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『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(1)』
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『幕間:二年一組、猪瀬加奈子の場合(1)』
その日、私のクラスである二年一組は騒がしかった。
天使の不在。
最後列、その左端の席にいるべき人の姿がないのだ。
新学期が始まったばかりの四月に転入してきた男子生徒。
ただの男子生徒じゃない。
超、カッコいい。
超、優しい。
超、好き。
この教室の九十九割がそう思っている。
挨拶をすれば、笑顔で挨拶を返してくれる。
話しかければ、笑顔で言葉を返してくれる。
抱きしめれば、笑顔で抱き返してもらえる……かもしれないが、それをやるとこの一組では確実に私刑執行され、残りの学園生活は悲惨なものになるだろう。
血や法より強い、結束と監視によって一組の平和と幸福は成り立っているのだ。
もはやそれは信仰のようなものとなっている。
それほどに彼は――宮城君は完璧な存在だった。
宮城君という天上からの輝きが失われてしまえば、地べたで這いずり回るだけの私たちもまた闇の中へと沈み込む。
宮城君に会うためだけに学校に来ていると豪語する隣の席の友人、麻川琴美は教室に入ってすぐに異変に気付く。
琴美は宮城君に挨拶するために作っていた心からの笑顔を凍り付かせたまま、教室内をキョロキョロと見まわしている。
天使の姿がないとわかるやいなや、その視線はすぐに机の横のフックに向けられた。
彼のカバンがあればトイレかもしれない、と思い立ったのだろう。
ああ、その思考、わかる、わかりすぎる。
だって、今朝、教室に入った時の私とまったく同じだから。
そしてカバンがないと知った瞬間、顔から生気が抜けた。
ヒザから崩れ落ちそうになりながらも、ヨタヨタと私の隣の自分の席へとたどりつき、イスに座るなりそのまま天をあおぐ。
そう、まるで力尽きたボクサーが自分のコーナーで燃え尽きたような恰好で。
「……加奈子ぉ」
その姿勢のまま、ゾンビのような声で私の名を呼んだ。聞きたいことはわかる。
「あー。今日はお休み? みたいよ」
「風邪、とかかなぁ」
「さすがにそこまでは知らないけど……あと、言うまでも無いけどダメだかね?」
「わかってる」
琴美が何を考えているのか手に取るようにわかる。
もし病欠であればお見舞いと称して宮城君の家に行けないかという事だ。
それはダメだ。誰かが行けば当然、私も、私も、私だって、となる。
宮城君に迷惑をかける事だけは絶対に許されない。
もしそんな事になれば私刑が死刑になる事は間違いない。
その後も登校してきた他のクラスメートたちは、琴美と同じく。教室に入った瞬間から自分の席につくまでだいたい同じような醜態をさらしていた。
そうしてホームルームの時間になると冬原ではなく三年の生徒指導がやってきて、冬原不在のため代わりにホームルームをしていった。特に連絡事項もなく出席をとっただけだ。
はて、冬原まで休みか? まー、それはどうでもいい。
しばらくして一限目開始のチャイムが鳴り、現国のおばあちゃん、梅守(ウメモリ)先生がやってくる。
授業が始まって時間も半分ほど過ぎただろうか?
教室のドアがノックされた。
顔を出したのは我らが担任の冬原だ。
「梅守先生、授業中失礼します。すまん、春日井、ちょっといいか?」
「あ、はい」
冬原はいつもの赤ジャージではなくスーツだった。
そのせいで一瞬、誰か分からなかったが珍しい恰好をしているもんだと見ていると、ドアを開けたところで委員長の春日井ちゃんを手招きした。
そして手に持っていた手提げの紙袋を渡す。
「これを保健室にいる宮城に持って行ってくれるか」
「え? 保健室?」
春日井ちゃんの動揺は私達も感じたものだった。
保健室? 宮城君が?
急病とかケガとか、そういったものだろうかと、皆が不安げになった。
その日、私のクラスである二年一組は騒がしかった。
天使の不在。
最後列、その左端の席にいるべき人の姿がないのだ。
新学期が始まったばかりの四月に転入してきた男子生徒。
ただの男子生徒じゃない。
超、カッコいい。
超、優しい。
超、好き。
この教室の九十九割がそう思っている。
挨拶をすれば、笑顔で挨拶を返してくれる。
話しかければ、笑顔で言葉を返してくれる。
抱きしめれば、笑顔で抱き返してもらえる……かもしれないが、それをやるとこの一組では確実に私刑執行され、残りの学園生活は悲惨なものになるだろう。
血や法より強い、結束と監視によって一組の平和と幸福は成り立っているのだ。
もはやそれは信仰のようなものとなっている。
それほどに彼は――宮城君は完璧な存在だった。
宮城君という天上からの輝きが失われてしまえば、地べたで這いずり回るだけの私たちもまた闇の中へと沈み込む。
宮城君に会うためだけに学校に来ていると豪語する隣の席の友人、麻川琴美は教室に入ってすぐに異変に気付く。
琴美は宮城君に挨拶するために作っていた心からの笑顔を凍り付かせたまま、教室内をキョロキョロと見まわしている。
天使の姿がないとわかるやいなや、その視線はすぐに机の横のフックに向けられた。
彼のカバンがあればトイレかもしれない、と思い立ったのだろう。
ああ、その思考、わかる、わかりすぎる。
だって、今朝、教室に入った時の私とまったく同じだから。
そしてカバンがないと知った瞬間、顔から生気が抜けた。
ヒザから崩れ落ちそうになりながらも、ヨタヨタと私の隣の自分の席へとたどりつき、イスに座るなりそのまま天をあおぐ。
そう、まるで力尽きたボクサーが自分のコーナーで燃え尽きたような恰好で。
「……加奈子ぉ」
その姿勢のまま、ゾンビのような声で私の名を呼んだ。聞きたいことはわかる。
「あー。今日はお休み? みたいよ」
「風邪、とかかなぁ」
「さすがにそこまでは知らないけど……あと、言うまでも無いけどダメだかね?」
「わかってる」
琴美が何を考えているのか手に取るようにわかる。
もし病欠であればお見舞いと称して宮城君の家に行けないかという事だ。
それはダメだ。誰かが行けば当然、私も、私も、私だって、となる。
宮城君に迷惑をかける事だけは絶対に許されない。
もしそんな事になれば私刑が死刑になる事は間違いない。
その後も登校してきた他のクラスメートたちは、琴美と同じく。教室に入った瞬間から自分の席につくまでだいたい同じような醜態をさらしていた。
そうしてホームルームの時間になると冬原ではなく三年の生徒指導がやってきて、冬原不在のため代わりにホームルームをしていった。特に連絡事項もなく出席をとっただけだ。
はて、冬原まで休みか? まー、それはどうでもいい。
しばらくして一限目開始のチャイムが鳴り、現国のおばあちゃん、梅守(ウメモリ)先生がやってくる。
授業が始まって時間も半分ほど過ぎただろうか?
教室のドアがノックされた。
顔を出したのは我らが担任の冬原だ。
「梅守先生、授業中失礼します。すまん、春日井、ちょっといいか?」
「あ、はい」
冬原はいつもの赤ジャージではなくスーツだった。
そのせいで一瞬、誰か分からなかったが珍しい恰好をしているもんだと見ていると、ドアを開けたところで委員長の春日井ちゃんを手招きした。
そして手に持っていた手提げの紙袋を渡す。
「これを保健室にいる宮城に持って行ってくれるか」
「え? 保健室?」
春日井ちゃんの動揺は私達も感じたものだった。
保健室? 宮城君が?
急病とかケガとか、そういったものだろうかと、皆が不安げになった。
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