く。その様子に左近は笑みが零れ、遂には大声で笑い始める。豊久と六郎が怪訝な顔をして見合わせた。

「なるほど、そういうことであったか…。」
「殿、如何されましたか?」
「まさか、こんな形で返されるとはな。」
「我々は彼の姫の護衛として上方に残っておりました。」
「なるほど…。」
「島殿、一体…。」

左近は二人に数年前に起きた関白・秀次の粛清事件に隠された真実を語った。
秀次は関白職をはく奪されるとすぐに高野山へと幽閉された。その折、出羽より上洛した側室候補の最上義光よしあきの娘も連座で囚われた。助命嘆願が叶うも一足遅くその姫は他の妻子共々三条河原にて斬首となった。
それが公式に残る記述である。だが、最上の姫は死んではいなかった。太閤が端からその姫を救う気がないのを見越して淀の方が動いたのだ。淀の方が修理大夫・大野治長に手を尽くすように命じ、そこから三成へと話が渡り、三成の家臣である左近が最上の姫を匿ったのだった。

「あの時の東北訛りの酷い姫君が?」
「左様、最上殿の掌中の珠・駒姫だ。
 ちょうどうちのたまと年が近いこともあって儂が匿うことになったのだ。」
「なるほど…。」
「だが、どうして伊達が…。」
「お方様は淀の方様と懇意になされておりまして…。」
「伊達の恋女房殿が?」
「はい、その伝手で我が殿にだけは真のことをお話下されたご様子。」
「ふ~~~~む。」
「殿…。」
「どうやら、我が殿の入れ知恵であるやも知れぬ。」
「治部殿の、でござるか?」
「恐らく、駒姫の命を『切り札』と考えておられたのであろう。」
「なるほど…。」

三人は合点がいった。それにより伍兵衛たちのこともより一層信じることができたのだった。

「さて、これから我らはどう動くかであるが…。」
「なれば、手前は京に残りましょう。」
「うむ、内府の動向を探ってくれるか?」
「御意。」
「あ――――、俺はどういたしましょうか。」
「豊久殿は儂とともに目立つ。 名を変えてどこかに潜伏するしかあるまい。」
「その件につきましては手前らにお任せください。」
「伍兵衛、どういうことだ?」
「六郎殿は京に伝手がおありのように我らにも伝手がございます。」
「ほう。」
「どうせなら、近場の方がよろしいでしょう。
 それに御二人にうってつけの『仕事』がございますれば…。」

伍兵衛の案内で左近と豊久は二条柳町の妓楼ににやってきた。

「ここは前田殿が贔屓にしておられた妓楼でしてな。
 会津に行かれてしまったので品のない客が増えて困っておるようです。」
「なるほど。」
「まして、戦の終わった後ですから…。」
「やれやれ、儂らは妓楼の用心棒か。」
「まぁ、腕っぷしを買われてなれば致し方ありますまい。」
「ほとぼりが冷めるまでの辛抱だな。」

こうして左近と豊久は京に潜伏することになるのだった。

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一方、勝利を手にした内府家康は早速大阪城に入り、実権を掌握。論功行賞を行い、豊臣家の力をそれとなく削ぐと同時に着々と征夷大将軍への道筋を立てるのだった。
そんな中、遂に秀頼は家康と相対することになる。

「内府殿、面を上げられよ。」

秀頼の傅役・片桐且元の言葉に家康がうやうやしく顔を上げる。上座に座る秀頼にとってこの対面は正式なものとしては初めてのもの。緊張のあまり口の中が渇き、唾を飲み込む。
目の前に座る初老の男は穏やかに笑っているがその瞳の奥は笑っていない。まるで獲物を狙う鷹の如き鋭さが潜んでいる。

(なるほど、治部はこれを最も警戒していたのか…。)

幼いながらも秀頼はあの日受け取った文の真の意味を悟った。それと、同時にこの男には決して屈しないと強く決意するのだった。
こうして、秀頼と家康の…、豊臣と徳川の十五年に及ぶ熾烈な攻防戦の幕は切って落とされたのだった。


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お読みいただきありがとうございます
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