上 下
398 / 415

『アルバイト探し(3)』

しおりを挟む
『アルバイト探し(3)』
 
「ふふ。ふふふ。先輩がクセになるというのも理解できる。これは……嫉妬と優越感と承認欲求がごちゃ混ぜになって、背筋がゾクゾクしてくる」
 
テーブルを挟んだ向う側で先生は横目になり、周囲を眺めている。
 
周囲のテーブルからはさりげなさを装っているものの、多くの女性から視線が向けられているのは明らかだ。
 
「くだらない世間話で若い男との時間を無駄にするなんて最高の贅沢だからな。周囲の羨望が実に快い」
 
と呟く冬原先生。
 
本人いわく、デート中になんとか仲を深めたい年増女(と言っても二十台前半である)が、男の子の興味をひこうと色々な話題を振るものの、相手の若い子(オレの事だ)が笑顔で相槌しか打たないのが”それっぽい”らしく、実にご満悦だ。
 
異世界でも教員というのはストレスも多い事だろう。いや、むしろこの世界だからこそのストレスもあるだろうし、その解消の一助となれるならオレも嬉しい。
 
せっかくの美人がニヤケ顔で台無しだが、先生が楽しそうでなにより。
 
というわけで、オレも援助でお金をもらっている男の子感を出すべく、さらに演技を深める。
 
「美雪さん、今日は少し暖かいですね」
 
オレは詰襟の第一ボタン、そして第二ボタンまでを外した。
 
中から白いカッターシャツがのぞく。
 
学校から多少離れた場所だが、さすがに冬原”先生”とは呼べないので、美雪さんと呼ぶことにした。
 
「お、おふっ」
「……違いますよ。今はそうじゃありませんよ?」
 
名前呼びをしたせいか、違うスイッチが入りそうになった冬原先生をなだめる。
 
「公衆の面前ですからね?」
「う、うむ」
「ちゃんと我慢できたら、後でお尻をヨシヨシしてあげますから」
「よ、よしよし、だと?」
 
撫でまわしプレイですよ、と唇の動きだけで伝える。
 
続けて。
 
「それとも、お仕置きの方がいいですか?」
 
オレは手を振りかぶる真似をする。
 
「お、お……おお」
「美雪さん。ヨダレ、垂れてますよ」
「むっ」
 
さすがにそれはみっともないと思ったのか、あわてて袖口で口をぬぐった。スーツなのに。
 
「それはともかく、先に大事な話をしませんか?」
「いや、こちらも大事な話だぞ。私はどちらかというと、ヨシヨシよりお仕置きの方が……」
「それはともかく、先に大事な話をしますよね?」
 
大事な事なので、二回目は強めに言った。
 
「……うむ」
「アルバイトの件、どうでしょうか?」
「ああ。すまん。そうだったな」
 
完全に忘れていたようだ。
 
「そもそもの話ですけど、生徒のアルバイトって学園から認められているんですか?」
「条件というほどでもないが、決まりはある」
「というと?」
「学業や生活に支障をきたさない程度にとどめる事。未成年に相応しくない場所には出入りしない事。おおまかにいえばこの二つだ」
「なるほど」
 
学校をサボってバイトをするな、酒や大人の店では働くな、という事だ。
 
「だがな、お前の場合はまた別だ」
「……やっぱり、そうですか?」
 
予想はしていた。
 
「男子高生がアルバイトとなると面倒ごとが起きる。確実に女絡みでな」
 
冬原先生が、まず、と言って周囲を見る。
 
「飲食店のアルバイトをするとしよう。例えば、お前がこのフードコートのどこかの店で接客をしたら、客はそこに一極集中する」
「それは大げさでは?」
 
さすがにそこまでは、と思うのだが。
 
「お前は自分というものがわかっていない。多少、強気な雰囲気のある男なら女たちもそう簡単には声をかけてこない。通報や訴訟が怖いからな。だがお前には話しかけやすい雰囲気がある。女に対しての嫌悪感や拒否感が非常に薄いし、女はそのあたりを敏感に察する」
 
実際、嫌悪感や拒否感なんて無いからなぁ。
 
「さらにお前の場合、接客の際に世間話をしたり、笑顔をふりまいたりするだろう。そうなると……」
「ナンパされます?」
 
それもまたちょっと体験してみたい。
 
初心、忘るるべからずだ。
 
だが冬原先生はかぶりを振る。
 
「バカを言うな。ナンパどころか陰で奪い合いだ。確実にお前をめぐってケンカになる。会計の順番に横入りしたとか、釣銭を受け取る時に手に触れたとか、そういう些細な事から刃傷沙汰に発展する可能性だってある」
「……うーん、さすがに大げさでは?」
「お前には緊張感が足りないという事だ。男が刺される事が無いわけでもないぞ。しかも、男性側に責任どころか、加害者の女との接点がない場合だってある。接客や仕事上の会話のやりとりでしかないのに、自分に好意があると勘違いした女の暴走だ」
 
冬原先生は真剣な顔と声でそう注意してくる。
 
何気ない接触でも異性に耐性がないと好意と勘違いしてしまう。
 
前世の自分にも覚えがある。
 
「どれほど高い地位や固い職に就いても女は女。我を忘れてしまえば何をするかもわからん。私のようにな」
「そこでご自分を例に出すあたり、説得力がすごいですね」
「あの日、私は実刑を覚悟した」
「ボクの方から手を出したんですから、そんなに気に止まないでください」
 
今となっては懐かしい思い出だ。
 
「客だけじゃないぞ。勤める店のスタッフ間でもトラブルは起きる。女同士の友情が成立するのは女だけの職場の場合だ。よっぽどうまく女をあしらえる男でない限り、飲食店のアルバイトは避けた方がいい」
「なるほど。確かにボクのせいで周囲の方たちに迷惑をおかけするのは避けたいです」
 
そう考えると、シマ先輩は稀有な存在らしい。
 
兄貴肌として店の中を立ちまわっている雰囲気だったし、お客さんを相手にするときも絶妙な距離感を保っているようだった。
 
「というわけで、接客はやめておけ」
「うーん。その方がよさそうです」
 
とは言え、学生アルバイトの大半は接客業だろう。
 
あとは郵便配達とか新聞配達ぐらいしか思い浮かばない。
 
「悪いが配達業もあまり薦められん。不特定多数の場所へ一人で出向くんだぞ? 新聞配達であれば早朝から自転車だろう? 身体的な負担も大きいし、学業にも差し障る」
 
若い体とはいえ早朝から体力仕事をして、その後に登校も大変そうだ。
 
「けれど他に何かいい仕事先ってありますか?」
 
冬原先生はオレの目を見てため息をついた。
 
ここまで言ってわからんか? という顔で。
 
「正直に言おう。お前にアルバイトは無理だ」
 
悲しい現実を突きつけられてしまった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

シン・三毛猫現象 〜自然出産される男が3万人に1人の割合になった世界に帰還した僕はとんでもなくモテモテになったようです〜

ミコガミヒデカズ
ファンタジー
 気軽に読めるあべこべ、男女比モノです。  以前、私がカクヨム様で書いていた小説をリメイクしたものです。  とあるきっかけで異世界エニックスウェアに転移した主人公、佐久間修。彼はもう一人の転移者と共に魔王との決戦に挑むが、 「儂の味方になれば世界の半分をやろう」  そんな魔王の提案に共に転移したもう一人の勇者が応じてしまう。そんな事はさせないと修は魔王を倒そうとするが、事もあろうに味方だったもう一人の勇者が魔王と手を組み攻撃してきた。  瞬間移動の術でなんとか難を逃れた修だったが、たどり着いたのは男のほとんどが姿を消した異世界転移15年後の地球だった…。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1:10000の貞操逆転世界に転生したんだが、俺だけ前の世界のインターネットにアクセスできるようなので美少女配信者グループを作る

電脳ピエロ
恋愛
男女比1:10000の世界で生きる主人公、新田 純。 女性に襲われる恐怖から引きこもっていた彼はあるとき思い出す。自分が転生者であり、ここが貞操の逆転した世界だということを。 「そうだ……俺は女神様からもらったチートで前にいた世界のネットにアクセスできるはず」 純は彼が元いた世界のインターネットにアクセスできる能力を授かったことを思い出す。そのとき純はあることを閃いた。 「もしも、この世界の美少女たちで配信者グループを作って、俺が元いた世界のネットで配信をしたら……」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

処理中です...