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『氷雨社長との再会(3)』
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『氷雨社長との再会(3)』
各テーブル同士は離れているとはいえ、有線放送すら流れていない静かなロビーだ。
信憑性を持たせる為、少し大きな声でそう告げたオレの言葉は思った以上に響いたようで、あちこちから視線が向けられた。
目の前の氷雨社長もそうだ。
一瞬、オレの言葉を理解できなかったのか、曇った表情のまま無言になったが。
「……ふ」
と、軽く微笑んだ。実に大人という感じだ。
オレが変態と思われる程度で、美人の曇った顔を笑顔に出来るのならば安いもの。
「若い男の子に気を使わせてしまったな」
「本心ですから」
「そうか。ならば私は誉められたのか? ありがとう、と言うべきなのかな」
静かに笑う氷雨社長。
いちいちカッコいい仕草がサマになる人だ。
冬原先生から聞いていたような、拳は口よりモノを言うとか、夜な夜な男漁りをしているような人には見えない。
「さて。男性を立たせっぱなしというのは女として居心地が悪い。掛けてくれるかな。話を始めよう」
氷雨社長がオレにイスをすすめ、オレも「失礼します」と言って腰かける。
オレの隣に先生が座り、先生の対面に氷雨社長が座ろうとした。
こういった場で、女性は男の正面に着席しない。
寂しいが、これがこの世界の常識でマナーとされる。
そんなマナーはくそくらえだ。
「氷雨社長。よければボクの前に座って頂けますか? 斜め向かいでは、お話が遠くなってしまいます」
「……それで君が良いならば」
少し驚いた顔になったものの、氷雨社長はオレの正面に座った。
「飲み物は何がいいかな? 放課後に呼び出してしまったし、腹も空いているだろう。ケーキなどもあるようだ。お好きなものをどうぞ」
「ありがとうございます。アイスコーヒーでお願いします」
「おや、甘いものは苦手かな?」
「一人でケーキをつっつくというのも……お二人も頼まれるのであればご相伴にあずかりたいですけれど」
甘いものは嫌いではないが、頼むのがオレだけだと恥ずかしい。
「ふむ。冬原先生はどうですか?」
「そうですね。では皆で頂くという事でどうでしょう?」
大人の女性たちが固い口調で会話を交わしている。
どれだけ仲が良くてもオレの面接という手前だからだろう。社会人としてTPOをわきまえているビジネスマナーだ。
これはこれでよい空気だと思うが、もう少し打ち解けた方が話も進めやすい。
「冬原先生と氷雨社長は学生時代から先輩後輩の仲だと伺っています。ボクの事はお気になさらず、普段通りにしてくださって結構です。ボクもその方がお話ししやすいですから」
氷雨社長が冬原先生を見る。無言の会話だろうか。
先生はそれを受け、真面な表情を崩し、オレと二人きりの時のユルい顔になった。
「宮城がそう言うのであればいいと思いますよ、氷雨先輩」
「そうか? では、そのようにしよう。それで美雪、ケーキはどうする?」
「そうですね。宮城はどれが食べたい?」
メニューをオレに見せる先生。
「ガトーショコラを。それとブラックコーヒーの組み合わせが好きなので」
チョコ系のケーキをブラックで流し込む快感は、チーズをウイスキーで流し込む快感に近いものがある。
「じゃあ私もそれで。氷雨先輩はどうします? 甘いものはあまりお好きではな」
「私も同じものをオーダーしよう。宮城君、私も甘いものが好きでな。気が合いそうで良かった」
……先生の言葉をさえぎった氷雨社長だが、あそこまで聞こえれば想像はつく。
冬原先生も氷雨社長に何か言いたげな目で見ている。答え合わせ終了だ。
若いイケメンの気を引くために、無理してでも話を合わせている。
逆の立場ならオレだってそのくらいするだろうし、ここは気付かなかったフリをするのが社会人としてのマナーだろう。
そうして、それぞれの前にガトーショコラとアイスコーヒーが並び、面接が始まった。
「では宮城君。まず仕事内容から説明しようと思うが……」
「はい、お願いします」
「美雪からまったく聞いていないのかな? 私の会社の事も?」
「はい」
うーん、と唸る氷雨社長はそのまま冬原先生を見て。
「美雪。宮城君は、その、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。むしろ喜ぶかもしれません」
「馬鹿者。男性を変態のように言うな」
二人の間で主語の抜けた言葉が交わされる。
「ええと?」
置いてきぼりだったオレが言葉を差すと。
「すまない。ただ私の会社が扱うものは男性にとって触れる機会は少なく、不快と感じる場合もあるからな。前情報無しで話していいものか、と」
「不快、ですか?」
なんだろう。
男性が触れることが無いというと……生理用品? けれど男性が不快と感じるというより、女性側のプライバシーという気もする。いや、この世界だとどういう扱いだろうか?
「先輩、それでは話が進みませんよ」
「わかっている。よし。宮城君、これを見て欲しい」
先生に話の続きを急かされた雨社長は、足元に置いていたブリーフケースから冊子を取り出した。
「これが私の扱う商品だ」
「……これは」
表紙に美人のモデルさんがデカデカと載っており、なによりそのモデルさんのデカデカした胸は下着姿で飾られていた。
しかし、これでは何を扱っているのかわからない。
……雑誌編集?
「ええと。モデル雑誌を作られている、とか?」
「いや。中を見てくれ」
「はい」
表紙をめくれば、やはりデッかい系のモデルさんが麗しい半裸姿でポーズを決めている。
うーむ、いったいコレは何だろうか。
謎を解くべく、オレはさらにページを繰る。
美女、美女、美女。すべてがデッかい美女の半裸、下着姿だ。
「どうだろうか? 私の仕事を理解した上で、面接を続けてもらえるだろうか?」
さっぱりわからない。
「宮城」
混乱しているオレに、隣から先生がこう言った。
「氷雨先輩の会社は下着メーカーだ。それもオーバーサイズ専門のブランドだ」
---お知らせ---
11/1よりノクターンノベルスに転載していた本作ですが、本日の日間総合ランキング1位となりました。
初日からポイントも多かった為、こちらからわざわざブックマークや☆評価など入れて頂いた方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願い致します。
各テーブル同士は離れているとはいえ、有線放送すら流れていない静かなロビーだ。
信憑性を持たせる為、少し大きな声でそう告げたオレの言葉は思った以上に響いたようで、あちこちから視線が向けられた。
目の前の氷雨社長もそうだ。
一瞬、オレの言葉を理解できなかったのか、曇った表情のまま無言になったが。
「……ふ」
と、軽く微笑んだ。実に大人という感じだ。
オレが変態と思われる程度で、美人の曇った顔を笑顔に出来るのならば安いもの。
「若い男の子に気を使わせてしまったな」
「本心ですから」
「そうか。ならば私は誉められたのか? ありがとう、と言うべきなのかな」
静かに笑う氷雨社長。
いちいちカッコいい仕草がサマになる人だ。
冬原先生から聞いていたような、拳は口よりモノを言うとか、夜な夜な男漁りをしているような人には見えない。
「さて。男性を立たせっぱなしというのは女として居心地が悪い。掛けてくれるかな。話を始めよう」
氷雨社長がオレにイスをすすめ、オレも「失礼します」と言って腰かける。
オレの隣に先生が座り、先生の対面に氷雨社長が座ろうとした。
こういった場で、女性は男の正面に着席しない。
寂しいが、これがこの世界の常識でマナーとされる。
そんなマナーはくそくらえだ。
「氷雨社長。よければボクの前に座って頂けますか? 斜め向かいでは、お話が遠くなってしまいます」
「……それで君が良いならば」
少し驚いた顔になったものの、氷雨社長はオレの正面に座った。
「飲み物は何がいいかな? 放課後に呼び出してしまったし、腹も空いているだろう。ケーキなどもあるようだ。お好きなものをどうぞ」
「ありがとうございます。アイスコーヒーでお願いします」
「おや、甘いものは苦手かな?」
「一人でケーキをつっつくというのも……お二人も頼まれるのであればご相伴にあずかりたいですけれど」
甘いものは嫌いではないが、頼むのがオレだけだと恥ずかしい。
「ふむ。冬原先生はどうですか?」
「そうですね。では皆で頂くという事でどうでしょう?」
大人の女性たちが固い口調で会話を交わしている。
どれだけ仲が良くてもオレの面接という手前だからだろう。社会人としてTPOをわきまえているビジネスマナーだ。
これはこれでよい空気だと思うが、もう少し打ち解けた方が話も進めやすい。
「冬原先生と氷雨社長は学生時代から先輩後輩の仲だと伺っています。ボクの事はお気になさらず、普段通りにしてくださって結構です。ボクもその方がお話ししやすいですから」
氷雨社長が冬原先生を見る。無言の会話だろうか。
先生はそれを受け、真面な表情を崩し、オレと二人きりの時のユルい顔になった。
「宮城がそう言うのであればいいと思いますよ、氷雨先輩」
「そうか? では、そのようにしよう。それで美雪、ケーキはどうする?」
「そうですね。宮城はどれが食べたい?」
メニューをオレに見せる先生。
「ガトーショコラを。それとブラックコーヒーの組み合わせが好きなので」
チョコ系のケーキをブラックで流し込む快感は、チーズをウイスキーで流し込む快感に近いものがある。
「じゃあ私もそれで。氷雨先輩はどうします? 甘いものはあまりお好きではな」
「私も同じものをオーダーしよう。宮城君、私も甘いものが好きでな。気が合いそうで良かった」
……先生の言葉をさえぎった氷雨社長だが、あそこまで聞こえれば想像はつく。
冬原先生も氷雨社長に何か言いたげな目で見ている。答え合わせ終了だ。
若いイケメンの気を引くために、無理してでも話を合わせている。
逆の立場ならオレだってそのくらいするだろうし、ここは気付かなかったフリをするのが社会人としてのマナーだろう。
そうして、それぞれの前にガトーショコラとアイスコーヒーが並び、面接が始まった。
「では宮城君。まず仕事内容から説明しようと思うが……」
「はい、お願いします」
「美雪からまったく聞いていないのかな? 私の会社の事も?」
「はい」
うーん、と唸る氷雨社長はそのまま冬原先生を見て。
「美雪。宮城君は、その、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。むしろ喜ぶかもしれません」
「馬鹿者。男性を変態のように言うな」
二人の間で主語の抜けた言葉が交わされる。
「ええと?」
置いてきぼりだったオレが言葉を差すと。
「すまない。ただ私の会社が扱うものは男性にとって触れる機会は少なく、不快と感じる場合もあるからな。前情報無しで話していいものか、と」
「不快、ですか?」
なんだろう。
男性が触れることが無いというと……生理用品? けれど男性が不快と感じるというより、女性側のプライバシーという気もする。いや、この世界だとどういう扱いだろうか?
「先輩、それでは話が進みませんよ」
「わかっている。よし。宮城君、これを見て欲しい」
先生に話の続きを急かされた雨社長は、足元に置いていたブリーフケースから冊子を取り出した。
「これが私の扱う商品だ」
「……これは」
表紙に美人のモデルさんがデカデカと載っており、なによりそのモデルさんのデカデカした胸は下着姿で飾られていた。
しかし、これでは何を扱っているのかわからない。
……雑誌編集?
「ええと。モデル雑誌を作られている、とか?」
「いや。中を見てくれ」
「はい」
表紙をめくれば、やはりデッかい系のモデルさんが麗しい半裸姿でポーズを決めている。
うーむ、いったいコレは何だろうか。
謎を解くべく、オレはさらにページを繰る。
美女、美女、美女。すべてがデッかい美女の半裸、下着姿だ。
「どうだろうか? 私の仕事を理解した上で、面接を続けてもらえるだろうか?」
さっぱりわからない。
「宮城」
混乱しているオレに、隣から先生がこう言った。
「氷雨先輩の会社は下着メーカーだ。それもオーバーサイズ専門のブランドだ」
---お知らせ---
11/1よりノクターンノベルスに転載していた本作ですが、本日の日間総合ランキング1位となりました。
初日からポイントも多かった為、こちらからわざわざブックマークや☆評価など入れて頂いた方もいらっしゃると思います。本当にありがとうございました。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願い致します。
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