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Eye Opener~運命の出会い~
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途中から、過去になります
過去は真央の一人称で進みます。
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「これ、美味いね。」
「そう? 気に入ってもらえてよかったわ。」
潤は初めて飲むそのカクテルに酔いしれた。話したいことは色々あるはずなのにうまくそれを切り出せない。それは目の前の真央がそれを望んでいないように思えたから。
(くそ。 間が持たない…。)
気付けば潤はオリンピックのお代わりを頼んでいた。
「雨水先輩、グラスが空に…。」
「あ、ああ。」
「何か他の物にしますか?」
「そうだねぇ。 オーパス・ワンかピノ・ノワール・マーカッサン・ヴィンヤードがいいかな?」
「さすが、雨水先輩。
カリフォルニア・ワインなら奥のワインセラーにあったはずですので取ってきますね。」
真央はそう言って奥へ引っ込む。すると、顕政は潤に向き直り言葉を紡ぐ。
「潤、俺が見るに彼女はお前のことを思っている。」
「…………。」
「でなかったら、未だにあのペンダントを肌身離さず身に着けてたりはしないと思うんだ。」
「ペンダント…。」
「そうだ。 お前が土下座してまで俺に手伝ってくれと言って買ったあのペンダントだ。」
顕政は三年前、真央の祖父の初七日が済んだころにここに会いに来た時のことを話し始めた。
顕政はお悔やみを言う為にここに来たが、逆に励まされた。その時、胸元に潤がプレゼントしたペンダントが見えたのだ。真央は、『どうしても捨てれなくて…。 青春の1ページって奴ですね。』と悲しげに笑っていた、と…。
「……………………。」
「お前の方はどうなんだ?」
「俺は…。」
「潤、俺はね。 真央ちゃんと再会して『虫よけ』を買って出たんだ。」
「先輩?」
「だって、真央ちゃんは今でもお前のこと思ってるから。 今日、それを改めて確信したよ。」
「?」
「一度、ちゃんと話をしろ。 いいな。」
「はい…。」
ちょうどそこへ真央が戻ってくる。その手にはピノ・ノワール・マーカッサン・ヴィンヤードの瓶が握られていた。
「探したんですけど、オーパス・ワンは切らしてしまってて。 こちらでもいいですか?」
「構わないよ。」
真央は慣れた手つきで開けていく。
「望月、俺にもくれないか?」
「え? でも、一之瀬君は…。」
「真央ちゃん、今日は俺の奢りなんだ。 だから、注いでやって。」
「分かりました。」
真央はカウンターにワイングラスを二つ置き、慣れた手つきで注いでいく。その様子に潤は驚いた。
「望月はソムリエの資格も持っているのか?」
「見よう見まねで始めたんだけど、お祖父ちゃんが『折角なら資格も取っておきなさい』って…。」
「さすが真央ちゃん。 器用なんだね。」
「褒めても何も出ませんよ。」
真央の柔和な笑みに潤は鼓動が早くなるのを感じる。それを誤魔化すように飲み慣れていないワインをぐいぐいと飲み干していった。瓶が空になるころには当然のように酔い潰れてカウンターに突っ伏してしまう。
「やれやれ…。」
「けしかけたのは雨水先輩ですよ。」
「まぁね。」
「もう…。」
真央はため息をつきながら、潤の前髪を掬う。潤のその顔は出会ったころより幾分か精悍さを増し、雄の香りを放っているようだった。それを、顕政は見逃さずに言葉を続ける。
「真央ちゃん、潤はね、君のことを諦めきれずにいるんだ。
でも、追わなかった。 それがこいつなりの優しさだと思う。」
「…………。」
「君もまだ気持ち残ってるんだろ? だから、オリンピックを潤に出した。」
「雨水先輩はオリンピックに隠された言葉を知っているんですか?」
「勿論だ。 オリンピックは『待ち焦がれた再会』。
君は潤との再会を望んでいたんだろ?」
「それは…。」
「何より、そのペンダントを肌身離さず持っているのがその証拠だと俺は思っている。」
真央は胸元のギュッと握りしめる。
「それね、潤が俺に土下座してまで手伝ってくれって言って買ったものなんだ。」
「え?」
「女の子にプレゼントなんてしたことがないから何がいいかわからない。
サプライズで贈りたいから君に聞くわけにはいかない。
だから、喜びそうなものを一緒に探してくれないか、ってね。」
「潤…。」
「漸く本音が出たね。 今、向き合わないと後悔するよ。」
「先輩、私…。」
「ちゃんと結果を出さないと、二人とも不幸になる。 俺はそんなのごめんだ。
見たくない。 できることなら、二人には笑っていてほしい。
これも何かのめぐりあわせだ。 そう思わないかい?」
「そう、ですね…。」
「潤のことは任せる。 あとは君が決めるんだ。
もう悩むことしかできなかった子供じゃないだろう?」
顕政の言葉に真央は決心したように顔を上げる。その瞳には強い意志が宿っていた。それに安堵し、顕政は店をあとにするのだった。
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真央は未だカウンターに突っ伏して眠る潤を見ながら過去へと思いを馳せる。
私が彼・一之瀬潤と出会いったのは高校の入学式。その日は朝から風が強く、そのせいで入学祝いに母が買ってくれたハンカチを飛ばしてしまい、校庭の桜の枝に引っ掛けてしまった。
「ど、どうしよう…。」
私は途方に暮れる。すると、後ろから手が伸びて来て枝に引っかかったハンカチをいともたやすく取ってくれた。
振り返るとそこには長身の男子生徒がいて、ネクタイの色から同学年だとわかった。
「大切なもの?」
「は、はい…。 母が入学祝いにって…。」
「そうだったんだ。」
私は彼をまともに見ることができない。そのモデル顔負けの甘いマスクに恋愛経験などない私はドキドキして俯いたままだった。意を決して顔を上げたのだが、そこへ彼の友人らしい男子生徒たちの呼ぶ声が聞こえてくる。
「一之瀬、何やってんだよ!!」
「おお、今行く。」
「あ…。」
「じゃ、俺。もう行くから。」
彼は爽やかな笑顔だけを残してその場を去っていく。とうとう、お礼を言うことができなかった。
「一之瀬、君、か…。」
それから、数日して彼のことがわかった。
名前は一之瀬潤。
高名な投資家一家の御曹司でいずれはその後継者になることが決まっているという。彼はその長身を生かしてバスケットボール部に入った。その甘いマスクと抜群の運動センスですぐに人気者になる。女子たちの憧れの的になっていった。私もその中の一人だったのは言うまでもない。だけど、私は遠くから眺めるだけ。何故なら、彼の側にはいつも似合いの女性が寄り添っていたから…。
彼女の名前は一之瀬雫。
彼の従妹で、同じく一之瀬家の後継者候補。弓道部に所属する彼女は背筋をピンと伸ばし、堂々としている。まさにお嬢様然としていてとても太刀打ちできるような相手ではない。
だから、私の恋はその時点で終わりを告げた。そう思っていたのに…。
状況が変わったのは3年生の春、私は彼らと同じクラスになったのだ。
「えっと、望月真央さんだっけ?」
「あ、はい…。」
「あ、私、一之瀬雫。 よろしくね。」
「だぁ!! 雫、なんでお前、望月の隣に陣取ってるんだよ!!」
「早い者勝ちよ。」
雫さんは私に気さくに話しかけてくれた。そこで初めて知ったのだが、私はかなり有名な存在だったらしい。
「私ってそんなに有名だったんですか?」
「それはもう超有名人よ!!」
「そんな風に言われたこと一度も…。」
「まぁ、近寄りがたいオーラ出しまくってからねぇ。」
私は首を傾げた。そんな態度を取ったことないから。
「その顔、自分でわかってないって感じだね。」
「え?」
「真央はね。 一年のころから常に学年トップだったんだよ。」
「え? え?」
「総合成績、いつもトップ。 でも、成績の張り出しの時、誰もあんたの顔見たことない。」
「ああ、そう言えば行ったことない。」
「で、成績上位の私らの間ではいつの間にやらミステリアスな存在になってたのよ。」
「あはははは…。」
「で、先生に探り入れて分かったことといえば。
母子家庭で、この高校には特待生として合格してて、奨学金をもらって通ってること。」
私はその言葉に暗く俯く。そう、私の家は母子家庭。父は大工の棟梁だったが、ある現場で資材の下敷きになって亡くなった。その父の最後の言葉は『家、建てる、約束、守れねぇで、すまねぇ。』だった。
私はこの時9歳だったが、その時の母の顔が忘れられず、いつか建築家になって母に家を建ててあげるんだと決意し、一心不乱に勉強した。
そして、勝ち得たのがこの高校での特待生として奨学金をもらいながら通うこと。勉強への姿勢は入学してからも変わらず打ち込んだ。
「真央?」
「あ…。」
「あのさ、あんたの家庭事情はこの際聴かない。」
「雫さん?」
「でも、いつまでも自分を卑下しちゃだめだよ。
だって、このクラスに入れたのは真央の実力だもん。 自信持っていいんだからね。」
「はい…。」
「それと、これから私のことは呼び捨てでいいから。」
「え、で、でも…。」
「もし、さん付けで呼んだら、マックのストロベリーシェイク奢ってもらうわよ。」
「えっと…。」
「分かったわね。」
私は雫に念を押されて約束をさせられた。
それからの四か月私はまさしく『青春を謳歌する』と言うに相応しい学園生活を送る。それを一番喜んだのは母で、気が付けば家の中も明るくなっていた。その間、彼との関係は『憧れの人』から『友人』へと変わっていく。
夏休みに入り、ある出来事を境に私たちは『恋人』へと変わっていったのだ。
それはインターハイも終わった八月後半のこと、私は補習授業で学校に来ていた。うちの学校は自転車置き場が体育館の横にあったので、自転車通学だった私は必然的にそこを通る。そして、扉が開いているのに気づいた。
中を覗くとそこにいたのは彼だった。誰もいない体育館でただひたすらにフリースローの練習に打ち込む彼。響くのはボールの跳ねる音と彼の息遣い。
しばらく見ていると彼の気が済んだのか、ボールを片付け始めた。
「手伝うよ。」
「望月?」
私は自然とそう口に出して手伝い始めた。始めは驚きに目を見開いていたが、いつものさわやかな笑顔を向けて『ありがと』と言ってくれた。
「望月、部室で待っててくれない?」
「え?」
「俺、シャワーして汗流してくるから、一緒に帰ろう。」
「う、うん…。」
私は彼に言われるまま、バスケ部の部室で待つことに。正直、落ち着かない。何故なら、部室の奥にシャワールームがあって、シャワーの流れる音がずっと聞こえてくるから。ふと、気付くと彼のバッグからバスタオルがはみ出してるのが見えた。私は彼が困るのではないかと思い、それを手に取ってシャワールームへと恐る恐る声を掛ける。
「一之瀬君、バスタオル…。」
だが、その返事を聞く前に扉が開く。私は驚きのあまりバスタオルを落としてしまった。目の前には全裸の彼が立っていたから…。思わず凝視してしまう。逞しい二の腕、程よく突いた胸筋、六つに割れた腹筋。そして、そのまま視線を下げてしまい私は恥ずかしさのあまり後ろを向いた。
「望月…。」
彼はそう言って私を後ろから抱きしめた。
「望月、お前、ずっと俺のこと見てたよな?」
「え?」
「気付いてないと思った?」
「い、一之瀬君?」
「ねぇ、このまま『抱きたい』って言ったらどうする?」
「で、でも、一之瀬君には雫が…。」
「雫? あいつは俺のライバル、恋愛対象じゃない。
なぁ、俺、我慢できないよ。 望月を抱きたい…。」
私は何も言えずに俯く。すると、彼の戒めが強くなった。
「望月、俺の初めての人になってよ。」
「一之瀬君は私でいいの?」
「望月がいい…。」
「わ、私も…………。 私も初めては一之瀬君がいい。」
どちらとも口付けを交わす。そして、彼は震える手で私の制服を脱がし、生まれたままの姿にしていく。
「ここだと、声、聞かれちゃうかもしれないから。」
部室は既に鍵が掛けてある。外から開けるための鍵は彼が持っているから誰かに入られることはない。それでも私のことを思ってなのか、独占欲からなのか彼は私をシャワールームへと誘った。
私を壁に押し付けながら口づけを交わし、やがてそれは徐々に深さを増していく。それと同時に彼の手は私の双丘を揉みしだき始める、更にその頂にある赤い実を弄り始めた。
「あ…。」
「望月のココ、硬くなってきた。」
「やぁ、言わないで…。」
「はは、可愛いな。」
「一之瀬君…、だ、ダメ…。」
「なぁ、真央って呼んでいい?」
「え?」
「俺のことも潤って呼び捨てにしてくれていいから…。」
「うん…。」
「ありがと、真央。」
彼はまたあの爽やかな笑みを浮かべると、思いっきり赤い実に吸い付いた。私は急に与えられた刺激に思わず彼の頭を掻き抱く。それまで背中を撫でていた彼の左手を徐々に下げていき、太腿を撫で始めた。私はその先を想像して、身震いをする。次の瞬間、彼の節くれだった指が私の秘裂を撫で上げる。
「あぁぁ…。」
「濡れてる…。」
「い、いや…。」
でも、彼はやめてくれない。繁みの奥をかき分け、蜜の滴る入口へと指を鎮めていく。私は堪えられなくなり、彼の肩にしなだれかかった。
「真央、辛い?」
私は頷くことしかできない。すると、彼はバスタをるを床に敷いて、私をそこへ横たえた。そして、私の両膝を立てると、膝頭を持ち左右に広げた。彼はその秘められた場所に自分の顔を埋める。私はあまりのことに驚いたが、彼の舌が一番敏感な花芯を舐め上げたことで抗議を上げることができない。そればかりか彼は花芯を強く吸い上げたのだ。私は一瞬にして瞼の裏に火花が散り真っ白な世界へと落ちて行った。
「真央、そろそろ行くよ…。」
「潤…。」
次に気付いたのは彼のその声だった。私は、彼の名を呼ぶことしかできない。そして、誰にも暴かれたことのなかった隘路を彼のソレが押し入ってくる痛みに耐える。
「ごめん、真央。 我慢できない。 動くよ。」
「あぁっ、やぁっ、潤っ!!」
初めての彼にはそれ以上我慢することは無理だった。私の中を穿つように抽挿を繰り返す。やがて、私の奥から溢れる蜜が潤滑油となり、隠微な音が響き渡る。それに合わせるように肉のぶつかる音と彼の息遣いが反響する。
「真央、真央…。」
「あっ、ひゃっ、やっ、あんっ!」
いつしか私の中から悲鳴じみたものは消え、甘さの交じる喘ぎへと変わる。そして、彼は絶頂を迎え、私は自分の中に解き放たれた熱を感じながら意識を手放したのだった。
*****************************************************
真央はそこで意識を『現在』へと引き戻すと一つため息を零し、バーバックから新しい酒を取り出した。
ラムとオレンジ・キュラソー、パスティス、クリーム・ド・ノワヨー、砂糖、卵黄をシェイカーに入れる。それをシェークしてカクテルグラスに注いだ。
「アイ・オープナー…。 運命の出会い、かぁ。」
真央はそれを飲み干すともう一度潤の顔を見る。
「ねぇ、潤。 あなたは私のことどう思っているの?」
眠りこける潤からは返事はない。真央はグラスをかたずけながら再び『過去』へと思いを馳せるのだった。
************************************************
お読みいただきありがとうございます
アイ・オープナーのレシピ
ラム 30ml
オレンジ・キュラソー 2dash
パステルなどのアブサン系リキュール 2dash
クレーム・ド・ノワヨー 2dash
砂糖 1tsp
卵黄 1個
これらを強くシャークして大型のカクテルグラスに注げば完成
1dashは約1ml程度の少量用いる際に使われる用語
1tspはバー・スプーン一杯程度。小さじ1杯。約5ml程度のこと
カクテル言葉は『運命の出会い』
過去は真央の一人称で進みます。
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「これ、美味いね。」
「そう? 気に入ってもらえてよかったわ。」
潤は初めて飲むそのカクテルに酔いしれた。話したいことは色々あるはずなのにうまくそれを切り出せない。それは目の前の真央がそれを望んでいないように思えたから。
(くそ。 間が持たない…。)
気付けば潤はオリンピックのお代わりを頼んでいた。
「雨水先輩、グラスが空に…。」
「あ、ああ。」
「何か他の物にしますか?」
「そうだねぇ。 オーパス・ワンかピノ・ノワール・マーカッサン・ヴィンヤードがいいかな?」
「さすが、雨水先輩。
カリフォルニア・ワインなら奥のワインセラーにあったはずですので取ってきますね。」
真央はそう言って奥へ引っ込む。すると、顕政は潤に向き直り言葉を紡ぐ。
「潤、俺が見るに彼女はお前のことを思っている。」
「…………。」
「でなかったら、未だにあのペンダントを肌身離さず身に着けてたりはしないと思うんだ。」
「ペンダント…。」
「そうだ。 お前が土下座してまで俺に手伝ってくれと言って買ったあのペンダントだ。」
顕政は三年前、真央の祖父の初七日が済んだころにここに会いに来た時のことを話し始めた。
顕政はお悔やみを言う為にここに来たが、逆に励まされた。その時、胸元に潤がプレゼントしたペンダントが見えたのだ。真央は、『どうしても捨てれなくて…。 青春の1ページって奴ですね。』と悲しげに笑っていた、と…。
「……………………。」
「お前の方はどうなんだ?」
「俺は…。」
「潤、俺はね。 真央ちゃんと再会して『虫よけ』を買って出たんだ。」
「先輩?」
「だって、真央ちゃんは今でもお前のこと思ってるから。 今日、それを改めて確信したよ。」
「?」
「一度、ちゃんと話をしろ。 いいな。」
「はい…。」
ちょうどそこへ真央が戻ってくる。その手にはピノ・ノワール・マーカッサン・ヴィンヤードの瓶が握られていた。
「探したんですけど、オーパス・ワンは切らしてしまってて。 こちらでもいいですか?」
「構わないよ。」
真央は慣れた手つきで開けていく。
「望月、俺にもくれないか?」
「え? でも、一之瀬君は…。」
「真央ちゃん、今日は俺の奢りなんだ。 だから、注いでやって。」
「分かりました。」
真央はカウンターにワイングラスを二つ置き、慣れた手つきで注いでいく。その様子に潤は驚いた。
「望月はソムリエの資格も持っているのか?」
「見よう見まねで始めたんだけど、お祖父ちゃんが『折角なら資格も取っておきなさい』って…。」
「さすが真央ちゃん。 器用なんだね。」
「褒めても何も出ませんよ。」
真央の柔和な笑みに潤は鼓動が早くなるのを感じる。それを誤魔化すように飲み慣れていないワインをぐいぐいと飲み干していった。瓶が空になるころには当然のように酔い潰れてカウンターに突っ伏してしまう。
「やれやれ…。」
「けしかけたのは雨水先輩ですよ。」
「まぁね。」
「もう…。」
真央はため息をつきながら、潤の前髪を掬う。潤のその顔は出会ったころより幾分か精悍さを増し、雄の香りを放っているようだった。それを、顕政は見逃さずに言葉を続ける。
「真央ちゃん、潤はね、君のことを諦めきれずにいるんだ。
でも、追わなかった。 それがこいつなりの優しさだと思う。」
「…………。」
「君もまだ気持ち残ってるんだろ? だから、オリンピックを潤に出した。」
「雨水先輩はオリンピックに隠された言葉を知っているんですか?」
「勿論だ。 オリンピックは『待ち焦がれた再会』。
君は潤との再会を望んでいたんだろ?」
「それは…。」
「何より、そのペンダントを肌身離さず持っているのがその証拠だと俺は思っている。」
真央は胸元のギュッと握りしめる。
「それね、潤が俺に土下座してまで手伝ってくれって言って買ったものなんだ。」
「え?」
「女の子にプレゼントなんてしたことがないから何がいいかわからない。
サプライズで贈りたいから君に聞くわけにはいかない。
だから、喜びそうなものを一緒に探してくれないか、ってね。」
「潤…。」
「漸く本音が出たね。 今、向き合わないと後悔するよ。」
「先輩、私…。」
「ちゃんと結果を出さないと、二人とも不幸になる。 俺はそんなのごめんだ。
見たくない。 できることなら、二人には笑っていてほしい。
これも何かのめぐりあわせだ。 そう思わないかい?」
「そう、ですね…。」
「潤のことは任せる。 あとは君が決めるんだ。
もう悩むことしかできなかった子供じゃないだろう?」
顕政の言葉に真央は決心したように顔を上げる。その瞳には強い意志が宿っていた。それに安堵し、顕政は店をあとにするのだった。
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真央は未だカウンターに突っ伏して眠る潤を見ながら過去へと思いを馳せる。
私が彼・一之瀬潤と出会いったのは高校の入学式。その日は朝から風が強く、そのせいで入学祝いに母が買ってくれたハンカチを飛ばしてしまい、校庭の桜の枝に引っ掛けてしまった。
「ど、どうしよう…。」
私は途方に暮れる。すると、後ろから手が伸びて来て枝に引っかかったハンカチをいともたやすく取ってくれた。
振り返るとそこには長身の男子生徒がいて、ネクタイの色から同学年だとわかった。
「大切なもの?」
「は、はい…。 母が入学祝いにって…。」
「そうだったんだ。」
私は彼をまともに見ることができない。そのモデル顔負けの甘いマスクに恋愛経験などない私はドキドキして俯いたままだった。意を決して顔を上げたのだが、そこへ彼の友人らしい男子生徒たちの呼ぶ声が聞こえてくる。
「一之瀬、何やってんだよ!!」
「おお、今行く。」
「あ…。」
「じゃ、俺。もう行くから。」
彼は爽やかな笑顔だけを残してその場を去っていく。とうとう、お礼を言うことができなかった。
「一之瀬、君、か…。」
それから、数日して彼のことがわかった。
名前は一之瀬潤。
高名な投資家一家の御曹司でいずれはその後継者になることが決まっているという。彼はその長身を生かしてバスケットボール部に入った。その甘いマスクと抜群の運動センスですぐに人気者になる。女子たちの憧れの的になっていった。私もその中の一人だったのは言うまでもない。だけど、私は遠くから眺めるだけ。何故なら、彼の側にはいつも似合いの女性が寄り添っていたから…。
彼女の名前は一之瀬雫。
彼の従妹で、同じく一之瀬家の後継者候補。弓道部に所属する彼女は背筋をピンと伸ばし、堂々としている。まさにお嬢様然としていてとても太刀打ちできるような相手ではない。
だから、私の恋はその時点で終わりを告げた。そう思っていたのに…。
状況が変わったのは3年生の春、私は彼らと同じクラスになったのだ。
「えっと、望月真央さんだっけ?」
「あ、はい…。」
「あ、私、一之瀬雫。 よろしくね。」
「だぁ!! 雫、なんでお前、望月の隣に陣取ってるんだよ!!」
「早い者勝ちよ。」
雫さんは私に気さくに話しかけてくれた。そこで初めて知ったのだが、私はかなり有名な存在だったらしい。
「私ってそんなに有名だったんですか?」
「それはもう超有名人よ!!」
「そんな風に言われたこと一度も…。」
「まぁ、近寄りがたいオーラ出しまくってからねぇ。」
私は首を傾げた。そんな態度を取ったことないから。
「その顔、自分でわかってないって感じだね。」
「え?」
「真央はね。 一年のころから常に学年トップだったんだよ。」
「え? え?」
「総合成績、いつもトップ。 でも、成績の張り出しの時、誰もあんたの顔見たことない。」
「ああ、そう言えば行ったことない。」
「で、成績上位の私らの間ではいつの間にやらミステリアスな存在になってたのよ。」
「あはははは…。」
「で、先生に探り入れて分かったことといえば。
母子家庭で、この高校には特待生として合格してて、奨学金をもらって通ってること。」
私はその言葉に暗く俯く。そう、私の家は母子家庭。父は大工の棟梁だったが、ある現場で資材の下敷きになって亡くなった。その父の最後の言葉は『家、建てる、約束、守れねぇで、すまねぇ。』だった。
私はこの時9歳だったが、その時の母の顔が忘れられず、いつか建築家になって母に家を建ててあげるんだと決意し、一心不乱に勉強した。
そして、勝ち得たのがこの高校での特待生として奨学金をもらいながら通うこと。勉強への姿勢は入学してからも変わらず打ち込んだ。
「真央?」
「あ…。」
「あのさ、あんたの家庭事情はこの際聴かない。」
「雫さん?」
「でも、いつまでも自分を卑下しちゃだめだよ。
だって、このクラスに入れたのは真央の実力だもん。 自信持っていいんだからね。」
「はい…。」
「それと、これから私のことは呼び捨てでいいから。」
「え、で、でも…。」
「もし、さん付けで呼んだら、マックのストロベリーシェイク奢ってもらうわよ。」
「えっと…。」
「分かったわね。」
私は雫に念を押されて約束をさせられた。
それからの四か月私はまさしく『青春を謳歌する』と言うに相応しい学園生活を送る。それを一番喜んだのは母で、気が付けば家の中も明るくなっていた。その間、彼との関係は『憧れの人』から『友人』へと変わっていく。
夏休みに入り、ある出来事を境に私たちは『恋人』へと変わっていったのだ。
それはインターハイも終わった八月後半のこと、私は補習授業で学校に来ていた。うちの学校は自転車置き場が体育館の横にあったので、自転車通学だった私は必然的にそこを通る。そして、扉が開いているのに気づいた。
中を覗くとそこにいたのは彼だった。誰もいない体育館でただひたすらにフリースローの練習に打ち込む彼。響くのはボールの跳ねる音と彼の息遣い。
しばらく見ていると彼の気が済んだのか、ボールを片付け始めた。
「手伝うよ。」
「望月?」
私は自然とそう口に出して手伝い始めた。始めは驚きに目を見開いていたが、いつものさわやかな笑顔を向けて『ありがと』と言ってくれた。
「望月、部室で待っててくれない?」
「え?」
「俺、シャワーして汗流してくるから、一緒に帰ろう。」
「う、うん…。」
私は彼に言われるまま、バスケ部の部室で待つことに。正直、落ち着かない。何故なら、部室の奥にシャワールームがあって、シャワーの流れる音がずっと聞こえてくるから。ふと、気付くと彼のバッグからバスタオルがはみ出してるのが見えた。私は彼が困るのではないかと思い、それを手に取ってシャワールームへと恐る恐る声を掛ける。
「一之瀬君、バスタオル…。」
だが、その返事を聞く前に扉が開く。私は驚きのあまりバスタオルを落としてしまった。目の前には全裸の彼が立っていたから…。思わず凝視してしまう。逞しい二の腕、程よく突いた胸筋、六つに割れた腹筋。そして、そのまま視線を下げてしまい私は恥ずかしさのあまり後ろを向いた。
「望月…。」
彼はそう言って私を後ろから抱きしめた。
「望月、お前、ずっと俺のこと見てたよな?」
「え?」
「気付いてないと思った?」
「い、一之瀬君?」
「ねぇ、このまま『抱きたい』って言ったらどうする?」
「で、でも、一之瀬君には雫が…。」
「雫? あいつは俺のライバル、恋愛対象じゃない。
なぁ、俺、我慢できないよ。 望月を抱きたい…。」
私は何も言えずに俯く。すると、彼の戒めが強くなった。
「望月、俺の初めての人になってよ。」
「一之瀬君は私でいいの?」
「望月がいい…。」
「わ、私も…………。 私も初めては一之瀬君がいい。」
どちらとも口付けを交わす。そして、彼は震える手で私の制服を脱がし、生まれたままの姿にしていく。
「ここだと、声、聞かれちゃうかもしれないから。」
部室は既に鍵が掛けてある。外から開けるための鍵は彼が持っているから誰かに入られることはない。それでも私のことを思ってなのか、独占欲からなのか彼は私をシャワールームへと誘った。
私を壁に押し付けながら口づけを交わし、やがてそれは徐々に深さを増していく。それと同時に彼の手は私の双丘を揉みしだき始める、更にその頂にある赤い実を弄り始めた。
「あ…。」
「望月のココ、硬くなってきた。」
「やぁ、言わないで…。」
「はは、可愛いな。」
「一之瀬君…、だ、ダメ…。」
「なぁ、真央って呼んでいい?」
「え?」
「俺のことも潤って呼び捨てにしてくれていいから…。」
「うん…。」
「ありがと、真央。」
彼はまたあの爽やかな笑みを浮かべると、思いっきり赤い実に吸い付いた。私は急に与えられた刺激に思わず彼の頭を掻き抱く。それまで背中を撫でていた彼の左手を徐々に下げていき、太腿を撫で始めた。私はその先を想像して、身震いをする。次の瞬間、彼の節くれだった指が私の秘裂を撫で上げる。
「あぁぁ…。」
「濡れてる…。」
「い、いや…。」
でも、彼はやめてくれない。繁みの奥をかき分け、蜜の滴る入口へと指を鎮めていく。私は堪えられなくなり、彼の肩にしなだれかかった。
「真央、辛い?」
私は頷くことしかできない。すると、彼はバスタをるを床に敷いて、私をそこへ横たえた。そして、私の両膝を立てると、膝頭を持ち左右に広げた。彼はその秘められた場所に自分の顔を埋める。私はあまりのことに驚いたが、彼の舌が一番敏感な花芯を舐め上げたことで抗議を上げることができない。そればかりか彼は花芯を強く吸い上げたのだ。私は一瞬にして瞼の裏に火花が散り真っ白な世界へと落ちて行った。
「真央、そろそろ行くよ…。」
「潤…。」
次に気付いたのは彼のその声だった。私は、彼の名を呼ぶことしかできない。そして、誰にも暴かれたことのなかった隘路を彼のソレが押し入ってくる痛みに耐える。
「ごめん、真央。 我慢できない。 動くよ。」
「あぁっ、やぁっ、潤っ!!」
初めての彼にはそれ以上我慢することは無理だった。私の中を穿つように抽挿を繰り返す。やがて、私の奥から溢れる蜜が潤滑油となり、隠微な音が響き渡る。それに合わせるように肉のぶつかる音と彼の息遣いが反響する。
「真央、真央…。」
「あっ、ひゃっ、やっ、あんっ!」
いつしか私の中から悲鳴じみたものは消え、甘さの交じる喘ぎへと変わる。そして、彼は絶頂を迎え、私は自分の中に解き放たれた熱を感じながら意識を手放したのだった。
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真央はそこで意識を『現在』へと引き戻すと一つため息を零し、バーバックから新しい酒を取り出した。
ラムとオレンジ・キュラソー、パスティス、クリーム・ド・ノワヨー、砂糖、卵黄をシェイカーに入れる。それをシェークしてカクテルグラスに注いだ。
「アイ・オープナー…。 運命の出会い、かぁ。」
真央はそれを飲み干すともう一度潤の顔を見る。
「ねぇ、潤。 あなたは私のことどう思っているの?」
眠りこける潤からは返事はない。真央はグラスをかたずけながら再び『過去』へと思いを馳せるのだった。
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アイ・オープナーのレシピ
ラム 30ml
オレンジ・キュラソー 2dash
パステルなどのアブサン系リキュール 2dash
クレーム・ド・ノワヨー 2dash
砂糖 1tsp
卵黄 1個
これらを強くシャークして大型のカクテルグラスに注げば完成
1dashは約1ml程度の少量用いる際に使われる用語
1tspはバー・スプーン一杯程度。小さじ1杯。約5ml程度のこと
カクテル言葉は『運命の出会い』
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