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本編

Spanish Town~ほろ苦い思い出~

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Spanish Town~ほろ苦い思い出~

真央は突然手首を捕まれたことに驚いた。

「真央、俺は今でも……」

そう呟きながら潤の手はするりとカウンターの上に落ちていく。

(寝言?)

潤の寝息が聞こえてくる。彼が深い眠りに落ちたのは間違いない。

「潤……。 今何を言おうとしたの?」

真央はそう問いかけずにはいられなかった。雨水の言葉を信じるなら潤は自分と同じ思いでいる。それを確かめて良いのかどうか真央は迷った。

(あの頃は何も考えずに付き合っていられたのに……)

真央は付き合い始めた頃のことを思い出す。



高校最後の夏、潤は夏休み前の告白を成就させるために部活に打ち込んでいた。その姿を見る度に真央は自分も夢に邁進しようと積極的に夏期講習に参加した。
そして、運命のインターハイ決勝。潤は最後の最後で3Pシュートを外して優勝を逃した。

「潤、何やってるのよ!」
「お兄ちゃん、かっこ悪すぎ」

一緒に観戦していた雫は怒りを、潤の妹・明日香はため息をこぼす。それを真央は苦笑して見ていた。コートに視線を戻すと膝を突き項垂れる潤の姿がそこにあった。

「一之瀬君……」

真央は心が痛む。それと同時に潤がどれほど自分を思っていてくれたのかが伝わってくる。今すぐにでも『あのときの約束は忘れて』と言いたかった。だが、それは言ってはならない。それは潤のプライドを傷つけることだから……。



それから数日後。夏期講習が受けた帰り。自転車置き場に向かっていた真央は体育館の脇を通り過ぎようとして誰もいないはずなのそこからボールの跳ねる音がしてのぞき込む。そこには一心不乱にフリースローの練習をする潤の姿があった。彼の放ったボールはまるで吸い込まれるようにネットに落ちていく。

「くそ!」

突然、潤がボールをたたきつける。ボールは転々と転がり自分の目の前で止まった。真央は自然とそのボールを手に取る。それに気づいた潤と短い会話のあと二人で片付け始める。その後、『一緒に帰ろう』と言われ、部室で待つことに……。
そのときの胸の鼓動は今でも忘れることは出来ない。奥にあるシャワールームには全裸の潤がいる。それを想像するだけで顔が赤くなった。そして、二人の関係が変わるきっかけは突然訪れる。
潤のスポーツバッグからバスタオルがはみ出ていたのに気づき、それを扉越しに渡そうと掴む。

「一之瀬君、バスタオル……」

そう声をかけると同時にドアが開く。そこには全裸の潤が立っていた。その素晴らしい肉体に目を奪われると同時に羞恥心が心を支配し、俯き後ろを向いた。潤が再びバスルームへと戻るのをじっと待ったが不意に抱きしめられる。
そして、告げられた潤の思いに真央は抗うことなど出来ず、体を重ねたのだった。



「真央?」

真央が意識を取り戻すとそこには自分を心配そうにのぞき込む潤の顔があった。

(え?)

真央は驚き起き上がろうとした。それと同時に下腹部に鈍痛が走る。それが破瓜の傷みだと思い出したのは自分の下に敷かれたバスタオルに赤いシミが広がっていたのを見たときだった。

(私、潤と……)

そのことに思い至り真央は顔を赤くした。

「真央、かわいい」
「え?」

潤がクスリと笑い額にその唇が軽く触れる。真央は触れられた額に手をやる。

「立てるか?」
「うん。多分大丈夫……」

潤は真央の手を取り立ち上がらせてくれた。そして、シャワーを浴びて家路につく。潤は終始心配そうにしていたのを良く覚えている。きっと無理をさせたと思っていたのだろう。別れ際の言葉は今でも良く覚えている。

「真央、ごめん。でも、俺。どうしても諦めきれなくて……」
「いいよ。気にしてないから」
「でも……」
「ホントはね」

そこで一度言葉を切り、真央は潤に微笑みかける。その顔に少し困惑気味の潤の頬に触れるだけのキスをする。

「インターハイの決勝終わったあとに『あの約束は忘れても良いよ』って言いたかったの」
「真央?」
「でも、それって潤のプライドを傷つけると思ったから言わなかった。だから、潤が『諦めきれない』って言ってくれて嬉しかった」
「じゃあ……」
「一之瀬潤君。こんな私で良かったら私と付き合って下さい」

真央は深々と頭を下げる。それに対して潤は肩にかけたスポーツバッグを下ろすと姿勢を正し、『こちらこそよろしくお願いします』といって頭を下げた。そして、二人で笑い合うともう一度唇を重ねた。

翌日、潤は雫に付き合い始めたことを報告しに行こうと真央を誘った。近くのファミレスに呼び出してことの顛末を告げると雫はため息交じりに尋ねる。

「真央はそれでいいの?」
「うん」
「じゃ、私は反対する理由はないわ」
「雫……」
「潤、真央を泣かせたら私が許さないからね!」
「わかってる」

潤の真摯な瞳にそれまで仏頂面だった雫が破顔して二人を祝福した。そして、一つの包みを差し出す。

「これから絶対必要になるだろうからあげる」
「雫?」
「二人きりの時にでも開けてね。ジュース、ごちそうさま」

それだけ言って雫は颯爽とその場をあとにしたのだった。



雫と別れたあと、潤は真央を自宅まで送った。

「潤、コーヒーでも飲んでいく?」
「いいのか?」
「送ってくれたお礼。それに雫のくれたものも気になるし……」

潤は緊張した面持ちで玄関のドアをくぐり抜ける。そこはどこにでもある小さなアパート。必要最低限のものだけが置かれたシンプルな作り。潤は通された居間に胡座を掻きながら見回す。そこは潤の部屋より狭い。

「インスタントだけど良いかな?」
「ああ」

やがて香ってきたコーヒーの香りに潤は視線を戻す。小さなテーブルの上に二つのマグカップが置かれる。それに二人は一口付けてから例の包みを開ける。
そこに入っていたのは未使用の避妊具だった。そして、一枚のメッセージカードが入っている。

お互いを大事にすること!
彼女に負担をかけるようなことをしたら勘当されても当然と肝に銘じておきなさい
                                  一之瀬 佳織

潤は頭を抱えて項垂れた。その様子に困惑する真央。

「潤、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
「本当に?」
「従姉に釘を刺されただけだ」
「雫に?」
「いや、年上の従姉のほう」
「え?」

潤は少しだけ家族の話をした。父・智には海外在住の長兄がいて、その伯父には二人の子供がいて、そのうちの姉の佳織は帰国していて大手商社の営業として活躍している。潤・雫そして妹の明日香にとってこの従姉は逆らえない存在だった。いとこの中で年長者である佳織は両親から全幅の信頼を受けていて何事にも目を光らせていた。

「確かに親父おやじからは【お前くらいの年頃ならこれくらいは持っておくのがエチケットだ】と渡されたけど」
「あ、だから昨日……」
「真央の夢、俺のせいで潰すわけにはいかないからな」

潤は照れ臭そうにそっぽを向く。そんなな潤の頬に軽く触れるだけのキスをする真央。潤は驚いて向き直った。

「なんとなく話はわかった。でも、なんで、その、私たちが……」
「多分、明日香が話したんだろう」
「潤の妹さんが?」
「あいつ、佳織さんに話したな」
「どういうこと?」

潤は一つため息をついてから、昨日の自分の様子から勘の鋭い明日香が真央との仲を察したのだろうと話す。そして、暴走するのではと心配して佳織に相談したのだろうと……。

「俺、よっぽど顔に出てたんだろうな」

しょぼくれてテーブルに突っ伏して項垂れる潤を見るにつけ、真央はクスクスと笑い始める。

「なんだよ?」
「ちょっとうらやましい」
「なんで?」
「私、一人っ子だから……」

少し寂しげに笑う真央に潤は慌てる。自分は何か間違えていたのかと気が気でないと言った様子だった。それが滑稽で遂に真央は声を出して笑い始める。

「そんなに笑わなくても良いだろう?」
「だ、だって……」
「そういうヤツはこうだ!」

潤は仕返しとばかりに真央を抱き寄せると唇を重ねる。突然のことに驚いた真央だが答えるように潤の首に腕を巻き付ける。やがて二人の唇が離れると潤はそのまま真央を押し倒した。

「折角の頂き物だから使わないと、な」

そう言ってニヤリと笑うと潤は真央のスカートをたくし上げ、腿をなで上げる。ぞくりとする感覚に真央が体を強ばらせるが潤の優しい手つきに体を開いていく。やがて、その不埒な手は真央のショーツの横から忍び込み秘裂へと指を沈めていく。

「あんっ」
「真央、ここ、気持ちいい?」
「あぁぁん、ダメ、そんなに、擦ら、ないで……」

真央は息を荒らげながら頭を振る。だが、潤はお構いなしに茂みに隠された花芯を探り当て親指の腹で擦り上げる。その瞬間、真央の意識がはじける。甲高い嬌声と共に体をしならせ達した。

「真央、今度は一緒に……」

潤はそう言うと先程の避妊具の箱を開け中から一つ取り出す。口で器用に破くと自身に装着してそのまま真央の中へと沈めていく。そのあとは潤の独壇場だった。激しく抽挿を繰り返し、一気に高みへと押し上げる。最後の一撃と言わんばかりに奥を穿つと真央は達した。同時に中が収縮し潤を締め上げる。それに逆らうことなく熱を吐き出したのだった。

それから潤は受験勉強と称して真央のウチに入り浸るようになる。真央の母は仕事で夜7時を過ぎないと帰ってこない。だから、平日の昼間、明るい中で体を重ねた。すべてを見られて恥ずかしくてたまらな今尾を、潤は嬉々として抱いた。
時には向かい合って。時には四つん這いにさせられ、獣の交尾のように後ろから。ある時は上に乗せられて下から突き上げられた。回数を重ねる度に潤は真央の体を暴き、快楽を植え付けていった。
そして、二学期が始まる頃にはお互いに『イク』ということを覚えたのだった。
そんな九月の初めのある日のこと。真央は潤にあるお願いをするために自宅に呼んでいた。

「潤、二学期も始まったし、受験も本格的になると思うの」
「そうだな」
「えっと、だ、だからね」
「なに?」
「アレの回数……」
「アレじゃわからないよ?」
「もう!」
「真央、ちゃんと言って」
「だから! セ、セックスの回数!!」

真央は真っ赤になりながら訴えかけた。それを潤はニコニコしながら、受け止めると、頬に優しいキスを落として誤魔化さそうとする。それに流されまいとキッと顔を上げて抗議する真央。結局、二人は週一回のセックスで落ち着いたのだった。



「今考えると随分流されてたよねぇ」

そんな愚痴と共にグラスの縁を指でなぞる真央。その表情には苦笑いが浮かんでいる。
おもむろにホワイト・ラムをグラスに注ぎそれにオレンジキュラソーを2滴加える。ラムにキュラソーの香りを足したそのカクテルはスパニッシュタウン。このカクテルが示す言葉は【ほろ苦い思い出】だ。
それは二人で迎えたクリスマスを思い出させた。少しばかり後悔の残るほろ苦い思い出となったことを……。

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