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『アルバイト探し(3)』
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『アルバイト探し(3)』
「ふふ。ふふふ。先輩がクセになるというのも理解できる。これは……嫉妬と優越感と承認欲求がごちゃ混ぜになって、背筋がゾクゾクしてくる」
テーブルを挟んだ向う側で先生は横目になり、周囲を眺めている。
周囲のテーブルからはさりげなさを装っているものの、多くの女性から視線が向けられているのは明らかだ。
「くだらない世間話で若い男との時間を無駄にするなんて最高の贅沢だからな。周囲の羨望が実に快い」
と呟く冬原先生。
本人いわく、デート中になんとか仲を深めたい年増女(と言っても二十台前半である)が、男の子の興味をひこうと色々な話題を振るものの、相手の若い子(オレの事だ)が笑顔で相槌しか打たないのが”それっぽい”らしく、実にご満悦だ。
異世界でも教員というのはストレスも多い事だろう。いや、むしろこの世界だからこそのストレスもあるだろうし、その解消の一助となれるならオレも嬉しい。
せっかくの美人がニヤケ顔で台無しだが、先生が楽しそうでなにより。
というわけで、オレも援助でお金をもらっている男の子感を出すべく、さらに演技を深める。
「美雪さん、今日は少し暖かいですね」
オレは詰襟の第一ボタン、そして第二ボタンまでを外した。
中から白いカッターシャツがのぞく。
学校から多少離れた場所だが、さすがに冬原”先生”とは呼べないので、美雪さんと呼ぶことにした。
「お、おふっ」
「……違いますよ。今はそうじゃありませんよ?」
名前呼びをしたせいか、違うスイッチが入りそうになった冬原先生をなだめる。
「公衆の面前ですからね?」
「う、うむ」
「ちゃんと我慢できたら、後でお尻をヨシヨシしてあげますから」
「よ、よしよし、だと?」
撫でまわしプレイですよ、と唇の動きだけで伝える。
続けて。
「それとも、お仕置きの方がいいですか?」
オレは手を振りかぶる真似をする。
「お、お……おお」
「美雪さん。ヨダレ、垂れてますよ」
「むっ」
さすがにそれはみっともないと思ったのか、あわてて袖口で口をぬぐった。スーツなのに。
「それはともかく、先に大事な話をしませんか?」
「いや、こちらも大事な話だぞ。私はどちらかというと、ヨシヨシよりお仕置きの方が……」
「それはともかく、先に大事な話をしますよね?」
大事な事なので、二回目は強めに言った。
「……うむ」
「アルバイトの件、どうでしょうか?」
「ああ。すまん。そうだったな」
完全に忘れていたようだ。
「そもそもの話ですけど、生徒のアルバイトって学園から認められているんですか?」
「条件というほどでもないが、決まりはある」
「というと?」
「学業や生活に支障をきたさない程度にとどめる事。未成年に相応しくない場所には出入りしない事。おおまかにいえばこの二つだ」
「なるほど」
学校をサボってバイトをするな、酒や大人の店では働くな、という事だ。
「だがな、お前の場合はまた別だ」
「……やっぱり、そうですか?」
予想はしていた。
「男子高生がアルバイトとなると面倒ごとが起きる。確実に女絡みでな」
冬原先生が、まず、と言って周囲を見る。
「飲食店のアルバイトをするとしよう。例えば、お前がこのフードコートのどこかの店で接客をしたら、客はそこに一極集中する」
「それは大げさでは?」
さすがにそこまでは、と思うのだが。
「お前は自分というものがわかっていない。多少、強気な雰囲気のある男なら女たちもそう簡単には声をかけてこない。通報や訴訟が怖いからな。だがお前には話しかけやすい雰囲気がある。女に対しての嫌悪感や拒否感が非常に薄いし、女はそのあたりを敏感に察する」
実際、嫌悪感や拒否感なんて無いからなぁ。
「さらにお前の場合、接客の際に世間話をしたり、笑顔をふりまいたりするだろう。そうなると……」
「ナンパされます?」
それもまたちょっと体験してみたい。
初心、忘るるべからずだ。
だが冬原先生はかぶりを振る。
「バカを言うな。ナンパどころか陰で奪い合いだ。確実にお前をめぐってケンカになる。会計の順番に横入りしたとか、釣銭を受け取る時に手に触れたとか、そういう些細な事から刃傷沙汰に発展する可能性だってある」
「……うーん、さすがに大げさでは?」
「お前には緊張感が足りないという事だ。男が刺される事が無いわけでもないぞ。しかも、男性側に責任どころか、加害者の女との接点がない場合だってある。接客や仕事上の会話のやりとりでしかないのに、自分に好意があると勘違いした女の暴走だ」
冬原先生は真剣な顔と声でそう注意してくる。
何気ない接触でも異性に耐性がないと好意と勘違いしてしまう。
前世の自分にも覚えがある。
「どれほど高い地位や固い職に就いても女は女。我を忘れてしまえば何をするかもわからん。私のようにな」
「そこでご自分を例に出すあたり、説得力がすごいですね」
「あの日、私は実刑を覚悟した」
「ボクの方から手を出したんですから、そんなに気に止まないでください」
今となっては懐かしい思い出だ。
「客だけじゃないぞ。勤める店のスタッフ間でもトラブルは起きる。女同士の友情が成立するのは女だけの職場の場合だ。よっぽどうまく女をあしらえる男でない限り、飲食店のアルバイトは避けた方がいい」
「なるほど。確かにボクのせいで周囲の方たちに迷惑をおかけするのは避けたいです」
そう考えると、シマ先輩は稀有な存在らしい。
兄貴肌として店の中を立ちまわっている雰囲気だったし、お客さんを相手にするときも絶妙な距離感を保っているようだった。
「というわけで、接客はやめておけ」
「うーん。その方がよさそうです」
とは言え、学生アルバイトの大半は接客業だろう。
あとは郵便配達とか新聞配達ぐらいしか思い浮かばない。
「悪いが配達業もあまり薦められん。不特定多数の場所へ一人で出向くんだぞ? 新聞配達であれば早朝から自転車だろう? 身体的な負担も大きいし、学業にも差し障る」
若い体とはいえ早朝から体力仕事をして、その後に登校も大変そうだ。
「けれど他に何かいい仕事先ってありますか?」
冬原先生はオレの目を見てため息をついた。
ここまで言ってわからんか? という顔で。
「正直に言おう。お前にアルバイトは無理だ」
悲しい現実を突きつけられてしまった。
「ふふ。ふふふ。先輩がクセになるというのも理解できる。これは……嫉妬と優越感と承認欲求がごちゃ混ぜになって、背筋がゾクゾクしてくる」
テーブルを挟んだ向う側で先生は横目になり、周囲を眺めている。
周囲のテーブルからはさりげなさを装っているものの、多くの女性から視線が向けられているのは明らかだ。
「くだらない世間話で若い男との時間を無駄にするなんて最高の贅沢だからな。周囲の羨望が実に快い」
と呟く冬原先生。
本人いわく、デート中になんとか仲を深めたい年増女(と言っても二十台前半である)が、男の子の興味をひこうと色々な話題を振るものの、相手の若い子(オレの事だ)が笑顔で相槌しか打たないのが”それっぽい”らしく、実にご満悦だ。
異世界でも教員というのはストレスも多い事だろう。いや、むしろこの世界だからこそのストレスもあるだろうし、その解消の一助となれるならオレも嬉しい。
せっかくの美人がニヤケ顔で台無しだが、先生が楽しそうでなにより。
というわけで、オレも援助でお金をもらっている男の子感を出すべく、さらに演技を深める。
「美雪さん、今日は少し暖かいですね」
オレは詰襟の第一ボタン、そして第二ボタンまでを外した。
中から白いカッターシャツがのぞく。
学校から多少離れた場所だが、さすがに冬原”先生”とは呼べないので、美雪さんと呼ぶことにした。
「お、おふっ」
「……違いますよ。今はそうじゃありませんよ?」
名前呼びをしたせいか、違うスイッチが入りそうになった冬原先生をなだめる。
「公衆の面前ですからね?」
「う、うむ」
「ちゃんと我慢できたら、後でお尻をヨシヨシしてあげますから」
「よ、よしよし、だと?」
撫でまわしプレイですよ、と唇の動きだけで伝える。
続けて。
「それとも、お仕置きの方がいいですか?」
オレは手を振りかぶる真似をする。
「お、お……おお」
「美雪さん。ヨダレ、垂れてますよ」
「むっ」
さすがにそれはみっともないと思ったのか、あわてて袖口で口をぬぐった。スーツなのに。
「それはともかく、先に大事な話をしませんか?」
「いや、こちらも大事な話だぞ。私はどちらかというと、ヨシヨシよりお仕置きの方が……」
「それはともかく、先に大事な話をしますよね?」
大事な事なので、二回目は強めに言った。
「……うむ」
「アルバイトの件、どうでしょうか?」
「ああ。すまん。そうだったな」
完全に忘れていたようだ。
「そもそもの話ですけど、生徒のアルバイトって学園から認められているんですか?」
「条件というほどでもないが、決まりはある」
「というと?」
「学業や生活に支障をきたさない程度にとどめる事。未成年に相応しくない場所には出入りしない事。おおまかにいえばこの二つだ」
「なるほど」
学校をサボってバイトをするな、酒や大人の店では働くな、という事だ。
「だがな、お前の場合はまた別だ」
「……やっぱり、そうですか?」
予想はしていた。
「男子高生がアルバイトとなると面倒ごとが起きる。確実に女絡みでな」
冬原先生が、まず、と言って周囲を見る。
「飲食店のアルバイトをするとしよう。例えば、お前がこのフードコートのどこかの店で接客をしたら、客はそこに一極集中する」
「それは大げさでは?」
さすがにそこまでは、と思うのだが。
「お前は自分というものがわかっていない。多少、強気な雰囲気のある男なら女たちもそう簡単には声をかけてこない。通報や訴訟が怖いからな。だがお前には話しかけやすい雰囲気がある。女に対しての嫌悪感や拒否感が非常に薄いし、女はそのあたりを敏感に察する」
実際、嫌悪感や拒否感なんて無いからなぁ。
「さらにお前の場合、接客の際に世間話をしたり、笑顔をふりまいたりするだろう。そうなると……」
「ナンパされます?」
それもまたちょっと体験してみたい。
初心、忘るるべからずだ。
だが冬原先生はかぶりを振る。
「バカを言うな。ナンパどころか陰で奪い合いだ。確実にお前をめぐってケンカになる。会計の順番に横入りしたとか、釣銭を受け取る時に手に触れたとか、そういう些細な事から刃傷沙汰に発展する可能性だってある」
「……うーん、さすがに大げさでは?」
「お前には緊張感が足りないという事だ。男が刺される事が無いわけでもないぞ。しかも、男性側に責任どころか、加害者の女との接点がない場合だってある。接客や仕事上の会話のやりとりでしかないのに、自分に好意があると勘違いした女の暴走だ」
冬原先生は真剣な顔と声でそう注意してくる。
何気ない接触でも異性に耐性がないと好意と勘違いしてしまう。
前世の自分にも覚えがある。
「どれほど高い地位や固い職に就いても女は女。我を忘れてしまえば何をするかもわからん。私のようにな」
「そこでご自分を例に出すあたり、説得力がすごいですね」
「あの日、私は実刑を覚悟した」
「ボクの方から手を出したんですから、そんなに気に止まないでください」
今となっては懐かしい思い出だ。
「客だけじゃないぞ。勤める店のスタッフ間でもトラブルは起きる。女同士の友情が成立するのは女だけの職場の場合だ。よっぽどうまく女をあしらえる男でない限り、飲食店のアルバイトは避けた方がいい」
「なるほど。確かにボクのせいで周囲の方たちに迷惑をおかけするのは避けたいです」
そう考えると、シマ先輩は稀有な存在らしい。
兄貴肌として店の中を立ちまわっている雰囲気だったし、お客さんを相手にするときも絶妙な距離感を保っているようだった。
「というわけで、接客はやめておけ」
「うーん。その方がよさそうです」
とは言え、学生アルバイトの大半は接客業だろう。
あとは郵便配達とか新聞配達ぐらいしか思い浮かばない。
「悪いが配達業もあまり薦められん。不特定多数の場所へ一人で出向くんだぞ? 新聞配達であれば早朝から自転車だろう? 身体的な負担も大きいし、学業にも差し障る」
若い体とはいえ早朝から体力仕事をして、その後に登校も大変そうだ。
「けれど他に何かいい仕事先ってありますか?」
冬原先生はオレの目を見てため息をついた。
ここまで言ってわからんか? という顔で。
「正直に言おう。お前にアルバイトは無理だ」
悲しい現実を突きつけられてしまった。
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